目指せ王宮御用達
「あやつも部屋住みと言うか、仕事も無く暇そうだからの、ひとつ噛ませてやろうと思ってな」
「どんな知り合いだよ」
「なに、学院時代の後輩だがな、今でも手紙のやりとりぐらいはやっておるのだ」
「いっそ国営にしちまうか」
「ううむ、そう来たか。そうだのぅ……確かにあの方を敵に回すとなると、なまじな勢力では潰されようが、国が相手となればさすがにの」
「んで、暇そうな王族さんに取り扱い責任者になってもらって、御元のここを御用達に指定してもらえば、他の参入はやれないと」
「智恵の湧く泉のようだな。しかしな、それでは儲けは国にかなり吸い取られるぞ」
「命よりはましだろ」
「おぬし、わしの元で働かぬか。その年でそこまでの才覚、放っておくのは惜しいぞ」
それは残念だけど無理だな。
どのみち真の卸元としてここに供給しないといけないし、いざって時に本当は直接の取引じゃないと言って、矛先をかわすにも別の卸元があったほうが安全だし、そういう意味でも里からの売り手という、今の形が理想的だしこちらも望ましいと。
「確かにの。それにしても、里とやらは遠くはないのかな」
「流通は心配要らないさ。それよりそっちのほうを確実に頼むぞ」
「あい分かった。して、今回はどれぐらい置いてくれるのだ」
ドサッ……。
「こ、これは」
枕ぐらいの大きさの袋だけど、中には普通に飲むなら1人前5グラムとして、400人前、2キロぐらいは入っている。
「これ程も良いのかの」
「王族を立てるなら最初からそれなりの量が必要だろ。小銭を入れる袋みたいなのを渡して、これを売ってくれと言っても冗談かと思われるだけだろう」
「確かにの。だがこれだけの量があれば、かなり広範囲にバラ撒けような」
「最初はそれで良いさ。王宮御用達として少量ずつ下賜すれば、さぞかしすり寄って来る輩も多いだろうから、その中から有望そうなのを更なる代理人として、貴族連中の纏め役にすればいいだけだろ」
「そういうのは次期王が扱う案件と言われそうだの」
「既得権益で固まった陣営に今から? そんなの商品だけ取られて、ご苦労であった。これで終わりになるさ」
「確かにの」
「今は誰の紐の付いてない、まっさらな存在が責任者のうえに、扱う商品も今は流通してない幻と言われた品。だからこそ他と競合しない品として、御用商人みたいな扱いもやれるんだろうが。そうじゃなければ到底、独占みたいには出来ないだろうよ」
「おぬし、本当に考え直さぬか」
「無理だな」
「もったいないのぅ」
◆
某王族よりもたらされた報告は、王の興味をいたく引いた。
早速、その商品の取り扱い責任者としての立ち位置を確保してやり、その見返りとしていくらかを王に供出する事で合意が成された。
もちろん、税金もいくらか優遇ではあるものの、後々には家臣となる末端の王族なので、そこまでの優遇は無いものの、余りにも幻と呼ばれていた品なので、実質的には最高級の紅茶の数倍ぐらいの価格と決まった。
つまり最初はぼったくり価格での提案で、何とか予想通りの価格に落ち着いたというべきか、
何にせよ広範囲に下賜された品のうち、いくらかが某辺境伯にもたらされたのである。
(そんな、馬鹿な)
自らのライフワークとも言える、森林族の里にあると言う、巨木の葉から作られる魔力の回復するお茶の獲得。
以前の襲撃の結果は、撃退どころか殲滅されたという、いささか信じがたい報告を受け、次なる作戦の目処が立たずに思案の中にあったものだが、それが何と王よりの下賜という結果を受けて、彼はしばらく呆然としていた。
それからしばらくして配下に命を下し、その背景を探りにかかる。
しかし彼にもたらされたのは、その商品の総元締めがある王子であり、そこに品を卸しているのが御用商人である事は分かったものの、それが何処の誰であるかは不明という、中途半端なものだった。
