二十八話 依頼報告③
叫び終えたロマは、机の上でがっくりと項垂れていた。
「……ごめんなさいね。取り乱して……ワタシ、ちょっと、というか、かなりヤモリにトラウマがあって……」
「そ、そうなんですか……」
あまりにも暗い顔をしている神父に、シリカは何があったのか、とても聞くことはできなかった。
「スミレちゃんも、ごめんなさいね。折角挨拶してくれたのに」
『いえ。大丈夫です。むしろ、先ほどのような反応には慣れてますから』
「うぐ……その発言を聞いて、罪悪感がさらに大きくなったわ……」
机の上にいるスミレに対し、謝罪するものの、その距離は未だに離れている。やはり、ヤモリが苦手なのは本当のようだった。
「それにしても、ヤモリに変化するなんてね」
「こいつは使い魔になったんだ。ドラゴンのまま、住まわせられるほど、ウチには余裕なんてものはない。むしろ、こうして小さくした方が何かと便利だ」
それは確かにそうだ、とロマは思う。
通常の使い魔は猫や鴉といった動物であり、それらならば通常の生活になんら問題はないだろう。が、ドラゴンとなれば、その巨躯が私生活の邪魔となるのは必至。故に、小さな動物に変化させるのは常套の手段と言える。
しかし、だからこそもう一度言いたい。
「でも、何でヤモリなのよ……それこそ、可愛い女の子とかに変化させなさいよ。定番でしょ」
「意味が分からん発言をするな、変態神父が」
などと言うものの、ロマの発言は一部正しい点もある。
魔女の使い魔になったからには、人間に化けることも必要な時が来るかもしれない。そのためにも、人間に変化できるようにはしたかったのだが。
『すみません。そこについては、私の力不足でして。どうしても、元の姿に似通ったモノにしか変化できないのです』
「あら、そうなの?」
「こいつは長らくずっと一人で生きてきたんだ。それこそ、人間とは極力かかわらない程にな。そんな奴が、いきなり人間に変化してみろ、と言われてできるわけがないだろう」
「ああ、言われてみれば、それもそうね」
変化の魔術を使う者は、変化する対象のことをよく知らなければならない、というのはロマもよく知っている。その理屈から考えれば、長い間、人間とまともに話すことはおろか、姿さえ見てなかったスミレに人間に変化してみろ、というのはあまりにも酷な話だ。
逆に言えば、ヤモリはどことなくドラゴンに似通っている部分はあるため、変化しやすかった、ということだろう。
「このヤモリに変化するのにも、相当時間がかかったんだ。人間にするなど、今はとてもできん」
「だから、さっきも一緒に外に出かけて、人間観察をしてたんです」
「ああ、それで一緒に出掛けてたのね」
使い魔を連れていくこと自体はそんなに珍しいことではないが、まさか人間を観察させるために一緒に連れて行っていたとは。
『……すみません。シリカ様の力になりたいと言っておきながら、このような体たらくで……』
「何言っているの。最初からなんでもできる人なんていないよ」
「そうだぞ。それこそ、お前の主は薬を作るにしても、箒に乗るにしても失敗続きだからな。そして、箒に関しては未だまともに操作できていない程だ」
「うぐ……確かにそうですけど、改めて言われると、何か傷つきます……」
「事実だからな。ま、そう気落ちするな。ヤモリに変化できただけでもよしとしろ」
ナインの言葉に『ありがとうございます』と返事をするスミレ。
そんな様子を見て、ロマはどこか不敵な笑みを浮かべていた。
「……なんだその顔は。顔面に楔をぶち込まれたいのか」
「言い方が過激すぎないっ!?」
「それだけお前が気色の悪い顔をしていたからだろうが」
「気色悪いって……別に、ただ、アナタもそんな顔するんだなぁって思っただけよ」
「訳が分からん。とりあえず、一発顔面に楔をぶち込ませろ」
「って、だから過激すぎなのよ、アナタッ!!」
本気で楔を出現させたナインに対し、ロマは身の危険を感じ、椅子から立ち上がる。
「もういいわ。聞きたいことはあらかた聞けたし、そろそろお暇させてもらうから……って、そうだ。スミレちゃん。一つ質問なんだけど。アナタ、妙な女に傷つけられたって聞いたんだけど、その女って、もしかして、こんな奴?」
言いながら、懐からロマは一枚の似顔絵が書かれた紙を出した。
そこに描かれていたのは、目の下に大きなクマがあり、口元はこれでもかと言わんばかりに大きく開かれた、奇妙な女の姿だった。
『……はい。確かに、この方です』
「はぁ。やっぱりそうなのね」
「えっと……ロマさん。その女の人は一体……」
「最近、教会で噂になってる妙な女よ。精霊とか、魔獣とか、そういうのを襲いまくって、その牙とか爪とかをはぎ取っていくの。その被害者の中に、調停者の協力者もいてね。現在、調停者は全員、こいつの調査もしてるのよ。とはいえ、まさかこんなところで、当たりを引くとわね」
「はっ、よく言う。どうせ、今回の事件、その妙な女を追ってた途中に出くわしたんだろう? だから、オレを頼ってきた。違うか?」
「まぁ……そういう見方もできるわね」
ウィンクをしながらの発言に、ナインはおろか、シリカですら苦笑を漏らしてしまう有様。
「それで、スミレちゃん。そいつ、何か気になること言ってなかった? どんな些細なことでもいいの」
『そう言われましても、大したことは何も……ただ、私の翼や爪が欲しいから殺しに来たとしか言ってなかったので……あっ」
「? どうしたの、スミレ」
『いえ、その……意識が朦朧としてたので、はっきりとは言えませんが、私から翼をもぎ取った後、一つだけ、変なことを言っていたように思えます』
「妙な事?」
首を傾げる一同。
それに対し、スミレははっきりと言った。
『はい。確か―――「これで、ようやく聖女を殺せる」と』
「……え?」
その言葉に、一番反応したのは、ナインでも、ロマでもなく。
元聖女であるシリカだった。
三十一話目投稿です!!
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