二十四話 決着①
光があふれかえった世界。
そんな中で、シリカは一人の男と出会っていた。
整っていない長い黒髪。長身である一方で、身体は細身。いや、細すぎると言っても過言ではない。骨まで見える、というわけではないが、筋肉という筋肉が最低限のものしかない。
その男が誰なのか、今更疑う余地もなかった。
「お父さん……」
シリカの父親。外の世界から墜ちてきた『魔星』は、人の姿となり、娘と最後の会話をしにやってきていた。
「……本当に、これでいいのか。お前は。俺が『上書き』の力を使えば、お前やラムダは幸せな未来が待っているというのに」
ここまで来て、しかし『魔星』は未だ自分のやろうとしていることが、彼女たちにとっても幸せなことだと言い切った。
いや、それは誤魔化しの言葉などではなく、真実彼の中ではそうなのだろう。自分が作り出す世界で生きることが、自分にとっても、彼女たちにとっても幸せであるのだ、と。
そんなものは間違っている。正しくないし、歪だ……そう言い切るのは簡単。
けれど、シリカは苦笑しながら、別の言葉を口にする。
「うん……そうかもしれない。でも、それはやっぱり嫌かな。だって、私、今のこの世界が好きだから」
正誤ではなく、好悪。
それはあまりにも我儘で、自分勝手な理由。けれど、それでいいとシリカは思う。
だって、人間が何かを決めるのは、結局のところ、そういうモノなのだから。
そんな彼女に対し、『魔星』は首を横に振る。
「それはお前が、世界のことを知らないだけだ。お前が成長すれば、世界の嫌なところをたくさん見ることになる。そうなれば、嫌な想いも多くするはずだ」
「かもね……分かってるよ。それくらい。私、馬鹿だけど、そこまでもの知らずじゃないんだから」
「いいや、お前は知らない。人間の愚かさを。見ただろう? 俺の記憶を。俺の元いた世界の最後を。人間は、己の欲望のために、己の首を絞める。そして、お前の世界も、いつかきっとああなる。何も対処しなければ、いつか絶対にな」
それは、幻として垣間見た、『魔星』が生まれた世界。
彼の世界は、確かにひどい有り様だった。誰しもが自分のためにしか戦わず、だからこそ滅びた世界。互いの手と手を取り合うこともできたはずだ。いいや、仮に平和にならなくとも、平和になるよう努力をすれば、あんな終末を迎えることはなかっただろう。
そして、それは何もあの世界に限った話ではない。
だからこそ、そんな最悪な結末にならないように、『上書き』の力を使うのだという父に対し、けれどもシリカはそれを肯定しない。
「そうだとしても、やっぱりお父さんの力に頼るのは、嫌だよ……どれだけ幸せでも、都合がよくても、それは結局、お父さんのおかげだもん。私は、どれだけ醜くても、辛くても、ちゃんと自分の足で立って生きてみたい。自分の意思で生きてみたいの」
どれだけ幸福な世界であろうとも。どれだけ自分たちに都合がいい世界であったとしても。
それは、父が思い描いた世界であり、きっとシリカは自分の意思で、心で、魂で生きていくことはできない。『魔星』が願った通りの運命があって、出会いがあって、いつまでも続く平和。それはきっと優しい世界なのかもしれないが、けれど、そこではシリカは生きてはいないだろう。ただ、存在するだけ。
それは、やはり認められるものではなかった。
「そうか……ならば、もう何も言うまい。お前はお前の世界で生き、死ぬといい」
娘の意思を聞き、『魔星』はそうつぶやいた。
いくら彼とて、今更自分の娘を本気で説得できるとは思っていない。ただ、最後であるから話をしたかっただけ。
幸せな世界を突っぱねるその理由を、聞きたかっただけなのだ。
そして、納得はしないものの、その答えを知ったのだから、後は消えるのみ。
そうして、シリカに対し、背を向けた瞬間。
「お父さん!!」
自分を呼び止める声に、思わず足が止まった。
加えて。
「あ、あのね……今の私がこんなこと言うのはおかしいって分かってるけど……ありがとう」
そんな言葉が飛んできたものだから、これまた思わずシリカの方に振り向いてしまう。
「どんな理由があったにせよ、お父さんがいたから、私は生まれてくることができた。お母さんの子供になれたし、先生の下で暮らせた。そして、今は師匠の弟子になることができた。私の幸せは、お父さんがくれたもの。だから、ありがとう!」
確かに父は、間違っていたのかもしれない。そして、自分は彼の行動を否定した。その点については、自分が決意したことだし、後悔はしていない。
だが、それでも、父親に対する感謝は別だ。
今、言ったように、彼がいたから、シリカは生まれてくることができたのだ。普通の生まれ方ではないし、その目的もロクなものではなかった。
それでも、彼女が今、手にしている幸福も不幸も、今まで全ての出来事も、彼がいなければ手に入れることができなかったのだから。
ゆえに、彼女は言うのだ。
ありがとう、と。
「……本当に、おかしな子だ。そういうところは、母親そっくりだよ」
他人にどこまでも優しく、けれど一度決めたことは曲げない。そして、妙なところで律儀な性格。
ああ、と『魔星』は心の中で呟く。
この子は、本当に彼女の娘なんだな、と。
今更過ぎる事実に、何故か胸がすく思いとなり。
思わず、笑みを零してしまった。
「俺が言えた義理ではないがな……幸せに生きるといい、シリカ。お前が、どんな選択をしようとも、構わない。それがお前の信じた道ならば、突き進め。そして、最後には―――笑って果てるといい」
「―――うんっ」
それが一つの親子の最後の会話。
語り終え、娘の笑顔を見ながら光に溶けていく『魔星』。
その表情は、彼の人生で最高の笑みを浮かべていたのだった。
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