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とある国では、軍事政権が成り立っていた。
王家、貴族が存在してはいるものの、
お飾りに過ぎない形になり今や昔に誇っていた権力の影はない。
隊は、エリアごとに分布されており、地方によって統治に特色がある。
そして花形と言われる中央軍隊は隊ごとに強く特色があり、国に認められた国のエリート集団、選ばれたものと恐れられている。
彼らは日夜国の平和のためにその身を削り奮闘している。
そしてこの物語の中心は中央軍隊の中で最も悪名高い第8部隊。
王族出の隊長を筆頭に、個性が強烈な隊員を率いてルール無用のサバイバル戦法で実績を上げている。
やり手隊長は、次期軍のトップに最も近い男と言われている。
その下には、交渉術に関して右に出る者がいないほどの手腕の副隊長、
銃器を扱えば国一と評されている者、
武術に炊けておりゲリラ戦の最前線の指揮官として英雄賞を受賞した功績の者や
部隊の軍事医療において奇跡の腕を持つ者がいる。
肩書きや異名などは大変すばらしいものである。
しかし、なぜ悪名高いのか。
それは彼らが重罪人の集まりとされているからである。
罪人の集まりにも関わらず、偉大な功績を挙げている厄介者集団。
様々な噂が第8部隊を取り巻いていた。
一人の女性がまるで死刑台に向かうように中央軍部の廊下を歩いている。
彼女の名前はリア。
中央部隊に所属する事務官である。
中央部隊には前線で仕事を行う軍人たちの他にそれを補佐する事務官がいる。
その内容は書類作りやら領収書の精算やら発注武器の管理やら。
エリートたちの雑用処理係である。
そして事務官のメリットは戦闘の最前線に出なくても良いということだ。
命の保証がある。
リアは捨て子だった。
だから激務と言われようとも、情勢不安定なこのご時世で命と最低限の生活が保証されていることは何者にもかえがたかった。
なんだかんだで数年やっていけたのだ。
これからも変わらずこの生活を維持できるだろうと高を括っていたのが悪かったか。
リアに対して唐突な人事異動が発令された。
それが魔の部隊、第8部隊への異動だった。
第8部隊の噂の一つにこんなものがある。
第8部隊に入った事務官は廃人になって捨てられる。
廃人とは一体どんなものなのか。リアは想像するだけで心臓を捕まえられる思いだった。
「どうしてですかー!」
目的地まであと少し。
そんな時に男性の叫び声が廊下に響き渡る。
「まだ、自分はやれます! 廃人にもなっておりません!隊に尽くして参りました! なのに、事務官異動などと、理由を! せめて理由をお聞かせ下さい!」
恐る恐る叫び声のする中心を見ると、大男が泣きはらしながら直談判をしている最中だった。
この時点でリアの心はぽっきり折れた音がした。
「仕方ありません。穏便に異動をお願いしたかったのですが。隊長からの伝言です。事務室の酸素を薄くする人間は必要ない、とのことでした。要はむさ苦しいってことですね。もう、あなたの隊は第5部隊ですよ。お元気で」
物腰柔らかそうに終始笑顔を耐やさない美形で赤毛の男性は、
リアが見た記憶では、確か第8部隊の副隊長。
元ギャングという噂は嘘か誠か。
「む、むさくるしい?!そ、それだけが理由なんですか?!」
男は尚も食いついてくる。
「ええ。それだけです。あ、君が新しい事務官ですね。来なさい。中でメンバーを紹介します」
男の悲痛な叫びを軽く受け流す副隊長はリアを見つけて手招きをした。
「本日付で第5部隊から異動を受け参りました。リアと申します。」
