二十七話 依頼報告②
「解毒の特性……?」
ロマの言葉に、ナインは「ああ」と相槌を打ちながら、言葉を返す。
「あのドラゴンの特性は、馬鹿弟子の魔力によって、毒から解毒の特性に変質してしまっていた」
「そんなことって、あるの?」
「あるわけなかろう。確かに使い魔は契約者の影響を何かしら受けることはあるにはあるが、まさかその性質そのものを変えるとは……オレとて初めてみる」
長年生きてきたナインだが、ここまで本質を変えてしまうものは、初めて目にする。それは、火の精霊を水の精霊にするかの如き所業であり、根本が変わる、などということは、本来ありえない。
そんなありえないことを、シリカはやってのけたのだ。
それを偉業と捉えるか、それとも失敗と捉えるかは、人それぞれだろうが。
「それにしても、解毒って、聞いたことがないわね」
「オレもだ。とはいえ、そこについては妥当、というか当然の結果かもしれんな。あのドラゴンは長年、己の毒によって迫害され続けてきた。故に、毒に対し、恨みを持っていたともいえる。だからこそ、毒を消し去りたいという思いが、奴に解毒という特性を与えたのかもしれん」
普通なら、そんなことを思っていても、自らの特性を変えることができない。特性とは、つまるところ、自分の性格、心、己の在り方といったものに近い。
だが、幸か不幸か、シリカの魔力は聖女の力によって変質してしまっており、そしてそれに触れたスミレもまた、聖女の力の影響を受け、今回のような奇跡を起こしたのだろう。
「最高峰の治癒魔術を扱える魔女の使い魔が、解毒のドラゴンね。何というか、こういっちゃなんだけど、何ともあの子の使い魔らしいんじゃあない?」
「阿呆が。唯一の特徴だった毒を消し去ってしまっては、あのドラゴンの長所を殺したようなものなのだぞ。代わりに手に入った解毒の力とて、それこそあの馬鹿弟子本人も扱える力だ。使い魔とは本来、自分ではできないことを補うために契約するものだというのに、これではまるで意味がない」
「でも、別にあの子はそういう超強いドラゴンが欲しかったわけじゃあないんでしょう? というか、ドラゴンと契約できたってことだけでも凄いことじゃない。それに、毒が無くなったってことは、もうそのドラゴン、毒のことで悩む必要はないってことでしょ? なら、それはいいことなんじゃない?」
ロマの言葉に、ナインはムスッとしながらも、反論はしなかった。
魔女の使い魔は強力であればあるほどいい……というわけでもない。むしろ、その強力さ故に契約者が色々と縛られてしまったり、振り回されてしまったりする例を数多く見てきた。それを考えるのならば、確実に害が出るであろう毒の要素が無くなったのは、ある意味良い状況になったといえる。
加えて、スミレはずっと毒のことについて苦しんできた。それから解放された、となれば、彼女にとってはこれ以上ない解決だろう。
それになりより。
『え、じゃ、じゃあ師匠! スミレはもう毒のことで、悩まなくていいってことですか!? よかったねスミレ! これでもう貴方は毒で誰かを苦しめずにすむよ!!』
契約者であるシリカが喜んでいるのだから、これ以上口を挟むのは野暮というものだろう。
本当は言いたいことは山のようにあるが、しかし本人たちが気にしていないのなら、今は何も言わないのがベストだ。
「それで? その二人は今どこに?」
「ああ、それなら……」
とナインが答えようとした瞬間、玄関が開き、そこからシリカが荷物を両手で抱えた状態で入ってきた。
「師匠、ただいま帰りましたー……って、あ、ロマさん。こんにちは」
「こんにちは、シリカちゃん。買い物行ってたの?」
「はい。ちょっと入用になったものが色々とあったんで……って、あっ、師匠。ダメじゃないですか、お客様にお茶出してないなんて」
「ふんっ。こいつは客ではない。ただの虫に茶を入れてやる道理がどこにある?」
「あ、相変わらずホント、ワタシに対して辛らつね……」
最早慣れているロマに対し、シリカは「もう」と言いつつ、どこか諦めた表情を浮かべる
「しょうがないんですから……すみません、ロマさん。今、お茶いれますね」
言いながら、シリカは荷物を持って、奥へと入っていく。
「……本当、アナタの弟子とは思えない程、いい子よねぇ」
「喧しい」
などと言いながら、否定しないナイン。
そうして、数分後、紅茶とクッキーを持ったシリカが戻ってきた。
「お待たせしましたー」
「あら、ありがとう。あっ、そういえば聞いたわよ。シリカちゃん、ドラゴンを使い魔にしたんですってね」
「はい、そうなんです! ……って、あ、す、すみません。本当はドラゴン退治って依頼だったのに、私の独断で……」
「いいのいいの。大体の事情はこの金髪ロリから聞いたから」
金髪ロリという言葉にまゆをひそめるナインだったが、そんなものなど知ったことかと言わんばかりに、ロマは話を続ける。
「だから、そのことについては気にしなくていいわ」
「あ、ありがとうございます!」
「うんうん。素直にお礼を言える子、お姉さんは嫌いじゃないわ……ところで、そのドラゴンっていうのは、今どこにいるの?」
ドラゴンについての報告をしなければならないロマは、それがどんな状態なのか、知っておく必要があった。
そのための、何気ない問いだったのだが。
「ああ、彼女なら『ここ』にいますよ」
言うと同時、シリカの首元から、小さな何かが出てくる。
それは、体長十五センチ程度。紫色の皮膚をもった、四足歩行の生き物であり、後ろには長い尻尾が生えている。
率直にいって、そこにいたのは、一匹のヤモリだった。
そして。
『初めまして。シリカ様の使い魔、スミレといいます』
自己紹介をするスミレ。
それに対し。
「い……い……」
「?」
「いいぃぃぃぃぃやあああああああああああああああああああああああああっ!!」
ロマは、これでもかと言わんばかりの絶叫をあげたのだった。
三十話目投稿です!!
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