第17話
始めて、ヒトを殺した。
気が付いた時には、石は輝いていた。
目の前には焼けた跡が燃え広がる。
ナイフを持った男の姿はもうどこにも居ない。
「お、俺は…」
「おい、大丈夫でありますか。ササミ!」
マカナイはササミの肩を掴み、何度も揺らす。
大地が炎で染まる中、ササミの肩は震えていた。
「あ、あなた。あなた!!」
彼女は片腕で赤子を抱えたまま立ち上がると、彼のいた場所へ彷徨い歩く。
歩く度に、血がぽとぽとと滴れ落ちた。
「何事だ、一体」
「た、大将!」
白い煙を吹かした大将がランプを片手に二人の所に駆けつけた。
驚く素振りも見せず、淡々と周囲を見渡している。
「一人たりとも逃すなと、口を酸っぱく言ったんだが。これは後でお仕置きだな」
大将は一つ軽いため息をついた。
「マカナイ、ササミ、よくやった。早く拠点に戻りなさい」
「し、しかし!」
「命令だ、早く行け」
大将は抵抗しようとするマカナイに対して目を向けた。
猛虎のように狂暴な眼差しを。
「りょ、りょうかいでありますからして!」
マカナイは石のように固めるササミに肩を貸し、その場を跡にしようとした。
ササミの視線はずっと下を向いたまま首を上げることができない。
「た、大将、僕は…」
震え声が暗闇の中に漂う。
「分かってる。お前は任務を全うしただけだ」
二人の姿が消えた後、大将はその場でしゃがみ祈りを捧げた。
そして咥えた煙草をしまい、目の前で倒れ込んだ彼女と視線を合わせた。
赤子を泣き声は依然として止まない。
「ど、どうして。こんな事を」
彼女は静かに泣いていた。
冷たい涙が暗い地面を濡らす。
「な、なんでなの。私たちは追い出された身なのよ…」
サトルは目を瞑り、黙って彼女のかすれ声を聞いていた。
「答えれないのね…、自分たちの事しか考えれないクズ共が!呪ってやる、呪ってやる!」
「申し訳ない」
身体を起こした彼女は、サトルを目掛けて腕のない肩を懸命に振り続けた。
痛みを堪えながらがむしゃらに行動する彼女を、サトルはじっと見つめる。
「早く殺してちょうだい!死んで楽になりたい、皆に会いたいの…」
「わかりました。ですがその前に」
サトルはポケットからネックレスを取り出すと、彼女の首元にかけた。
焦げ跡が残っているが、黄金のペンダントが暗闇の中で輝いている。
中には『愛するあなたへ』と、一言刻まれていた。
「こ、これは…」
「私に出来ることはこの程度です。せめて愛する人のもとへ行けるよう、願ってます」
「慰めなんかしないでよ、悪魔の分際で…」
母は赤子を抱えて泣き崩れた。
父のペンダントが二人の頬にそっと触れる。
サトルはすっと右手を伸ばし、大きな手のひらを二人のもとへ向けた。
紅い光と共に、炎の渦が彼らを優しく包み込む。
「そうだ、死んだら俺は地獄行きだ」
燃え盛る炎を見つめながらサトルは独り言を吐く。
「でも俺は、まだ死ねない。死ねないんだ」
様々な葛藤を胸に、サトルは天を仰ぎ祈りを捧げるのであった。