森の集会に行ってみた
「見慣れない人族、ここで何をしている」
おおう、いきなりの誰何とは、人族は嫌われてますなぁ。
「こやつらは里の同類になりし者よ」
「前例はあるのか。人族は信用ならないぞ」
「前例は知らぬが、精霊化さえやれるなら問題は無かろう」
「我は知らぬぞ。人族に気を許せば、いずれは住処を追われる事になろう」
「種族で差別は止めてくれないかな。オレは既に人族のつもりじゃない。既に何人か殺っているぐらいだしな」
「小僧、嘘は通じぬぞ」
「本当さ。まずは8人、それから弟だ」
「うぬ……こやつ、嘘は……ついておらぬ」
真贋鑑定が出来るとか、凄いね。
だけども本当の事だから問題無いさ。
ただ、相手が悪者だってだけだけどな。
後は里とは関係の無い話だけど、言わないのは嘘じゃないしな。
嘘か本当かの括りだけでは、相手の欺瞞は見破れないってのに、それを万能の能力と思って出し抜かれて、人族は油断がならないとか言っているのは、単なる能力に対する過信なのは分かっているのかな。
「これからも里を侵す者は容赦はしない」
「こやつを若いからと舐めるでないぞ。火炎熊の襲来を単独で殲滅したのだからの」
「まさか、あの、大群を」
周辺の種族達も知ってるのね。
なのに手出しが出来なかったのか。
まあ、迷いの森はうちの里の管轄だし、手出しをしなかった可能性もあるけど、普通に戦えば相当に犠牲の出そうな話だし、精霊との付き合いの無い種族では、手を出しあぐねるのも分からんでもない。
「やったのはうちの精霊さんだし、オレは死体を拡張バッグに入れる係だっただけだけどね」
「ネギラの里の双精霊使いとはこいつの事よ」
またそれを言うの? 中二病みたいでちょっと恥ずいんですけど。
てか、ネギラの里とか初めて聞いたけど、あそこって名前があったのね。
ずっと森林族の里って認識になっていたから、里の名前とか聞かなかったんだよな。
「今頃、何を言っているのかしら」
「お前、聞いたのか」
「初日に聞いたわよ」
あうっ……。
◇
「ほお、これが今年の新茶かの」
「落ち葉のお茶です」
「ほんにおぬしは名を知らぬの。これは聖樹茶じゃ」
「住んでいる里の名も知らぬぐらいだからの」
オレの話で盛り上がるのは止めてくれないかな。
「こやつがの、これを売りに出したいらしくてな」
「小僧、里に害のある取引と理解しておるのか」
「害? どういう意味だ」
「知れた事よ。あやつらはこの茶の効能のみを求め、かつては何度も侵攻を企てたのだぞ。なのにまた世に出せば、またぞろ諍いの元になろうぞ」
「そんな過去の事みたいに言うなよ。火炎熊の襲来もだぞ」
「まさか、まだ諦めてなかったのか」
調査したから間違い無いさ。
あそこもあの辺境伯の領地だし、何より直轄領らしいしな。
「出さないからしつこく付き纏うんだよ。誰かが売りに出せば、そちらに興味が向くに決まっている。そうしてそいつが防波堤となれば、うちの里は安全になる。
分かるか、何処にも無いから手間暇掛けて採算が合うと思うからやるんであって、そうでなければ誰がわざわざ赤字になりそうな手段を採るか。逆なんだよ、やる事が」
「なればおぬしが防波堤になるのじゃな」
「陰謀のヌシが国なら別として、恐らくは貴族の誰かだろう。なればそいつと同格の他の存在との取引にしてやれば、そいつはその相手への交渉に転換するはずだ。なるべく里から遠い貴族を交渉相手にしてやれば、そいつが欲を掻いても直接攻撃などはやれはせぬ。つまりな、やれる存在を封じ込め、やれない存在と交易をする。これで攻撃は止まるし在庫処分で各地の産物が手に入るという、ひとつの案件でふたつの儲けが期待出来る計画になるのさ。防波堤とか考えているようでは戦いは避けられん。もっと人族の事を知らねばな。敵を知り、己を知れば、どんな戦いも負ける事は無い」
「ううむ、そこまで考えておるとは。さすがは双精霊使いという事か」
だからその二つ名は止めてくれよな。
「逆か、思いも拠らなんだな」
凝り固まった思考のままに行動を決めていたようで、人族の習性など気にせずにひたすらの拒絶になっていたのだとか。
かつて世に出て今は出てないモノとか、そんなのをいくら拒んでも人は止まるまい。
ならば里から遠い他の貴族に流してやればいい。
そうすればそれに混ざろうとして、里への直接攻撃はやらなくなる。
大量の火炎熊を放出しての攻撃とかしなくても、同じ人族の商人や貴族との話し合いで分けてもらえるかも知れないのだ。
その経費は比較にならないだろう。
そんな赤字を推しての攻撃となると、怨恨ぐらいしかないんだよ。
欲に目の眩んだ連中が、わざわざ経費の多くなる襲撃をするのは、他に売り手がいないからだ。
◇
散々オレで遊んでいた連中も、やっと本題に入ったのか見向きもしなくなった。
見てくれが若いからいじり易いと思ったのか、オレが反論しないから組し易しと思ったのか、散々いじくってくれたけど、悪意から無いから反論しなかっただけだぞ。
