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十話 魔星③

『紅の聖女』エルノ・キルヒアイゼン。


 彼女は、ラムダの双子の姉であった。

 どうやら彼女は、聖女としての資質があったらしく、その後継者になるため、貴族・キルヒアイゼン家に養子となったらしい。

 そして、今ではどんな敵をも薙ぎ払う『紅の聖女』と呼ばれていた。


 二人は双子、という割にはあまり似ていない。

 確かに、顔はどこか面影があると言えばある。だが、それ以外の部分が全く違う。


 ラムダの方は、赤みがかった短い茶髪であり、顔つきは穏やかで体格も胸が豊満。常に笑顔であり、それはまるで太陽のようだった。

 一方のエルノはというと、完全な赤、それも轟轟と燃えるような赤の長髪であり、顔つきはしかめっ面、という言葉では言い表せない程の強面だった。

 髪の色から容姿、体格、何もかもが違いすぎる。

 そして何より、性格が。


『全く。人がたまに帰ってきたら男と二人暮らしだと? しかも、どこの誰だか分からない奴で、自分を異世界からやってきたと抜かしていると……ぶち殺されたいのか、お前は』

『お、お姉ちゃん? 話は最後まで聞いて、ね?』

『聞くまでもない。とりあえず、そこのどこの馬の骨とも分からん奴を放り出す。お前の折檻については、その後だ』


 言いながら、白い炎をその手に宿す。

 その瞳にあるのは淀みない眼光。そして絶対にやるという意思。この時、『彼』は理解する。この女は、やると言ったことは絶対にやる人間であると。


『だ、ダメ!! 彼、本当に傷ついているの!! このまま放置することなんてできない!!』

『ほう。ならば、傷を癒せばいいのだな?』


 そう言って、エルノは聖女の力を使い、『彼』の傷を癒そうとする。

 しかし。


『……ん? これはどういう……聖女の力を使っても、治らない、だと……?』


 それが結果だった。

 聖女の力では、『彼』の傷は癒せない。

 恐らく、これも『次元の裂け目』を通ってきたせいなのだろう。思えば、『彼』が扱える『上書き』の能力も思うように使えないのもそのせいなのだろう。できていれば、傷などさっさと上書きしている。

 結局、傷が癒えるまでは、ラムダが面倒を見ることをエルノは承諾した。

 しかし、その頃からちょくちょくとエルノが家に来るようになっていた。


 正直、『彼』はエルノにあまり関わりたくはなかった。

 何故なら、自分がエルノに危険視されていると分かっていたから。口にはしなかったものの、常に『彼』を観察しており、そして見張っていたのは、誰の目から見ても明らか。恐らく、気づいていなかったのは、ラムダだけだろう。


『傷が癒えれば即座に叩き出す』


 毎度の如く言われたその言葉に、殺気が混じっていたことも、多分ラムダは気づいていない。

 けれども、だ。

 それでも、彼女とてエルノに色々と言われているのは事実。そして、エルノが言っていることが間違っていないのも理解しているはずだ。

 傷ついた見知らぬ男を看病し続ける。それが普通ではないということを。

 ゆえに、『彼』は問うた。

 何故、こんなことを続けるのか、と。


『何故って……んー、やっぱり傷ついた人は放っておけないし。人を見捨てたり、傷つけたままにしちゃうと嫌な気分になるじゃない? それが私は嫌なの。それをしちゃったら、きっと私は私じゃなくなるしね』


 それは結局のところ、自己満足の類ではないのか。

 そんな言葉に対し、ラムダは苦笑する。


『それを言われると返す言葉がないなぁ~。まぁ……うん。そうだね。きっとこれは私の我儘。誰かが傷ついて、困っているのを見過ごせない。そんなものを見て、仕方がないと割り切ってそのまま放置するっていうのが、私は嫌だし、やりたくない』


 だから我儘と言われればそれまでのことで、それを否定はしないのだと、ラムダは笑って答えた。

 人として正しいこととか、善行は人間のすべきことだとか、そんな言い訳を彼女はしなかった。ただ自分がやりたいからやる。

 その端的かつ明快な答えに、けれども『彼』は眉をひそめていた。


『彼』がこの世界へとやってきた理由。それは、自分の世界を存続させるため。この世界を上書きし、自分たちの世界に作り直すためだ。

 それが自分が生まれた意味であり、存在理由。そして、それが正しいことだと言われてきた。

 だが、しかし。

 それは勝手に課せられた使命であり、彼が本当に望んだことなのだろうか。


 一人の人間の欲望よりも、多数の人間の命の方が大事であり、大切。それが普通。それが当たり前。だから、『上書き』の力もそのために使う。

 それでいい。

 それでいいはずだ。

 なのに、何故だろうか。

『彼』は、自分の意思で生きているラムダを直視できない。

 それはまるで……彼女の在り方の方が、眩しく、素敵で、より良いものだと思っているようで。

 そんな『彼』をまるで見透かしていたかのように。


『貴方にはやりたいことはないの?』


 言われて。

『彼』はただ、言葉を詰まらせるだけだった。

最新話投稿です!!


面白い・続きが読みたいと思った方は、恐れ入りますが、感想・評価の方、よろしくお願い致します。

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