春の訪れと精霊化
かなり南のせいなのか、冬と言われても雪が降る訳でもないのでそこまで寒さは感じない。
確かに雪の広場は寒いけど、里の中は例年通りの寒さらしく、精霊と在る者にとっては苦難には感じないだけだ。
ただ、獲物が獲れなくなるので冬篭りと言うだけで、里の人々は別に部屋に篭ったりはしていない。
それどころか例の流行りのせいで、真冬でも毛皮人の状態でうろついているので、例年とは全く里の様相が異なるらしい。
本来、薬草は春から秋までが採取時期なので、冬には採取出来ないものらしいが、改造財布の中の花壇の薬草には季節は関係無いようで、真冬でも普通に採れている。
なので日々、財布の中の回復薬用の拡張バッグの中身が増えている状態だ。
大きな街だと大量に捌けるのが分かったので、春になったら王都のほうに売りに行くつもりでの準備なのだけど、その時についでに里の名物と言うか、日用品のお茶を持って行こうかと考えている。
それと言うのもお茶の容器を提供した見返りに、大量のお茶を獲得したのだ。
どうやら湿気対策が功を奏したみたいで、例年よりもお茶が長く楽しめると好評でした。
普通は1年もしないうちに湿気乾燥の連続で風味がダメになるので、そうなったら畑の肥料にしているらしい。
それは余りにももったいないので、人族に売るなら風味も関係あるまいと、古くなったお茶を貰えないかと聞いてみたんだ。
そうしたら倉庫の中に大量の肥料の元が……。
肥料と言っても含まれている魔素が有用なぐらいで、他の植物でも似たようなものらしく、捨てるよりはと思っての再利用らしく、撒かなくても構わないらしいのでそっくり貰ったんだ。
これからは1年近くまで楽しめそうな感じなので、こんなに大量の肥料にはならないと思うけど、余ればそうなってしまうのは間違いあるまい。
実は乾燥剤の木炭も、性能アップの為に考えてみた。
木炭に火を付けて少し赤熱化させたぐらいの温度を火の精霊に把握してもらい、素材を熱して活性化された木炭……活性炭を作ってみた。
それがあのお茶の容器の底に入れた木炭な訳で、吸湿性は気休めのつもりだったんだけど、何もしないよりはましだったようだ。
結局、お茶の容器は集落全体に配られて、無くなったらお茶の製造担当の家にもらいに行くようになっていて、以前はそこで詰め替えになっていたんだけど、今回からは詰めてあるお茶の容器との交換になる。
そうして中の活性炭の袋を天日で干して、乾燥させてから大箱……活性炭を敷き詰めたお茶の入っている袋がたくさん入っているでかい箱……から取り出して容器に詰めてまた交換の為に保存している。
この方法になってから、お茶が長く楽しめて再乾燥させる手間が要らなくなったと好評なんだけど、香りのほうがちょっとな。
確かにお茶に香りはつきものだけど、活性炭はそもそも浄化とか匂い取りに使われるものなので、お茶の香りも消え去るかと思っていたんだけど、意外と残るようで安心した。
皆はそれよりも湿気が来ないほうが重要なので、少々香りが飛ぶぐらいは問題にならないようで、特に苦情が来なかったので良かったな。
本来はシリカゲルが欲しいところだけど、製造が中々思うようにいかないので、今後の課題になっている。
だけど手ごたえはあるので、近年中には確立させて配布する予定だ。
あれは乾燥させれば再利用が利くので、お茶の容器に使うには最適な乾燥剤になるだろう。
そうして使わなくなった活性炭には別の用途がある。
里を流れる川は深山から流れて来るので清浄ではあるんだけど、多少は動物の関連物質が流れて来る事もあるようで、直接飲み水にするには心配なのだけど、水がめに活性炭を沈めておけば、少なくとも無いよりはましになるはずだ。
