裡なる存在あればこそ
まさかいきなり直接交渉なんて、誰が読めるかよ。
きっと里の責任者を出せって流れになるだろうから、代理人を師匠に頼んでの交渉も考慮に入れていたのに、道具屋のあるじったら、それなら今からとか言い出して、あれよあれよと言う間に、貸し衣装みたいなのを着せられて王宮に連れて行かれ、心の準備も整わないうちに会談開始となったんだけど、どうすりゃいいんだよ。
「緊張しておるのか。わしは相談役とは言うものの、単なる隠居だからの、態度でどうこう言いはせぬ。楽にするがよい」
とは言われてもな。
この交渉次第で今後の対応が変わるとなると、責任重大過ぎて、眩暈がしそうだ。
よし、ここは深呼吸……ああ、そうだったな。
オレには精霊さんが付いていたんだった。
◇
「今回の献上の話を伺いまして、その真意を知りとうなりまして、今回の会談とさせていただきました」
「ほほお、さすがは元嫡子、そのような言葉遣いもやれるのだな」
こっちの事は全て把握済って訳ね。
「たまたま産地との友誼を得まして、交渉役を買って出ました」
「ほおお、幻と呼ばれる茶の産地との友誼とな」
「はい」
「その友誼を国に向ける事は可能かな」
精霊魔法の事を知っていての事なら、オレがその使い手かどうかを知りたいのか。
教えるのはやぶさかでは無いが、研究材料にされるのは嫌だからな。
返事をしたくない時は、別の話で衝撃的なのを出してやればいけるかもって事で。
しかも全然別の話じゃなく、さり気なく拒否しているって感じのイメージが送れる話だ。
「実はあの里は以前から攻撃を受けておりまして、その目的を知って、所属国に直接販売すればそういうのも止まるかと思いまして」
「誰じゃ、そのような愚かな行為を成しておるのは」
「相手も証拠を残すような真似はしないようで、疑いはあれども確とは」
「ふむ、なれば献上どころの話ではないの」
うおお、頭の回転がメチャ速いな。
さすがは現国王の懐刀だけの事はある。
あれだけで友誼以前の状態であり、その状態での献上の要求は関係断絶もあり得ると思っての発言って事だよな。
「このような事を尋ねるのはいささか……精霊魔法は現存しておるのかの」
うわ、いきなり来たよ。
こちらの戦力の要があるのか無いのかを聞くとか、いざって時の事を考えると共に、こちらの態度の真意を探ろうとしているんだよな。
まあ、いざとなれば精霊化で逃げる事も可能だし、戦争と言うなら直接王の首も狙える状態になれるし、何なら王宮を水浸しにしてやれば、装備の重い警備兵は溺死する可能性もある訳だ。
この王宮、地下に兵士の居住区があって、普段から大勢の兵士が生活しているんだ。
そこを水没させたらどうなるかぐらいは誰でも簡単に分かるけど、普通の水魔法でそれを成すには大勢で囲んでの攻撃しかない。
そんなの兵士のいい的だな。
「そうですね、見た事はあります」
嘘じゃないぞ。
ただ、オレも使えるとは言わないだけだ。
人の精霊魔法はしょっちゅう見ているけど、自分も使えるとは言ってないだけだと。
「そちはどうなのじゃ」
うげ……。
「練習中です」
これも嘘じゃない。
熟練するにはまだまだ先があるのだから、練習は日々やっているんだから。
「見せてみよ」
「しかし、水魔法との相違が分かるようにせよとの仰せなれば、今ここでと言う訳には参りませぬ」
この部屋って密閉空間に近いから、やろうと思えば水没は可能だけど、この人って水中呼吸が出来るとは思えないから、そのまま溺死になるよな。
だからやれないと。
「習えば使えるようになるのだな」
こっちも直接聞いてやれ。
「戦略的な構想として、精霊魔法部隊を考えておられるのですか」
「ふふふっ……」
怖ぇぇぇ、その笑いはなんだよ。
「ちなみに里の者達は争いを好まぬ者ばかりでして、なので攻撃に対抗は有志を募って仕方なく」
けん制するぞ。
里から戦いの為の精霊魔法の教師の派遣とか言われないように。
「そちもあのような事が無ければ、立派に当主を努めておったのだな」
元以上の座への返り咲きの勧誘か、そんなの要らないんだよ。
「今の暮らしが性に合っておりまする」
「ふふふっ……」
だーかーらー、その笑いを止めろと言っているだろ……(言ってない)
「前途有望なれば褒美をやらねばの」
政略結婚か、お断りだ。
「妻のある身への褒美と申されましても」
「ほんにおぬしは聡いの。そのような者が代理人であれば、無碍なる対応も無かろう。こたびの事は試しのようなもの。あの話は忘れるがよい」
ここで、ははぁ、とか言っちゃうと従属確定になるよな、きっと。
それにしても、相手の心中と言うか、真意が何となく分かるって便利だな。
こちらが聡いと勘違いしてくれれば、勇み足は無くなるだろうから、オレとしては文句は無い。
精霊さん、ありがとう。