(国が庇護しておるのか。となると国家間の……いや、まさか。しかし、もしそうであるならば、わしの計画を訴えられれば……いや、証拠は何も残してはおらぬはず)
彼は焦っていた。
わざわざ大金を使ってまで招聘した専門家がその実力を発揮する以前に、肝心の情報提供者の不審死で計画が頓挫したばかり。
しかも屋敷に盗賊が侵入したのか、宝物庫の中の武器や金貨などがごっそりやられており、さしもの辺境伯の資産にも陰りが見えている。
このままでは拙いと思いつつも、その解決策が見当たらない。
だからこその乾坤一擲の襲撃作戦であったものが、ただ魔物の在庫を減らしただけに終わってしまったのだ。
(どうすればいい、どうすれば……)
国が主導ならば食い込むのも困難な魔力回復茶の事業。
異界の知識を活用した財の構築の頓挫。
2大計画が双方共、赤字のまま終わってしまった結果を受けて、辺境伯の心は千々に乱れていた。
(盗賊捕縛の報告も、財の回収の話も届かぬ。このままでは……)
◆
「2割だそうだ」
「王に2割も? 自分でも売りたいのかな」
「恐らくは魔力回復薬にするのであろう」
「作り方は知っているのかな」
「それは研究するであろうが、まさか知っておるのかの」
「魔石の粉の代わりに使うだけだよ」
「して、味はどうなのだ」
「くそ渋い」
「それは変わらぬか」
教えようかな、でも普通は気付くよね、甘味を入れるぐらいの事。
だけど砂糖より蜂蜜のほうが性能が上がるってのは、恐らく何らかの成分が関係しているとは思うんだけど、ブドウ糖が結晶化した蜂蜜を使ったほうがより効果が高くなるって事は、果糖なのかな。
だからうちでは最近、果糖茶にして飲んでいる。
そのままだと少し渋みがあるんだけど、果糖茶にするとまろやかになるんだよな。
それにしても魔石の粉で作る魔力回復薬があるってのに、どうして襲撃してまでお茶を欲しがるのか、オレにはさっぱり分からない話だ。
「毒なんだよ、魔石は」
毒……確かに魔石は魔物の体内で生成される石のようなもの。
だがその位置から考えると、ある臓器が怪しいんだけど、それは人間にも存在する。
つまりオレの体内にも、もしかして……。
「しかもある程度の量を飲めば命が危うくなる程のな」
それって単に細菌による感染じゃ?
肥大した内臓が凝縮して石のようになったにしても、放置していたら腐らないにしても細菌ぐらいは付着するよな。
衛生観念とか聞いた事ないけど、ちゃんと消毒なり洗うなりしてから粉にしているよな。
更に粉もちゃんと消毒しないと、固くなった内臓の粉って事になるから、魔力回復薬を飲んだら腹痛とか腹下しとかになるんじゃないのかな。
そうなると大量に飲んだらそれ以上の病、すなわち命が危うくなると。
だから毒と言われるのだとしたら、対策で防げる事になる。
でもそんな事は言えないし。
「しかるにこの茶葉は、多少飲んだところで問題無いのであろう」
「まあなぁ、毎日のように飲んでも別に何とも無いけど」
「なれば分かろう」
「けど、少量なら問題無いんだろ? 」
「平時なればな」
つまり、戦争で使える性能の回復薬になり得るから、獲得して国に売ればって話なら、まさにピンポイントで攻撃が直撃したって事になるんだな……国からの販売みたいなものにしちまったって事は。
踏んだり蹴ったりになったな、辺境伯。
いかにメスのオークみたいな女をけしかけられたとは言うものの、少し被害が多すぎるかも。
まあ、火炎熊の襲来が関わっているなら、ざまぁ、に近いと言うか……それでもあれは里の儲けになっちまったし、特に被害とか無いから丸儲けに近いと言うか。
しかも神出鬼没の盗賊の襲来まであったんだし、お見舞いの手紙でも出したいぐらいだな。
当事者から出すもんじゃないだろうけどさ。