二十五話 決着②
『魔星』との決着が着き、シリカ達は球体から脱出した。
そして、それと同時に黒い球体は徐々に崩壊していく。力の持ち主どころか、力そのものが無くなったのだ。故に、消えていくのは当然だろう。
そんな光景を、シリカは見上げながら目にしていた。
とは言っても、正確には、ナインにお姫様抱っこされながら、ではあるが。
少女に自分を両手で抱えてもらうなど、いつもならばあまりの恥ずかしさに赤面するところだが、先ほどまでの疲れのせいで、まともに喋ることすらできなかった。
「し、しょう……すみません」
「気にするな。他に方法がなかったとはいえ、少し無理をさせすぎた。今はゆっくり休め」
言われ、シリカはそのまま目を閉じた。
『上書き』の力を全開で発動し、その力を消した……だけではなく、自分の父親とも離別したのだ。肉体的、精神的にも限界がくるのは、むしろ自然な流れだと言える。
父親を倒し、自分の力と夢を手放しながら、彼女は世界を救ったのだ。世間はその功績を知らず、彼女の決意やら覚悟やらなどここにいる者以外誰も理解していない。
そう、ここにいる者以外。
それはナインと、そしてもう一人。
「―――まさか、このような結末が待っているとは」
崩壊する球体。それを見上げながら、男……ホプキンスは呟く。
その口調から感じられるのは、確かな落胆。彼にとってみれば、もう少しで食べられるはずだった御馳走を目の前でぶち壊された気分なのだろう。
そんな彼に対し、ナインは言い放つ。
「お望みの結果が出なくて残念だったな」
挑発的な言葉。
しかし、ホプキンスは苦笑しながらも、首を左右に振った。
「いいえ。確かに望んだモノは手に入りませんでしたが、これはこれでアリかと。それに、全くの成果がないとは限りませんし」
「……成程。御馳走は失ったが、せめて腹はみたしたい、と」
ナインの言葉に、ホプキンスは不敵な笑みで返す。
あくまで、目の前の男は、目的のために行動することをやめない。そういう人間であることは理解していた。だからこそ、こういう場面になるであろうということも、ナインは予想していた。
そして。
そのための、対策も、しっかりと練ってある。
「悪いが、その願いも叶うことはない」
「ほう? では、もう一度手合わせを?」
「いいや、その必要はない。何せ、既に決着はついているからな」
ナインが言い終わる、その刹那。
唐突に、何の前触れもなく、ホプキンスの体の内側から無数の楔が噴き出した。
「これ、は……」
これまで、何度もナインに不覚を取ったホプキンス。しかし、不意を突かれたからと言って彼は全く動じることはなかった。急襲されても、傷を負っても、どうということもない。それだけの力を持っているのは確かだ。
だが、今回は違う。
明らかに奇妙だと言わんばかりの表情を浮かべる彼に対し、ナインは答えるかのように口を開いた。
「楔には二つ、使い方がある。楔を打ち込むことで壊す方法。そして、逆に楔を打ち込むことで、固くつなぎ合わせる方法」
一方は壊す方法であり、一方はより強固にする方法。
全くの正反対の使い方。その性質を持っているのが、楔という存在だった。
そして、ナインは『楔の魔女』と呼ばれるだけあって、その性質をよく知っており、己の楔に応用して使うこともできる。
「球体に突入する前に打ち込んだ楔の中に、分身と本体の繋がりをより強く結びつけるものを仕込んでおいた。これで、分身であるお前が傷つけば、本体も同じく傷つくことになる。無論……」
「分身が死ねば、本体も死ぬ、というわけですか……」
分身を使う最大のメリット。それは、たとえ分身が殺されても、本体は無事である、ということだ。その点を利用して、ホプキンスは無数の分身を作っている。無論、ここにいる一体以外にも、だ。
だが、その最大のメリットをこうも簡単に覆されるとは。
「これは参った。分身を使っていたツケが回ってきた、というわけですか」
「そういうわけだ。加えて、その体から突き出た楔一つ一つに特殊な細工がしかけてある。今のお前を一撃で吹き飛ばすには十分すぎる程のな」
無数に突き出た楔は、それこそホプキンスの体中から出ている。それを全て取り払うことはできないし、その前に魔術を発動させて、止めは刺せる。
だというのに、ナインの顔にはどこか苛立ちのようなものがあった。
「……まぁ、どうせこの分身を消し炭にしたところで、お前は死なないのだろう? いや、正確には、死んだところで本体はすぐに再生する。違うか?」
「ええ。まぁそうですね」
はっきりと、そしてあっさりと認めるホプキンス。
それもそのはず。分身だけでもあれだけの能力を発揮できたのだ。ならば、もしも自分が殺された場合の処方を用意していないはずがない。
分身と本体の繋がりを強くしたとはいえ、結局のところ分身は分身だ。ここで不死殺しの一撃や滅殺の魔術を与えても、その効果で本体を諸共消滅させることはできないだろう。殺すことはできても、消すことはできない。
ゆえに、ホプキンスを本当の意味で倒すには、本体を直接叩くしかないのだが、それは不可能だ。
何故ならば。
「加えて言うのなら、お前の本体は、この世界には存在していない」
その言葉に、ホプキンスの瞳が大きくなる。
「……そこまで見抜くとは」
「決め手となったのは、この世界が塗り替えられるかもしれないとオレが言った時の反応だがな。いくらお前でも自分ごと世界が書き換えられては食べるもなにもないだろう。故に、そこから導き出される答えは一つ。この男は、この世界にはいない。だから余裕の態度のままだった、とな」
そう考えれば、ホプキンスが異世界のことについて知っていたことも納得がいく。
本来ならば、異世界の存在など、知る人間は限られている。しかし、本人が異世界からやってきたのなら、知っていて当然のことだ。
「今まで多くの世界を見てきましたが、この短時間で私の本体が異世界にあると理解したのは、貴方が初めてですよ」
「世辞はいい。とにかく、これで詰みだ。その分身を壊せば、この世界にある他の分身も同じく壊れる。故に、警告しておく。二度とこの世界にちょっかいを出すな」
「それは確約できませんねぇ。何せ、貴方という極上の食材がいる。これを見過ごすなど、あり得ない……とはいえ、ここまで私を追い詰めた貴方への敬意として、しばらくは手を出さないと約束しましょう。私にも、優先すべき事柄があるので。余計なちょっかいを出して、しっぺ返しにあうのは御免ですしね」
こんな状況下にあるにも関わらず、ホプキンスは相変わらず、笑みを浮かべていた。
それは敗北者のそれではなく、故にナインもこれで自分が勝ったとは思っていない。けれど、それでも、ホプキンスという異物を一時的に排除できることに、変わりはなかった。
「では。またどこかで」
「黙れ。二度と来るな」
言葉が終わると同時。
無数の楔が一斉に爆発し、ホプキンスの体も木っ端微塵に吹き飛ぶ。
こうして、この事件は本当の意味で決着がついたのだった。
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