慌てて荷物を置き、敬礼をするリア。
「その挨拶は紹介の時だけで良いですよ。時間が惜しいですから。早く入ってください」
何となく副隊長の言葉に毒を感じながら、リアはそそくさと中に入った。
そして廊下で泣き崩れた男性は言葉どおり門前払いをされたのだった。
「隊長、新しい事務官が到着いたしました」
扉を開けたら、そこは圧巻の美形たちでした。
光景に息を飲むリア。
第8部隊勢揃いの瞬間。
まるで奇跡の絵画のような光景に、こんなにもこの人たちは生きている世界が違うのかと自分との差をひしひしと肌で感じた瞬間だった。
「自己紹介をどうぞ」
副隊長にうながされ、荷物を置き再びリアは敬礼した。
「あ、はい。本日付で第5部隊より異動して参りましたリアと申します」
「敬礼!」
隊長の喝ある一言で一斉に所属部隊全員が敬礼をする。
呼吸を一瞬忘れた。
なるほど。人々はこれに魅了され崇拝するのか。
リアはしみじみと感じた。
そして、それは魔物にもなり自分を食い破るものになりうる。
美しい光景を見ながらリアは冷や汗しかかけないでいた。
「第8部隊隊長、コア・ラーゲルだ」
威厳のある無表情で隊長が名乗ったのをきっかけにメンバーが名乗る。
「副隊長、アラン・イーグルです」
赤毛の毒舌家は笑顔で会釈した。
「武器管理部隊担当のアリス・バークレー」
金髪碧眼の若者が手を上げた。
「前線部隊担当のユア・ウィルソンよ。よろしくねー」
女神と見間違えるほどの美貌を持つ長髪者が笑顔で手を振る。
「……医療部隊担当のアクア・ホーリー」
漆黒の髪を持つ端麗な者が無愛想にボソリと呟いた。
「君の机はそこですよ。事務官は仕事をルーチンでこなすものなので説明はいりませんね?」
アランに指定された机にようやく荷物を置いたリア。
「……申し訳ありませんが、隊によって少々異なることがあります。どなたに質問すればよろしいですか?」
アランの言葉にリアはイエスと言わなかった。
人をあっさりと切れる人の言葉だ。
警戒レベルの案件に違いない。
「ッチ……不明点は私に。それ以上の判断は隊長に聞いてください」
今舌打ちした?
あなた元ギャングってホントだったの?
リアはアランの態度に目を丸くしつつ、自分のスペースを整理し始めた。
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
リアはぎこちなく返すので精一杯だった。
そこから一週間の、リアの記憶はない。
いつ休憩をして、いつ帰宅して、いつまともな睡眠を取ったのか。
怒濤の領収書ラッシュに、申請なしの火器銃器のオンパレード。
部隊の所持可能範囲を優に超えていた。
違法毒薬草の育成に、エリア外での破損問題。
業務をこなすごとに問題が露見したのだ。
おい、あの異動した男呼んでこい。
何してたんだよ。
今まで。
仕事してなかったのか?
何であんなに泣いてすがれるんだ。
こんな違反だらけの部隊に何をすがる必要がある?
馬鹿か。
馬鹿なんだな。
まぁ、事務官の配置なんてくじ運だし。
私だって能力で買われた訳じゃないのは知っているが。
出てくるのは前任に対する恨み言の数々。
思考回路が麻痺をし始めた。
しかし事務官にだって事務官のプライドはあるのだ。
この赤字部隊を立て直さなくては!
分厚い書類を抱えてリアはとある人物のところへ向かった。
「副隊長!」
舌打ちをされて以来、声をかける勇気が湧かなかったが背に腹は変えられない。
リアは気を引き締めて声をかけた。
「 話しかけないでください」
ひっでー!