もちろん沸騰消毒をしてから料理に使うんだけど、うちの場合は活性炭のろ過方式にして、棚の上に置いた水がめからの取水という、水道もどきでやっている。
川の水を水がめに入れるのは精霊に頼めばすぐなので、丈夫な棚の上の水がめが倒壊する心配は無い……地震が無ければ。
それにしても、火の精霊とも馴染んだけど、さすがに火の精霊を水タンクには入れられないので、どうしようかと思った挙句、ちょうちんを作る羽目になる。
赤い竹をひごにして丸くして止めての繰り返し。
直径の色々なそれを組み合わせて、柔らかい樹木の皮を煮て叩いて繊維をバラバラにした物にスライムの体液を混ぜて、漉いた薄い紙を貼り付けて完成となる。
スライムの体液を使うからスラ紙と名付けたけど、変かなぁ。
ともかく、スライムの体液が着色料と糊の両方の効果で薄い紙になったんだし、スラ紙でも構わないよな。
今はまだ試作品の段階だけど、柔らかい樹木の皮自体は大量にあるので、また里に新たな産業を興した事になるのかも知れない。
外部との交流……特に人族との交流はその場だけでは終わらないので注意が必要なのはよく分かっているけど、いざとなったら師匠のほうの商いに混ぜてやれば有耶無耶になるので、そこまで心配する必要は無いとは思うんだけど、どうしてもしつこい輩が出た場合は、責任を持って対処するという約束で交易の許可を得た。
もちろん見返りとして師匠にもお茶を渡すつもりだし。
乾燥剤もどきの恩恵か、冬場の消費量以上に使い物にならなくなったお茶が少なくて、在庫確保になったので、春になって新茶を作る頃になれば、昨年のお茶は引き取っても構わないと言われている。
人族には魔力回復効果のあるお茶、と言うだけで味は恐らく二の次になるだろうから、古いお茶でも問題は無いだろう。
肥料にするよりましだろうし。
ただ、幻のお茶になっている可能性があるのが少し心配だけど、まずは師匠に飲んでもらってから、王都で売っても構わないかどうかを聞いてみればいい。
もうじき春到来となれば、師匠への配達の時期となる。
さすがに火炎熊の蜂蜜漬けは持って行かなくても構わないとは思うけど、念の為に50樽ぐらい持って行ってみるかな。
◇
春の集会は半月後と言われたので、ちょっと調査に出て来ると言って里を出た。
例の火炎熊襲来の元を探す為である。
そろそろほとぼりも冷めた頃だろうと、近辺の町村に潜り込んでは火炎熊の大群の話を聞いてみたところ、ある一定の距離から先では噂しか知らないって人ばかりになった。
そうしてその区切りの辺りの町の近くに、何やら怪しい建造物を発見し、関係者にそれとなく尋ねてみた。
「あれか、あれは迷宮だが、今は一般公開はしてないぞ」
見れば迷宮を囲むような高い塀が連なっている。
「この塀は何の為なんですか」
「スタンピートの方向を森に定める為のものでな、これのお陰で街に被害が出ないのだ」
はた迷惑だな。
となるとあれは意図したものでは無かったのか。
いや、討伐を放置すれば自然とスタンピートになるとして、壁で森に誘導すれば嫌でも魔物は森に誘導される。
ならば、攻撃の為の準備としては、何もしなければいい。
実に簡単な攻撃手段だな。
攻撃命令が出れば、討伐を止めて放置するだけで、それに従う事になる。
何処の知恵者が発案したのかは知らんが、実に効率的な攻撃手段と言えるだろう。
だが、受けるほうにとっては冗談じゃない。
しかもここは火炎熊の養殖所らしいので、湧くのはひたすら火炎熊となる。
あんな大群がまた到来するのなら、ここを潰したほうが良いのだが、あれはあれで有用な資源となれば、森のほうを改造すべきだな。
あちらが誘導するならこちらもすべきと里長と相談のうえ、森の外周部の改造をする。
すなわち、訪れるであろう魔物を更に誘導するのだ。