人族以外のトラブルも意外とあるようで、他の種族の智恵を借りてその解決を目指すのが本来の会合の目的だったらしく、あーでもないこーでもないと皆は智恵を絞っている……だけどさ、水が汚れて精霊がいなくなるとか言われても。
「水質汚染対策なら活性炭を使えばどうなんだ」
「お茶の湿気防止のあれか」
「あれは元々、湿気対策と言うよりも、浄化の効果があるんだよ」
「なんと、そのような物があるのか」
「あれは大量に作れるのか」
「ああ、火の精霊に適温を把握してもらっているから、材料さえあればすぐに出来るよ」
「火も馴染んだのか」
「今な、火の精霊用の住処を作ってな、そこで過ごしてもらっているよ。なんでも風も通らないし雨も掛からないしで快適らしくてな」
「住処とはまた。火事にはならぬのか」
「住処を燃やしたら、快適な場所が無くなるからやらないだろ」
「これは後で教わらないとな」
「それより活性炭とか、分けてもらえるかの」
「生活排水をいきなり川に流す前に、溜め池に誘致してそこに汚物を沈めるんだ。そうすれば汚れた物を川に流す事も無くなるので、汚染はかなり減らせる事になる。そうして活性炭はその溜め池の出口に吊るしておけば、沈まない汚れを取ってくれるだろう。これなら大量に消費しなくても済むだろうよ」
「溜め池とな。確かに沈む物は沈めておけば、川には流れぬし、浮く物は活性炭で取れば……おおお、いけそうですな」
よし、クリアですな。
活性炭は水の流れの邪魔にならないように交互に吊るしておけば、大抵の汚れは吸着してくれるだろう。
そういうのをセットにして取替え方式にすれば手間も要らないし、取替え残しが出る心配も無い。
後は溜め池の清掃をしっかりやれば、水質汚染対策にはなるだろう。
それにしても、下水処理もやってないとか、中世どころの問題じゃないけど、迫害された種族の集合体だから、そういう知識も得られなかったのかもな。
生存第一ならその他は後回しになるけど、高度成長期と共に公害問題が顕著化したのを知っている者として、そういう対策は伝えておきたい。
それに精霊の生存可能地域が減るのは困るしな。
現代知識は人族にはうっかり漏らせないが、里を信奉している存在になら渡しても安易に漏らしたりはしないだろう。
ともあれ、シリカゲルの製造を急がないとな。
代替品が御用済みになるには、本物の登場が必須なのだから。
「最大の懸念はまだ解決にならぬのか」
「探してはいるのだが、中々にな」
「その件だが、里のほうから回しても良いぞ」
「なんと、手に入る手段でも確保したのかの」
「それもこいつだ」
「何の話? 」
「塩だ」
「それなら海からいくらでも採れるよ」
「熱して水気を飛ばせば作れるのは知っておるが、燃料が大量に必要なのでの、山で採れる岩のような塩を探しておるのよ」
「だからさ、燃料は要らないんだよ」
「天日に干すのは時間が掛かるし、雨でも降れば台無しになるから当てには出来ぬのじゃ」
こいつら、オレが精霊持ちだと忘れているんじゃないだろうな。
「水の精霊に塩と水を分けてもらって、風の精霊に乾燥させてもらえばすぐだよ」
「それは不可能だ。かつて、始まりの精霊使いと呼ばれたネギラ様とてやれなんだ事じゃ」
そりゃいくら偉い人でも、水の分子とか知らないだろうから、精霊に伝えるイメージが作れなかったからだろう。
もしそのネギラ様があちらの世界で大学まで教育を受けたら、こちらの世界はもっと便利になっていたのは間違いあるまい。
「見せないと信用出来ないか」
「まさか、しかし、いくら何でも」
「あの大量の塩、経費は拡張バッグ代だけだぞ」
「なれば、いくらでも可能だと言うのだな」
「ああ、ドラゴンが入る大きさの拡張バッグに何杯欲しい? 」
「それがまことなれば皆が救われる。もう人族から得なくてもよくなろう」
「塩なら持ってるよ」
「お前、そいつに入れてんのか」
「樽10個だけどね」
ドサドサと樽を出していけば、中を改めて皆は欲しそうにしている。
「今回は各種族に1つずつだの」
「追加を頼もうぞ」
はいはい、いくらでも、それこそ海の水が淡水になるまで要求してもいいぞ。
重要な案件はとにかく塩だったらしく、それがクリアされるなら長年の懸念が解消になるとかで、大抵の事はどうでもよくなるらしい。
わざわざ塩の為に結界に綻びを拵えて、暗黙と思わせての内緒の取引とか、裏切り者の振りして人族との交易をやり、塩を供給していた存在とか、そういう危ない橋を渡らなくてもよくなれば、結界の綻びを閉じて万全の護りに出来るし、危険な橋を渡る商人にならなくても済むしで、未来が明るいと皆は喜んでいる。
まあ、人族の振りした取引とか、バレたらそのまま討伐になりそうな案件だよな。
そこまでして塩を求めていたのなら、もっと早く供給してやれていたのにな。
里の連中もそこに思い到らなかったのは、オレという新しい風に翻弄されていて気が回らなかったからなのかも知れないな。
「樽、良かったのか」
「出先で漬物になりそうな野菜を見つけようと思っていたの」
漬物とはまた趣味が渋いな。