新婚買い出し旅行
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
「初年度はあの袋の代金を込みにしてくれと言われての」
お茶を納品してかなりの額の儲けとなり、それで周辺の連中の要望を聞いて、利益分配をしようとしたところ、拡張バッグが欲しいから、あれをもらえたらそれで構わないと言われる。
確かにたくさん入る袋だから便利なのは分かるけど、要望を出してくれないと金が余って仕方が無い。
しかも塩の代金が莫大なので、毎年いくらかずつ引いてくれたら充分だと言われる始末。
「どうするよ」
「小麦でも仕入れるかの」
「食糧自給率を落とすのは拙いぞ」
「と、言われてもな。使い道が無いからの」
やりたくないけど金貸しをしないといけないのかな。
辺境伯辺りに……。
◇
お茶の販売を任せたからには、その代金の使い道も任せると言われてしまい、どうしようかと悩んでいる。
そもそも不用品の引取りなので、それを活用しての儲けに里の予算は関係無いとも言われ、好きなように使えと言われても困るんだけどな。
「全世界蜂蜜巡りでもする? 」
そんなに集めて何をするの?
「蜂蜜漬けの大量生産とか」
無くなってから考えようよ。
「そうだねぇ」
確かに蜂蜜や砂糖は腐らないから長期保存に向いているかも知れないけど、あの莫大な金で集めたら、里が蜂蜜と砂糖だらけになっちゃうよ。
さすがに雨ざらしじゃ拙いので、倉庫の類は必要になるだろうけど、そんな数百年分の甘味の備蓄とか、これから採れなくなるのなら別として、毎年交易すればいくらでも手に入るのだし、使うより貯めるほうが多くなれば、無駄使いになってしまうだけだ。
なんせ現地で買うから安いのだし。
確かに個人的な購入な現在、関税とか関係無いとして各国へ買い出しになっているけど、大量購入ともなれば金の出所を探られないとも限らない。
もちろん逃げるのは簡単なんだけど、そうやってあちこちの国で騒ぎを起こしたら、折角の暗躍の効果が無くなるどころか、下手に買い物にも行けなくなる。
もっとも、量に関しては道具屋のあるじの伝手で国内に流せる可能性もあるから、利益分配の関係で安く卸しても構わないがな。
そうして新たな既得権益のグループを構築して、そいつらへの優遇案件に含ませてやれば、いくら仕入れても問題は無いって事にはなるんだけど、あんまり強固な結びつきは、オレが生きている間は良いけど、その後が心配になる。
理想は半永久な安全だけど、そんなのは普通は無理だろう。
だから里人でも継続出来そうなお茶のみで、何とか防衛構想が築けたら良いと思ったんだ。
◇
現地で買えば安いものの、ここいらで買えば高い物。
砂糖、香辛料、香木、そして様々な産物。
特に腐り難い物を探す旅に出る計画を奥さんに話したところ、今度こそ同行したいと言われてしまい、この際だからと新婚旅行をする事になる。
いやね、そういう行事があるとつい話しちまってね、式すらも無かったと言われ、今更式は良いけど旅行はしたいと言われたら、さすがに嫌とは言えなくてさ。
そもそも里でも式とか改まった事はやらないようで、気が合ったらそのまま同居になるような感じで、気付いたら夫婦になってましたって感じらしい。
里では精霊化が日常なので、誰も彼もが賢者状態のせいか、幼少でも気が合えば同居になる関係上、夫婦と言ってもずっと清いままだったりする。
そうしてお互いに子孫が欲しいと思えば精霊化をやらないように気を付けて、共に感情を高めての行為になるらしく、人間のようにまずは快楽ありきじゃないから、若年夫婦でも誰も気にしないところがあるようだ。
人間だったら大変だよな。
身体が出来てないのに無理矢理とかありそうで、母子共に残念な結果になる可能性も高いだろうけど、そもそもが淡白な種族なので、気が向かなければ何十年も夜の運動が無いままだったりするんだし。
◇
「宿は要らないね」
「うーん、となると運動も無しか」
「あれ、やりたいの? 」
「やらないとやり方を忘れそうでな」
