辺境伯からのお呼び出し
放逐になってから貯め始めた資金は大した事はないのだけど、それを全部持ってとりあえずは辺境伯の領地に向けて出発した。
足りない金は回復薬を売って賄うつもりで、大きな町で売って追加の金を渡す約束で乗せてもらっている。
もっとも、同行者の商人が10本買ってくれたので少しは助かったけど。
ともあれ、移動中は暇なので手紙を読み返す。
辺境伯からの話なので断れないのは良いんだけど、何処にも旅費の事は書かれていない。
つまりは自費で来いって事なのだろうけど、仮にも呼び付けるんだからそれぐらい出してくれても良いだろうに、大貴族の癖にケチだよな。
だけどそんな事はおいそれとは言えないうえに、うっかり聞かれでもしたら大変な事になる。
となるとだよ、この際だから弟の愚痴をたんまりと聞かせてやるのも悪くない。
ああそうそう、そう言えばかつての世界での友達が、先輩取り扱いマニュアルなんてのを書いていて、その中で印象に残っている話がある。
結論は先輩に出させろって話。
こいつを活用して弟の所業をつらつらと話せば、オレの疑惑に辿り着けてくれれば、後は自分でなんとかするだろう。
こういうのは結論を言って同意を求めるより、要因をつらつらと申し述べて相手に結論を出させたほうが、案件に対する意欲が違うらしいな。
しかもどうしてそんな結論になるんですか、とか質問してやると喜ぶ連中が多いらしく、それを利用して先輩を巧く使うらしい。
だけどそれって、女性に限るって話じゃないのかな。
となると余計な質問は無しにして、つらつらと今までの事柄を述べるだけにしておいたほうが無難かもな。
ともかく、こちらの思惑がバレたら終わりなので、そこのところは気を付けないと。
オレでは調べようの無い弟の不審な活動を、しっかりと調べてくれよな。
てな訳で今回、旅費を出さない代償にオレの思惑通りに踊ってもらおうか、なんてな。
実際、母親には話せないし……母親も弟ばかりかまけていたような……師匠には少し話したけど、影響力のある相手に話せる機会は初となる。
だから今までの事柄をつらつらと、まるで愚痴のように話してやれば、おかしいと思ってくれるだろう。
そうして動くなら用意周到にやるはずだ。
この際だからとツギハギの普段着じゃなくてちゃんとした服を買おうと思い、かつての名前で何とか貴族町に潜り込み、出来合いの中で似合いそうなのを選んでもらったら、これがまたやけに高くてさ、足元を見られた可能性もあるけど、馬車の時間が迫っているからと諦めて買ったんだけど、途中で遊ぶ金が無くなりそうなので参ったよ。
移動は馬車なのでその料金も掛かるし、宿に泊まればその費用も掛かる。
飯は3食、なのは前世の記憶が蘇ったせいだけど、その出費も馬鹿にならない。
寄り親の領地まで馬車で1ヶ月の道程は、通れない場所を迂回するから直線距離だとそんなに無いんだけど、そればかりではなく、どうやらヤバい魔物生息地とか崩落の危険のある道とかを迂回するので、相当の大回りになっているらしい。
日程が増えればその分運賃に影響が出るので、馬車の連中は気にしなくても、支払うこちらはそうはいかない。
全くもう。
予想以上の出費のせいで痛かったけど、数ヶ月の稼ぎを全部財布に入れ、更に下級回復薬を200本財布に入れての出発で何とかなりそうな気配はしている。
後は現地での滞在費を何とかすればいいが、もしかしたら屋敷に泊めてくれるかも知れないな。
それならメシ代も掛からないし、恐らくは寝心地の良いベッドで寝られるだろう。
風呂もあるかも知れないし、良い事ずくめだな。
行きは色々と面倒な事もあるけど、帰りはその苦労もかなり減るだろう。
特に改造財布の中の花壇を常時据えておいても良いかもしれないし、そうなれば薬草の若芽を植えておけば必要ですぐさま回復薬が作れる事になる。
そうすりゃ行く先々のギルドでまた売りながら行けば、費用ぐらいは何とかなる。
回復薬を作る道具も財布に入れてあるから、それを使えばすぐにやれる。
まあ、容器は必要になるけど、道具屋に行けばいくらでも買える代物だ。
しかも土の才覚があれば、自作も可能って品だ。
最初は師匠が用意してくれた容器を使っていたけど、どうにも使い勝手が悪いと言うか、それがスタンダードだと言われてもかつての世界の物品と比較してしまい、あれそっくりに出来ればと試行錯誤の結果、試作品を見せたらそれで作れと言われて容器作成係にされちまってさ、きっと師匠には土の才覚は無いんだろうと思ったのさ。
