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やり過ぎた精霊とお願いの話

 

 春の集会も終わったので、火炎熊の蜂蜜漬けを師匠に届ける時に軽い気持ちで聞いてみた。


「でさ、うちの里の見学とかしてみたくない? 師匠みたいな研究に明け暮れている人達が大勢いるよ」


「し、しかし、どうやって、行くと言うのじゃ」


 あれ、妙に動揺しているぞ。


 もしかして、本当に里の出で、戻りたいけど戻れないと諦めていたのか?


 それなら本格的に開発するだけだ……気球を。


 風の精霊にヘリウムを把握してもらうのには苦労したが、水の精霊の助けもあって、分子の把握の要領を得たのか、何とか把握に成功する。

 里に提灯が流行って大量のスライムの体液が必要になり、余ったスライムの皮を繋ぎ合わせて、試作品の気球を作成し、中にヘリウムを詰めてもらった。


 おお、かなりの浮力だな。


「これは、また、何と言うか、異界の知識とはとんでもないのぅ」


「ある程度、体重が軽くなれば、後は風の精霊が運んでくれるよ」


「スライムの皮じゃな。なれば大量に集めようぞ」


 妙にやる気になっているようだが、本当にあの里の出なのか?


 えっ、不義理?


 師匠が?


 嫌っている?


 そう言わずに頼むよ。


 オレが言うなら我慢する?


 そう、悪いな。


 代わりに?


 ああ、良いともさ。


 試してやるさ、風の精霊化を。


 ◇


 どうやら風の精霊の助けは得られそうだけど、いつもは水の精霊化の状況を見ていて、風との同化を望んでいるようだ。

 ならば交換条件とばかりに、彼女の期待に沿うだけだ。

 水の精霊は1度だけなら構わないと承諾も得たので、風の精霊は張り切ってオレの補助に専念する。

 かなり不安定だけど、それっぽくなったような……ううむ、これは、何と言えば良いのか。

 透明な存在になったかのようだが、水の時よりも遥かに希薄な意識を保つのに苦労する。


 だけどその見返りはでかい。


 自分が大気と一体化したかのような、この自由さはどうだ。

 広大な大陸を包むような、この感覚は……これこそが精霊そのものの感じように近いのかも知れない。

 ただ、己の意識を留めるのに苦労するのは、やはり才覚の少なさか。

 殆どが風の精霊の補助の中、ようやく実現しているだけの話であって、風の精霊が少しでも手を抜いたら、たちどころに消えてしまう淡雪のような状態。


 もう、そろそろ、良いか。


 精神、が、そろそろ、限界、なのだが、な。


 急速に己が凝縮と言うか、矮小になっていく感覚。

 ああ、終わりになったのだな……はあぁぁぁぁぁ。

 相当な精神疲労だが、あの感覚は凄かった。


 えっ、風がやり過ぎてた?


 精霊になる寸前に引き止めた?


 うえっ、マジで。


 まあいいや、その代わり、約束だから師匠の手伝いお願いね。


 ◇


 もう少しで彼女達の仲間入りをするところだったと聞かされても、そこまでの忌避は無い。

 ただ、もう少しこの世を人として過ごしたいので、そうなったにしても残念だったで終わらせるとは思うし、そうなったらなった事実を確認するだけだろう。

 確かに今は人だけど、意識は彼女達の領域に近いと言うか、かなり彼女達の言いたい事が理解出来ている。


 もし、嫁さんがいなかったら、早い時期に仲間入りをしていたかも知れないな。


 嫁さんとの日々は楽しいし、師匠や里のみんなとの付き合いも楽しい今ならまだ先の話と思うけど、それが無くなればすぐさま仲間入りを望むかも知れない。

 これは一度転生した事によって変わったのか、かつてのような死に対する忌避は余り無くなっている。


 こちらでは特にだが、死は消え去る事ではなく、新しい存在に変わる事だと理解しているからだろう。

 人が死に怯えるのは何も知らないからであり、それがクラスチェンジだと知れば、あの膨大な人口がどれだけ減るか分からないぐらいだ。

 苦しんでも生にしがみ付くより、新たな環境でのやり直しを望んだほうが遥かに建設的だけど、この世との別離となって消え去ると恐怖している今の人間には到底理解はされない話だとは思う。


 なんせ嘘だったら終わりなのだ。


 確実な証拠でも無い限りは、決して認めようとはしないだろう。

 だからオレもそれを人に伝えようとは思わない。

 無理に教えなくても死ねば分かる事なのだから。


 まあ、リア充には縁の無い話だろうけどな。


 ◇


 リア充で思い出したが、周辺の連中の中にはリア獣が多い。


 つまりは獣人族だ。


 ネコミミ、キツネミミ、サルミミ、ウサギミミ、オオカミミミ、クマミミと、どれがどれやら分からないから適当に区別しているだけなので本当は違うかも知れないが、とくかく雑多な動物の耳を持つ連中がかなり多いのは、やはり種族差別の結果なのだろう。