「あはは、そういやそうね」
てな訳で宿を取ったものの、さっぱりその気にならない訳で。
「ダメだ、もう眠い」
「無理だったね」
「また明日試そう」
「そうだねぇ」
(確かにあんまり好きじゃない行為だけど、当時はそれなりに欲求もあったけど、今じゃもう全然なのよね。だけど子供はそのうち欲しくなるだろうし、やり方ぐらいは忘れないとは思うけど、もし忘れたら大変なのも分かるし。そうだねぇ、明日こそはやれるといいね。おやすみ)
僅かな高鳴りは精霊化でサッパリ消えるようで、やはり移動中の試しは無理があったようである。
そうなればもう、今はスッパリ諦めて、買い出しをメインに考えるようになる。
どのみち、子孫の件は里に落ち着いてからでも遅くないと諦めて。
「これ、何だろう」
「これはまさか、ピーマンか」
「食べられるの? 」
「半分に切って肉のミンチを詰めて、焼いてピュアルの実を潰したのを掛けると旨いのだ」
「じゃ、買いだね」
「ピュアルの実があれば宿で作っても良いぞ」
「探そう、探そう」
すっかり気分は買い出し部隊になっているけど、楽しそうだから連れてきて正解だったな。
うお、これはナスか。
あっちに見えるのはキューリみたいだし、探せばあっちの野菜そっくりのがあるみたいだな。
あれ、これって……。
大豆、あるじゃねぇかよ。
何が見つからないだ。
まあ、こいつは枝豆という名だから、大豆とは言わないだろうけど同じ物だよな。
まさか、あのノートのヌシ、枝豆が大豆になるとか知らなかったんじゃ?
まさかな。
まあオレも親戚のばあちゃんに教わったのであって、それまでは別の豆だと思っていたからなぁ。
人の事は言えないんではあるんだけど。
◇
夕食前に冷やしたエールと枝豆を用意して、宿の部屋で2人して試食という名の酒盛りを開始する。
「これ、エールに合うね」
「調味料にもなるんだ」
「じゃあ買いだね」
「未成熟で売っているとなると、里で栽培しないと大豆は手に入らないかな」
「明日、聞いてみようよ」
「そうだな……ふうっ、旨いな」
「うん、美味しいね」
塩茹でした枝豆を大量に盛っていたのに、2人してモグモグと、エールを飲みながら全部食べてしまっていた。
お陰で夕食が食べられなくなり、このまま寝ようって話になり、今夜も試そうと思ったものの、酔った勢いでそのまま爆睡になってしまう。
翌朝──
「ああ、そういや昨日」
「あは、無理だったね」
「もういいや」
「うんうん。さーて、枝豆を買いに行くよ~」
「おっし、起きるか」
宿で朝食を摂った後、2人して市場へと向かう。
昨日、枝豆を買った八百屋に赴き、大豆の話をするとタネかと言われる。
どうやら枝豆として収穫して、そのまま料理に使うらしく、大豆としては販売してないとか。
「そもそもよ、そんな豆、売れるのかよ」
「粉にひいたりしないの? 」
「何に使うんだよ、そんな物」
ああ、米が無いから餅も無いか。
となると黄な粉餅も無いって事になるな。
まあ米はまだ探してないけど、大豆として売られてないのなら、和風調味料も全滅だろう。
これは里で栽培してもらうしかなさそうだな。
「どうしても欲しいなら聞いてみてやるが、恐らくこれ以外は無いと思うぞ」
「タネは手に入るかな」
「金次第だろうな」
「それは余裕」
「なら、いけるさ。おっし、何なら今から行くか」
「えっ、良いの? 店は? 」
「かあちゃん、ちょいと案内してくるわ」
「あいよ」
◇
えらくフットワークの軽い店主の案内で、郊外向けの辻馬車に乗る。
もちろん、案内料として費用はこちら持ちである。
店主は郊外の農場との直接取引もやっているらしく、あちこちの農場に顔が利くようで、枝豆の件はいくつかの農場で試験的に栽培を始めたものの、あんまり売れ行きが思わしくないとか。
それでも秋の収穫前に手に入る豆なので、シチューの具として少しずつは売れているとか。
店主としては長年の付き合いから入手したものの、毎回売れ残るのでそろそろ入荷を止めたいらしく、オレの話は渡りに船のようだった。
道理で気安く案内とか言う訳だ。
