二十話 森の中のドラゴン①
「でも、魔女の弟子になって、ドラゴン退治をすることになるとは、思ってもみませんでした」
森の中を歩きながら、ふとシリカはそんなことを呟く。
彼女からしてみれば、魔女とは箒に乗って空を飛び、魔術の薬を作り出し、動物としゃべることのできる賢人のような存在。知識と魔術を使って、人々を助ける、そんなイメージだった。
無論、魔術に精通しているのだから、戦うこともできるのは分かっていたが、まさかこうしてドラゴンと戦うことになるとは思いもしなかった。
「いつもこんなことをやってるんですか?」
「いつも、というわけではないがな。騎士団や冒険者では手が負えない魔獣を相手にすることは、たまにある。他には魔女や魔術師にかけられた呪いの解除だったり、特別製の薬を作ったりと、色々だ。まぁ、その注文内容が毎度毎度面倒くさいという点では、どれも同じだがな」
嫌気がさすといわんばかりな表情を浮かべるナイン。そんな彼女を見て、シリカは苦笑しながら話題を変えてみた。
「そういえば、師匠はドラゴンを倒したことはあるんですか?」
「まぁ、それなりにな。昔は希少種とはいえ、ドラゴンが人の村を襲ったりしていたこともあったからな。それを退治したことは、何度かあったな」
まるで世間話をするかの如く、ドラゴン退治の話をするナイン。何度か、と口にしていたが、ドラゴンを倒したのが一度ではないこと自体、シリカには信じられない話である。
しかし、ことナインに至っていえば、それが嘘ではないのだというのはシリカにもわかる。未だ魔術を勉強中な彼女ですら、ナインの実力が相当なものなのは分かっているのだから。
「それにしても……妙だな」
「妙、ですか?」
「ああ。もしもこの毒の霧がドラゴンの仕業だとして、それは一体何のためだ? 人間を襲うためなら、わざわざこんな手段を使うことなく、もっと分かり易い実力行使をすればいい。それこそ、あの村を壊滅させるのが目的なら、尚のこと」
ドラゴンが人間を襲う理由。それは様々だ。
ぱっと考えただけで、自分の土地を無断で荒らされたから、食い扶持に困ったからなどという理由があげられる。が、しかし村人の話だとここにドラゴンが住んでいたなんてことは聞いたことがないらしい。食料に困っているという点に関しても、毒で殺してしまっては意味がない。
ならば、ドラゴンがやろうとしていることは、一体なんなのか。疑問は深まるばかり。
だが、しかし。
その理由を、二人はすぐに知ることとなる。
*
「これは……」
森の奥の奥。そこで、シリカ達は毒の元となる存在と対面していた。
ここですぐにドラゴンと確信できなかったのには、無論理由がある。
「まさか、これがドラゴン……?」
「ああ。そうだ」
断言するナイン。しかし、それでもシリカはどこか納得がいかない顔つきになる。
「でも、その、なんていうか……私がイメージしてたのとちょっと違うというか……」
そこにいたのは、全長十メートルを軽く超える巨体。紫色の鱗を身に纏い、頭には巨大な角。そして食らったものを全てかみ砕きそうな牙。
確かに、そこまでならば、御伽噺に出てきそうなドラゴンそのものだ。
しかし、だ。何故だろうか。なぜか、目の前にいるドラゴンを見ていると、違和感を感じてしまう。
「だろうな。オレも、翼がもぎ取られたドラゴンを見るのは初めてだ」
「あっ!」
言われて、気づく。このドラゴンには、翼がないのだ。
翼と言えば、ドラゴンにとっては肝となる要因のはず。だというのに、それがないとはどういうことか。
いや、これはないというよりは……。
「これが、毒の霧の原因、というわけか。このドラゴンは、どこかで翼をもぎ取られ、命からがらここまで逃げてきた。が、翼がなくなったせいか、それとも傷のせいか、あるいは両方か。何にしろ、こいつは今、自分の力を制御しきれていない。己の毒を垂れ流すほど、弱り切っている、というわけか」
見ると、ドラゴンの背中には何かが引きちぎられた痕がある。それだけではない。よく見ると、体のいたるところが傷だらけだ。
まるで、何かに切り裂かれたような、そんなものが無数に存在している。明らかに、誰かの仕業だ。
「ひどい……」
「ああ。これはまた、派手にやられているな。翼だけではなく、体中ボロボロだ。こんな状態では、確かに力を制御するなど不可能だろうよ。正直、生きているだけでも不思議なくらいだ。流石は、ドラゴン、といったところか。その生命力は相変わらず凄まじいらしい」
頑丈な鱗、そして自動的に治る治癒能力。基本的なドラゴンはこの二つを持っており、故に人間からしてみれば、厄介この上ない存在だ。
そんなドラゴンをここまで追い詰めるとは。
「まさか、私たちの前に誰かがドラゴン退治をしに……?」
「いや、それはないだろう。この森でドラゴンが目撃された次の日から毒の霧は発生していた。そのことから考えて、このドラゴンは元々傷ついた状態でここに来たのだろうよ。そして、とうとう動けなくなり、毒が蔓延した。今回の騒動は、それによるものだろうな」
ここで誰かがドラゴンを傷つけたのではなく、傷ついたドラゴンがここへやってきた。
「可哀そう……」
それは同情からか、憐憫からか。
どちらにしろ、それはシリカの一方的な感情でしかない。何があったのか、何が原因なのか。それを知らずにただ可哀そうと思うのは、傲慢なのだろう。
けれども、だ。
それでもシリカは、目の前で傷つき、今にも死にそうなドラゴンを見て、哀しくなったのだった。
そして、それを自覚した時には、既にドラゴンの鱗に手を触れており。
「おい馬鹿、弱っているとはいえ、不用意に触―――」
ナインの言葉は最後まで届かず、シリカの意識は一瞬にして闇に落ちていったのだった。
二十三話目投稿です!!
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