最上級回復薬の競売
一度里に戻り、思い付いた品を考える。
上級薬草のエキスを精霊さんに抽出してもらい、ほぼ100パーセントの抽出率を実現する。
それを濃縮魔素水に流し込んで振り混ぜると完成する。
これが最上級回復薬、別名エリクサか。
どうして伸ばす言葉が伸びなくなったのかは謎だけど、エリクサをエリクサーと言うと変な顔をされるので今更どうにもならないのだろう。
さてこの抽出した後の薬草の成れの果てをどうするかだが、さすがに料理に使ってもこれならもったいないとは言われないだろう。
そうと決まれば……。
「おや、珍しいね。最近では美味しいものがいくらでもあるからの、これは今ではあんまり食べてないのじゃ。そもそもゴブリンなどおらぬ里じゃからの」
久しぶりに拵えた薬草とゴブリンの蜂蜜漬け肉のソテーは、その原材料のエキス抜けに気付かれる事なく賞味に到ったようだけど、少し首をひねっていたので、もしかしたらバレているかも知れないね。
(おかしいのぅ。あれも多少は魔力回復効果があったと思うたに、こたびは全くじゃったの。あやつがもしかして何かの実験をしたのかの。まあ、身体に害の無い実験なればこそ、特に何も言わなかったのじゃろうが、果たしてどのような材料じゃったのやら。まあ、もうあれを食して魔力を回復させる必要も無くなった事じゃし、この里におれば寝ての回復の効果も高くなり、以前のような回復がやれておる。しかるに人族の里での睡眠回復効果があんなに悪いのはどうした訳じゃろうの)
とりあえず蜂蜜は入れない事にして、巷で売ってみようじゃないか。
もちろん、周辺種族向けの上級回復薬にはちゃんと蜂蜜を入れており、種族の長達は保険の意味のそれを、いくらかずつは持っているはずだ。
普通に買えばバカ高いはずのそれだけど、置き薬方式にしてあげているので、使わなければ料金は発生しないので、命に関わる怪我や病気以外では使わないはずだ。
◇
「最上級だと……信じられん。ま、まあ、調べてみれば分かるか」
道具屋のあるじのはずが、弟弟子の仕事に絡んだ商いをしているうちに回復薬にも馴染んだみたいで、やたら詳しくなっている今日この頃。
弟弟子の兄が既に跡を継いでいるので、隠居後の道楽のつもりなのかも知れない。
ちなみに弟弟子の彼も回復薬は拵えているものの、上級は薬草も無いので中級止まりの製造になっていて、その代わりに師匠からのレクチャーもあって薬草の栽培にも成功し、自宅で収穫しての製造という、実にローコストな薬師となっている。
元々は魔石を購入しての栽培だったものが、例の巨大魔石を貸与したところ、中級回復薬の製造にも耐えるクラスの薬草が採れたと、かなり喜んで報告してくれた。
しかも水の入った桶に入れさせておいたので、漏れた魔力から魔素水になったと言われ、ますますのローコストの実現になったらしい。
「さすがは元貴族。その魔力量は羨ましいですね」
巨大魔石に注入するのは精霊さんの恩恵あってのものだけど、里外の存在には例え弟弟子でもうっかり話せないので悪いな。
「とりあえず可能な限りは入れておいた。これでしばらくはいけるだろう」
「いくら払えば良いですか」
「いいよ、これぐらい」
「そういう訳にもいかないでしょう。これになってからかなり順調な製造がやれるようになったんです」
「お茶で儲けているから特に必要を感じないんだよね」
「じゃあ貯めておきますね」
気にしなくて良いのに。
「おい、最上級を放置して何をやっておる。これの説明をせぬか」
「性能調査魔導具での鑑定終わったの? 」
「ああ、こいつは間違いなく最上級の性能を秘めておる」
「いくらで売れるかな」
「売れぬじゃろうの」
ふえっ、なんで。
「これは性能が良すぎるのじゃ。確かに致命傷での服用での生還も見込めそうな品じゃがの、それだけに値段の付けようが無いのじゃ。じゃからの、ここはひとつ、オークションに出してはみぬか。鑑定結果の偽り無き事を宣言書として付属すれば、神によって間違いなく本物である事が証明されようからの、恐らくはとんでもない価格になると思われるのじゃ」
ああ、精霊さんが保障するタイプの鑑定書ね。
あれをどうして神様の保障と勘違いしたものか。
だから神聖魔法は精霊魔法の劣化版なんて言われるんだよ。
「鑑定書ならほれここにあるよ」
「おぬし、神聖魔法もやれるのかの」
「やだなぁ、頼んだに決まっているだろ」
精霊さんにだけど。
精霊の刻印に反応するタイプの術式が書かれた書類を使えば神殿で精霊の刻印がなされるはずなのに、神の刻印と称しているのがなんともな。