一瞬でリアの勇気は砕かれた。
「赤字のこの部隊を立て直す案をいくつか考えました。副隊長のご意見をお伺いしたいのですが。それとも隊長へ直訴した方がよろしいですか?」
しかし、目だけはそらさなかった。
しっかりとアランへ目線を向ける。
免疫がないことに耐えていた。
「……そうですか。良いでしょう。見せてください」
「はい」
「アリス、事務官と執務室にいます。隊長が戻りましたら呼んでください」
「へーい」
「やだ。珍しいー。事務官ちゃんと二人きりになるなんてー」
うきうきしながら扉に聞き耳を立てるユエ。
「そうですよね。何が気に入ったんでしょう。放っておけばいつも業務は回ってたのに」
扉の透かしガラスを一緒に覗き込んだアリスも同意した。
対面に座る二人。
「それで?案は?」
アランはリアの持っている書類を見つめながら話を切り出した。
「はい! 皆さんで自腹を切ることです」
リアは笑顔で述べる。
「……私が馬鹿でした」
ため息をつき帰ろうとするアランをリアは必死で引き留めた。
「待ってください! 隊は既に大赤字です。あとは節約しかないんです。あと1ヶ月ですが、すでに経費はとっくに底をついています。しかも決算報告、去年のものを見ましたが、嘘八百の数字ですよね。隊長はこれになぜ判を」
なんとかアランを座り直させ、続きを聞いてもらおうとリアは資料を広げた。
「隊長は自分に損害がなければ押しますよ」
サラリと爆弾発言をいうアランは赤字など気にしていない様子だった。
「おかしいと思ったんですよ。功績は多いはずなのに評価に見合った予算配分じゃないなんて。赤字の補填はどうしていたんですか?」
「事務官が自腹で」
アランの爆弾発言は止まらなかった。
「……は?」
「今までの歴代の事務官が自腹で補てんしてたんですよ。私たちに嫌われたくないために」
アランは涼しい笑顔で言った。
「部隊の予算ですよ? いっぱしの事務官がそう簡単に補填できるほどの給与なんてもらってませんよ」
リアは持っていた資料を握りつぶしそうになりながらアランに問いかける。
「今までの事務官に平民はいなかったので。事務官と言っても経済力豊かな方々ばかりでしたから」
リアはアランの言葉に眩暈を覚えた。
「く、腐ってる……腐ってやがる。軍なんて……」
「君はずいぶん言葉が悪いですね」
鼻で笑うアランをリアは睨みつけた。
「私は、そんなお金なんてありませんからね」
「ええ。素性は全て調べ上げましたから」
「……すべ、て?」
リアは信じられないとばかりにアランを見た。
アランの言葉はリアにとって全てが攻撃的だった。
「ええ。あなたが孤児であることも、だから苗字がないことも知っています」
「そうですか」
「スパイかもしれないじゃないですが。あなたが、我々の脅威になるなんてあってはならない事実です」
こいつ完全に孤児を馬鹿にしてるな。
リアは机の下で拳を固く握った。
「……私の素性をご存知であれば話が早いですね」
「どういう意味で?」
アランは意外という顔をして問い返す。
「オーバーしている武器をうっぱらいます。全部。弾丸も薬品も所持違反のものは全部。それで予算の足しにします」
「本気ですか?」
「本気ですよ。貧乏人舐めないでくださいね。生き残るための生命力と知恵は持ってますよ」
「中古の買い取り値段なんてたかが知れてますよ?」
「ええ。ですが、はした金になんてさせませんよ。こちらにだって、コネくらいはありますから」
リアの言葉に対して、アランが初めて笑った。
「いいですよ。その案。隊長に私から進言しておきます。」
「……許可をいただけるのは、できましたら一週間以内でお願いしたいのですが」
「言えばすぐですよ」
「隊長と副隊長のスケジュールが被っての在籍予定は8日後ですよ?いつ聞いていただけるんですか」
リアの言葉にアランが真顔になる。
「知っていたんですね」
「副隊長があと5分で中央軍部会議に立ってしまうことも把握しております」
「スケジュール管理はできるみたいですね」
「アクア分隊長以外、みなさんお声がけしなくても動く方々なので、不要かとは思いましたが
緊急事態において居場所の特定は必須かと。
あと、ずっと試されているのはなぜですか。この一週間、どの場所においても監視の気配があります」
リアの言葉にアランはついに表情をなくした。
「今、なんて?」
「はい?」
「基礎訓練しか受けていない事務官が、何に、気づいたんですか?」
「いやいや。訓練とか以前の問題でしょう。バレバレでしたよ。もっと自覚ある人たちに頼んだらどうですか?」
リアの表情はとても軽快なものだった。
「どういう」
「副隊長、そろそろお時間かと」
言葉を遮られたアランはしかめっ面で懐から懐中時計を取り出す。
「そのようですね。この件はまた後程」
「やはり副隊長の持つものは違いますね。秒針音がしっかりしている」
リアはなんてことない表情で言った。しかしアランはそれがとてつもなく恐ろしい言葉に聞こえた。「……いいですか? 私が戻るまで、大人しくしていなさい」
「……はい?」
あまりにも迫力ある表情でアランに咎められ、リアはおとなしくうなずいた。
アランは執務室を出たとたんに寄ってきたユエやアリスの質問攻めをスルーして足早に会議へと向かった。
いやな予感しかしない。早く。早く隊長に報告せねば。
このときアランは自分の勘が的中してしまうことをこのときは知るよしもなかった。
続
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