とりあえずタネを交渉して買取させてもらう見返りに、取次ぎ料としてそれなりの額を渡しておく。
「こんなにいいのかよ。まあ、それならこっちも真剣に協力してやるぜ」
どうやら大豆が手に入りそうです。
◇
まずは枝豆のグループのような集まりの元締めみたいな人に会いに行き、取引の停止の相談を始めるものの、他の店からの反応も芳しくないとかで、何とかならないかと話が難航する。
埒が明かないので店主を突くと、初めて気付いたような態度でこちらの用件を伝える。
忘れていたな。
交渉では足元を見るような態度になりはしたものの、こちとら拡張バッグに資金はたんまりなんだし、その程度の要求は軽く呑んでやるさ。
「いいよ、グループの枝豆、全部買おうじゃないか。その代わり、タネは全部寄越してもらおうか。もう止めるのなら要らないだろうし」
「相当あるが、本当にいいんだな」
「大型拡張バッグ2つに収まるならな」
「大型2つ? いくら何でもそんなにあるかよ」
「なら、問題無いね」
ドラゴン2匹分もは無いようで、それでも近いぐらいはあるとなると、里の連中の食欲を満たすには充分足りるだろう。
それにしても、シチューの具だと言われたら素直にそれ以外に使おうとはしないのかな。
この異世界、どうにも創意工夫が乏しいな。
恐らく生活水準が低いから、そんな余裕が無いんだろうな。
うっかり冒険して失敗したら、そのまま飢え死にしそうな状況だと、食の創意工夫は磨かれない。
ああいうのは余裕があるからこそ発展するものだし。
でもなぁ、塩茹でにするだけで酒のつまみになるってのに、それぐらいの事は気付いて欲しいけど、豆を仕入れる時に相手からシチューの具材と教わったらしいな。
だからそのまま店主に伝わったと。
思った通りタネはそのまま大豆だったのであるだけ獲得しておいた。
全部買い切りの話は関連の農場まで馬を飛ばして連絡が行き、元締めの畑の収穫を待つ間にあちこちから大量に届けられるらしい。
明日には揃うと言われ、とりあえず契約書を交わして代金を支払っておいた。
かくして、枝豆の山と大豆の袋をいくつか、栽培グループの全てを確保したのでした。
「次はもっと売れる物を作らねぇとな」
「ああ、助かったわ」
こっちもな。
どうやら原産は隣国らしく、そこでもシチューの具になっていたらしいが、原産ならもっと別の食べ方をやっているかも知れないけど、伝わってないのなら創意工夫しろよな。
まあ、里の連中はそういうのが得意だけど。
◇
栽培グループから栽培の要点を聞き取りをして、注意点などを確保しておく。
どうやら春と秋に植えて夏の収穫とは別に、タネを採る為の二毛作らしく、タネとして寝かせておくだけという。
煎り豆にはしないんだな。
豆は保存食にもなると言うのに、タネという固定観念のままにただ寝かせておくだけとか残念な話だ。
里の存在が無ければ色々教えても良いけど、今は里が優先だから何も言うつもりはない。
どのみち調味料や豆腐なんかは、うちの研究班が開発するだろう。
最近、開発のネタがどうとか言っていたので、ノート記載の調味料の原料と言ってやれば、喜んで開発するだろう。
何とか米も探したいものだが。
八百屋の店主に礼を言って別れた後、借りている宿に戻ってまたぞろ枝豆を塩茹でする。
「なんか癖になっちゃったね」
「里の連中にも受けるかな」
「受けるよきっと。それに、お師匠も食べたいかも」
「一度戻って出直すか」
「そうだね、豆も植えたいし」
「そいつは契約農家次第だな」
「酒盛りすればいけると思うよ」
「交渉は任せた」
「あはは、はいはい」
ああ、おたくなノートの持ち主よ。
君が果たせなかった和風調味料。
オレが開発してみせるからさ。
だから安心して成仏しろよ。
なんてな。
◇
1日余裕が出来たので近隣の村を巡り、新婚買い出し旅行の締めくくりとなる。
明日は枝豆の山と大豆の袋を回収したら、一度里に戻って荷物を置いて、研究班と農業班に話をして、またぞろあちこちを巡ろうか。
ハニームーンだからな、最低1ヶ月は巡りたいものだ。