つまりあれは村か町で売られているのを買ったのだと思ったんだ。
そんな訳で容器はたんまり用意してあるので、帰りは花壇にして容器を消費しながら、戻った頃にはいつもの改善薬草の栽培がやれるようになっているって寸法だ。
◇
困ったな、どうやって入れば良いものか。
馬鹿でかい門がズトーンと立っていて、近くには誰もいない状態だ。
しばらく待っていれば人が来るかも知れないとは思ったけど、とにかく資金を稼がなければいけないのでそんな暇は無いと思い立ち、野山で採取をしての回復薬作成をやろうと思ったけど、残念な事にこの辺りの薬草の分布図は分からない。
ギルドで聞こうにもそういうのは各人の情報になっていて、みだりにはギルドにも漏らさないので恐らく無駄だろう。
穴場を知ればそれだけ有利になるんだし、そんな儲けの元を皆に教えるとか、どんなお人好しかと思われるだけだ。
仕方が無いので適当に森の辺りに足を伸ばして見たが、あるのは若芽だけで成熟した薬草は1本も見当たらない。
出先でおいそれと花壇を据える訳にもいかないので、すぐに取り出せるようにプランターのような物を拵えてそこで栽培する事にした。
何も植えてなければ丸めて片付けられるけど、さすがに植えているのに丸めるとかはやれはしないからな。
土の才覚で以前、粘土細工ならぬ土細工をあれこれやっていた関係で、師匠の教えもあって植木鉢の作成には成功している。
その要領で細長い箱型の植木鉢を拵えれば良いので、形状をかつての品を思いだすようにして何とか拵えた。
そこいらの土では内在魔力が足りないだろうと土に魔力を浸透させて、そこに若芽をつらつらと植えて財布に入れておく。
魔力を財布に流すのは慣れているので、後は水を時々注いでやればいけるはずだ。
町の周辺の若芽をかなり採取して、プランターの数もかなり増えた頃、町で誰何された。
見慣れぬ若者が屋敷の敷地周辺をうろついていると報告でもあったのか、様子を見に行った時にバッタリと出くわして、誰何された後に明日馬車で迎えに行くから宿屋を教えろと言われ、今泊まっている宿の名前を告げておいたんだ。
その時に、どうして実家から来なかったのかと聞かれたので、ああこの人は事情を知らないのだと思ったけど、折角だから放逐になった経歴をつらつらと話したら、元父親の所業に驚いていた。
「戦争に使うような攻撃魔法で撃たれてるんですよ。怖くて戻れるはずが無いでしょ」
さすがにこれを言えば納得され、同情までしてくれたものだ。
◇
散々な目に遭った。
あれから即座に宿に篭って、回復薬をひたすら作っていたんだけど結局、終わったのが朝の鐘が鳴る頃合で、東の空が白々と明るくなっていた。
まあなぁ、成熟した薬草400本から初級回復薬400本になっているんだし。
しかもだよ、途中で容器が足りなくなって、プランターの中の土を使っての容器作成になり、しまいにはプランターも分解して容器にする始末。
宿でやるんなら花壇を敷設しても良かったと、後から気付いてももう遅い。
ともかく、熟成した薬草のプランターを取り出して、回復薬にして容器に入れてフタをするの繰り返しをひたすら朝までやったんだ。
ちなみに回復薬の容器はアンプルみたいな造りになっていて、使用前にパキッと先を飛ばして服用するんだ。
だからフタの用意は要らないんだけど、容器の使い回しが出来ないんだ。
確かに製造者の使い回しは可能だけど、そこまでして使い回さなくても新規で作れば問題無いけど、師匠からは念の為の処置として、容器の再利用の方法も教わっている。
つまり、どんなモノからでも容器が作れたら便利と言われ、使用済みの容器を分解して材料の足しにする手腕も教わっていて、それが今回生きたんだ。
もちろん分解したのはプランターもどきだけど、植木鉢を粉にしたような代物に、水をチョイと混ぜてエイヤッと作成するだけの簡単なお仕事状態になっていた。
本当に師匠には足を向けて寝られないよ。
あれ、師匠の家、どっちだっけ。
世界ミニ知識
回復薬の容器は基本的に使い捨てとなっているものの、ガラス製に限っては回収、再利用をしている場合が多い。
だがそれは中級から先の回復薬に限られ、下級以下は陶器の瓶が用いられている。
内容物が見えないので不正の温床ではあるものの、複数納品の場合は、その本数に応じた抜き出し検査を行うので、不良品や偽物の混入はかなり防げている。
ただ、上級でも陶器瓶で出回る場合もあり、その場合は検査もおいそれとはやれないので信用取引となっている。
大抵は契約魔術を用いた取引となっており、偽物売りは排除されている。