師匠の帰郷と引越し騒動
師匠の意外な真実が知れたので、里ではお祭り状態となっている。
かつての才子が戻ったと、そんな噂で持ちきりだ。
早速、里長は交代して欲しいと師匠に言うが、もう決まった事なのでと辞退する。
どうやら里長とは里を束ねる立場と言いながらも、誰もその権力を欲しがらないようだ。
里長はやりたい者にやらせるのが一番というのが基本的な考えだが、誰もが面倒だと嫌がるので、仕方なくネギラの直系が100年を区切りに交代で役目を負っているらしい。
2代目は責任感のある者だったのか、それともネギラの直弟子のプライドなのか、100年区切りを5回もこなしたらしく、皆の評価は高いけど奇特な存在という認識だ。
3代目は孫弟子だがそんなブライドは無かったようだが、それでも2回区切りでの交代になっているとか。
そうして4代目だけど、交代の時期になっても師匠が戻らず、決められていた日時での交代は里の決まり事として周辺の連中にも伝えてあるので今更の変更は困難なうえに、その変更は次期の者しかやれないのに戻らないので仕方なく、弟が姉の代わりに就任した、というのが顛末らしく、本人は代行のつもりだったけど、ここにこうして戻ったのだから早々に交代してくれと訴えたが、見事に断られたと。
初代はさすがに没したが、次代はまだ生存しているらしいのだが、穴倉の底で研究一途で誰も彼に逢えないので、もうそろそろ転生しているのではないのかと思われている。
土の才覚が高かった彼は、土の精霊化をして穴倉の中で眠っている可能性もかなり高いが、もしかしたらもう精霊になってしまっているかも知れないらしい。
誰か確認しろよ。
◇
オレが余りに名前を覚えないので、業を煮やした里長に書き付けを渡された。
アギラ=クロイツ 直系4代
(師匠が戻らないので仕方なく跡を継いだ、師匠の実の弟)
ナギラ=クロイツ 師匠・直系4代
(見聞を広めるつもりが光の欠損で戻れなくなった)
ネギラ=クロイツ 初代の精霊術師
(里を創設して今の種族の祖を築いた)
はい、よく分かりました、里長。
(まだ名前呼んでくれない……)
◇
師匠の引越しの件なのだが、最初は精霊魔法の覚え直しが終わったら戻るとか言っていたのだけど、弟に引きとめられて説得されて、最初は嫌々ながらも住んでいるうちに慣れたのか、あれ持って来い、これ持って来いが面倒なので、この際だからあちらを引き払ってこちらに住まう事になり、また気が向いたら元の住居にも行くって事になる。
それは良いのだが、どのみち師匠には財布は持てない……光の欠損のせいで……ので戦力外だし、奥さんも同様となるとやるのはオレって事になる。
この際だから奥さんに生活魔法を覚えてもらおうと師匠と相談したところ、なんとかしてみるとは言われたものの、今すぐって訳にはいかないらしい。
となるとやはりオレだけで引越しをやるのかよ。
仕方が無いからまたぞろ拡張バッグを買いに走ったけど、また別の町での買い物になる。
あれもそうそう仕入れられる品ではないようで、今までに買った店に新入荷しているかも知れないが、それよりは新しい町で買ったほうが可能性が高い。
まあ、3つは手に入れたけど。
そうして始まる引越しは、まずは地下のあれこれから開始される。
残っている蜂蜜の樽とその他の樽に、金貨の袋はバラで置いてあったけど、それがまたやけに多いんだけど、オレって辺境伯の財産かなり盗んでないか?