オレみたいな凡人でも、精霊という軍師が付いていれば、こんな相手とも渡り合えるんだなぁ。
「ありがたき申し出に感謝致します」
「精霊魔法は後日、見せてもらうとして」
うげ、あれで断ったつもりなのに、さすがは懐刀、抜け目が無いと言うか。
精霊さんという高下駄を履いてもギリギリの相対みたいだし、相当に有能なんだろうな、この人は。
「魔力茶からの製法、そのほうは心得おるかの」
「魔石と同じなれば、特に問題は無いかと」
「ほお、おぬしでも作れると申すか」
「師を得て7年になります」
「成程の。なれば薬草採取の折にでも出会うたか」
「はい」
師匠とはな。
里の連中と思うのは勝手だけど、修正はしてやらないぞ。
「練習中の精霊魔法をここで見せよ、と申したなればいかにする」
精霊化が早いけど洒落にならないからな、ここは脅してみるか。
「水中での呼吸は可能ですか? 」
「練習中でそこまでの力を持つか」
「本人の力とは無関係なので」
「成程の。よう分かったぞ。して、今後の取引の件なのだが」
「取り扱いにつきましては従来の通りにて」
「当事者へはいかに」
えっ、襲撃者への処罰? 要らないよ、そんなの。
「それも構えては」
「ふむ」
襲撃に対しての賠償を要求しないのを不思議に思っているのか。
なら、ちょいと里の実力を軽く……。
「襲撃とは言いましたが、特に害も無かったので、賠償には当たらぬかと」
「どのような攻撃であったのだ」
「火炎熊の大群でした」
まあこれで、何処の誰がやったのかは自然に分かると。
実際、脳裏には浮かべているようだし。
「どれぐらいの数じゃ」
「927匹でした。お陰様で冬支度がはかどりまして、貢物に等しいと喜んでおりましたが、前回まではそうでは無かったらしく、次回があればどういう手で来るかは分かりませぬ。
今回が組し易かったからと言って放置する事は、将来の為にはなりませんので、元凶の放出でそれが止まるのなれば、止めておいたほうが無難と思い、今回の取引とあいなりましてございます」
数えたからな、死体の数を。
本当は1人に毛皮1枚ずつ配るぐらいはあったんだけど、里長が必要最小限にして残りは交易に使いたいと言ったのでかなり余ったんだ。
まあ、独り者には1枚ずつになったんだけど、夫婦で1枚とか子供達は数人で1枚とかで構わないと言ったので、余ったのは北国への交易品目に入れたんだ。
まあ必要ならあの大群が発生した場所を探索すればまだまだ得られるだろうから、また欲しいと言うなら探せば良いさ。
肉にしても、蜂蜜漬けという保存方法が既に確立していたから、焼肉パーティの分だけ残しておいて、後は全て蜂蜜漬けになっちまったぐらいだ。
他にも目玉とか肝臓とか心臓とか魔石とか、採れるだけの素材が採れたから、外部に流してかなりの里の収益となり、それで色々な物を仕入れたから今ではかなり裕福になっている。
なんせ精霊化は画期的な流通を可能にする。
南国の珍しい果実とか、海の彼方の香辛料とか、北の果ての珍しい産物とか、現地で買えば知れた価格なので、北の国へは余った毛皮も取引の品になったし、火炎熊の素材は他国の研究班に渡った事もあったし、錬金素材として高額で売れた目玉もありはした。
特に北の海はヤバい魔物がいるらしく、沿岸漁が精々と聞かされて、水化で潜ってみたら味噌汁に入れるような海草とか、大ぶりの貝とかが見つかって、採れる範囲で獲得したのは里のみんなに好評だったんだ。
まあ、海草はあらかた干したけど。
更には伝手は言えないがと称して、幻の茶が手に入ったと、好事家に少量渡した事もある。
そいつは飲んで確認して喜んで、ある品を褒美だと言ってくれたんだけど、それがまた何と言うか……読めない手帳という、とても怪しい品だった。
ペラリとページをめくって、動揺を必死に隠して興味の無い振りはしたものの、それと合わせていくらかの品を受け取り、中を読んで驚いた。
何処のおたくかは知らんが、異世界知識チートメモとか作ってたりするんだな。
どういうルートで流れた品かは知らんが、こんな心臓部が流れている時点で、本人の生存はかなり怪しいと見るべきだろう。
かなり古ぼけた手帳となれば、昔の品だろうしな。
ともあれ、大っぴらには売ってないので聖樹茶は巷にばら撒かれる事は無かったものの、その存在は上に知られるかも知れないと。
そういうのを各国でやったんだ。
里の仲間として迎え入れてくれた現在、既に里の民の一員となっている。
どのみち、国との取引は危険が伴うので、保険の意味でも他国との繋がりは必要だろう。
まあ、放逐が無かったら分からないけど、もうオレは王国の民じゃない。
さすがに殺されかけてまで国に忠誠を誓える程に、この国に愛着がある訳でもないしな。
