八話 魔星①
『彼』が生まれた理由は、存続のためだった。
かつて、とある世界が、滅びの道を歩んでいた。科学技術の進歩による豊かさ。それを巡っての争いによって、多くの人間は血を流し、死体の山が築かれていった。
加えて、人類が作り出した兵器によって、世界そのものも荒廃していき、もはや人が住める場所すらほとんど無くなっていた。
残った人々もやはり争いを続ける毎日。最早、それしかやることがないのかと言わんばかりに、彼らは闘争をし続ける。
いや、彼らは分かっていたのだろう。
たとえ、今生き残っている人類が手を取り合ったところで、意味はない。
だが、そんな中でも戦いを嫌い、人類を存続させようとした科学者たちがいた。
彼らは考えた。人類を存続させる方法は何かないものか、と。
そんな折、人類の前に出現したのは、一つの巨大な『裂け目』。
それは比喩でもなんでもなく、本当に空間に裂け目が入り、そこから奇妙なエネルギーが流れ出していた。
未知のエネルギー。科学者たちは、それを何かに転用できないか、それによって人類滅亡を回避できないか、と考えた。
必死に考え、実験し、試行錯誤した結果、彼らは科学を超えた技術を手にした。
『上書き』能力。
それは、言葉通り、事象や物質を上書きするというしろもの。
より簡単に言ってしまえば、世界を個人の想像した世界に書き換える、といった技術であった。
それにより、人々は歓喜した。
これによって、この荒廃した世界をリセットできる、と。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。
『上書き』の能力を使用するには、膨大な処理能力とそれに伴うデータが必要。それは人間一人ができる代物ではなく、それこそ、機械でしかできない。だが、その力は人間でしか行使することができないようになっていた。
そして、だからこそ、『彼』が作られたのだった。
かつて、人類が一番争いが少なく、かつ科学技術が一定の値に達していた時代のデータを記憶し、改造を施されながら、人間の体を持つ一人の男。
『彼』の誕生により、世界は平和な時代へとリセットされる……はずだった。
けれど、そこでもまた、人間は過ちを犯した。
自分たちの都合のいい世界にリセットする……それはつまり、今の自分たちが存在しない可能性がある。それこそ、敵対組織の人間を消すのは定石だ。
だからこそ、そこでも『彼』を巡って、人間たちの最後の争いが始まったのだった。
それにより、次々と死んでいく人々。そこには、自分たちは生き残り、相手を死滅させるという、悪意しか存在していなかった。
その結果、一人の科学者が出した答え。
この世界に救いは必要ない。
だが、自分たちの世界は存続させなければならない。
ゆえに、出した結論が、『彼』を別の世界に送り出す、というものだった。
元々、『上書き』能力や『彼』を作り出した技術は、偶然発見された次元の裂け目から放たれるエネルギーから来たものだった。そして、最後に残った科学者は、それが別の世界に通じているのだと考えていた。
この世界ではもうダメだが、別の世界で『彼』の能力によって、自分たちの世界を存続させる。
けれど、最早、科学者もその命を使い果たそうとしていた。故に、『彼』がちゃんと起動するかどうかは、賭け。いや、そもそも別の世界など存在せず、『次元の裂け目』の先にはただの虚無があるのかもしれない。
けれど、最早方法はこれしかない。
そうして、最後の科学者は、『彼』を『次元の裂け目』に投下したのだった。
その後。
科学者を最後の人間として、その世界は本当の意味で滅びたのだった。
*
落ちる。墜ちる。おちる。
どこまでも続く落下。周りは暗く、何も見えない。だが、それでも『彼』は自分が落ちていることを実感していた。
浮遊感、というより、まるで何か重しでも足に付けられながら、海に落とされているような、そんな感覚。下に引っ張られる状態というのは、何とも不自由であり、不快だった。
だが、彼にはどうすることもできない。
勝手に生み出され、勝手に期待され、勝手に取り合いにされ、そして、勝手に『次元の裂け目』に落とされた。
その身勝手な連中の在り方に怒りを覚えながらも、彼はやはり、何もできずにいたのだった。
しかし、そんな『彼』にも転機というものが訪れる。
それはある時、突然訪れた。
闇の中から唐突に抜け出した『彼』を待っていたのは空。『彼』は、どこぞの上空へと放りだされたのだった。
『彼』には飛行能力はなく、故に、そのまま落下していく。
そして―――地面に激突した。
本来ならば、それだけで体が四散し、即死するレベル。だがしかし、人造人間である彼は、空から落ちた程度で死ぬような体のつくりはしていない。
しかし、それでも衝撃はかなりのものであり、すぐさま動ける状態ではなかった。
けれども、それは『彼』にとっては幸運ともいえることだろう。
何故ならば。
『もしもーし。貴方、どちら様?』
それが、少女―――ラムダ・アルバスとの出会いだったのだから。
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