十六話 初めての箒②
「全く……地面を蹴ったくらいで、あれだけ跳躍するとはな。いや、確かに地面を強く蹴れといったのはオレだが」
「いや、あれは私もびっくりしましたよ。まさか、あれだけ高く跳ぶなんて……でもおかしいな。今こうして地面を蹴ってもそんなに上がらないのに、どうして箒だとあれだけ高く跳べたんでしょう?」
試しにその場で跳躍してみるシリカ。
しかし、やはりというべきか、先ほどのように空まで跳んでいくことはなかった。
「箒は注ぎ込んだ魔力によって、力が比例する。恐らく、箒に注ぎ込んだ魔力が多すぎたんだろう。魔力の調整さえできれば、問題はない」
「ま、魔力の調整……」
それが一番苦手なシリカにとっては、大問題であった。
薬の時もそうだが、彼女にとって、魔力を操る行為は、未だ不慣れな行為。
無論、それはナインも分かっている。だが、いいやだからこそ、彼女はシリカにもっと魔力を調整する練習をさせたいと思っている。
「そら、さっさと箒に跨れ。もう一度だ。今度はちゃんと、魔力を調整しろよ?」
言われ、シリカは箒に跨り、言われたように魔力を調整しながら、もう一度、地面を蹴った。
結果。
「だから、魔力を調整しろと言っただろうが、この馬鹿弟子ぃ!!」
再び空まで跳んでいったシリカに対し、ナインの大声がさく炸裂したのだった。
*
「今日はこのくらいでいいだろう」
ナインの口からその言葉が出たのは、空が夕焼け色に染まった頃だった。
半日以上の箒訓練。しかし、結果は今一つであった。シリカなりに魔力を抑えてはみたものの、どうしても跳躍が高くなってしまう。加えて、その後の飛行についてもひどい有様。その姿は、まるで暴れ馬のそれである。
今日だけで、シリカは何度目が回ったことか、もはや覚えていない。
「魔力の操作が苦手ならば、この結果は予想できていた。いやまぁ、空まで跳んでいくのは、予想外だったが」
「うぐ……」
「とはいえ、逆に言えば、地面を強く蹴るだけで空まで跳んでいけるというのは中々ない。正直なところ、大抵の魔女は箒に跨っても数メートル跳ぶことすらまともにできんからな」
「え? そうなんですか?」
予想外の言葉に、シリカは驚いた。
「ああ。原因は単純、心構えだ。人間は空を飛ぶことはできん。故に、皆心のどこかで空を飛ぶことができないと思っているのだ。それが無意識的に箒で空を飛ぶことに対し、邪魔をする。魔術とは、自分の想いそのものだ。自分ができないと思ってしまえば、呪文を唱えようが、何もできはしない」
魔術とは、つまるところ、神秘を具現化したものだ。そして、だからこそ、その神秘を信じるということが、何よりも大切な原動力となる。
いや、これはもっと単純な話。
最初からできない、やれない、などと思っている者が、何かを成せるわけがない。それだけのことである。
「その点を鑑みれば、お前は自分が空まで飛べると最初から信じていたということになる。それを純真ととるか、馬鹿ととるかは人それぞれだろうが」
などと言いつつも、恐らくナインから見るシリカの評価は、後者であろうことはシリカでも理解できた。
しかし。
「それでも、お前が自分は飛べると信じるなら、今は下手でもいつか必ず飛ぶことはできるだろう」
「師匠……」
思わぬナインからの励ましにシリカは笑みを浮かべる。
「ありがとうございます! 今日の晩御飯、師匠の大好きなハンバーグにしますね!」
「おいこら、人がいい話風にしてやったのに、何故そんな言葉が返ってくる!! いや、確かにハンバーグは好きだけれども!!」
指摘しながらも、訂正はしないナイン。自分の好みを把握されていること、そしてそれを否定できないことに腹を立てながら、二人は帰路についた。
しかし。
「あれ、師匠。家の前に誰かいますよ?」
家に帰ると、玄関の前で見知らぬ人物が立っていた。
(神父様……?)
魔女の家に神父が来るとは、珍しいというべきか、場違いというべきか。
そこにいたのは、まごうことなき神父だった。
しかも、その容姿がすこぶる良い。
長身でありつつも、細身な体。男にしては長い黒髪は、片目を覆っており、見えている右目も、三白眼であり、どこか影を感じさせる。
正直、美女にも見えてしまうその男に、シリカは思わず見惚れていた。好みとかそういうのではなく、単純に、「綺麗な人」として、見てしまう。
しかし一方で、ナインはというと怪訝そうな……というか、明らかにムスっとした顔つきになっていた。
そんな二人に気づいたのか、神父はこちらを見て、口を開いた。
……のだが。
「ちょっとぉ!! 人を何時間待たせるつもり!? おかげで虫に刺されちゃったじゃない!! ワタシのお肌が傷ついたらどうするのよ!!」
その口から出てきたのは、容姿の全てを台無しにする言葉だった。
十九話目投稿です!!
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