いよいよお茶の販売、その前に
とりあえず大型拡張バッグ2つ分の師匠の荷物は、現在師匠が住んでいる家の片隅に置かれ、必要であれこれ取り出すと言ったので、中に入っている物の明細を付けて渡しておいた。
さて、いよいよ魔力回復のお茶……ええと、聖樹茶と言ったかな。
今のまま売るのは簡単だけど、方向性は示してやらないとな。
すなわち、そのまま売るのは芸が無いので、付加価値を付けると言うか使い易くすると言うか。
そこで思い付くのが紅茶パック、となると紙の容器が必要になるんだけど、いきなりは無理だろうから布か。
精霊化である程度大きな町で調べてみると、布はある程度はあるにしても、お茶を漉せるような布となるとかなり……お高いな。
オレらには不要な品、つまりお茶を淹れるのに茶漉しが要らないんだよ。
それと言うのもお茶を淹れていると、精霊さんが茶漉しの役割を勝手にしてくれるので、ポットの中には茶葉はあるけど、注ぐ時にはお茶しか出て来ないんだ。
すなわち、注ぎ口で水分以外を邪魔するからさ、それが茶漉しの役割になっている。
これはかなり昔の人が精霊に理解してもらった方法らしく、里の精霊は皆マスターしていて、うちの精霊さんもすぐに習ったみたいにやれるようになったんだ。
イメージ的にはオレの中にいる精霊さんが、お茶を淹れている時に指でピトッと注ぎ口を抑えるようなもので、それで水分以外を遮断すると言うか、そんな感じだと思っている。
労力なんておこがましいものじゃないようで、人間で言うなら電気のスイッチを押すような、そんなお手軽な感じらしい。
だけど普通の人間はそうはいかないので、漉してくれる物が必要になる。
庶民なら揺らさないように飲めば問題無いだろうけど、貴族向けになるだろう高級商品にそんなのは恐らく受けない。
ちゃんと茶ガラを除去してやらないと、飲んだ後に何かが残るって言うのは恐らく嫌がると思うんだよな。
紅茶がそうだし。
だから見てくれは緑茶のようだけど、実質的には乾燥させて粉砕するから紅茶もどきって事になるので、漉せる物が必要になる。
と言ってもいきなりそれ専用は需要もまだまだだし、他にも使えたほうが良いに違いない。
となると紅茶のポットを拵えて、ついでにお茶も漉せますってほうが良いに違いない。
そういうのは道具に類するから、弟子の親と相談してみるしかあるまいな。
もしかしたらもうそういうのがあるかも知れないし。
◇
確かに似たようなのはありました。
「でもこれ、柄が邪魔だし大きいよね」
弟子の親には弟子から紹介してもらい、兄弟子という立場を利用して話は出来たものの、はっきり言って息子より年下の兄弟子には面食らっているようだった。
確かに弟弟子は20代前半でオレは10代後半だけど、それはこの際置いといてお茶を売る為の計画の第一歩、紅茶用品から話を始めたんだけど、ヤカンに使うようなやたらとでかい茶漉しがあったんだ。
だけど妙に大きいからメイドとかにやってもらうなら別として、お手軽に飲むには少し大げさと言うか。
「しかしの、他と言われてもな」
例えば目の細かな布の袋を拵えて、茶葉を入れてポットの中に入れるとか。
「ううむ、それなれば確かに。だが、それでは茶の味がおかしくならんかな」
庶民で茶の味の良し悪しまで言うのかよ。
「拘る者は拘るからな。確かに安い茶葉を飲んでいる者ならば良かろうが、おぬしが売りたいのは高いのであろう。なればそれに見合った道具という物が必要になるのではないのかな」
「ならさ、この柄を無しにして、2つ合わせて球に出来ないか? 」
「ううむ、そうだの。その気になればやれようが、それでは布と何が違うのだ」
「底に転がして頃合で取り出す」
「成程の。それなればいけるかの。だがそれなら布とて同じであろう」
早速、試してみようって話になり、とりあえず試しに布と茶漉しセット……2つ合わせた改良品……との飲み比べとなる。
専属の職人がいたので、彼に頼んで改良してもらった後、布袋……穀物を入れる袋の中で一番目の細かな物……と、改良茶こし……ポットの中に入れる……との味比べとなる。
やはり布も同様に取り出すのだが、味が微妙に異なっている。