あの時は弟を手にかけた時だから普通の精神状態じゃなかったようで、今から考えるとあんなに盗る必要は無かったはずだ。
もしかして、弟を殺す事になったのをあいつのせいと思い込んだのか。
まあなぁ、普通に考えてオレの性格じゃ何をされたにしても、弟を殺すっていう選択肢にはならないはずだし、捕まってなかったら恐らくは許しはしなくても関わり合いにならない方向を選んだだろう。
将来にあいつがどんな悪党になったにしても、里で平和に暮らす分にはとりあえずオレに害は無い訳だし。
世界がどうこう言われても、オレのような凡人にどうこう出来る訳もないし、そういうのは凄いチートをもらった勇気のある者にでもやってもらえば良い話だ。
確かに色々された記憶はあるけど、はっきり言って前世の存在とも言っても差し支えの無い、オレが何かされた訳じゃない。
厳しい事を言うようだけど、能力がどうあれ、負けたほうが悪いと言えば何だけど、そういうのも生存競争とも言える訳で、ある意味仕方がないとも言えると思う。
ドラゴンに生まれたのをズルイと言うようなものだし。
んでたまたまそのドラゴンが縛られていて身動き出来なくて、チャンスだったからスライムが口を塞いで窒息させて倒したって感じになるのかな。
自分で才覚の数値が決められた、という点が気になるけど、それとてオレがそれをやれてた場合、水の才覚が初期値70には恐らくしてなかったろうし、そうなれば今裡にいる精霊さんとは出会えなかったかも知れないのだ。
まあいいや、終わった事だし。
今更、返す訳にもいかないとなると、領都に還元してやるのが正解だろうけど、それをすると足が付くかも知れないからなぁ。
師匠の引越しが終わって、身内が安全になったらやっても構わないかなぁ。
どのみち、お茶を売る仕事もあるし、領都で売ってやるのも洒落が効いて面白いか。
襲撃しても得られなかったお茶が、知らないうちに自分の領地で売られていたとかさ。
ともあれ、代理人が必要だから、悪いが弟弟子の実家に被ってもらおうか。
かなりの高額商品になるだろうし、利を多めに渡せば動いてくれるだろう。
職種は違えど、商売人なら利に聡いはずだし、儲けの口があるなら恐らくは乗ってくる。
まあ、道具屋だから、お茶も道具と言い張れば、通らない事もないか。
事によると弟弟子のほうに頼んで、回復薬のついでに売ってもらう手もあるな。
うん、そのほうが良いか。
そうして領都の商人に渡りを付けて、出荷しても構わない訳だし。
あいつもいきなり、兄の店の片隅とはいえ、薬師としてやっていく訳だし、主力商品のひとつもなければ片身が狭いだろうし、幻の魔力回復茶の元締をやっているとなると、それだけで知名度はぐっと上がるだろう。
そのついでに回復薬が売れてくれれば、あいつも嬉しいだろうしな。
その妨害工作は親が守ってくれるはずだし。
◇
色々な今後の事を考えながらも、引越し荷物は拡張バッグの中に入っていく。
地下のあれこれは回収したけど、花壇の回収には苦労した。
植えてあるから巻く訳にもいかないが、そのまま移動すると場所を取る。
仕方が無いので全部上級回復薬にしたうえで、巻いて拡張バッグの中に入れておいた。
どのみちまたあの洞窟に行くんだし、行けばきっとまた濃い魔素の空気が欲しいと言うに違いない。
そのついでに薬草を採れば良いだけだ。
地下が終わって地上となったけど、これがまた書物が多いわ資料が多いわ、師匠ったらどっからこんなに集めたんだろう。
てか、何十年住んでいたんだろうって思えるぐらい、物資がやたら大量にあるのな。
大型拡張バッグ3つは多かったかと思ったけど、1つ目の拡張バッグが満載になったのを見てもまだ荷物が大量にあったので、これは正解だったかもと思い始めた。
師匠の住居は最初は小さかったそうだ。
だけど必要に応じて増築を繰り返しているうちに、ツギハギになったものの今の状態になったのは、やれ作業場が狭いから追加だとか、素材置き場が欲しいとか、試験場が欲しいとか、客間が欲しいとか、そういう欲求もあるんだけど、かつては蜂蜜もそんなに買わなかった師匠なので、はっきり言って金が余るから村に還元しているうちにそうなったらしい。
確かに師匠が暮らす分にはそこまで金は必要無いだろう。
開発の為に素材のあれこれは必要だろうけど、回復薬は薬草の質によって性能が決まるので、早い話が薬草だけあれば作れると言っても過言じゃない。
確かに中級には魔素水が必要になるし、上級は精霊水という特別な水……まあはっきり言って濃縮魔素水と変わらないんだけど、どうやら迷宮の底のほうに水槽を作って、上のほうで魔物の飼育をしていると魔素の濃いのが底に溜まるらしく、それが水に溶けて濃縮魔素水っぽいのになるらしい。
それを精霊水などと呼んで売られていて、それを使うと上級回復薬になるんだそうだ。
師匠は定期的にそれを仕入れていて……実験に使ったらしい……在庫もいくらかありはしたけど、オレの水タンクの中身がそうだと知れば、在庫がどうのこうので、師匠の在庫として抜き取られたんだ。
精霊が少し嫌そうだったけど。
ともあれ、あの辺りは6掛けというぼったくりをやっているけど、村に直接卸せばそれも苦にならないだろうから、村に卸してその代金で生活物資を買うついでに、貯まった資金で大工に改築を頼んでいたらしい。
そんなツギハギな家の中に満載になっている、あれやこれやを全て拡張バッグに入れるのは、はっきり言って凄く大変だった。
そうして終わる頃になって気が付いたんだ、荷物を持てなくても手伝うぐらいはやれた事に。
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