 科学的に言うなら、それは過去の混血の結果だと思うだけであり、過去のやんちゃな連中の事は責めても、現在の連中の事を貶める気にはなれない。


 被害者だからな。


 歴史の被害者を貶めるとか、無知な連中のやりそうな事となれば、人族は皆無知がゆえに貶めているとしか取れず、ますますオレとは違う存在だと認識するだけの話だ。

 実際、この認識はかつての空想概念理論化研究会でも共通の認識になっていて、恐らくこうであろうという過去の様々な仮説が出されたものだった。


 あいつら、この世界に来たら喜ぶだろうな。


 だけど、人族として生まれるより里で生まれたほうが、より楽しいのは確実だけにどうなるかは分からない。

 だけども記憶を残しての転生なら、オレと同じように人族の枠から外れる可能性は決して低くない。

 そこで迫害になって生を閉じてしまうかも知れないし、事によると周囲に染まってしまうかも知れないけど、それでも空想概念が実現しているこの世界を知れば、以前の世界よりも楽しく生きられる事は確実だろう。


 まあ、それも好みの問題だろうけど。


 ◇


 師匠はあちこちから大量のスライムの皮を集め、特殊処理をして準備を進めているようだ。


 弟子の教育にも熱意を持っていて、ある意味スパルタみたいになっているそうだ。

 この分では1年もしないうちに卒業になりそうな勢いだと言っているが、それでも食らい付くのだと、ちょっとアッチの性癖になったんじゃないかと思うようで引くが、念願の師弟だからその意欲が凄いだけかも知れない。

 そうして兄の店の片隅での共同経営の話も前向きに考えているようで、それなら親からの援助が期待出来るなと言えば、確かにその可能性もありますねと、更なる前向きになったようだ。


 師匠が本気のようなので、改めて気球1個に対する浮力計算をして、どれぐらい必要になるのか、どのような形状にまとめるのか、安全係数はどれぐらい取れば安心なのか、航路をどうすれば良いのか、この時期の天候はどうなのか、などと、調べられる事は全て調べ、計算もやり尽くして後、師匠の身体を支えるハーネスの形状と、その作成に関しての協力者を探しての依頼など、やれる事を里の仕事の合間にやっているうちに、早いもので半年が過ぎていた。


 弟子の熱意のせいなのか、師匠からのお墨付きを得た弟子は、満を持して実家に戻る。


「本当に上級まで作れるようになったの? 」


「おぬしには悪いがの、あやつのほうがその点のみは才覚が勝っておっての」


 別に悪くないぞ。


 オレは魔法のほうが専門になっていて、回復薬は単なる金稼ぎの手段でしかなかったんだし、それを教わって作っていただけなので、才覚とかは特に問題は無いぐらいだ。

 それに今では精霊と共に在る生活に慣れてしまっているから、怪我をしても薬に頼ったりしなくても、精霊が気付けば勝手に治してくれるぐらいなので、本当に必要が無くなっているんだ。


 ただ、里での備蓄の際に協力しているだけとなっていて、それも周辺の者達へ配るだけの話なので、里で誰かが使う訳じゃない。

 そう、恐らくは皆もオレと同様に、精霊が勝手に治してくれるんだろう。

 魔素化、つまりは精霊化に慣れたオレ達の身体は、より魔素との馴染みが深いはずだし、そういう身体の不調は精霊にとっても干渉し易く、だからついでのように元に戻してくれるのだと思っている。


 だから怪我して精霊化して戻ったら消えているんだよ。


 それはいちいち礼を言うまでの事も無い些細な事だと相手も認識しているようで、最初の頃はいちいち礼を言っていたんだけど、逆に水臭いと思われているようなので言わないようになったんだけど、心の中の感謝の気持ちは消える事は無い。


 彼女達がいなければオレは単なる魔法が使えるだけの平民でしかないのだし、それが今では嫁さんも見つかって安穏な空間でやりたい事がやれる生活を送れている。

 確かに里の仕事はあるものの、決して強制ではなく期限も特に決まっている事も無いので、やりたくなければやらなくても構わないのだ。

 ただ、そうすると狩りに出なくてはならないが、それは食う為の作業だから仕方が無い。


 もっとも、年から年中精霊化でいれば、恐らく魔素だけで生きていけるだろうとは思っているが、それはもう精霊になったのと同じ事なので、そのまま精霊へのクラスチェンジになったほうが幸せだろう。

 中途半端な状態に留めていても、精霊化を解いた途端に猛烈な空腹とか、食べたくても胃が受け付けないとか苦しいだけなので、完全になったほうが良いと思うだけだ。


 ただ、記憶を失って新たな存在になるのがネックなのかも知れないが、それが世界の決まりである以上、従わなくてはならない。

 オレの記憶付き転生は何かの間違いか、もしかするとこの世界を統括する何かの存在の意図したところなのかも知れない。

 そういう存在がいる事は、弟のステータスを改ざんした存在があった事からいるのは分かっている。

 それにどんな意図があったにしても、今の生活の役に立っているのだから、感謝こそすれ恨む理由は無い。

 

精霊ミニ劇場


水(君、やり過ぎ)

風(てろ、ぺろ)

水(それ、なに)

風(彼、聞いた)

水(次、無い)

風(いい、満足)

水(約束、守る)

風(彼、頼み、聞く)

水(悪者、でも、彼、頼む、なら、聞く)

風(うん、彼、頼む、なら、聞く)


共に元は下級精霊なので会話がまだまだ未熟のようです。

現在では濃縮魔素水と大気でかなりの位階になっています。

いわゆる促成栽培みたいなもので、本体の成長が追い付かない状態になっています。

ちなみに悪者の認識なのは、光(-)となって光の精霊とのコンタクトが取れなくなったのを拒絶したという誤解が元になっての事なので、師匠さんが精霊に悪さをしたという事実はありません。

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