「ううむ、やる事は同じなのだが、どうして味が異なるのだ」
「味が変わるのは袋の中では茶が踊らないからだろ」
「踊るとな。確かにあれは踊っていると思えばそう見えようが、中々に面白い考えよの」
「湯の中で茶葉が踊らないと、茶葉の味が出ないからちょっと薄く感じるんじゃないか」
「その分、他の雑味が強くなるか」
そんな訳で改造品ではでかいので、もっとスマートな形での製造と決まり、そこら辺りは専門家に任せる事となり、問題のお茶……聖樹茶の試飲となる。
「これが……幻と言われたあの、ううむ、確かに身体の中に何かが……魔力かこれは」
そこまで顕著な効果じゃないんだけど、師匠作の魔力回復薬はかつて里から持ち出したお茶から生成したらしく、在庫僅かになっていたのにオレが枯渇させた時に飲ませてくれたんだ。
あれの製法はお茶の味より性能なので、濃縮魔素水に浸した茶葉を磨り潰してドロドロにしたうえで、容器サイズまで濃縮魔素水を足して混ぜたものだ。
なのではっきり言ってくそ渋い。
実は魔力回復に精霊水……つまりは濃縮魔素水……を飲めばと思うだろうけど、そのままでは効率が相当に悪いらしく、だからこそ効率の良い茶葉使用の魔力回復薬の評価が高いらしい。
まあ、今では蜂蜜入りのソフト回復薬が人気だけどな。
体力回復薬も同様なので、少なくとも里とその周辺に供給される回復薬は、どれもソフト化がされている。
子供が嫌がるんだそうだ、くそ渋いから。
だけど今なら甘いので、体調が悪くなったら飲める美味しい薬として人気になっていて、親もすぐに飲んでくれるので安心と評判になっていて、以前の品よりはと今では蜂蜜の入った回復薬を求めてくれるとか。
そもそも蜂蜜は滋養もあるし、体調の悪い時の栄養補給になるので、性能的にも同じかそれより良いぐらいだし、更には甘くて飲み易いとなれば、皆が求めるのも分からなくもない。
まあ、蜂蜜の分、付加価値って事で物々交換の交換比率に影響を与えたようだけど、本人達が望んだ事だから仕方が無いよね。
回復薬はオレの専門なので、年中作りながらもソフト化の為の蜂蜜の購入もやっている。
◇
用品の目処が付いたので、いよいよお茶の卸しの話に入る。
現在の高級茶葉……紅茶な……の価格なんだけど、標準的な量……これがちょっとややこしくて、領地ごとに容量の異なる容器があって、それぞれに価格が異なっているらしく、それ単位での取引になるから、同量でいくらってのは分からないらしい。
となると全ての領地の計量カップになっている容器を集めて、それぞれの種類での重さでの基準単価を出さないといけないけど、はっきり言ってそんな事をやっている暇は無い。
それに売るのは紅茶じゃないので、こちらで勝手に値を付けても構わないって事になる。
「それにしてもおっちゃん、道具屋なのにこんな職種違い、良いのかよ」
「何を言うか。これは幻と言われた茶なのだぞ。このようなもの、息子にやらせるなど100年は早いわ」
あんた何才だよ。
「わしの人脈には貴族もいるからな、彼らにまずは渡して味わってもらって、そうして仲間に引き入れないと、恐らく単独では潰されようが、そのような事を息子がやれるとは思わぬからな」
確かにその懸念は大いにあるだろうが、そうなるとドップリって事になるぞ。
「構わんよ。わしとてこれの価値は分かっておるつもりだ。噂ではかの方がいささか強引な手を使ってでも手に入れようとしている事もな」
「ああ、火炎熊の養殖迷宮の討伐を意図的にやらなくして、人工的なスタンピートを発生させて森に誘導する作戦か」
「なんと、そこまで分かっておるのか」
「いや、推測だけど、恐らくとしか」
「ううむ、その推測見事なり、と言っておこうかの。まあ詳しい事はわしも知らぬが」
情報統制がやれてないのか、そもそも無理なのか、巷の商人のアンテナに引っかかってもやるぐらいに熱望しているのなら、さぞかし今回のお茶の販売は衝撃的だろう。
それだけに充分な根回しをして安全を確保しないと、潰されて奪われる事にもなりかねない。
「実はの、ここだけの話なのだが、王族に知己がおっての」
うわぁ、爆弾投入きたー。