三十話 狙われた聖女②
「―――なるほど。それで、直接わたしに会いに来てくださったということですか」
とある料亭。そこで、シリカ達は昼食をとることにした。
その際、シリカはセシリアに、自分がここへやってきた理由を端的に話していた。聖女の命を狙う妙な女がいる、と。
それを聞いたセシリアは、澄ました顔のまま言う。
「心配してくださったことには感謝します。が、それは余計なお世話というものです。そもそも、聖女に対し、よからぬことを企んでいる者がいるのは、昔からです。それこそ、命の一つや二つ、狙われてもおかしくない立場なのですから。それに対し、一々敏感になっていては、聖女の務めなど果たせるものではありません。ですから……」
「あ、師匠。ここ、ハンバーグ定食がありますよ? しかも特別ソース付きなんですって。とりあえず、師匠のごはんはこれですね」
「おい、人の注文を勝手に決めるなっ。そして何かとつけて、オレとハンバーグをくっつけて考えるのをやめろっ!!」
「え? じゃあ別のメニューを注文するんですか?」
「いや、まぁ折角だから注文するけどもっ!!」
「はーい。それじゃあ、私はエビフライ定食にしてっと」
「って、聞いてるんですかね、お二人とも!?」
既に料亭のメニューに釘付けになっていたシリカに対し、思わずセシリアは声を上げる。
そんな彼女に対し、シリカは「あ……」と言葉を零し、そして続けた。
「ごめんね、セシリアちゃん。そうだよね。そりゃ怒るよね。最初に聞かなきゃいけないことなのに。今更言ってももう遅いかもしれないけど、聞くね―――それで、何食べる?」
「ホント、人の話聞く気あります!?」
あまりにもマイペースな態度に、セシリアは頭を抱えてしまう。
「全く……それで? シリカ様は、今何をなさっているのですか?」
「え? それは、その……ま、魔術の勉強をちょっとね」
「魔術……シリカ様。まさか、魔術師を目指しているのですか?」
「ええと、魔術師っていうか、何というか……」
流石のシリカも、ここでは言葉に迷ってしまう。
元とはいえ、聖女であった者が、魔女の弟子になっている、ということが異様なことであるのはシリカも重々承知している。国王からも、「それはどうなんだ」と言われているし、シリカ自身もなんだかんだと言って、自覚はしている。その上で選んだ道だ。
だが、こうして自分の後輩であり、現聖女に正面から「魔女になろうとしてます!」というのは、かなり迷いを生じさせる。
が。
「こいつは魔女志望だ」
「魔女……?」
あっさりと師にバラされてしまう。
ナインの言葉を聞いたセシリアは顔をしかめる始末。それはそうだろう。聖女が魔女になろうと思えば、誰だって同じ反応を示すはずだ。
「……聖女を引退なされてから、王宮から離れてどこで何をやっているかと思えば、まさか魔女を目指しているだなんて……呆れましたわ」
「あははは……」
後輩の言葉に、シリカは耳が痛くなる。
とはいえ、これが普通、というか世間一般の反応だろう。どれだけ無能だろうが、元聖女であることには変わらない。そんな人間が、魔女になろうだなんて聞けば、誰だって呆れるのは明白。
「まぁ、引退した方がどこでどのような道を歩んでいても、わたしとしてはどうでもいいことです。それが、たとえ元聖女の方が魔女になろうとしていても、それが人々に害を成すことではないのなら、別段とやかく言うつもりはありません」
ですが。
「一つ、先ほどから気になることがあるのですが……そちらの少女とは、一体どういった関係で? まさかとは思いますが……シリカ様。身寄りのない子供を己の欲望のはけ口として扱っているとか、そんなことはありませんわよね?」
「うん。安心して。それは絶対にないから。というか、え? セシリアちゃんから見た私ってそういう感じなの!?」
後輩からの予想外な言葉に、思わずショックを受けるシリカ。まさか、後輩にそんな目で見られていたとは……。
「一応、確認のためです。それで、そちらの方はどなたですか?」
「あ、そうだね。紹介するね。この人は、私の師匠で……」
「ナインだ」
「……師匠? 貴女が?」
怪訝な表情を浮かべながら、セシリアは続けて言う。
「ということは、つまり……貴女は魔女なんですか?」
「その反応は当然だろうな。誰だって、こんな奴が魔女だなんて言われて、信じる方が少ないのは身をもってよく知っている。故に、信じるかどうかは、そっちの勝手だ。好きにしろ」
疑いの眼差しを向けられるも、全く動じることのないナイン。その態度は、涼やかなものであり、手慣れている感があった。
よくよく考えれば、確かに幼女が魔女だ、と言って信じる者がどれだけいるだろうか。きっと、見た目のせいで色々と苦労してきたに違いないのだ、とシリカは改めて理解したのだった。
「それよりも、お前。お付の護衛はどうした? 聖女にはそういう類の連中がいると聞いたのだが。まさか、一人で魔獣退治をしに来たわけでもあるまい?」
その言葉に、セシリアは顔をそむけた。
その行為が示すのはただ一つ。
「……え、まさか本当に一人で魔獣退治しに来たの?」
「別に問題はないと思いますが。今までも、何度も一人で魔獣を倒してきましたし。先々代である『紅の聖女』も単独で強力な魔獣を倒し、邪教をいくつも滅ぼしたと聞いています」
「いや、それは比べる相手が間違っているというか、あの人は最早人間の領域の外にいた人だったし……」
『紅の聖女』と共にいたシリカは、彼女がどれだけ人間離れしているのか、よく知っている。
千人以上もの教徒を抱える邪教集団をたった一人で、それも数日で壊滅させたり、数十メートルもの大きさを誇る魔獣の群れを、これまたたった一人で全滅させたりなど、歴代の聖女でも例を見ない馬鹿げた強さは、最早伝説であった。
誰かを目標にするのはいいが、あれだけは目指してはいけないのだと、シリカは昔から思っていたのだった。
「でも、やっぱり危険だよ。何かあるかもしれないんだから、護衛の人くらいは付いててもらった方が……」
「何度も言わせないでください。心配無用です。わたしは、わたし一人の力で、聖女としての仕事を全うしてみせますので」
鋭い視線から感じられる硬い意思。
それはまるで鋼のようであり、こちらの言葉が付け入る隙がないと感じてしまった。
「……すみません。明日の朝にも炭鉱の魔獣を退治しに行くので、わたしはここで失礼します」
そう言って、セシリアはその場を立ち去っていく。
その後ろ姿に、シリカは何も言えず、ただ見ていることしかできなかったのだった。
そして、翌日。
「―――って、何でいるんですか、貴方たちはっ!?」
炭鉱へと向かおうとしたセシリアの前に現れた二人に対し、現聖女は早朝から街中で大声を出すハメになったのだった。
三十三話目投稿です!!
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