表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

110/120

十八話 親子②

 おちる。おちる。おちる。


 どこまでも続く暗闇へと落ちて行く。

 それはまるで、記憶で見た、かつての父親の如く。

『次元の裂け目』に落とされ、永遠ともいえる長い時間、落下し続けた男と同じような有様。


 そして同時に理解していた。

 このままでは、完全に闇に飲まれてしまう、と。

 そして、その時こそが、シリカの完全な死であり、父親の完全な復活の瞬間。

 それを阻止するためにも、どうにかしなければならないのだが―――


 いや、そもそも。


(どうすれば、いいんだろう……)


 父親を止めなければならないのは理解している。

 彼のやろうとしていることは、明らかに間違っている。故に、それを止めるのは、娘である自分の役割だ。たとえ、彼にとっては替えのきく存在であり、そもそも彼を復活させるために生み出された、否、作られた存在だったとしても。


 けれども、だ。

 根本的な話として、どうすればいいのか、全く見当がつかない。


「―――全く。貴様はいつまで経っても世話の焼ける奴だ」


 ふと聞き覚えのある声がした刹那。

 先ほどまで暗闇だった周りが一瞬にして、その風景を変えた。


「ここ、は……」


 それは、かつてシリカが住んでいた王宮内、その一室。

 聖女とその世話をする者のみが使うことが許された場所である。

 突然の出来事に驚きを隠せないシリカ。

 先ほどまで自分は確かに落下していた途中であった。だがしかし、この風景になった途端、落下による浮遊感は消えていた。

 しかし、だからと言ってあの闇から解放されたとは考えにくい。とすれば、これは一種の走馬灯。死に直面しているが故に、過去の出来事を見ているということだろうか。

 などと思っていると、カツを入れるかの如き言葉が飛んでくる。


「おいこら、いつまでぼうっとしている」


 ふと、声がした。

 ゆえに、後ろを振り向いたと同時、シリカは大きく目を見開いた。

 そこにいたのは、この場所の主にして、そして、彼女がよく知る人物。


「先生……?」


 そこには、かつての育ての親であり、『紅の聖女』―――エルノ・キルヒアインゼンがいたのだった。

 あまりにも唐突かつ、予想外すぎる人物の登場に、シリカは息をのむほかなかった。


「どうして先生がここに……」

「どうしてもクソもあるものか。貴様が不甲斐ないがゆえに、こうして出てきてやったのだろうが」


 などと言うものの、そんな問題ではないだろう。

 何故なら、エルノは既に故人。死んでいる人間だ。それがどうして、このタイミングで現れたのか。

 そんな疑問を持つシリカを他所に、エルノは大きなため息を吐いた。


「しかし、まさかこのような事態になるとはな。保険をかけていたとはいえ、全く、あの下衆め。本当にしぶとい」

「保険……?」

「お前が力に目覚めた際の保険、つまり、今の私だ。まぁもっとも、この私は何の力もない、ただの残骸でしかないがな」


 ただの残骸、と言うものの、シリカからしてみれば、エルノは生前と変わらない姿に見えた。

 いや、姿だけではない。先ほどからの態度や口調、その身に纏う空気まで、生前の彼女と全く同じなのだ。


「故に、今の私には何もできん。だから、いつものように情けなく泣いても助けることはできんぞ」

「な、情けなく泣いてもって……私、そんなに泣いていたわけじゃ……」

「ハッ、今更何を言っている。お前が泣き虫ということは、変えようがない事実だろうが。菓子を取り上げたくらいで、ビービーといつまでも泣きおって」

「そ、それは私が滅茶苦茶小さい頃の話じゃないですか!! そんな昔のことを掘り返さないでください!!」

「小さい頃だろうが何だろうが、それが貴様の過去だ。それを覆すことはできん。故に、貴様は泣き虫であるという事実は絶対であり、普遍の事実だ」

「えぇ~……」


 暴論ここに極まれり。

 しかし、これもまたいつものことなので、もう慣れっこであるシリカだった。

 そしてだからこそ。

 エルノが、どこか気まずそうに頭をかいた時は、珍しいとさえ感じてしまった。


「……貴様には、まぁ酷なことをしたと自覚はしている。父親のこと、己のこと、それを知ることがないよう、色々と手を加えたからな。加えて、聖女のことについても」

「でも、それも私の中にある力を抑えるためですよね? 大丈夫です、分かってますから」


 そう分かっている。彼女が、自分のために色々と手をまわしてくれたことくらい、シリカでも理解はできるのだ。

 それがどれだけの労力がかかったのかは分からない。しかし、並大抵のことではないのは確かだろう。


「……あの先生。質問してもいいですか?」

「ん? ああ、構わんぞ。今の私は、何の力もない。しかし、貴様の話を聞いてやることくらいはできるかなら」

「じゃあ、先生。一つ聞かせてください」


 自分のことをここまで大切にしてくれたからこそ、聞いておかなければならないことがある。

 それは。


「どうして―――私を殺さなかったんですか?」


 己の殺害。

 それこそが、シリカが全てを知った上で、知りたいと思える疑問だった。

最新話投稿です!!

面白い・続きが読みたいと思った方は、恐れ入りますが、感想・評価の方、よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