序 聖女引退③
「うん。予想はしてたけど、元聖女が言う台詞じゃないよね、それ」
あまりの言葉に、国王はツッコミを入れざるを得なかった。
その態度は先程と打って変わって、優しい、というか温厚そのもの。厳格そのものと言っても過言ではないさっきの空気はどこへやら。
大きなため息を吐きながら、続けて言葉を口にする。
「はぁ……聖女じゃなくなったから、多少は落ち込んでいるのかと思っていたのに……何で逆に元気になってるんだい、君」
「いや、だって聖女をようやく辞められたんですよ! そりゃあ、テンション爆上がりです!! 重責とかそういうのから解放されて、そのせいか身体も随分と身軽に感じますし!! それに、元々王様から事前に言われてたから、おかげで身の回りの整理もできたし、心の準備とかは万全でした!」
「いやそれ、元気満々で言うことじゃないよね?」
呆れた口調な国王。しかし、これも見慣れた光景であり、彼にとっては想定内の出来事だった。
先程からの会話から分かるように、シリカと国王はそれなりの仲である。そもそも、先代である『紅の聖女』は国王と幼馴染であり、その付き合いで、シリカは小さい頃から国王とは面識もあり、よく相談相手にもしてもらっていたのだ。
そのため、お互いの本性は分かりきっている。そして、だからこそ彼らは本当の自分を曝け出せる、数少ない間柄なのだ。
「ホント、君は昔からちょっと……いや、かなり変わってるところあるよね」
「何でそこ訂正したんですか……というか、それはもう耳にタコです。先生からも口酸っぱく言われ続けてきましたし」
「言われ続けても尚、こんな状態だから、愚痴りたくもなるんだよ。とはいえ、元々今回の聖女交代は、余から言い出したことだから、あんまり責められる立場じゃないんだけど」
「いやいや、むしろこちらとしては感謝感激ですよ。ようやく、身の丈違いの聖女なんて地位から解放されるんですから。っていうか、そもそも私みたいな平凡かつ無才が今まで聖女をやってた方がおかしいんです。ちゃんとした人、それこそセシリアちゃんみたいな子の方がやるべきなんです」
シリカは、自分が周りからどのように思われているのか、ちゃんと理解している。
無能、無才、最弱聖女。誰からも期待されず、むしろ落胆させてしまう存在。そんな者が、いつまでも聖女をする資格はない。いいや、そもそも彼女には最初から聖女になる資格など無かったのだろう。能力のへぼさがその証拠だ。
しかし、それでも二年間、彼女が聖女であり続けた理由はただ一つ。
「今までは、その……先生のこともあって、ちゃんと私が聖女をしなきゃって思ってましたけど、他に相応しい者がいるのなら、その人に託すのが筋というものでしょう」
先生……先代である『紅の聖女』は、シリカに期待は一切していなかった。彼女を聖女にした張本人は、しかしその才能の無さを知り、彼女を立派な聖女にすることを諦めていた。
無論、それはシリカもよく知っている。だが、それでも親のいなくなった自分を引き取り、面倒を見てくれた恩人であることに変わりない。そして、そんな彼女に報いるには、自分が聖女としての役割を果たすことだと思っていた。
けれど、だ。それは自分しか聖女がいない場合の話。
もっと相応しい者が、皆が喜んで聖女と認めるような存在が現れたのならば、自分が聖女をやる必要性はない。
「相応しい者、ね……確かに、セシリア・ラインバートは、気品があり、家柄も申し分なく、そして何より他人を思いやれる少女だ。聖女として、きっと上手くやっていけるだろう」
だが。
「それでもね。君だって、二年間、立派に聖女をやってきたと、余は思うよ」
それは、お世辞だったのかもしれない。落ち込んではないとはいえ、聖女を辞めさせられたのは事実であり、そんな彼女に対し、ある種同情した上での言葉、と捉えることもできる。
けれど。
「……ありがとうございます。国王様にそう言っていただけるだけで、私、嬉しいです」
それは自分を見てくれていた数少ない人だからか、それとも他の誰にもそんな言葉を言われないからか。どちらにしろ、シリカの口から出た言葉に嘘偽りはなかった。
「それで? 本当に魔女を目指すつもりなのかい?」
「それは勿論っ。ようやく巡り合えた機会ですから!!」
「目を輝かせて断言するのね……」
あまりにも爛々とした瞳で言い放つシリカに、国王は苦笑する他なかった。
「にしても、魔女って……やっぱり、どう考えても元とはいえ、聖女をやってた者が言う台詞じゃあないね」
