十三話 楔の魔女②
かつて、『最初の魔女』と呼ばれた女性がいた。
彼女は名前の通り、最初に魔女になった存在であり、歴代のあらゆる魔女よりも強かった。
そしていつしか、世界最強の存在となりつつあったのだった。けれど、彼女が強くなったのは、最強を望んだから、というわけではない。
世界のことを知りたい。そのためには、あらゆる魔術を極めなければならない。そんな想いがあったからこそ、彼女は最初の、そして最強の魔女になり得たのだ。
しかし、それゆえに、彼女は絶望することになる。
世界のことを知り尽くした彼女は、その先に、異世界が存在することを知ったのだ。そして、彼女は己の世界だけではなく、ついには異世界にも足を踏み込むようになった。
そして、知る。
異世界という存在の危険性を。
異世界の存在を知った彼女が、外の世界への通行手段を編み出すのはさほど問題ではなかった。
ゆえに、彼女はすぐさま異世界への旅をするようになった。
元の世界で最強の存在であった彼女に敵う者が少なかったのは事実。
だが、それでも彼女よりも強い存在がいたのも、同じく事実だった。
彼女よりも高度な魔術を使う者。
彼女よりも豊富な知識で追い込んできた者。
中には、魔術や異能すら使わず、剣一本で彼女と互角に渡り合った者。
そして何より、恐怖したのは、一人、いや一本の魔剣の存在。
その魔剣は、人間に擬態しながら、『最初の魔女』と同じく異世界を放浪していた。
『洗練された魔術。見事。だが、生憎と某が認めた魔術師はただ一人。ゆえにそれ以外に負けるわけにはいかんのでな』
そう言われ、魔女は魔剣と対峙し―――見事に叩きのめされた。
言い訳できない程の完全敗北。完膚なきまでにボロボロにされながら、彼女が生きていたのは奇跡としか言いようがない。
そして、その戦いが『最初の魔女』にある結論を生み出した。
こんな男が異世界を渡り、闊歩しているのだ。ならば、それに対抗できる何かを作らなければならない。
幸いにして、その魔剣は世界を渡り、滅ぼすという考えには至っていなかった。あるのはただ強くなりたいという想いのみ。
しかし、だ。それはその魔剣に限った話であり、他の者ならどうなのか。
この魔剣と同じくらい力を持っている存在が、異世界を渡り、侵略していく。
そんなことあり得ない、と前の彼女ならば考えていただろう。
だが、実際にその可能性を持つ存在と出会ったがために、彼女は恐怖したのだ。
このままではいけない。
何も対策を講じなければ、自分の世界は侵略、または壊滅させられてしまうかもしれない。
自由奔放な性格の彼女であったが、それでもこの事実を知っているのは自分だけ、故に自分が世界を守らなければならないと思えるほどの義務感は持ち合わせていた。
そうして。
「最初の魔女が異世界からの侵略への対抗策として作り出した者。それが、貴方だ」
ホプキンスの口から出された真実を前にして、ナインは目を丸めていた。
「……まさか。そこまで調べ上げているとはな」
「調べた、というよりも、知った、という方が正しいですがね。私は多くの者たちを食してきた。そして、その命は無論、感情や記憶、知識も得ることができる。その中で知ったのですよ。彼女のことも、貴方のこともね」
「ハッ。だとしたら、相当の数の人間を喰らったらしい」
自分の正体を知る者。その数はこの千年の間では、ほんの僅かであった。だというのに、ここまで事情を知っているとなれば、それこそ、かなりの人間を喰らい、その中から情報を得たとしか考えられない。
その指摘を前に、ホプキンスは苦笑していた。
「そこについては否定できませんね。ただ、これだけの御馳走は久々なもので。故に、その邪魔をされたくはないのです」
「御馳走ときたか。悪趣味な」
「それが私が私である証明でもあるので」
全く悪びれないホプキンスの有り様は、ある種清々しいものだった。
「御馳走といったがな、お前、このままだとどうなるのか、理解しているのか?」
外から見ただけでは、中で何が起こっているのか分からない。もしかすれば、シリカに今まで以上の力が集まっているのか、それともシリカの力が覚醒して、別の何かに変貌を遂げようとしているのか。
だが、ホプキンスは両肩をあげ、首を左右に振った。
「さぁ? 正直なところ、そこは判断しかねますね。あの中にいる彼女が全てを理解した時どうなるのか、それを見てみたい、というのも私の欲望であるので」
それは、あまりにも無責任な言葉だと言えるだろう。
ゆえに、ナインは最悪の事態についても考えを述べる。
「……お前の言う通り、あれが世界を書き換える代物なのなら、このまま力が暴走し、世界が変わってしまうかもしれない。その時は、お前もまた、消滅するかもしれんのだぞ?」
「それは確かに。しかし、その時はその時でしょう。世界が終わり、そして変わる。そういう最後も、悪くはない」
それは嘘ではないのだろう。
目の前の男は、本気で思っている。
自分が死のうがそんなことはどうでもいい。むしろ、自分の知らない物を見たい、あわよくば、それを食べたいと切に切に思っている。
ゆえに、ナインの行動は決まっていた。
「何にしろ、彼女が全てを理解するまで、恐らくもうしばらくはかかるでしょう。その間の時間稼ぎくらいは、させてもらいま……」
と、そこでホプキンスの言葉が途切れる。
見ると、彼の体に、無数の楔が突き刺さっていた。
「また、こういう展開ですか。しかし、これは……」
先ほどと全く同じ有様でありながら、しかしどこか違和感を感じるホプキンス。
体が全くと言っていいほど動く気配がなかったのだった。
「動きを封じる。その一点を最大限に強化させた楔。それを二十以上もぶち込まれたのだ。流石のお前でも、簡単には動けまい」
「ほう……しかし、これでは私は殺せませんよ?」
「問題ない。足止めできれば十分だからな」
「……成程。あくまで目的は私ではなく、彼女の方である、と」
それは当然の判断ともいえる。
今、この場で最も問題なのは、ホプキンスではなく、上にある球体。もっと言うのなら、その中にいるシリカだ。
現状では、このままいけばどうなるのかは分からない。もしかすれば、大したことにはならないかもしれない一方で、先ほどナインが言ったような最悪の場合も考えらえる。
だとすれば、それを止めようとするのは自然な答えだろう。
そして、その手段は。
「それほどまでに、異世界の存在を消すという、己の宿命が大事であると?」
つまるところ、シリカの殺害。
だが、それもまた当然の解決策だ。もしもこの場をどうにかできたとしても、今後彼女が力の暴走をしないとは限らない。そして、ナインはそんな危険な異世界の存在を排除するために生まれたのだ。ゆえに、彼女がシリカを殺すことは何もおかしくはない。
だがしかし。
小さな魔女は、ホプキンスの言葉を鼻で笑った。
「お前は一つ、勘違いをしている。オレがあそこへ向かうのは、自分の宿命のためではない。ただ、馬鹿弟子の尻ぬぐいをしに行く。それだけだ」
言って、ナインはどこからともなく箒を取り出す。
そして。
そのまま箒に跨り、疾風の如き速さで球体に直進し、その内部へと突っ込んでいったのだった。
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