第3話
「この…!」
鷹は傷の無い左翼を大きく動かし風を起こした。
鋭い矢は勢いを落とし、そのまま地面へと落下していった。
真下を見ると、緑の小粒がそのまま逃げ出していく。
ユウマは急いで幹から降りようとしたが、この大木は森の中でも随一の大きさを誇り、降りるのには時間がかかった。
「ま、待ってくれ!」
小粒はユウマの声に、一瞬だけ反応したように見えた。
その瞬間を鷹は逃さない。
「よ、よくも私の高貴な羽を」
苦しそうな声を荒げ、森の主が一気に急降下して小粒を襲いにかかった。
だがそれを見た小粒は、身動きひとつせずに堂々と突っ立っている。
「ハッ、観念したか小僧!おとなしくこの私に喰われるがいいさ」
「何やってるの、喰われるよ!はやく逃げて!」
(あの顔は間違いない。この前のあの子だ!)
ユウマはペースを更に上げて降りるが、鷹はスピードを緩めない。
少年は何やら黒い手袋のようなものを右手にはめていた。
そして、その手を迫りくる鷹の方へと突き刺す。
「この距離なら届くはずだ」
少年の手袋が赤く光りだす。
あまりの眩しさに鷹はその羽で目を覆い、立ち止まった。
彼の指から勢いよく炎が吹き荒れた。
四方八方に炎が勢いよく飛び散り、辺りの森にも蔓延した。
「な、なんだ!熱い、アツイゾゾゾ!!」
鷹の麗しい毛先にも炎が一気に押し寄せる。
懸命に羽を動かして身体と木々についた炎を吹き飛ばした。
辺り一面に大きな羽が舞い散った。
ふと前をみた鷹の視線の先に、再び右手を突き刺す少年が。
「ヘッ、おとなしくしないと、もっと怖いことになっちゃうぞ」
「こんな小僧が魔法使いだとは。だがこの森が炎の海と化してしまえば、主としての私の面目がたたん」
鷹が躊躇している間、ユウマは地に足を着けて現場に猛ダッシュした。
少年がぶらさげる鞄から、赤いバンダナが飛び出しているのが見える。
ユウマは思いきって声をだした。
「ね、ねえ!ちょっと…」
「そこまでだ」
突然、茂の奥から足音が聞こえてきた。
全員が横へ顔を向けると、引き締まった肉体の青年が森から姿を現した。
紅いバンダナを身につけた緑色の皮膚を持つ青年が。
「だ、誰だ。オマエは」
「ア、アニキ」
「えっ、お兄ちゃん!?」
「これ以上の争いはよせ。主さん、いきなり弟が襲いかかりすまなかった。こいつはまだ物の分別もできない少年だ。許してくれ」
青年は深々と頭を下げる。
そして、兄の手でグイッと頭を掴まれた弟も嫌々頭を下げた。
その光景を端からユウマは覗いていた。
ほとぼりが徐々に冷めたのか、鷹は彼らをじっと眺めている。
「そうか、お前たち。あの時の…」
「おっと主さん。これ以上口を滑らしてはいけない」
鷹の言葉を遮ると、青年は冷たい目でユウマを見つめた。
なにかもの言いたげな表情をしているのが、幼いユウマにも伝わってきた。
「…、あとでたっぷり弟に叱るように」
「わかっています。流石、物分かりがいい」
鷹は羽を広げて夕暮れの空へと飛んで行った。
主を見送った青年は、すぐさま弟の頭の上に数発ゲンコツをいれた。
痛がる弟に兄は今度、説教する。
「カンタ、相手は森の主だぞ。命知らずにもほどがある!」
「ご、ごめん。大きな鳥を倒せば、皆にごちそうできると」
「俺が仕留めていいといったのは小さな獲物だけだ!全く」
ため息をついた青年は、今度は別の少年に視線を向けた。
ユウマは終始足が震えてビクビクしている。
「君、一人かい」
「う、うん」
「ちょっと、話があるんだけどいいかな。そう長くはないから」
手招きする彼のもとへと、ユウマは一歩ずつその足を進めた。