そういうのは貴族としての待遇を得た者が持つべき心得だろうけど、そうなる前にその立場が消えたんだし、前世の記憶も戻った今となっては余計にこの国への未練は無い。
元は小市民なオレに、貴族のはびこる国が合うはずもないさ。
ちなみに好事家を探すのは簡単だった。
金持ちの蔵とかを探って、訳の分からない物がある家をターゲットにして、そことの付き合いのある商人を探して交渉しただけだ。
だから好事家には少量でも、商人のほうにはその数倍の量にはなったものの、好事家への販売オンリーにしたほうが良いと、軽く示唆しておいたので、他には売らないだろう。
まあ、直接の交渉は他に頼んだからな。
どんな町でも金の無い貧乏人ってのは存在するので、その中でも役者の貧乏人を探して、口の軽さを調べた後に、代理人として雇ったんだ。
相手がガキならどっかの紐と思うだけだし、幻の茶とかになるとそれなりの貴族の紐を連想するだろうから、さる方からのと言えば、それで勝手にそう思ってくれると。
口の軽さ? そんなの根も葉も無い嘘話を漏らすなと言って話すだけだ。
そうして他の用事をして戻った時に、そんな噂が流れていたら、そいつはダメと判断する。
もちろん、かなりヤバい話に仕立ててあるから、本人もバレたらただでは済まない。
あの領主、実はカツラなんだそうだ、とかさ。
そういうのをあちこちの町でやった後、漏れなかった奴を採用した。
そうして商人との話し合いをやらせて、好事家とのやりとりも任せた。
オレはそいつのお付の小僧として、同伴になっていただけだ。
成功報酬として金貨10枚を提示すれば、真剣な顔になったので、全部任せておいたんだ。
その中には火炎熊の素材も含まれていたから、赤字の予定が黒字になったという裏話もあるけどな。
そいつは今頃、芽の出ない役者稼業からすっぱりと足を洗って、小さな町で商人をやっているはずだ。
家業を嫌っての役者修行だったけど、今回の取引で才能を自覚したらしい。
彼には可能な限り付き合ってもらったけど、さすがに精霊化が出来なければ移動に難がある。
だから他の国はまた別の方法を採ったんだけど、彼の作戦を間近で見ていたせいで何とかなって良かった。
◇
聖樹茶の流出については、それを言わなければ伝わるまでは知りようのない話だろうから、それまでの間は独占と思わせられるし、それで強硬手段を採るならさり気なくバラしてやればいい。
自国だけが乗り遅れていると知れば、ぼったくり価格でも欲しくなるだろう。
戦略物資になると思えば、それがあるのがスタンダードになっている国との戦いは不利が確定なのだから。
まあ実際の話、売らないと減らないんだよ。
なんせ年中落葉があるもんだからさ、1000人に満たない里人が日に日に飲んだところで早々無くなるもんじゃない。
外に売るのは簡単だけど、買い叩かれての大量輸出で里人が飲めなくなるのは困るので、周辺の者達には高貴な品と思わせ、会合の折に下賜に近い感じで少量の配布になっていたようだ。
だから聖なる樹木の茶って名前になっているんだな。
そういう背景を鑑みて、価値を保ったままの販売で、うっとおしい攻撃も止まるならと思っての今回の計画なんだ。
◆
(1000近い数の魔物を組し易いか……。思った以上の戦力がありそうだ。それを背景にあのような強気なれば、甘く見ては将来の為にはならぬか。確かに強大な精霊をひとりひとりが所持しておるのなれば、とてつもない戦力ともなろうが、それ程の力があれば何故里から出て来ぬ。
争いを好まぬ?
力を誇示せねば舐められるだけなれど、せぬからこその侵略ではないのか。それはつまり、伝説の業はあるにしても、多数ではないからやれぬのでは。となると、恐らく組し易いという話も半分ぐらいに聞いておいたほうが良いかも知れぬ。そして被害の対策でようやっと動いたのが真実なれば、巧くすれば従属させる事も可能ではあるまいか。ともかく、練習中という話も当てには出来ぬが、あれの力を見られればその真実の一端は判明する)
そうして彼の元に届けられる、ある町の壁清掃の話。
数十人での清掃中、軽く1面を洗ってしまった少年の話。
練習中の身でそこまでの力となれば、かなりの上方修正が必要になると知った彼は、進めようと思っていた計画を差し止めた。
国の脅威を作る訳にはいかぬと呟いて。
未遂の計画
「捕らえよ」「騙したな」「閉じ込めておけ」「許さない」「やれるならやってみろ」「出せ出せ出せ」「精霊魔法の全てを喋ってもらうぞ」(精神魔法で洗いざらいな)
上方修正
「捕らえよ」「そうはいくか、精霊魔法」「逃がすな、追え」「この国以外に教えるよ」「こんなはずでは」(と、なりかねん)
本当は
「捕らえよ」「良いのかな」「早く捕らえよ」「精霊化」「おのれ、何処に消えた」どばぁぁぁぁぁ……。「ゴボゴボゴボ」(おっと、逃がさないよ)
精霊の威を借りた主人公に怖いものはありません(汗