「ええ、そうかもしれません。ですが聖女はともかく、元聖女が魔女になってはいけない、なんて法律も規則もないはずですよ。それに、私が魔女になったとしても、誰も何も言わないはずです。そもそも、元聖女だって認識すらされてないわけですし」
「そりゃあ、確かに君が聖女として公の場に出たのって、聖女就任の一度しかないからねぇ。しかも、その時もフード被って見えないようにしてたし。そう考えれば、王宮外で君の顔を覚えている者はほとんどいないだろうね」
「そういうことです。いやぁ、ホントは大勢の人の前に出るのが恥ずかしくて避けてただけんですけど、まさかこういう時に役に立ってくれるとは思いもしなかったです!」
「うん。そこは胸を張っていうところじゃないからね?」
などと言う国王であったが、相も変わらず自分の言葉が耳に入っていないのだろうと心の中では悟っていた。
故に、彼女が耳を傾けるような話題を口にする。
「君が魔女になりたいっていうのは、よく分かった。けど、どうやってなるつもりだい?」
「そりゃあ、やっぱり魔女に弟子入りかと」
「どうやって?」
「……………………、」
「うん。その無言が何よりの回答だね」
その言葉に、シリカは反論することができない。
魔女になりたい、とは常々思っていたし、そのためには魔女の弟子入りをするべきだとも考えいた。けれど、それがどれだけ難しいことなのかも、同時に分かっていた。
「魔女は魔術師と違って、極端に数が少ないからね。国中を探しても、片手で数える程度しかいないだろうし、もし見つかっても必ず弟子入りできるとは限らない。むしろ、魔女が弟子を取るのは珍しいと言われるほどだ」
魔女と魔術師。これらは似ているようで、全く違う。
魔力を使い、魔術を行使する者、それが魔術師だ。その数は多くはないが、しかし魔力があれば誰でも魔術師になる資格はある。加えて、魔術学院という魔術に関する知識と経験を学ぶ場もあるほどだ。
しかし、魔女は違う。彼女たちは魔術師よりも高度な技術が使える上、魔力を桁違いに持っている。魔力を使って魔術を行使する、という点では一緒ではあるが、その使える技術、力、知識においての容量が格段に魔女の方が優っている。
そもそも、だ。世間で伝わっている魔女についての知識は極端に少ない。どうやったら魔女になれるのか、普通の人間は知らないのだから。
そんな魔女の弟子になろうというのは、あまりにも無謀なことだろう。
しかし。
「仕方ない。なら、余が知り合いの魔女に紹介状を書こう」
「っ!? いいんですか、国王様っ!! というか、魔女に知り合いがいるんですか!?」
「ああ。これでも余、王様だから。魔女の知り合いくらいいるさ……まぁ、一人だけだけど」
一人だけ、と国王は言うが、片手で数えるほどしかいない魔女に伝手があるだけ、凄い人脈だと言える。
「ありがとうございます!」
「いや、そう喜ぶのはまだ早い。紹介する魔女は、その……とても気難しい人でね。ああ、勘違いしないで欲しいが、別に悪い人ではない。口は悪いが、善良な魔女だと余は思っている。ただ、それでも正直、君を弟子としてとってくれるかどうかは、怪しいところだ。それでもいいなら、紹介しても……」
「構いません! お願いします!!」
「即答だね。いや、迷いのないのはいいけど、もう少し考えてからでも……」
「考えました。これまで、ずっと、魔女になりたいって心の底で思っていましたら。そして、こうしてチャンスがやってきた。なら、もう迷う必要性なんてないと思うんです!」
傍から見れば、勢いで言っている、と思われるかもしれない。実際、今の彼女は魔女になろうという考え以外、無くなっている。
けれど、逆にいえばそれだけ彼女にとって、魔女になりたいという気持ちは強いのだ。
今までは、聖女の資質、地位、力によってそれはできないことだと思ってきた。だが、それらを失い、解放された今、彼女は自由である。
ならば、やりたいことをやらなければ、人生損というものである。失敗したら、その時考えればいい。
たとえ、それがどんなに難しいことでも、少しでも可能性があるのなら、賭けてみていいいはずだ。
「……全く。一度決めたら中々引き下がらないのは、先代譲りだね。いいだろう。早速紹介状を書く。少し待っていてくれ」
「っ、感謝します、国王様っ!!」
シリカは、満面の笑みを浮かべて、頭を下げる。
そんな彼女の姿を見て、国王もまた微笑んだのだった。
三話目投稿です!!
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