トンネルを作ろう
かなり短いです。
喫茶店の作戦は、辺境伯の勇み足で終了した。
もっとも、詳しい顛末は聞いてない。
貴族ならばその辺りの事情を知る努力をすべき事柄ではあるが、生憎ともう貴族じゃないからだ。
そんな事より、もっと面白い事がしたい。
以前、師匠の帰省途中で遭遇したドラゴンとのやり取りで、許可をもらった案件……そう、山脈貫通トンネルの構想である。
土砂の運搬で拡張カバンを用いる必要があるものの、それ自体は特に問題じゃない。
貴族じゃないから特にだけど、土地の所有権の問題がある。
下手を打つと「ご苦労であった」と、これで終わる可能性があるのが平民の悲哀というものだ。
札びらで叩く……金貨じゃこの言い回しも冴えないが、元々あぶく銭だった金貨で土地の購入に走るんだけど、一応は他国の存在なので言い訳が必要になる。
すなわち……。
「変わった薬草ねぇ」
里では見かけないが、山脈のふもとに自生している、ありふれた雑草に見える……はっきり言って雑草なのだが……草を定期的に集めたいので土地が欲しいと王国に相談を持ちかける。
これには茶葉の値下げが含まれていて、山脈の両方の土地……まあ、どん詰まりなので僻地も僻地だから地価はかなり安いはず……が欲しいと伝えたところ、現行の価格の三割引というのを渋々認めたと思わせて成立した。
元々肥料なので丸儲けは変わらないのだけど、いくらかでも王国に金を落とす買い物として認められた一面もあるだろうと思っている。
もちろん、国が認めたとしても所有しているのは双方の領主なので、いくばくかのお礼と共に相談を持ちかけた。
本来なら平民だから門前払いのところ、斡旋状があればその限りじゃない。
本当は二割引の予定が、国王の斡旋状が付いて三割になったという経歴がある。
効果はばつぐんでした。
なんせ直筆のサインと、妙に装飾された印鑑のようなシロモノが、国の長である事を証明しているらしく、貴族なら大抵存在する紋章官が本物だと認めた事から、話し合いは順調に推移した。
ただし、買取は封建社会では不可能であり、あくまでも貸与止まりが精々だったが、一応他国の人間なので仕方がないと諦めたものの、斡旋状を盾に100年の賃貸の契約を成立させ、双方の貴族が貧乏だったせいか、茶葉の現物よりも現金が望ましいと言われ、雑木林の一帯を年間金貨1枚、100年分の金貨100枚先払いで成立した。
さあ、あとはトンネルを掘るだけだ。
◇
目立のトンネルマシンの構造を参考に……一応、三流私大でも工学科だったから、その手の工作機械の構造は熟知しているのだ……その仕組みを精霊に伝えていく。
精霊さんもかつての世界のあれこれは興味を持っていて、積極的に聞いてくれるのでありがたいと思っている。
この大工事には四精霊全てが協力する必要があり、それぞれで話し合いながら説明は続く。
土の精霊はトンネル周辺の土壌の確保と、地下水脈を水の精霊に伝えて可能な限りは貯水ボックス……もうアイテムボックスじゃないもんなぁ……に収め、量が多ければ土の精霊が水路を構築してそちらに流したり、崩れないように火の精霊が壁面を焼き固めたり、風の精霊が中の換気をしたりと、色々な役割がある。
竜認隧道(ドラゴン公認トンネル)は、構想を精霊が理解してからはそれはそれは早かった。
目立のトンネルマシンの速度など比べ物にならない速さでトンネルが延びていくのだ。
実はこの計画には里の連中も協力してくれており、トンネルと周辺土地の整備はお任せしてある。
これもある意味、示威行動に含まれる……精霊魔法の威力を知らしめると共に、協力関係を築けばまたこんな工事もしてくれる可能性があると思わせる事が、未来の争いを未然に防ぐと思うが故だ。
確かに侵略して従属させても可能そうだけど、精霊化が可能な里の者達を捕らえるなど現実的じゃない。
例え周囲を囲まれたとしても、その外側からの攻撃すら可能なのだから。
◇
トンネルも調子が良いが、そればかりだと飽きるので、今日は精霊さんの休暇という訳ではないが、ひとつの気象現象に挑戦するらしい。
上空でまず水の精霊さんが水滴をばら撒けば、それを風の精霊さんが乱気流で混ぜる。
水滴はいつしか氷片となり、それが高速で接触して静電気が発生する。
それらは氷の表面に溜まっていき、切欠を作ってやれば一直線に……。
海上は大時化になっております。
付近を航行中の船舶は警戒を……。
沖合いで急に発生したダウンバースト。
これは超広域災害魔法として、原理とイメージを精霊さんに伝えて実現した。
本来は湿った大量の上昇気流が上空で冷やされて発生する気象現象ではあるが、精霊さんに掛かれば最初の準備などは無視して、上空でいきなり再現が可能になる。
つまり、湿った空気を上空でばら撒き、風の精霊さんがそれを冷やして氷にした後、そのまま急降下させずに帯電させて、ダウンバースト&雷雨という魔法なのだ。
おいそれとは使えない魔法だけど、海上なら被害も出ないので試し撃ちには最適であり、新しい事に挑むのは精霊さんの好むところ。
トンネルの合間の息抜きのような魔法開発もあり、1ヶ月もしないうちにトンネルは開通した。
「約束が違う」
領主がトンネルの件を聞きつけ、契約を反故にしようとした。
確かにどん詰まりの雑木林が広場に化け、1ヶ月の道程が馬車で半日となればその利権は莫大だ。
だが領主は欲に溺れて王様直筆の斡旋状の件を忘れているようだ。
双方の領主が兵を率いて約束を反故にしようとしたので、早速王宮に訴える。
茶葉はもう要らないのかと。
◇
(何という事をしてくれた)
(愚か者の領主にはこの際、消えていただきましょう)
(じゃが、契約違反で没落はやり過ぎではないかの)
(王の権威を軽く見ている証拠故、ここで見逃したとしてもまた何かしら問題を起こす可能性があります。ここは後の者達の見せしめの意味もあり)
(確かにわしの斡旋状を無視しておるな)
(あれは斡旋とは名ばかり。王からの命令を表向きは斡旋としてある書状。それを無視するのは国賊にも等しき所業。先の辺境伯への警告にもなりますれば)
(ふむ、それがあったの)
(あれは潰すに潰せぬ存在が為、あやつも高を括っておる由。ここで双方の没落を知れば、次は無いという警告に使えますれば)
(確かにそうじゃの)
(では早速)
(うむ、任せたぞ)
(折角、三割の値引きに成功したというに、契約抹消など冗談ではないわ。まだまだ備蓄の必要のある品なれば、ここで切られる訳にはゆかぬ。その為になら貧乏領主のひとりやふたり、何ほどの事もないわ。まあ、自業自得と諦めてもらおうかの)
◇
かくして、トンネルとその周辺土地は里の所有となったものの、不動産を王国に持つ事は何かと弱みを見せるようなものなので、大商会に話を持ちかけたところ、許可証と共に莫大な金で譲渡契約が成立した。
その時に、ドラゴンの許可をもらってある事が有利に働いたのは言うまでもない。
ちなみに、その商会での買い物は、原価すれすれの価格で売ってもらえるらしく、これからの取引が楽しみなところである。
えっ、水晶を注文? うん、いいよ。
目立は日立の誤字じゃありません。




