序 聖女引退①
「シリカ・アルバス。本日をもって、其方を聖女の任から解く」
国王の口から出たその一言を、長い茶髪を後ろで結んだ少女――シリカは黙って聞いていた。
それとは逆に、玉座の間にいた面々からはどよめきが走る。その様子からして、この事実を知っていた者は少ないのだろう。加えて、内容が内容だ。驚くな、という方が無理がある。
聖女。
それは、神に選ばれし神子であり、代々に受け継がれている聖なる存在。その力は、神の代行と言われるほどのものであり、使い方によっては、国一つを軽く潰すことも、救うこともできるという。事実、歴史上では国だけではなく、世界を何度も救っているのだ。
そして、シリカはその聖女の力と地位を継承している。
いいや。この場合、していた、というのが正しいか。
「おい、マジかよ」
「いや、でも当然だろう。だって、あの最弱聖女だぜ?」
「歴代の聖女の中でも、最も力が弱く、その力もかすり傷を治せる程度。確かに、そんな奴にいつまでも聖女をやらせておくわけにはいかないしな」
「実際、聖女になれたのも、先代の『紅の聖女』様の気まぐれみたいなもんだって話だし」
どよめきの中から聞こえてくる陰口。しかし、その言葉にシリカは反論しない。できない、というのもあるが、内容が本当なだけに、何も言えない。
シリカは『紅の聖女』と呼ばれた先代が育てた少女であり、彼女から聖女の力を受け継いでいる。そして、先代が亡くなって二年間、聖女として活動をし続けてきた。
しかし、彼女は聖女として、何も結果を残すことができなかった。
歴代の聖女が、巨大な魔物を退治したとか、邪教から人々を救ったとか、そういう功績を上げているにも関わらず、シリカは何も手柄を立てていない。それだけならまだしも、彼女の力は「かすり傷を治す」程度の治癒能力しかなく、そんなものなら、そこらにいる魔術師やポーションだけで十分に事足りる。
功績も能力もない。かといって、人徳が特別厚いわけでもない。それが、周りからのシリカの評価であった。
別段、悪人というわけではない。彼女が何か失敗をしたわけでもない。どちらかというと、ただの落ちこぼれでしかないのだ。
しかし、それがいけない。聖女というのは皆の標であり、偶像。そんな人間が、落ちこぼれの印象を持っていては許されないのだ。
「でも、あんな若い聖女の解任なんて聞いたことがねぇよ」
「ああ。というか、歴史上、初めてなんじゃないか?」
「そもそも、解任したら、一体後任は誰が……」
代々、聖女の力は受け継がれるモノ。先代から次代へと継承されるものだ。だからこそ、衰えた聖女が次の聖女を見つけ出し、育て、継がせるような仕組みとなっている。
周りの者達からしてみれば、シリカが聖女でなくなることはどうでもいい。問題なのは、その後任がいるか、という点だ。
「静粛に。皆の不安も分かる。安心せよ。次の聖女については既に決まっておる―――入って参れ」
周りの不安な声を払うかのように、国王は言い放つ。同時に、入口の扉が開いたかと思うと、そこには一人の少女がいた。
長く美しい金髪が特徴的な少女。修道服に身を包んだその姿は、まさしく修道女そのもの。しかし、その纏っている修道服の色は、純白だった。
通常、この国では一般的に神父や修道女が着る服は黒と決められている。そんな中、純白の修道服を着る者は一人しか存在しない。
つまり。
「彼女はセシリア・ラインバート。我々が見つけ出した、新たなる聖女だ」
新たなる聖女。
そう言われた金髪の少女の登場は、ここにいる多くの者にとっては予想外の展開だった。
「ラインバートって、まさか、あのラインバート家か?」
「代々、天才や英雄を世に送り出してきたという名門中の名門の貴族じゃないか」
「いや、でも逆に納得ができるな。ラインバート家の人間なら、確かに聖女の資格は持っていてもおかしくはない」
各々が口にするように、ラインバート家は、この国にとって重要な貴族である。
