二十六話 エピローグ①
「―――成程。それが事の顛末、というわけね」
ホプキンス、そして『魔星』ことシリカの父親の件に決着がついて数日後。
ナインはティアニアに今回の事を全て話していた。
「『上書き』の力に『魔星』、異世界……全く、聞いただけで頭が痛くなるわ。この世界のことだけでも厄介ごとだらけだというのに、外から別の厄介ごとがやってくるとなるなんて。本当に、毎回面倒ね」
ティアニアはナイン以上に生きている【大魔女】。だからこそ、異世界のことはよく知っているし、それが持ち込む面倒ごとの厄介さも重々承知だ。
この世界だけでも、多くの問題を抱えている。だというのに、それ以上の問題を毎度毎度、持ち込んでくるのだ。それこそ、世界を破滅させる程の代物を。
それには、流石のティアニアも嘆きたくなる。
「とはいえ、それをわたくしに教えてた理由は、つまるところ『後片付け』のことでしょうね。今回の件は、外部に漏れれば余計な茶々を入れかねない理由になるわけだし。特にマレウス辺りが知れば、嫌らがらせの口実として何かしてくる可能性もあるわけだし」
「……まぁ、そういうことだ」
ティアニアの言葉に、ナインは肯定の言葉を口にする。
彼女が言ったように、今回の件でシリカやナインにちょっかいを出してくる者が増える可能性は高い。それこそ、世界を滅ぼしかけた存在は監視するべきだとか、暴走しかけた責任を負わせるべきだとか。当事者でもない連中が口を挟んでくるのは目に見えている。
それに対処するには、ナインだけの力では不足。
それこそ、ナイン以上の【大魔女】の中であるティアニアだからこそできることだ。
「いいでしょう。今回の件は、わたくしの力でどうにか真相を秘匿できるよう心掛けるわ」
「……礼を言う」
「いいのよ。親友の頼みですもの。それに、貴方の母親―――マギラニカとは長い付き合いだったし。彼女が異世界の危険性について色々と考えてたことは知っていたわ。それに、異世界に関連することは、わたくしにとっても無関心でいられることではないのだもの」
それを言ってしまえば、それこそこの世界に生きる者全てが無関心ではいられない。だが、異世界のことを大勢が知るのはあまりにも危険だろう。そもそもにして、信じてもらえるかどうか怪しいものだ。いや、たとえ全員が信じたとして、ロクなことにならないのは明白である。
「それにしても……恐ろしいものね。今回の件、貴方が近くにいたからどうにかできたものの、もしも貴方がいなければどうなっていたことやら」
「それは違うな。『魔星』については、結局のところ、あの馬鹿弟子が自分で解決したことだ。オレはそれを少し手伝ったにすぎん」
「ええ。そっちについては、そうでしょう。でも、もう一つ。そのホプキンスという男については、また別。全く、他所の世界に迷惑をかけるなんて、ロクな男ではないわね」
事実、ホプキンスが余計なことをしたせいで、世界は一度、滅びかけた。
あのまま、もしもシリカの体が『魔星』に乗っ取られ、世界が書き換えられれば、文字通り、この世界は無くなっていただろう。
誰も何も抵抗することもできず、ただの一瞬で。
そのきっかけとなったホプキンスは未だ別の世界で生きている。この世界にはいないからと言って、問題ない、と言い切れない。
それこそ、もう一度この世界にやってこないという保証はどこにもないのだから。
「その男についてはわたくしも目を光らせるようにしておくわ」
「悪い。面倒をかける」
ナインだけではなく、世界を放浪するティアニアもまた警戒していれば、もしもの時は対処できる可能性が格段と上がる。
「そういえば、シリカはどうしているのかしら?」
「まだベッドの上だ。今は寝ている。思った以上に疲労がたまっていたようだ。使い魔のドラゴンがそばで看病している」
「それもそうでしょう。今まで自分が持っていた力を全てなくしたんだもの。無理もないわ」
無意識とはいえ、生まれてからずっと持ち続けてきた力。その良し悪しはともかく、言ってしまえばそれは己の半身に近い存在。しかも、それが世界を変える程、膨大な力ときた。それを自分の意思で、一気に失ったのだ。体への影響もそうだが、精神面での負担も相当なもののはず。
しかし、その点について、ティアニアはさほど問題視していない。彼女ならきっと元通り回復するだろうと思っている。
ゆえに、『棺の魔女』が気にしているのは、別の点。
「それで? これからどうするの?」
「どうする、とは?」
「シリカのことよ。あの子、『上書き』の力とやらを失ったのでしょう? なら、それはつまり魔力は全て失ったことと同じ。つまりは魔女ではなくなった。それはつまり……貴方の弟子でもなくなったことになるのだけれど?」
ティアニアは事実を淡々と口にする。
今回の件で、シリカは魔力を、正確には魔力に擬態していた力を失った。今まで特殊だとか、最大量だとか言われていた力を、全て無くしたのだ。故に、今の彼女はただの少女であり、魔女どころか、魔術師ですらない。故に、シリカはナインの弟子ではなくなったということだ。
だから、同じ魔女として『棺の魔女』は問いを投げかけている。
『楔の魔女』として、師として、お前はどうするのか、と。
そして。
「ふん。そんなもの、決まっているだろうが」
ぶっきらぼうに、けれどももう腹は決めていると言わんばかりのナイン。
そんな彼女の顔を見て、ティアニアは笑みを浮かべるのだった。
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