第13話
「なんで俺がそんな賭けに付き合わなければならないんだ!」
「い、いたいいたい。仕方なかったんだって」
「くそ!あの女の言うこと聞かないといけないのが腹立つぜ」
岩壁に到着したユウマは、事情をブン太に説明した。
感情をむき出しにしたブン太は、そのままユウマのこめかみにぐりぐり攻撃した。
「でも、なんで急に賭けなんか持ち掛けてきたんだ?」
「馬鹿か。そんなの、お嬢様の気晴らしに決まってるだろ!」
「オホホ、その通りでしてよ」
二人のやりとりを聞いていたミツバが、ブン太に声をかけた。
照り付ける暑さの中、付き人の日傘の中に守られている。
「なんでおまえだけ日傘の中に入ってるんだよ。こうなったら…」
「キャッ!?」
ブン太は体操服を脱いで上半身裸になった。
それを見たミツバは慌てて目を隠す。
「な、なんとみだらな男でして…」
「言うだけ言いやがれ!こっちも暑いんだよ」
「おいこら。ミツバ様にナニ見せとるんだ、このデブ!」
付き人たちは総出でミツバの前に立ち、ブン太に強烈なヤジを送る。
けれど、ブン太は気にも留めない。
「フンだ、こうなったら約束は守ってもらうぞ!」
「や、約束でして…?」
付き人の背中の合間からミツバはこっそりと顔をだした。
「キスだよ、キス!たらふく食わせてもらうからな」
「な、なんですって。あなたが勝つなど、天地がひっくり返ろうとありえませぬわ!」
二人はバチバチの火花を飛ばし始める。
『キス』の解釈を間違えているような気がしたが、ユウマはさらりとシカとした。
「皆さん位置に着いたわね。それじゃ、ハ・ジ・メ」
先生の合図と共に、【魔法で一撃よ!】が始まった。
制限時間は10分間。
その間にどれだけこの頑丈な岩壁を壊せるのか。
『オリャ、先手必勝!』
『負けないわよ!』
生徒全員が一斉に手にある宝石を光らせ、魔法を唱える。
炎、水、風、拳、その他数多の攻撃が壁に襲いかかった。
だが流石は強固な岩だけのことはある、全くヒビすら入らない。
『お、おいおい。今日の壁、いつにも増して硬くないか?』
『いつもならこれぐらいでヒビが入るのに!?』
『どうなってるんだよ、先生!』
開始から数分が経過したが、誰一人として壁を破壊できない。
スタミナ切れにより脱落する者も現れた。
先生は腹を抱えて笑っている。
「皆さんのスキルは日々上達しるわ。そこで今日からはスペシャル・ハッピー・デイ!」
「なんですか、それ!?」
「アタクシが岩壁にちょっと魔力を与えたわ。おかげでこの壁の耐久値は格段に上がってるのよ!」
(うわ…、余計なことをしてくれたな!)
先生は『オネエ』と同時に『ドS』としての要素も兼ね備えている。
生徒が困難に苦しむ姿が、先生にとっては蜜の味なのである。
「ウフ、やはりそう来ると思っていましたわ」
「え?」
皆がやみくもに攻撃する中、ただ一人ミツバは後ろで傍観していた。
開始から魔法を出すどころか、一歩も動いていない。
「なんだよ、勝負諦めたのか!」
「愚かね、誰がそんな事すると思いでして?」
ミツバは岩の手前まで歩くと、ピンクの宝石を上にかざした。
石の輝きと同時に、目の前の岩壁がピカンと丸く光る。。
「はい。あとはよろしくでして」
「流石です、ミツバ様。行くぞ、オラ!!!」
付き人が一斉にして、岩壁を叩き始める。
すると、表面の岩が土のようにさらさらと剥がれ落ちていった。
ブン太とユウマは何度も目をこすり、ただただ呆然と横で眺めていた。
予想外だったのか、先生も二重あごを揺らしてその場に駆け寄る。
「す、すごい。あんなに頑丈な岩がみるみる」
「おい、一体何したんだよ!インチキするな!」
「そうよ、何したのよ?ミス・ミツバ!」
「驚くことでもないでして?これですわ」
ミツバは鼻を高くして、ピンクの宝石を見せた。
「これは…、【吸引魔法】だわ!?」
「あら。よくご存知でして、先生」
ドSの先生の額から焦りの冷や汗が流れ落ちた。
「な、なんだ?そのキュウ何とかって!」
「簡単に言うと、魔力を吸い取ることができる強力な魔法よ」
「な、なんだって!?」
「けどこの石はとても貴重で、自然界ではほとんどお目にかからないのよ…」
【吸引魔法】という用語すらユウマたちは知らなかった。
魔力を吸収するなんて、そんな宝石がこの世にあったことに驚きを隠せない。
周りの皆も、この不可解な出来事につられてぞろぞろと集まってきた。
「おい、なんでそんな物、おまえが手にしてるんだよ!」
「そうよ、これは不正よ、フ・セ・イ」
「これが財力の差というものでして、オホホ!」
(子どもが『財力』なんて言葉使うなよ!)
「あなた方こそ勝負を捨てたのでして?こうしている間に、どんどん壊れていくわよ」
「チェ、こんなのやってられるか!」
「手段に規定などございませんわ、そうですよね先生?」
「み、認めざるを得ないわね…。せんせい、悔しい!!」
「さっき、不正って言ってたじゃねえかよ!」
残り5分弱。
このままではユウマたち三人は賭けに負け、子分生活が始まってしまう。
しかし何も突破口が見つからない。
(万事休すか…)
「ブ、ブン夫君、ユウマ君!」
その時、小さな眼鏡をかけた男の姿が校門の方角から現れた。
彼の手には何やら怪しげな薬を手にしている。
「メ、メメ!?」
勝ちに満ちた顔で、彼は全力でこちらに向かってきた。