その時代において、何かしらの功績や戦績を必ず成し遂げるという、ある種化物じみた力を持つ一族であり、それは戦いから政治において、多種多様な活躍をみせてきた。
だからこそ、そんな家の出の少女ならば、聖女に相応しいだろうとこの場の誰もが思っていたのだった。
「今日、ここに集まってもらったのは他でもない。彼女を新たな聖女にするための儀式を執り行うためだ……何か、異論はあるか、シリカ」
「いえ。ございません」
「よろしい。では、早速譲渡の儀式を」
かしこまりました、と端的に返答したシリカは、セシリアの方を向き、一礼する。
「初めまして、セシリアさん。早速ですが、今から貴女に聖女の力を譲渡します。ですがその前に一つ確認を。貴女は、本当に聖女の力を受け継ぎ、その責務を全うする覚悟がありますか?」
「無論です。わたしは、そのためにここにいるのですから。それとも、今更聖女の地位が惜しいとでも仰るつもりで?」
その言葉に、シリカは一瞬、息を止めた。
そして、首を横に振りながら。
「いいえ。そんなことはありませんよ」
短い、そんな答えを返す。
「それでは、譲渡の儀式を始めましょう」
失礼します、と言いつつ、シリカはセシリアの両手を握る。そして、目を瞑り、手の先に意識を集中させる。それと同時に、シリカの手から光が溢れ出し、それらが全てセシリアの手へと移動していく。
その光景に、周りが驚くのも束の間。
光は一分もしない内に徐々にその輝きを弱めていく。
そして、完全に消えた瞬間、シリカが口を開いた。
「―――もう大丈夫です。聖女の力は貴方に譲渡されました。これで、正真正銘、今から貴方が聖女です」
言いながら、視線をセシリアの右手の甲へと向ける。
そこには、聖女の証である、十字の証が刻まれていた。
「おお、セシリア様の手に、聖女の証がっ」
「流石はラインバート家というわけか。まさか本当に聖女の力を受け継ぐとは」
「だが、これで一安心というものだろう。何せ、あのラインバート家の者が聖女になったのだ。どこぞの元聖女と違い、きっと優れた聖女になるだろう」
「ああ。そうに違いない。これでこの国の未来は安泰だ」
セシリアに聖女の証が移ったことにより、周りの声はどんどんと大きくなる。聖女の証が宿ったということは、正真正銘、彼女が聖女になった、ということ。しかも、その少女が名門ラインバートの娘となれば、ざわつくのも無理はない。
「静粛に。皆の者。見ての通り、聖女の力は問題なく譲渡された。よって、ここに新しい聖女の誕生を宣言する。セシリアよ。これからは、其方がこの国の、ひいてはこの世界の聖女となる。その責務、しっかりと果たすように」
「はい。誠心誠意、努力致します」
「今日は新しい聖女誕生を祝し、宴を用意した。皆の者、是非楽しんでいってくれ」
そして。
「シリカ・アルバス。其方は下がるがよい。今後のことも含め、別室で話がある」
「分かりました。それでは、私はこれにて失礼します」
言うと同時、シリカはその場で頭を一度下げ、そのまま出口の扉の方へと歩いていく。
既に多くの者が、新たな聖女に視線を寄せ、興味を持っている中、ふと声が漏れる。
「……何か、可哀想だな」
「おい。なんだよ突然」
「いや、だってよ……見ろよ、あの寂しげな後ろ姿。あんなの見てると、ちょっとな……」
「そりゃそうだけどよ。仕方ないだろ。結局、聖女だって、実力の世界だってことだよ」
非情な、けれど淡々とした事実に、反論の余地はない。
結局のところ、シリカは実力不足で聖女の地位を下ろされた。そして、相応しい者が現れ、聖女になった。
これはそれだけの話である。
いや、そもそも、彼女に哀れみという感情を向けるのがそもそもの間違いだ。
何故なら。
(よっしゃああああああああああああああっ!! ようやく自由を手に入れたぞぉぉぉぉぉぉ!!)
シリカは、心の中で、そんな歓喜の声を上げていたのだから。
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