第9話
大量の汗をかきながらユウマは寝転がった。
焚火の火はすっかりと消え、煙たさだけがふんわりと漂っていた。
「な、なんで…?せめて1回くらいは!」
腕相撲を始めて十数回、ぼろ負けしたユウマはむきになった。
相撲に石投げ等、あらゆる身体能力で勝負した。
結果は御覧の通りである。
「そ、そもそも身体で競い合うのがおかしかった!ここは一つ頭脳で勝負を」
「お、おい」
「でも何で勝負する?何も道具がないぞ。得意の知恵の輪もここでは生かせない」
「ユ、ユウマ」
「ああもう分からん!やっぱり僕には腕相撲しかないのか!?」
「俺の話を聞け!!」
カンタはユウマの身体を両手で握りしめると、カクテルを作るマスターのように激しく揺らし続けた。
「わ、わるかった!もう大丈夫だから、止めてくれ!」
「あ、わりぃ!」
慌てて両手を手放したが、ユウマはフラフラ歩いた後、その場で倒れた。
胃袋から魚が逆戻りしそうなほどの吐き気に襲われたのか、身をかがめて両手を口に押さえる。
「カ、カンタ。もうギブかも」
「な、なにが、どうしたんだよ!」
得体の知れない物体を見るような目線を浮かべて、カンタはユウマの傍へと近寄る。
「き、来ちゃだめ…、もうダメだ」
「どうしたんだよ。怪我でもしちまったのか!?」
「オ、オエエエエエエ!!!」
雲一つない晴天のもと、洞穴のなかで二人は時を過ごした。
カンタの用意してくれた簡易用の寝床でユウマは休んでいる。
暫くの沈黙が続いた。
いつもは話を持ち掛けるユウマも顔を赤くして黙り込んでしまった。
一連の後始末は自分でやろうとしたが、カンタも協力してくれた。
思わぬところで醜態をさらしてしまった恥ずかしさで物も言えない。
「悪かった。俺があんなに身体を揺らさなければ。も、もう収まったか?」
珍しくカンタの方から声をかけてくれた。
「うん、大丈夫。僕の方こそごめん」
「あ、あのようなものは始めてみたから、流石に驚いた」
「え、吐いたことないの!?」
「そう、だな。俺は身体強いから、どんだけ許されても平気だ」
「そうなんだ…」
どんよりしていた身体を起こすと、手袋をじっと見つめるカンタが前にいた。
タオルのようなもので紅い宝石を何度も磨いている。
「あ、魔法石だね。それも同じ炎使いだ」
「アニキと一緒に必死で特訓して、ようやく使えるようになったんだ」
「へぇー!」
カンタと自然に会話していることが、ユウマには何とも嬉しかった。
無鉄砲なバツ夫の言葉も、時にはもの凄く頼りになるものだ。
「おまえ、優しいな」
「え?」
カンタは笑みをこぼしてユウマの方を振り向いた。
「こんな緑の肌で耳も尖った男だぜ。なのにどうして何度も俺のところに来るんだ?」
「が、外見なんて関係ないよ。それに君は僕を何度も助けてくれじゃないか」
「あの崖の時は…、当然のことをやっただけだ」
「それだけじゃない。リュウヘイさんの時も僕をかばってくれたじゃないか。主さんの時だって僕を助けようとしてくれた」
「そりゃ…、そうだけど」
赤く染まる頬に軽くビンタしたカンタは、キュッと頭のバンダナを締め直した。
「俺、最初はここに来るのを嫌がったんだ」
「え?」
「アニキはあんなこと言ってたけど、行く気はなかった。人間と話すのが怖かった」
真面目な面持ちで話すカンタの言葉を、ユウマは静かに聞いていた。
「けど何度も会う内に、オマエのことが気になるんだよ。不思議なことに」
「それは僕もだよ。というか、カンタと会った時からそうだ」
ユウマは優しく笑顔で応じる。
「ほ、本当か?俺のこと本当に怖くないのか?」
「何言ってるんだよ、それなら何度もここには来ないよ」
カンタは磨いていたタオルを目に当てた。
何度も何度も両目をこすり続ける。
「そ、そうか。じゃぁ、今度違う所行こう!いつもこの場所じゃ、飽きるだろ」
「いいよ。カンタの魔法、もっと見たいし」
その後も日が沈むまで、二人は語り尽くした。
ため込んできた想いが溢れだした。
そんな少年たちの側を、温かな日差しが照らした。