領都でのあれこれ
4つの鐘は大体10時頃かな。
それまでに用事を済ませておきたいので、ギルドが開く時刻……午前の1つ鐘で開く……に訪れた。
さすがは領都のギルドだけあって、やたらでかくて広いのな。
前世の市役所みたいな建物に焦ったけど、早朝にも関わらず冒険者の数が多いのにもびっくりした。
そうして受付を素通りして素材売り場に行こうと思ったけど、余りに広いので何処に何があるのかよく分からない。
仕方が無いので受付で聞きました。
「えっ、400本ですか」
どうやら回復薬の買い取りは受付でもやってくれるらしく、それならってんでお願いした。
実は街の回復薬の専門職は忙しいので、毎回3階の正式買取部署まではわざわざ行けないとか苦情が出たらしく、それならってんで受付での買取業務をするようになったとの事。
ちなみに買取部署が3階なのは、人に知られたくない物品の販売をする人もかなり居て、2階も冒険者がうろついているので機密保持の為にそうなっているらしい。
しかし回復薬に機密も何も無いので、回復薬に限っては受付の代行業務になっているらしい。
ちなみにどんな品を売りに行くのかと聞けば、ドラゴンのうろことか、サーペントの肝とかがあるらしく、そういうのは欲しがる人も多いので、下手に狩れるのを知られると勧誘が激しくなって、自分の好きな仕事がやれなくなると嫌がる人も多いらしい。
もちろんそうでない人向けにも売り場はあるが、解体倉庫の中なので、回復薬を売りに行く場としては相応しくない。
冒険者は回復薬を使うほうだしね。
だからそれの売りのほうは不便でも仕方が無いのかも知れないと思った。
それにしても、色々と工夫がされているが、何もかもをひとつの窓口でこなしている、地方のギルドのほうが変なのだろう。
それはともかく、その変なギルドの事を色々話してみたところ、本当に変なのが発覚した。
今回、120本の買取をしてくれたんだけど、もらえる報酬が多いので聞いてみたところ、ギルドの協会員なら8掛けでの買取が標準らしく、6掛けなのはおかしいと言ってくれた。
入会に年齢制限は無いが、狩りは成人からと決まっているらしい。
だから入会はしているから、本当は8割じゃないとおかしいはずだ。
なのに、確か、子供だから大人価格にはならないとか言われて、嫌なら買い取らなくても構わないとか言われたよな。
かなり足元を見られていたって事か。
地元のギルドの名前を出せば、調査の必要がありますね、とまで言ってくれた。
しかも若芽の薬草の買い取り価格も10本で銀貨1枚らしく、20本と言ったらかなり真剣な表情になっていたので、ギルド長経由で本部に報告の形で注進してくれるかも知れない。
なんせギルドはある意味、フランチャイズみたいなものだから、他の支部はライバルと言っても過言じゃない。
だから悪い噂があればすぐさま本部に報告が行き、それに基づいての覆面捜査なんかも行われるとか。
そして処罰が成されると、報告ギルドには貢献ポイントというものが支給され、全世界優良ギルドランキングのランクに影響を与えるとか。
そのトップギルド所属は冒険者にとっても名誉なので、Aランクに上がったら移籍したいって人も多いらしい。
密告制度みたいだけど有効そうだな。
それはともかく、臨時収入だけど120本分の金が増えたので朝食をリッチにしようと、宿の質素な飯はパスして美味そうな匂いのする店で摂った。
当たりだった。
まさかこちらの世界で食べられるとは思わなかったんだけど、味はさすがにそっくりじゃないけど、それなりの味わいはかなり深く、お代わりをしたぐらいに気に入った。
えっ、何だろうって。
米抜きの牛丼。
それは肉皿と言うと言われそうだけど、麦100パーセントの米もどきに掛かっていれば牛丼でいいだろ。
タレたっぷりだから麦が吸ってもパサパサにならずにおじやみたいになっているものの、何の肉かは分からないけどかなり美味しかったな。
ああ、米は何処にあるんだ。
さすがに牛丼弁当は冷めるとつまらないので諦めて、その代わりにおやつになりそうな物をいくつか購入し、頃合になったので宿の前で待っていた。