ちなみにうちの精霊さんに頼めばすぐさま刻印を打ってくれるので、書類は淡い青の色に染まる。
火だと淡い赤、風だと淡い緑、土だと淡い茶、光だと淡い黄、闇だと淡い黒かな。
とにかく嘘じゃなければ精霊さんのチェックも入らないので、あえて誤認させるような言い方になるんだけど、精霊の事は里の機密事項なので、精霊さんも分かっていてスルーしているような感じになっているようだ。
仲間が追い立てられるような事態は嫌だろうし。
だから「精霊を知らない」とか「精霊魔法を知らない」という嘘はダメでも、「精霊って何の事? 」とか「精霊魔法って何の事? 」とか、どういう意図でそんな質問をするのか、って意味で尋ねる事は許されるので、あたかも知らないから尋ねるかのように相手が受け取るのはスルーしてくれるみたいになっている。
でもそれって詐欺師の技能だよね。
だから本当のところを言うと懐刀にも言いたくはなかったんだけど、なまじ聡い相手には通用しない話し方だけに、あの場では使えなかったんだよな。
それどころか下手に隠せば隠すだけの理由があると相手に誤認されかねず、逆効果を心配したらとてもやれなかったと言うのが実情になる。
それでも火炎熊を独りで倒したくだりは何とか隠せたけど、それは相手の想定外だったが為にバレなかっただけの話だ。
もしあそこでお前が独りで倒したのかと聞かれたら、それを隠す事は出来なかったろうと思っているが、いくら何でも普通の人間……成人したばかりのガキ……にはやれる事じゃないので、想定の外だっただけなのだろう。
それはともかく、オークションに出してみたいという申し出を受けて、全て任せるからと回復薬を預けておいた。
なのに分け前を聞いてもいらない、と言うばかりで受け取ろうとしないんだ。
「山分けでも良いのに」
「これはわしの興味からじゃからの、分け前は要らぬのじゃ」
やはり隠居後の道楽のつもりかな。
◇
弟弟子の回復薬はギルドの販売価格より高いのに、何故か売れている事実。
「教えてもらった通り、蜂蜜を入れると本当に飲み易いですね」
実はあの村との契約で蜂蜜を仕入れるようになり、今ではほんのり甘い回復薬という、里から周辺に流しているタイプの回復薬になっている。
「どうやら蜂蜜以外だとダメみたいで、砂糖入りの回復薬はただ甘いだけで回復効果は落ちるみたいなんですよ」
果物はどうなんだろう。
「甘い果実汁だと効果は落ちないんですけど、蜂蜜入りの味には敵いません。妙なエグ味が出て、どうにも飲み辛いので本末転倒でした」
おかしいな、同じ果糖でも蜂蜜の果糖に及ばないとは、もしかしたら他の要因もあるのかも知れないな。
「師匠の伝手で蜂蜜は多少安く手に入りますが、下級回復薬に使うには高いので、もっと安価な材料を探しているところなんです」
彼も研究が好きなようで商売の傍ら、そういう研究には余念が無い様子。
これで精霊さんと馴染んだら里の一員になれそうなものだけど、こればかりは中々な。
おいそれとは教えられないので、せめてうちの精霊さんの存在を探知して、独自でマスターしてもらうしかない。
オレもそれで馴染んだんだし。
内蔵濃縮魔素水に浸かっている水の精霊さんの存在感は今ではかなりでかいので、表に出てもらうとかなりの存在を感じるんだけど、弟弟子の水の才覚が低いのか、どうにも感知してくれない様子。
ううむ、土40の水4か、それは厳しいね。
光が18で風が26、そうして火が12なのね。
魔力量は平民という事もあって、現在では85らしい。
なので魔力が必要な作業では、魔石購入になっていたらしい。
だけど精霊さんと馴染んだら、最低でも数千の魔力の確保になるだろうから、かなり楽なのは事実だろう。
だからせめてと、彼との対話の時には精霊さんを呼び出している。
精霊さんも好ましい対象が仲間に入る事は賛成してくれるので、伝えればああやって弟弟子の周囲を回ったり、ちょっかいを出してくれるんだけど、さすがに才覚4の壁は厚いようで、どうにも感知してくれない様子。
まあ、最悪、土の精霊さんに頼むしかないか。
とりあえず生活魔法は可能だったらしいけど、財布には大型拡張バッグがなんとかひとつ入るだけらしい。
自分の改造財布の容量は、精霊さんの干渉のせいか弟弟子の数倍はあり、奥さんも同様になっているところからして、それは恐らく間違いないだろう。
だから全属性4しかないオレの空間魔法での水タンクの容量も、同様の理由で数倍になったんだろうな。
この世のすべては精霊さんの恩恵あってのものだと言うのを実感した。