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二十四話 森の中のドラゴン⑤

 ドラゴンが目覚めたのは、シリカが傷を完治させて、一時間後のことだった。


『ここは……』


 むくりと大きな頭を起こすドラゴン。それに気づいたシリカは、目の前の巨体に話かける。


「あっ。ようやく気が付いた? 大丈夫? 痛いところはない?」

『貴女、は……』


 見知らぬ顔……いや、ドラゴンにとって、全ての人間は知らない存在だ。何せ、ずっと人里離れた場所に住んでいたのだから。

 しかし、何故だろうか。

 その声音は聞き覚えがあり、どこか安心する。

 いや、それよりも。


『私、どうして……』


 自分が生きていることに、疑問を抱くドラゴン。確か、『あの女』によって翼を切断され、他の体の部分も切り刻まれたせいで、ほとんど瀕死の状態だったはず。ドラゴン特有の再生能力も一切発動せず、もがき苦しみながらも、死を待つだけだったというのに。

 それが、起きてみれば、まるで何事もなかったかのように、元通りの状態だった。


「そこの馬鹿に感謝するんだな。そいつがいなければ、お前は今頃、あの世に旅立っていたぞ」


 驚きを隠せないドラゴンに対し、ナインは親指で己の弟子を示しながら言う。

 そんな彼女の言葉を聞いた直後、ドラゴンはシリカの方へと視線を寄せた。そして、しばらくの間、凝視した後、問いを投げかける。


『……なぜ、私を助けたんですか?』


 それは、当然ともいうべき疑問だろう。

 自分はドラゴン。人間にとってみれば、実際はどうあれ、凶悪な獣となんら変わりない。意思疎通もでき、敵対心がなかったとしても、自分にとって脅威であるかもしれない存在。そんなものをわざわざ助ける道理など、どこにあろうか。


『貴女と私は今日会ったばかりの初対面のはず。しかも私はドラゴン、それも猛毒のドラゴンですよ? いるだけで周りに害を及ぼす。存在そのものが罪な化け物。そんなものをどうして……』

「貴方の声が聞こえたから」


 ドラゴンの疑問に、シリカは端的に、そしてはっきりと答えた。


『声?』

「うん。えっと、共鳴? だったかな。それのおかげで、貴方の記憶をちょっと見ちゃったの。その中で、貴方が言ってた、生きたいって声が、聞こえちゃったんだ。生きることを許して欲しいって言葉が、私に届いた。だから助けることにしたの」


 その言葉に嘘偽りはない。

 長年、一人孤独に生きてきたドラゴンではあるが、目の前の少女が本当のことを言っているのは理解できた。

 理解できたからこそ、呆気にとられてしまっていた。


『……有り得ない。そんなの、だって、そんなことで、ドラゴンを助けようだなんて……』

「ああ。全くだ。どこの世界に助けてくれという声を聴いて、ドラゴンを助ける魔女がいるものか」


 同感と言わんばかりに、ナインが間に入ってくる。


「だが、幸か不幸か、こいつはそういう大馬鹿だ。故にお前は助かった。これは、それだけの話だ」


 そう。この現状は、シリカがドラゴンを助けたいと思って行動した結果。

 困っているものを見捨てられず、救いの手を差しのべる。生きたいと願うものを死なせたくないと思い、助けようとする。

 そんなどこまでも馬鹿げているお節介を焼く愚か者がいた。

 これは、本当にそれだけの話なのだ。


『……確かに生きていたいと願いました。それは事実です。でも……』

「でも?」

『私は……生きてていいんでしょうか』


 ドラゴンの口から出てきたのは、その巨体に見合わない弱音。

 けれど、シリカは知っている。

 その問いが、目の前にいるドラゴンにとって、どれだけ重要なものなのかを。


『私は、そこにいるだけで、多くのものに迷惑をかけます。それは、私にはどうしようもないことです。傷つけたくない。苦しめたくない。そんな気持ちを抱いていても、私の力は勝手に相手を傷つけ、苦しめる。きっとこの世のどこにいても、どんな場所で生きていても、同じなんだと思います。そんな疫病神のような存在が、生きていていいのでしょうか。むしろ、さっさと消えた方が……』

「なに言ってるの。生きていていいに決まってるよ」


 はっきりと、シリカは断言した。

 彼女はドラゴンの記憶をその目で見た。断片的ではあったが、それでも彼女がどんな暮らしをしてきたのかを知っている。

 無論、毒のことも承知だ。

 そして、それを理解した上で、シリカはいうのだ。

 生きていて、いいと。


「生きていたいと思うんだったら、生きていいんだよ。たとえ、誰かに迷惑をかけても、それでも誰にでも生きる権利はある。この世に誰にも迷惑をかけてない人なんて、誰もいないんだから。かくいう私もいろんな人に迷惑をかけてきました」

「きました、と過去形にするな。現在進行形で、お前はオレにも迷惑をかけている」

「うぐ……確かにそうですけど、今それは置いといてください、師匠……」


 罰の悪そうな顔は自覚の現れ。

 シリカとて、ナインに多大なる迷惑をかけていることは分かっている。が、それは今は置いておいてもらわないと話が進まない。


「貴方の毒についても、分かってる。それが原因で、貴方は生きたいと思っている一方で、生きていてはいけないんじゃないかって考えていることも」


 その気持ちは理解できる。もしもシリカもその立場ならば、同じようなことを考えていたかもしれない。

 そして、十中八九、多くの者が言うだろう。

 お前は死ね。それが世界のためになる。

 その予想が容易く頭に浮かぶということは、つまるところ、それが世間一般的には正しいことだからだろう。

 けれど。

 それでも、シリカは敢えて言おう。


「でもね。生きたいと心の底から思っているのなら、生きるべきだと思う。誰のためでもない、それが自分のやりたいことなら、それを貫き通してもいいんだよ。けど、そうするために他の人を傷つけてしまう。それであなたが苦しむなら、私がそれを解決する方法を一緒に探してあげる」

『どうして……私に、そこまで……』

「んー、どうしてかな。多分、私と貴方はちょっと似てるから、かな。私も周りからは必要とされてない人間だったから」


 無能、無才、最弱。そう呼ばれ続けてきた少女だからこそ、目の前のドラゴンを放っておくことなどできはしなかった。

 それを同情と一言で済ますことは簡単であり、全くその要素がないわけでもないのは事実。

 だが、それ以上に。

 シリカは、かつての己のような存在であるドラゴンを助けたいと切に願っていたのだ。


『貴女は……一体、何者なのですか?』

「私? 私はシリカ・アルバス。駆け出しの魔女見習いだよ」


 無限大の魔力を持つ元聖女は、笑顔でそう言ったのだった。

二十七話目投稿です!!

面白い・続きが読みたいと思った方は、恐れ入りますが、感想・評価の方、よろしくお願い致します。

それだけで、作者に元気が湧きます。励みになります。そして、もっと構ってほしい愚かな作者が続きを書こうとします。

なので、みんなで馬鹿な作者に餌をやりましょう!!


今後とも、何卒よろしくお願い致します。

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