十四話 薬作り②
「――――で、だ。結果から言うと、原因はお前の魔力だった」
ま、た、か。
思わずそんなことを口走りそうになったシリカであったが、なんとか心の中で抑え込みながら、続きを聞く。
「本来、魔女が作る傷薬は普通のそれとは違う。弟子、復習もかねて、傷薬の作り方を言ってみろ」
「えっと、オロナ草を細かく切って、ダミドク土とこね合わせて小さな団子を作る。次に、自分の魔力を込めた水と混ぜて、それを適度な温度で沸騰させる、ですよね? そしたら、団子が水に溶けて、それが傷薬になる……はずです」
「ああ。正解だ。まぁ、オロナ草もダミドク土も適量でなければならないし、沸騰させる時間も重要だ。が、お前の場合、それに関しては問題ない。正直、あそこまで文句がつけようのない作業では、何も言えん」
その言葉を聞いて、シリカはほっとする。
「問題なのは、お前が水に込めた魔力だ。魔女が作る傷薬は、魔力を注がれる。その注がれた魔力が、傷薬をエリクサーに変えた原因だ。治癒に特化したお前の魔力の影響で、ただの傷薬がエリクサーに変貌してしまった、というわけだ」
先ほどの手順の中にもあったように、魔女が傷薬を作る場合、魔力を込める必要がある。
シリカの魔力は異質だ。それこそ、炎の魔術を放って、対象を治してしまうほどに。そのことから考えて、何かしらの問題が起こるであろうことは、ナインも予測はしていた。
まぁ、流石にただの傷薬がエリクサーに変貌するとは、思いもしなかったが。
「しかし……まさか、薬にまで影響を及ぼすとはな」
「……すみません」
「? お前が謝ることではないだろ。むしろ、ここは喜ぶべきところじゃないか?」
「え?」
思いもしなかったナインの言葉。
ここは、もっと罵倒されるか、呆れられるかとばかり思っていたために、思わず言葉が詰まってしまった。
「手順はどうあれ、お前はあのエリクサー並みの傷薬を作り出したんだ。はっきり言って、異常ではあるが、ある意味偉業でもある。正直、オレでも同じような手法では絶対にできないからな。治癒、という分野においては、お前はオレよりも格段に上の才能を持っているよ」
才能を持っている。
その言葉を聞いた瞬間、シリカの中で何か熱いものを感じた。
思えば、これまでシリカは才能というものを持っていると自覚したことはないし、言われたこともない。無能、無才、最弱の聖女。自分は落ちこぼれであり、何をやってもできないのだと思いながら生きてきた。
家事全般にしたってそうだ。あれも全て、紅の聖女に叩き込まれてようやく身についたものであり、才能があったわけではない。
ゆえに、だ。
シリカは今、人生で初めて、己の才能に気づくことができたのだった。
「まぁ傷薬を作れという課題に対しては落第と言えるが」
「え、さっきまで褒めてたのにっ!?」
「当たり前だろうが。どれだけすごい薬だろうが、与える相手に適したものでなければ意味がない。薬は時に、毒にもなりえる。エリクサーは確かに万能の薬だ。だが、それに甘んじて他の薬を作れなくていい、という理由にはならん」
「うぐっ……」
まったくもってその通りである。
ナインからの課題は、傷薬を作ることである。いくらそれ以上の薬を作ろうが、指示されたものを作っていない事実は変わらない。
いわば、料亭でシチューを頼んで、出てきたのが超一流の料理人が作った絶品のカレーが出てきたようなもの。いくらそれがどれだけ美味しかろうが、客がそれを求めていなければ意味がないのだ。
そして、それは魔女にも言えること。
「魔女とはすなわち、魔に精通するものだ。別段、全ての魔術を扱えるようになれ、とは言わんが、それでも他の魔術も最低限知識としては知っておかなくては意味がない。一つの魔術しかあつかえないのと、一つの魔術を極めている、というのは全く違う話だからな」
しかし。
「だが……お前は他の者にはない武器を持っている。それはお前にとって、かけがえのない力だ。それを磨けば、きっとお前は立派な魔女になれるだろうよ。ま、魔女に立派も何も、ありはしないのだが」
「師匠……」
立派な魔女になれる。
その言葉が、シリカにとってどれほどのものなのか、恐らくナインは理解していないだろう。
本心なのか、それともただの世辞なのか。正直、どちらかは分からない。
だが、今まで何の期待もされてこなかった少女にとって、それは、本当に嬉しい一言だった。
「……おい。何をにやにやしている? 気色悪いぞ」
「ひどいっ! ニヤニヤしてたかもしれませんけど、そこまで言わなくても……」
「やかましい。にやけている暇があるのなら、さっさと作り直せ。薬については、工夫次第で何とかなるだろう。与える魔力量を減らすか、材料を変えるか……。とりあえず、もう一度最初からやってみろ」
「―――はいっ!!」
元気のいい返答。
それは、彼女が自分の小さな可能性を見つけられた故のもの……なのかもしれない。
ちなみにその後。
「だから、魔力を込めすぎだと言っとるだろうが!! 何で材料を切ったり、混ぜ合わせたりするのは上手いのに、魔力の扱いが下手なんだ!! もっとこう、瓶に入った水を一滴ずつ落とす感じでだな……って、だから多すぎだと言ってるだろうが、この馬鹿弟子ぃぃぃいいい!!」
「ひぃぃいいっ!! すみませぇぇぇぇえええん!!」
師に何度もしごかれ、涙目になりながら、二百回以上の失敗を繰り返したことにより、シリカはようやく普通の傷薬を作ることができたのだった。
十七話目投稿です!!
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