八話 杖と枝選び②
(木、木が喋ったぁぁぁあああっ!?)
心の中で、シリカは思いっきり叫ぶ一方で、ここで、口に出さなかっただけでも、自分を褒めてやりたいと思った。
人の形をした木が目の前に現れただけでも奇っ怪だというのに、それが人間の言葉を発したとなれば、驚くなという方が無理がある。
けれど、ナインはまるでそれが当たり前のような態度のまま、口を開いた。
「久しいな、クルストン」
「久しい? そうだろうか。君に会ったのは、そこまで昔ではないような気がするんだが」
「だろうな。だが、二百年という月日は、人間にとってはそれなりの時間だ」
「二百!?」
いきなり出て来た年数を耳にしたシリカは、今度こそ思わず口に出して驚いてしまった。
けれど、そんな彼女をよそに、クルストンは枝の髭に手を当てながら、続けて言う。
「確かに、人間にとってはそうだろう。しかし、君にとってはまた別だろう?」
「言ってくれるな。魔女とて人間だろうが」
「それはそうだが、千年以上も生きている魔女となれば、やはり話は違ってくると思うのだが」
「千年!?」
先程の五倍の年数に、再びシリカは素っ頓狂な声を出す。
二百年という年数だけでも相当だというのに、それを遥かに超える千年という月日。
これはもう、聞かずにはいられない。
「あ、あの師匠? 失礼ですけど、一体おいくつなんですか……?」
「さてな。まぁ、見た目と違って、それなりに生きている、とだけ言っておく」
はぐらかすような言葉。しかし当然か。女性に年齢のことを聞くなど、論外だ。とはいえ、それでもナインが見た目よりもずっと長く生きているのは間違いないらしい。それも、人間としての領域を超える程に。
「それで? 今日は何の用かな?」
「こいつが使う杖の材料を貰いに来た」
「こいつ……?」
刹那、クルストンはナインのとなりにいるシリカを凝視し、同時に目を丸くさせる。
「……なる程。これは驚いた。これほどまでに膨大な魔力の持ち主とは。彼女は一体?」
「オレの弟子だ」
「弟子……? 君の?」
「ああそうだ。不本意ながらな」
ナインの答えに、シリカは苦笑いする他なかった。
一方のクルストンはというと。
「ふふ、くふふ、ふははははっ!?」
森中に響き渡る程の声で、大笑いしだした。
「弟子!? そうかそうか、君もようやく弟子をとるようになったか。いやはや、まさかこんな日が来るとは思ってもみなかった!」
「おいこら。その反応は何だ。オレが弟子をとることが、そんなにおかしなことか」
「おかしい? おかしいとも! これまで一人たりとて弟子を取らなかったあの『楔の魔女』が、弟子をとったんだ。これほど珍しいことはないだろうに!」
言いながら、未だに笑いを続けるクルストン。しかし、そこにあるのは嘲笑ではなく、純粋な興味。本当に珍しいモノを見たと言わんばかりな視線であった。
「ああ、自己紹介が遅れた。私はクルストン。もはや人に忘れ去られた精霊。ウッドマンの一人だ」
「ウッドマン……?」
聞きなれない単語に、思わずシリカは首をかしげる。
「森の番人にして、守護者。力ある森に必ずいる精霊達のことだ」
「精霊……って、あのおとぎ話とかにでてくる、あの精霊ですか?」
「はははっ。おとぎ話ときたか。まぁ、それも仕方あるまいて。精霊の数は昔と比べてかなり減ったからなぁ。残っている連中も、ほとんどが身を隠したり、姿を見えなくしている。故に、おとぎ話扱いされるのも、無理はないか。かくいう私も、普段は普通の木に紛れているしな。このように」
などと口にした次の瞬間、クルストンの姿が消える。否、正確に言うのならば、他の木々と全く同じ姿になったのだ。
もしも、最初からクルストンが木に化けていたら、シリカは絶対見分けることができなかっただろう。
「す、すごい……!!」
「はははっ。君は実にいい反応をしてくれる」
「おい。人の弟子で遊ぶな」
「いいじゃないか。ボッチな老人の楽しみを奪うもんじゃあない」
ボッチな老人。
その言葉に、シリカは妙な違和感を覚えた。
「あの、ここには、クルストンさん以外ウッドマンっていないんですか?」
「ああ。ウッドマンは基本的に一つの森に一人しかいない。とはいえ、さっきも言ったように精霊はその数が圧倒的に少ない。ウッドマンに至っては絶滅寸前。恐らくは、私以外のウッドマンはいないんじゃあないかな」
「それは、どうして……?」
その問いに対して答えたのは、クルストンではなく、ナインだった。
「力のある森の数が減っているのさ。人間が開拓やら土地開発やらで森を次々に伐採などしているからな。おまけに魔獣の数も増えてきて、森を荒らしているのも多くなっていると聞く」
「ああ。あれらのおかげで、我々の居場所はかなり少なくなった。魔獣の放つ毒気は我らにとっては致命傷になりかねないからなぁ」
魔獣。それは、世界各地に存在する、魔力を持った獣達。そのほとんどが獰猛かつ凶悪。普通の獣と違って、人と共存したりすることはできない。加えて、クルストンが言ったように、魔獣は毒気を放っており、それらは人間は無論、他の動植物にとっても害になるモノである。
人間の森林伐採は確かに問題ではあるが、しかしそれ以上に魔獣による被害の方が、ウッドマン達の数を減らしてきた要因だと言える。
「とと。と、いけないいけない。久しぶりのお客人を相手に、こんな暗い話をするもんじゃあないな」
「すみません、妙なこと聞いて……」
「いやいや。気にしなくていい。それよりも、だ。杖の材料だったね。なら、『枝選び』をしなきゃいけないんだが……」
また知らない単語。
どういう意味なのだろうか、などと考えているシリカだったが。
「それじゃあ、お嬢さん。取り敢えず、服、脱ごうか」
「…………はい?」
その言葉に、彼女の思考は一瞬、何もかもが吹っ飛んだのだった。
十一話目投稿です!!
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