それはらしばらくしたら妙に豪華な馬車が近付いてきて、まさかと思ったけどそれだった。
「そのままの服しか無いのかね」
ああ、着替えるのを忘れていたぞ。
あるなら現地で着替えたのでも構わないと言われ、そのまま馬車で揺られる事、十数分。
急に静かな公園のような場所を通ると思ったら、もう既に敷地に入っていると言われ、見ればあのでかい門を潜っていた。
まるでアメリカにある自然公園みたいな場所を馬車は優雅に移動していく。
右を見ても左を見ても本当に公園としか思えないんだけど、これが全て辺境伯の敷地らしく、どれぐらいの金持ちなのか分からないくらいだ。
なのに旅費を出さないのには何かの理由がありそうだけど、今回はその追及はしないほうが良いだろうな。
それにしても、同じ貴族でも実家とは比べ物にならないのだと思った。
前世の知識が無かったら、圧倒されて何も言えなくなるところだな。
まあでかいと言っても豪邸は、テレビで色々見て知っているからな。
アメリカの大富豪の屋敷とかと比べると、まあ似たようなものって感じだし。
それでもその大富豪の屋敷が自然公園の中にあるようなものなので、凄いと言えば凄いのだが、自由の国と封建社会の違いもあるから、どちらが凄いって感じでも無いのだけれども。
それからしばらくして馬車が停まったのは、その豪邸の前。
これはもう城と言っても過言じゃない程だけど、掃除するのが相当大変そうだな。
オレみたいな凡人にはとても馴染めそうにない屋敷だけど、こういうのに憧れる人は多いのだろうな。
執事らしき人に紹介されて後を付いて行くんだけど、この廊下がまた長いのなんのって。
屋内自転車が欲しくなりそうな廊下をひたすら付いて行くと、ここで着替えろとある部屋に案内される。
とは言ったものの、ここも応接室のような造りになっているので、相手の身分ごとにそれぞれ違う部屋があるのだろう。
となるとこの豪邸は迎賓館も兼ねているんだな。
着替えるついでに身体を拭いて、少しでも身奇麗にしようと努力する。
そうしてしばらく待っているとノックの音がして、返事をするとさっきの人が入ってくる。
そうしてこちらの姿を見て納得したのか、後を付いて来るように言われ、そのまましずしずと付いていく。
今度の廊下は壁に絵画が飾られていて、肖像画やら風景画やらと、価値は分からないものの美術館の順路を歩いているようだ。
こういうのを日々に見て審美眼を養うのかもしれず、これも貴族の嗜みのひとつなのかも知れないが、自慢の意味も絶対あるよね。
そのまま数分だろうか、歩いた先で執事さんは立ち止まる。
見ればまた豪華な扉だ。
それを執事さんがノックする。
「入れ」
妙に迫力のある声なのは威嚇のつもりなのか。
オレの思惑がバレたら終わりなので、殊勝な態度を心がけようとしていたらかなり緊張していた。
そんなところに持って来てあの声だろ、心臓がビクンとなっちまったじゃねぇか。
「ふむ、お前か」
妙に厳しい表情だな。
こちらの心底を読むつもりか。
負けて堪るかよ。
「ひゃい」
緊張して噛んじまった、恥ずい。
「ふっふっふっ、緊張しているのか」
「は、はい」
どうやら本当に試しだったらしく、迫力のある声じゃなくなっており、威圧感も薄れたので落ち着いてきた。
そうして薦められるままにソファに腰掛け、今回の事をなるべく詳しく知りたいと言われたので、事の始めから全てを……余計な事は省いて……話し始める。
あくまでも結論は出さずに、変なのですとかおかしいんですとか、疑問は持っている事は伝えておく。
「確かにそれはおかしいの」
12才の簡易検査になった件の話もした。
そうして家に戻って母親にそれとなく聞いたら、家からは本式の検査費用として、弟の分もついでにと言って金貨20枚渡した話もした。
「うむ、どうにもそれは着服だの」
弟との話し合いで後継者を譲るが、自分は弟の護衛として身体を鍛えるという約束をして、それを親に報告しようと思ったのに、自分からしておくからと言うから任せておいたと話した。
だから15才の検査で魔力が足りなくても、追い出される話にはならないはずだった話もしておいた。
