第8話
カンタと出会って2週間が経とうとしていた。
ユウマはその後も何度か洞穴に向かっては、カンタと共に過ごすようになった。
あの日と同じ、魚の塩焼きを一緒に食べては空を見上げる日々だった。
でも二人の距離はなかなか縮まらない。
理由はカンタだ。
極度の人見知りなのか、全く口を開かない。
ユウマは話しかけようとするが、目を合わせてもくれない始末である。
(これは困ったぞ。嫌われたのかな…)
ユウマは頭の中がカンタのことで一杯である。
ある日の放課後、ぶつぶつ独り言を口にしているとバツ夫が近づいてきた。
「おい、ユウマ。今日こそ鷹をみつけるぞ!」
「え、まだ諦めてないの!?」
「あたりめえだ。絶対に見つけて喰ってやる!」
「そ、それは…。やめといたほうがいいよ」
シャツをめくり腕を振り回すバツ夫に対し、ユウマは注意するが一向に耳を貸さない。
また夕方まで付き合わされるのかと、ガックシ落ち込んだ。
「ねぇ、バツ夫。僕たちってどう知り合ったっけ?」
「気持ち悪いな、何だ急に?そんなもん、俺から声かけたに決まってるだろ」
「そうだっけ?」
「おまえがあの『紅のトラ』の子どもだっていうからよ。どんなもんかと声かけたら、ただの弱虫で小心者な奴だった」
「うぅ…、キツイこと言うなぁ」
ユウマはふと思い出した。
この魔法学校に入学して3日目のこと。
いきなり腕相撲の勝負を持ちかけてきたのがバツ夫だった。
あっけなく負けてしまって以降、ユウマはバツ夫に振り回されている。
「すごいよ、バツ夫は。知らない子でもいきなり声かけるんだから」
「誰だって出来るだろ。んなもん、度胸だよ。度胸!」
「どうやって声かけるの?」
「そんなもん、『腕相撲で勝負だ!』しかないだろ」
「え、あれって。僕だけじゃないの!?」
「あたりめえだろ。メメにも同じことしたぞ」
メメは図書館に行くと言い残し、今この場にはいない。
きっと鷹探しから逃げたのだと、ユウマは悟った。
「ほら、ぐずぐずしてると日が暮れる!今日は秘策もあるんだぜ」
「あ、ちょっと。引っ張らないで」
明日はカンタと会う日である。
未だにどう接していいかわからないまま、無駄な鷹探しへと向かった。
翌日、ユウマはお昼に一人で洞窟に向かった。
いつもは必ず魚を焼いているカンタが今日はいない。
焚火もカンタの鞄も何もなく、寂しい風だけが吹いていた。
(やっぱり、僕なんかとは気が合わなかったのかな)
ユウマは洞窟の隅で静かに座った。
地面が冷たく感じたので、一人で焚火の材料となる木々を集めた。
「しまった、肝心の炎が。木でこするしかないか」
木の棒と板を用意してくるくる回していると、森の茂みから音が聞こえた。
「な、なにやってるんだ…」
「あ、カンタ君。焚火の用意してたんだ」
「ひ、火起こしは俺がやるから。あと『君』はやめろと言っただろ」
カンタの魔法の力で、ただの木々から赤い灯が光りだした。
この日は魚を捕まえるのに時間がかかったと、ユウマに話した。
「おいしいよ。今日はいつもより大きいね」
「そ、そうだな」
案の定、カンタは頬を赤くして目をそらしている。
青い空を見上げながら二人は魚をかじり続けた。
カンタは悪い子ではない、ユウマはそう確信している。
二人分の魚をいつも捕まえてくれる、ユウマを嫌がっている素振りもない。
けれど、何と声をかけるべきか見つからない。
その時、バツ夫のあの言葉がユウマの頭に浮かんだ。
決して腕相撲が強いわけではないが、今はこの言葉しか考えつかなかった。
「ね、ねぇ、カンタ」
「な、なんだ」
「う、腕相撲、やらない?」
気が付くと、ユウマは自然と右腕を地面の上に立てていた。
カンタは少し戸惑っていたが、無言で右腕を立てるとユウマの手をぎゅっと握った。
『言葉が無理なら、拳で語れよ!』
あの日のバツ夫の声が耳元で大きく響く。
華奢な体型のユウマの結果など、言うまでもなかった。