十八話 親子②
おちる。おちる。おちる。
どこまでも続く暗闇へと落ちて行く。
それはまるで、記憶で見た、かつての父親の如く。
『次元の裂け目』に落とされ、永遠ともいえる長い時間、落下し続けた男と同じような有様。
そして同時に理解していた。
このままでは、完全に闇に飲まれてしまう、と。
そして、その時こそが、シリカの完全な死であり、父親の完全な復活の瞬間。
それを阻止するためにも、どうにかしなければならないのだが―――
いや、そもそも。
(どうすれば、いいんだろう……)
父親を止めなければならないのは理解している。
彼のやろうとしていることは、明らかに間違っている。故に、それを止めるのは、娘である自分の役割だ。たとえ、彼にとっては替えのきく存在であり、そもそも彼を復活させるために生み出された、否、作られた存在だったとしても。
けれども、だ。
根本的な話として、どうすればいいのか、全く見当がつかない。
「―――全く。貴様はいつまで経っても世話の焼ける奴だ」
ふと聞き覚えのある声がした刹那。
先ほどまで暗闇だった周りが一瞬にして、その風景を変えた。
「ここ、は……」
それは、かつてシリカが住んでいた王宮内、その一室。
聖女とその世話をする者のみが使うことが許された場所である。
突然の出来事に驚きを隠せないシリカ。
先ほどまで自分は確かに落下していた途中であった。だがしかし、この風景になった途端、落下による浮遊感は消えていた。
しかし、だからと言ってあの闇から解放されたとは考えにくい。とすれば、これは一種の走馬灯。死に直面しているが故に、過去の出来事を見ているということだろうか。
などと思っていると、カツを入れるかの如き言葉が飛んでくる。
「おいこら、いつまでぼうっとしている」
ふと、声がした。
ゆえに、後ろを振り向いたと同時、シリカは大きく目を見開いた。
そこにいたのは、この場所の主にして、そして、彼女がよく知る人物。
「先生……?」
そこには、かつての育ての親であり、『紅の聖女』―――エルノ・キルヒアインゼンがいたのだった。
あまりにも唐突かつ、予想外すぎる人物の登場に、シリカは息をのむほかなかった。
「どうして先生がここに……」
「どうしてもクソもあるものか。貴様が不甲斐ないがゆえに、こうして出てきてやったのだろうが」
などと言うものの、そんな問題ではないだろう。
何故なら、エルノは既に故人。死んでいる人間だ。それがどうして、このタイミングで現れたのか。
そんな疑問を持つシリカを他所に、エルノは大きなため息を吐いた。
「しかし、まさかこのような事態になるとはな。保険をかけていたとはいえ、全く、あの下衆め。本当にしぶとい」
「保険……?」
「お前が力に目覚めた際の保険、つまり、今の私だ。まぁもっとも、この私は何の力もない、ただの残骸でしかないがな」
ただの残骸、と言うものの、シリカからしてみれば、エルノは生前と変わらない姿に見えた。
いや、姿だけではない。先ほどからの態度や口調、その身に纏う空気まで、生前の彼女と全く同じなのだ。
「故に、今の私には何もできん。だから、いつものように情けなく泣いても助けることはできんぞ」
「な、情けなく泣いてもって……私、そんなに泣いていたわけじゃ……」
「ハッ、今更何を言っている。お前が泣き虫ということは、変えようがない事実だろうが。菓子を取り上げたくらいで、ビービーといつまでも泣きおって」
「そ、それは私が滅茶苦茶小さい頃の話じゃないですか!! そんな昔のことを掘り返さないでください!!」
「小さい頃だろうが何だろうが、それが貴様の過去だ。それを覆すことはできん。故に、貴様は泣き虫であるという事実は絶対であり、普遍の事実だ」
「えぇ~……」
暴論ここに極まれり。
しかし、これもまたいつものことなので、もう慣れっこであるシリカだった。
そしてだからこそ。
エルノが、どこか気まずそうに頭をかいた時は、珍しいとさえ感じてしまった。
「……貴様には、まぁ酷なことをしたと自覚はしている。父親のこと、己のこと、それを知ることがないよう、色々と手を加えたからな。加えて、聖女のことについても」
「でも、それも私の中にある力を抑えるためですよね? 大丈夫です、分かってますから」
そう分かっている。彼女が、自分のために色々と手をまわしてくれたことくらい、シリカでも理解はできるのだ。
それがどれだけの労力がかかったのかは分からない。しかし、並大抵のことではないのは確かだろう。
「……あの先生。質問してもいいですか?」
「ん? ああ、構わんぞ。今の私は、何の力もない。しかし、貴様の話を聞いてやることくらいはできるかなら」
「じゃあ、先生。一つ聞かせてください」
自分のことをここまで大切にしてくれたからこそ、聞いておかなければならないことがある。
それは。
「どうして―――私を殺さなかったんですか?」
己の殺害。
それこそが、シリカが全てを知った上で、知りたいと思える疑問だった。
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