第16話
遠征開始から丸1日、三番隊はトガッタ族の集落付近まで接近した。
時間帯では、真夜中にあたる。
ランプを灯してはいるが、辺りは真っ暗で何も見えない。
冷たい夜風だけが隊員の身体に染み渡る。
隊は現在、彼らの住む丘陵地帯の麓にいた。
王国の街の賑やかさとは打って変わり、やけに物静かである。
「この先は作戦通り5つの分隊に分かれる。一気に奇襲をかけるぞ」
大将率いる本隊は麓に留まり、残りの4隊で砦を攻める。
明け方には、この丘陵一体が焼け野原と化す。
「じゃあ、おじさん。行ってきますわ」
マサミ少将を始め、将官を筆頭とした4隊が別々に動いた。
マカナイやササミは本陣にて待機している。
即席のかがり火のおかげで、ここらは温かい。
『緊張してきた…』
『ここから敵が来たら、どうするんだ?』
新米たちが足をガクガク震わせながら周囲を監視していた。
心の声が口から漏れ出している。
「なにを心配してる。おまえらはここから山を見とけばいいんだよ」
「た、大将はなんで、そんなに堂々としてられるのですか?」
隊員の一人が、勇ましい黒馬に乗る大将に対して不安げに質問した。
大将は煙草に火をつけながら答えた。
「前にもいっただろ。俺たちと彼ら異民族、明確に違う点が一点あると」
「魔法、でしょうか?」
「そうだ。彼らには魔法がない。せいぜい槍や弓が精いっぱいだ。その時点で勝敗は決しているんだよ」
異民族弾圧の際、勝敗の鍵を握ったのもこの魔法の力だった。
魔法科研究所が研究・開発したこの魔法石は、弾圧の際に初めて実戦的に取り入れられた。
これ以降、従来の武器は古典的な物として扱われるようになる。
「彼らが魔法を手に入れたとすれば…」
「可能性はなくはない。だが今までも無かったし、これからもないだろう」
大将が夜空に向かって煙を吹き出した。
気温の低さからか、煙がはっきりと見える。
「異民族はいわば放浪の身だ。彼らに魔法を手にするほどの財と規模はないんだよ」
「リアル国を嫌う他国が彼らを援助する可能性も?」
「それは知らん。だが、他所から来た民族を受け入れる国が果たしてこの世界にいるか?」
奇襲が始まったのか、頂に火が燃え上がった。
ドラの音やら悲鳴やら様々な音が響き渡る。
「おまえらあの炎をよく見ておけ!俺はあの赤い炎をこれまで何十と見てきた」
大将が大声で叫び、全員の意識をこちらに向けた。
あっと言う間に、炎が一帯を覆いつくす。
黒い煙と共に、灰の臭いが冷たい空から降ってきた。
「だが、綺麗だと思ったことはただの一度もねえんだよ…」
隊員は全員、麓から消えゆく山頂を見つめていた。
腰が抜けて、その場で座り込む者もいる。
やがて、煙空に『完』と書かれた炎の文字が出現した。
任務完了の合図を示す、魔法で書かれた文字。
「よし、帰宅準備だ。お前らここ片付けろよ」
合図を見た大将は、新米たちに初めての命令を下した。
全員黙って帰宅準備を済ませ、隊が戻るまでに残党が来ないよう見回りをした。
「どうだ、寝れそうでありますか?」
「わかんない。でも僕らは何もやってないから、大丈夫だよ」
マカナイとササミも用を済ませ、辺りを馬で歩いた。
ランプだけの明かりでは流石に見れる範囲も限られる。
「チェ、結局なにもできずでありますからして!」
「無事に済んだんだ。早く帰って…。おい、静かに」
ササミは先の暗闇からゴソゴソと動く音に気が付いた。
二人は黙って馬から降り、茂みの奥へと深入りをする。
徐々に人の声が聞こえてきた、赤ん坊の泣き声と吐き出す吐息。
『とにかくここから離れよう、頑張れ』
『ごめん、あなた。もう私無理…』
『ナニ言ってるんだよ!弱音を吐いてはダメだ!』
はっきりと話す内容が聞き取れるほどに接近した。
バレないようにランプを消したため、乾いた声だけが聞こえる。
「あっ!」
「う…、そこに誰かいるのか、誰かが!」
ササミは目の前の石につまずいた。
倒れはしなかったが、相手にその存在がバレてしまった。
「マカナイ、行くよ」
「おい、何やってるんだ。ササミ!」
ササミは意を決してランプを灯した。
明かりの目の前に三人のヒトがいた。
泥だらけの男、血だらけの女、そして泣き止まない赤子。
身に着けているその派手な装飾は間違いなく、トガッタ族。
「ニ、ニンゲン…」
男は絶望と憎しみの眼差しで二人を凝視していた。
彼女はその場で倒れ込んでいる。
よく見ると、彼女に片腕はなく、半身に焼け痕が残っていた。
片腕に抱かれた赤ん坊はどうしていいのか分からず、泣き続けている。
「おまえら、おまえらのせいで…」
男は手元からナイフを取り出す。
すぐさま、ランプを握るササミを睨みつける。
「お、俺たちの自由を返せよ!!!」
泣きながら男はササミに飛びかかった。
後ろでマカナイが何かを叫んでいる。
「…、ハリケーン・ボンバー」
森の中で、紅い宝石が一瞬だけ輝いた。