ここら辺りは少し創作も入っているけど、事後承諾を納得したくだりは貴族らしからない行為なので、嫡男にはあるまじき事と、こちらの非を言われると不利になるからだ。
もっともそれは弟の何かのスキルの可能性はあるが、それを今言う事は彼の結論の導きの邪魔になるので、本人が調査して判明したほうが効果的と、あえてそれは言わなかった。
「成程の。そこでの過激な追放となると、その弟の姦計が濃厚よな」
正直、精神を疑うような所業は今でも信じられないが、それでも事実は事実なので困惑していると告げる。
こちらからは結論を出さずにおいて、疑惑の弟の所業をつらつらと語った。
「よう分かったぞぃ。成程の、才覚のある弟による兄の抹殺を企み、親を唆して事を成そうとは悪辣じゃ。確かにその疑惑も多少はあったものの、本人からの詳しい説明で確定と言っても良いじゃろう。ほんにご苦労じゃったの。今日は泊まってのんびりするが良い」
長々とした説明を聞いてくれた事を感謝して、宿泊のお礼も言っておく。
いやぁ、今までの鬱憤と言うのかな。
記憶の無かった頃のお人好しな兄たるオレに対するアレコレを全て他人に話した事で発散になったのか、晩飯が出たけど妙に食欲が沸いて、たっぷりと食べて風呂にも入れてもらい、リラックスして熟睡した。
(誰にも相談出来なんだのじゃの。話が終わればあのようにサッパリとした顔になって、メシもたらふく食ったようじゃし。後はあやつがこちらの駒になれば問題無いのだが、それはまだ先かの)
しばらく滞在してはどうかと勧められたが、今現在師匠に師事中なので、長期の休みはお払い箱になるかも知れないと告げて、今回の件は終わりになった。
(既に平民としての生活の術を身に付けようしておるとはの。なればもう、貴族としての生活に戻る気も無いのじゃろう。あのような者には到底務まるまい。無理に据えても早々に破綻されたのでは何にもならぬ。となると、弟当人の技能次第じゃが、忌まわしき技能でも持っておれば全ての責任を押し付けて、殺人未遂の原因とすればもしかして、ううむ、今の国王でなければいくらでもやりようはあるのじゃがのぅ)
◇
朝一番に朝食をいただき、早々に屋敷を出る。
帰りも宿まで送ると言われたけど、途中の店に寄りたいからと、門まで送ってもらう事になる。
そうして門前で送迎のお礼を告げた後、見送られて遠ざかる。
さて、ギルドに行きますかね。
「あの、何本いけますか」
「くすくす……そうね、80本かしら」
翌日にまたしても売りに来たとあって、馴染みな態度にしてくれて、何とか80本の買い取りにしてくれた。
「また明日も来るのかしら」
「それがもう帰らないといけなくて」
「それは残念ね。また来たらよろしくね」
「はい、その時は是非」
こんなでかい町に来る用事があるかどうかは知らないけど、田舎なら一度大量に売ったらしばらく買い取り拒否になるぐらい売れ行きが悪いと、目立つので20~30本が限界のところ、昨日の今日で80本もいけるとか、需要の高い町は良いな。
本当に機会があればこの町に住んで、毎日のように回復薬を売って生活したいものだな。
魔法は使えるけど特に優れたチートも無いし、戦うのは基本的に身を守る時だけだ。
つまり、TUEEEする気も無いし、そもそもやれないだろうからそんな気にはなれない。
やっぱり小市民なところもあるし、安全でのんびりと生きられれば、それが一番だと思うんだ。
だから師匠が教えてくれた裏技みたいなのを活用して、これからの人生を過ごして行きたいと思っている。
まあ、厳密に言うなら財布チートはあるけど、あれは師匠の発案だからな。
世界ミニ知識
午前の鐘
1つ 朝4時ごろ
2つ 朝6時ごろ
3つ 朝8時ごろ
4つ 朝10時ごろ
鐘3つ(少し空けて)鐘3つ(何度か繰り返す) お昼
午後の鐘
1つ 昼14時ごろ
2つ 昼16時ごろ
3つ 昼18時ごろ
4つ 昼20時ごろ
21時~3時までは安眠妨害になるので鳴らさない。
鐘叩きは教会のれっきとした大事なお仕事であり、2時間ごとに少し動くだけで済むのに報酬が他の職と変わらないので人気が高いものの、冬場には人気が無くなるという。
ちなみに緊急の警告は鐘8つ……(最低8回)両手打ちで叩くとか。