十一話 杖と枝選び⑤
「それじゃあ、今から杖を作成する。少し時間がかかるが、かまわないかな、ナイン」
シリカから『人差し指』枝を返してもらったクルストンが確認すると、ナインは「問題ない」と端的に答えた。
と、二人の言葉を耳にしたシリカは、そこで一つの事実に驚く。
「えっ、杖を作成って、クルストンさん、杖作れるんですかっ!?」
「当然だ。これまで私の枝を材料とした杖は、全て私が作ったものだ。無論、君の師匠の杖もね」
言いながら、ナインの杖を指さし、笑みを浮かべるクルストン。
勝手な想像ではあったが、シリカはクルストンには材料をもらうだけであり、彼自身が杖を作ってくれるとは全く思っていなかった。それこそ、鍛冶屋のように、杖を作ってくれる職人に頼むとばかり考えていたため、予想外の展開である。
「では、早速作業にとりかかるとしよう。何、そう時間は取らせない。長くて数分、といったところだろう」
いうと、クルストンの周りの地面から蔦が出現、否、生え出てきた。それらはまるで生き物のように動き、「人差し指」枝に巻き付いていく。
その様子を見ながら、シリカはナインに耳打ちする。
「師匠。質問なんですけど、杖ってそんな簡単にできるものなんですか?」
シリカの勝手な予想だと、杖を作るのにはそれなりの時間がかかると思っていたので、数分で済む、というクルストンの言葉は、信じられなかった。
しかし、クルストンが首を横に振り、それを否定する。
「まさか。杖を専門とする職人でさえ、一本作るのに一週間はかかる。それこそ、上質なものを作るとなれば、何十年も必要とする杖もあるほどだ」
「えっ!? そんなのが、数分でできちゃうんですか!?」
「ああ。まぁ、自分の枝を素材にしているからな。杖に調整するのも、あれにとってはわけないことだ。とはいえ、杖職人からしてみれば、神業ともいえるがな」
それはそうだろう。どんな武具や家具であっても、たった一日で作れることなどまずありえない。それこそ、質がいいものを作ろうと思えば、ナインがいったように、何日もかかるのが普通だ。それを数分でこなしてしまうなどと、神業以外の何物でもない。
そして。
「さぁ、完成だ」
その言葉が合図だったのか、巻き付いていた蔦が、全て解かれる。
そして、先ほどまでただの枝だったそれは、長細い一本の杖へと変化していた。
「ほら。握ってみてくれ」
「ほんとに数分で完成しちゃった……」
驚きながらも、シリカはクルストンから杖を受け取る。
「これが、私の杖……」
長さは大体、二十センチといったところか。先ほど持った枝よりも少し細くなっているが、曲がっておらず、しっかりとまっすぐな形になっている。
加えて、柄の部分である場所は、少し色が黒くなっており、他の部分よりも微妙に太くなっており、持ちやすい。
魔女の杖。それが自分の物となった事実は、シリカにとって、間違いなく嬉しいことだ。
しかし。
「何だ。何か言いたげな顔をして」
「いや、何か、師匠のと比べて随分短いなぁって思って……」
不満、というより、それは疑問。シリカの杖はどう見ても、せいぜいが二十センチ。一方のナインの杖は、軽く一メートルを超えており、持ち主であるナインよりも大きい。
シリカにとっては、魔女の杖はナインが持っているそれしか見たことがないため、それを目にしてしまっているせいか、どうしても比べてしまう。
「あはははっ。それはそうだろう。彼女の杖は、千年以上使われているからね」
「? どういう意味ですか?」
「杖というのは、使い手と共に成長するのさ。最初は君の杖くらいの長さだが、年数が経つにつれ、徐々に長くなっていく」
「ああ。だから、師匠の杖は、そんなに長いんですね」
「そういうことだ。とはいえ、彼女くらいの杖は滅多にないだろうけど」
千年以上共に生きた杖。それならば、ナインの杖の大きさも納得できるし、そして一方で彼女がどれだけ長い年月生きているのかが理解できる。
(杖は持ち主と一緒に成長する、か……)
そんなことを思いながら、シリカは己の杖を見る。それは、ナインのと比べてまだまだ小さいものの、しかし歴としたシリカの杖。魔女の必需品であるそれが自分のものだと改めて理解すると、無性に身体が高揚感で疼く。
そんな彼女を見てか、クルストンがある提案を口にした。
「それじゃあ、とりあえず、一発魔術使ってみようか」
「えっ、いいんですか!?」
シリカの心を読んだかのような言葉。けれど、それに師匠であるナインが待ったをかける。
「おいこら、勝手に話を進めるな。そしてそこの馬鹿弟子は目を輝かせるな。というか、お前魔術の呪文知らないだろうが」
「はっ、そういえば知りません!」
魔術を発動するには呪文を詠唱することが必要。それくらいの知識は、シリカにも当然あった。が、魔女のことは小さい頃から知ってはいたものの、肝心の魔術に関しては全くのド素人のシリカが、魔術の呪文を知っているわけがない。
「しかしナイン。杖に彼女の魔力を馴染ませるためにも、ここは彼女に魔術を使わせるべきだと思うんだが。仕事に手抜きはしてないが、試運転もしてないものをそのまま渡すのは、作った本人として少々不安が残る」
それは、杖を作った者としての言葉か、それともシリカの心中を察しての言葉か。いや、この場合は両方、といったところだろう。
ナインもそれは理解していた。しかし、だからこそ、その言葉を無碍にはできない。ここで一度持ち帰って杖に何か問題があれば、またここへやってこなくてはいけない。そんな面倒をする可能性があるのなら、ここで確かめる方が無難である。
「……帰ってからさせようと思っていたが、まぁいいか。ここならば、何かと不都合も少ないしな。いいだろう。予定外だが、最初の魔術を教えてやる」
「やったぁぁぁあああっ!!」
魔術が使える。その事実に心の底から喜びの声を上げた。
刹那。
「~~~~っ!?」
ナインの杖がシリカの脛に直撃し、体中に電流が走る。
「はしゃぐなっ。子供か、お前は」
「あ、あい……」
ナインの言葉に、涙目になりながらその場にうずくまるシリカだった。
十四話目投稿です!!
そして、祝200P突破!!
皆さまの順調な餌やりのおかげで、スマホがなぜか初期化され、放心状態になった作者の気力も元に戻りました!!
今後とも、何卒よろしくお願い致します。