そうして外周部に沿って移動させ、穴倉のような盆地の中に誘致して、そのまま入り口を塞いだ後、オレの滝水攻撃で溺死させれば良いだけだ。
それで大量の熊肉と毛皮が手に入る。
人族がその智恵で攻撃をするのなら、それを逆手に取って資源としてありがたく貰えば良いだけだ。
「人族がわざわざ貢いでくれるんだ。ありがたくそれに与ればいいだけだろ」
「さすがの智恵よの。双精霊使いの名は伊達ではないの」
「それを言うな」
「名誉だのに、どうして嫌がるのかのぅ」
中二病みたいだから嫌なのに、それが通じないから言えないだけなのだが、それが何とももどかしい。
◇
「楽しみだねぇ」
奥さんは森の集会を楽しみにしていたようで、いそいそと精霊化をしている。
オレも続いて精霊化した後、代理人の住居へと共に移動する。
「早いな」
「こいつが楽しみにしてて」
「ふむ、まあ、初めてならば楽しめるかも知れぬな。よし、行こうぞ」
代理人に続いて精霊化をして、彼に付いて移動開始となる。
(かなり人族の生息圏に近付くんですね)
(うむ、始めはそうでもなかったが、あやつらが侵食しているせいだな)
(権利の主張はしないんですか)
(それが無駄なのはおぬしも分かるであろう)
(でも、限度がありますよね)
(その時は頼むぞ)
ああ、分かっているさ。
人は止まらないだろうけど、里の一員として出来るだけの阻止はしようと思っている。
だけども里からの派兵とは気付かれないような、隠蔽しての阻止だけど。
例えばいきなりゲリラ豪雨をお見舞いするとかさ。
えっ、また補給したい?
心配しなくても、濃縮魔素水を魔法に使ったりはしないから。
あれは君のモノだからさ、使うのは普通の水だからさ。
ああそれで、使う思考になったから補充しなくてはと思ったんだね。
今までの存在がどうかは知らないけど、オレは君の同意無しではタンクの水はまともに扱えないんだし、そんな心配は要らないと思うのに、まだ信頼してくれてないのかな。
おおう、精霊が、精霊さんが……。
◇
「道中、何を遊んでいたの? 」
「いや、ちょっと精霊の信頼を疑う思考になっちゃって、それで精霊がオレの精霊化に過剰に干渉して、戻れない扉を潜りそうになって、慌てて説得と言うか、その」
「まだ精霊にならないでよね」
「ああ、まだならないよ」
そう、精霊化と名が付いているのは伊達ではなく、本当に精霊になってしまう過程での状態を精霊化と呼んでおり、そのまま精霊の導きに従えばもう、戻っては来れない存在……精霊となるらしい。
ただそうなると、人だった頃の記憶は消え失せ、精霊として誕生する事になるので、人の世のしがらみの無い、新たな精霊として生きていく事になるのだとか。
里の人達もいずれはそうなる事を目指すと言えば変だけど、生きるのに飽きたらとか、老いて生きるのが辛くなったら精霊化をそのまま進め、新たな精霊としての転生をするらしい。
なので里にお墓はあっても何も埋まっていない。
あれはそういう存在がここに確かに生存していたという、単なる記録の為の印でしかなく、本人は何かの精霊に転生して、もしかしたら里の者と共に過ごしているかも知れないのだ。
なので彼らにとっての死とは、精霊に転生する為の儀式に他ならず、ゆえにそれを変に悲しんだりする人は存在せず、お祭りのように見送るのが常なのだとか。
となると森林族の里は、名実共に精霊郷なのだな。
それなら閉鎖的と言うのも分かる話だ。
精霊化が出来ないと通じない話がいくらもあり、薄着の異性を平気で見られるのも精霊化で欲の昇華が可能だからこそだし、精霊化が移動手段だから道とか特に整備の必要も感じないし、夫婦になっても夜の生活も滅多に無いとか、とても人族では理解が及ばないとなると、共に暮らすのはトラブルのタネを抱えるようなものであり、それは交流も同様なのだろう。
だから交流しないんだな。