十五話 初めての箒①
薬作りにも慣れてきたシリカ。
元々、料理が得意だったためか、材料の仕込みはすぐに覚えることができた。問題だったのは、魔力の操作。元々魔力は持っていたものの、その存在に先日まで気づかなかったシリカにとって、それを自在に操ることは困難であったが、それでも何とか普通の傷薬を作ることには成功している。
一方、魔術の方に関しては、未だ解決策はなかった。
どんな魔術を使用しても、やはり治癒の効果が現れてしまう。しかも、直接的な攻撃魔術だけではなく、呪いの魔術ですら相手を癒してしまうのだ。
修行の一環で、ヤモリに呪いの魔術をかけてみたものの、苦しむどころか、気持ちよく眠ってしまった。しかも、起きたヤモリは以前よりも活き活きとした状態であった。
シリカの課題は未だ多く残っている。
とは言うものの、それだけに構っているわけにはいかない。
魔女には、覚えることが山のようにあるのだから。
「―――と、いうわけで、そろそろ、お前にも箒に乗ってもらう」
「やったぁぁぁぁあああ!」
「だから子供か、お前は……」
などと言われるものの、シリカにとってはそれだけ喜々するものだった。
箒と言えば、魔女にとって杖と同じくらい代表的な道具。それに跨りながら、空をかける姿を、彼女は何度も想像していた。
二人は地下室ではなく、森に出ていた。その理由は先ほどナインが言ったように、箒に乗る訓練を行うため。
別段、地下室の一室でも訓練は可能だ。だが、実際に使用するのは、外。ならば、外で訓練するべきだろう、というのがナインの考えだった。
幸いにも、天候は晴れ。雲もいくつか見えるものの、雨雲ではない。絶好の飛行訓練日和であろう。
「いいか。箒とは、魔力を注ぎ込んで操ることができる。このように」
言いながら、ナインは自ら持っていた箒を手放す。すると、箒はひとりでに宙を舞う。その動きは無軌道なものではなく、明らかにナインが操作しているものであった。
「おおっ」
「そして、箒に乗り、軽く地面を蹴ると」
言いながら、ナインは箒に跨り、地面を蹴ると、そのまま体ごと、宙に浮いたのだった。
「空を飛ぶことができる」
「おおおおっ!!」
「箒は杖と同じ要領でできている。違うのは、魔力を注ぎ込むと、自動的に浮遊と飛行の魔術が発動する仕組みになっていることだ」
魔術を使用するには、呪文を唱えるのが普通だが、中には魔力を注ぎ込むだけで、魔術が発動する場合もある。箒はまさにその典型例。
「さて、まずはお前の箒を渡すとしよう」
言いながら、ナインが指を鳴らすと、どこからともなく箒が表れた。長さはおよそ、一メートルと五十センチ、といったところか。
「これがお前の箒だ。クルストンから材料を貰って作った。無論、『人差し指』枝も使用してある。これで、箒がお前の魔力に耐えきれないということはないだろう」
魔力測定器しかり、クルストンの枝しかり、既にシリカの魔力がとんでもないものであることは、シリカ本人は無論、ナインも理解している。故に、あらかじめクルストンに頼んで、箒を作るための材料として『人差し指』枝を少しだけ分けてもらっていたのだ。
箒を渡されたシリカは、ナインに言われたように箒に跨り、柄をしっかりと握る。
「それでは次に、箒に魔力を送ってみろ。やり方は杖と同じ感じだ」
言われながら、シリカは箒に魔力を送ると、箒は一瞬光を帯び、全体が震えた。しかし、起こったことはそれだけで、木っ端みじんに吹き飛ぶことはない。
「どうやらお前の魔力に順応しているようだな。よし。そしたら、とりあえず、浮上してみろ」
「浮上してみろって言われても……」
「何、難しいことではない。地面を強く蹴ってみればいい。そうすれば、勝手に浮上する」
「わ、分かりました。よーし……一、二、三っ!!」
カウントダウンとともに、足先に力を入れ、そのまま飛び上がる。
直後。
シリカの視界は一変した。
そこは白と青だけがある世界だった。
厳密にいえば、純白な雲と青い空だけの場所。
雲がまるで地面となっており、上には混じり物が一切ない青空。そして、燦燦と輝く太陽。
そう。シリカは今、雲の上にやってきていたのだった。
先ほどまで確かに自分は地上にいたはずなのに自分がここにいる理由。それは単純明快、地面を蹴った反動で、ここまで跳んできたのだろう。信じられないことではあるが、それ以外に考えられない。
荒唐無稽かつありえない状況。しかし、そんな中シリカはというと。
「綺麗……」
目の前の光景に、気を取られていた。
しかし、それも当然か。普通の人間ならば、雲の上など見ることなどない。未知であり、神秘的なものを目にしてしまえば、見入ってしまうのも無理もない。
けれども。
それも、ほんのわずかな時間のことであった。
「あれ、何だか視界が落ち込んでるような……って、え、これ、私落ちてない? ちょ、流石に、やばいんじゃ……」
慌ているシリカ。
けれど、これは必然の出来事。
考えてみてほしい。彼女は今、飛んでいるのではなく、跳躍しているに過ぎない。故に、最高到達点まで行けば、あとはどうなるのか。
その結論は、ただ一つ。
「ぎゃああああああああああああああああああああっ!?」
汚い叫び声と共に、元聖女は、真っ逆さまに落ちていったのだった。
そして。
「……お、ま、え、は、な、に、を、やって、いる?」
地面に直撃するその寸前で、ナインが風の魔術によって作り出した風のクッションで、シリカを何とか受け止めていた。
無論、その表情は、鬼の形相ではあるが。
一方のシリカはというと、呆然とした顔をしており、心ここにあらずの状態だった。無理もない。文字通り、今、彼女は空から落ちてきたのだから。
風の魔術を解かれると、シリカは地面に大の字で寝転がるような姿になる。
「師匠……」
むくりと上半身を上げ、ナインの方を見た。
そして。
「私、箒で空を飛べました!!」
「阿呆が!! 今のは飛んだんじゃあなくて、跳んだんだろうがっ!!」
あまりにも呆れた弟子の発言に、ナインのツッコミがさく裂したのだった。
十八話目投稿です!!
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