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冬の訪れと里の流行り

 

 もう奥に行かなくても良いので、手前の池での取水で戻れば良いだけだ。

 水を得た魚の如くな精霊さんは、今回は池の水を全部回収してしまったようだ。

 また入れておかないと、次に取りに来れないぞ。


 お、入れ始めたな。


 オレが嫌がっているからもう次は無いと思ったのか、池の水を枯渇させてしまった精霊さんだけど、君が望むなら何度でも来るから心配は要らないよ。

 あの奥の化け物にさえ遭わなければ、ここなら構わないんだからさ。


 よし、元通り。


 単に含有魔素の少ない水になっただけなので、放置していればまたぞろ元のような水になるに違いない。

 それにしても、大気中の魔素もかなり多いのか、風の精霊さんの機嫌が凄く良い。

 空いた空間の空気の入れ替えがしたい?


 はいはい、どうぞどうぞ。


 うえっ、もっと濃い魔素があるほうに行けって?

 じゃああの化け物の近くに行かないといけないの?

 勘弁して欲しいのに、お願いお願いって意思が伝わったら、行かないといけない気持ちになるから仕方が無いなぁ。


 風の精霊に誘われるままに、例の化け物の近くに行く羽目になる。


(そこにいるな)


 知らない、知らないよ。


(何とか申さぬか)


 何とか、何とか、何とか。


(うぬぬ、まともに返事も出来ぬか)


 無理、無理、無理。


(よもや怯えておるのかの)


 はい、はい、はい。


(つまらぬの。少しは会話も成立しようかと思うたが、このような小者とはつまらぬ)


 まだかな、風の精霊さん。


 え、終わった? よしよし、帰るよ。


 最速でゴー……。


(消えるように逃げ去ったの。あのような者ではなく、話の通じる者は現れぬのかのぅ)


 ◇


 いかに精霊に守られているとはいえ、オレはただの人間だからな。


 相手に害意があろうと無かろうと、危うきには近付かないに越した事は無い。

 神代の時代から封印されている化け物とか、知己になったら再々来いと言うに違いない。

 確かに水や空気の交換に赴くのだから都合が良さそうだけど、そのうちに増長されてもつまらない。

 きっと、外の様子が気になって、何かしら取って来いとか言い出すに決まっているし、そうなった時に断らないといけないのに苦労しそうだ。


 あれには恐らく買い物の概念すら無かろうから、どんなに貴重な物でも軽い気持ちで持って来いと言うだろうけど、確かに金貨の備蓄はあるから良いけど、そんなのを買っていたら足が付くなんてもんじゃない。

 行きずりの化け物の興味の為に、足元に火が付いたら洒落にならないんだからな。


 相手が対等なら断る選択肢も出るだろうけど、あんな化け物の機嫌を損ねたら、封印を破ろうと努力されてしまうかも知れないんだ。

 恐らく封印の新しい頃に散々努力して無理だったから諦念の中にあるんだろうけど、古くなった封印は昔のように強固とは限らない訳で、もしかしたら壊れてしまうかも知れないんだ。

 オレが機嫌を損ねて封印が破れたら、ヤバいなんてもんじゃない。


 そんな事をやらかしたら、里の連中も庇い切れまい。


 折角見つけた安住の地なのに、そんな事で反故になるのもつまらないので、そういう危険のある付き合いは放棄させてもらうよ。

 ビビリと言われてもチキンと言われても、戻れる場所を失うよりはましだ。

 今の生活を壊したくないからさ、そこんとこよろしくってなもんだ。


「お帰り、さあ、やってね」


 こっちはこっちで戦争中か。


 はいはい、頑張りますとも。


 ◇


 古い蜂蜜の樽以外、全部使って膨大な量の蜂蜜漬けが出来上がった頃には、冬の帳が降り始めていた。

 師匠には約束通りに100樽を持参して、地下の倉庫に収めておいた。

 うちの取り分としては250樽であり、残りは里の共有財産として、何かのお祭りの時に食べる祭事食になってしまったのも、里長がやたら食べるから奥さんが女達と相談して、自分達の食べる分が無くなるって話で意見の一致を見て、どうせなら祭事食にすればって意見でまとまって里長との話し合いでそう決まったんだ。


 どんだけ食ったんだよ、里長。


 でまぁ、オレ達の配分が多いのは、師匠の分も込みなので、残りは150樽になっている。

 どのみち外との交流もあるし、師匠が追加を言って来ても対応出来るように予備としての在庫にしておけば、すぐさま持参出来ると。

 前回持参した分もまだ残っているので、少しずつ食べようって話になっていて、なので当分の間は保つだろうね。


「無くなったらまた取りにいってね」


 迷宮荒らしを依頼するとは、あの化け物との対話をしなくても危険はここに転がっていたか。

 前回は唐突な襲撃だったから知られずに済んだけど、きっと警戒しているだろうから次の襲撃はヤバいかも知れないな。

 あの遺跡は地下に水の抜けるところがあるようなので、あの水もそろそろ抜けた頃だろう。

 確かに少しでも隙間があれば精霊化の敵じゃないけど、密封されていたらどうしようもないんだ。


 入り口の封鎖を破壊とか、ちょっと無理かな。


 ◇


「出たくない」


「隣に同じ」


「今日はこのままで」


「賛成」


 真冬でも裸で抱き枕状態で寝るオレ達は、火炎熊の毛皮に包まれたまま、出たくないという意見で一致している。

 なら、服を着ろと言われそうだけど、どうしても出なくてはいけなくなったら、共に精霊化をして出るから寒さは問題じゃないんだ。


 あの残暑の頃に起こった火炎熊の襲来のせいで、初冬の頃まで何かとドタバタする羽目になり、そのせいで非常食の準備だけはバッチリなんだけど、精神的な疲労が半端無くなった者が続出でさ、里に大量の毛皮になったのを幸い、皆が皆して毛皮の住人になってしまったのだ。


「これって巻いたまま動けないかな」


「くすくす、面白そう」


 かくして、変形二人三脚……足は4本だけど……が始まった。


 しかしまさか、これが里の流行りになるとか、誰が想像したよ。


 ヤバい物を流行らせてしまったかも。


 ◇


 ミノムシの化け物みたいなのが往来をうろついている里。

 ちょっとシュールなこの里は、元は森林族の里だった。

 だけども今ではこんな怪しい存在がうろついている里になってしまっている。


 ああ、これは本当に……。


「もう慣れたね」


「春になったら止めるんだよね」


「あれ、ずっとじゃないの? 」


「近隣連中が侵略されたかと勘違いして大騒ぎになるぞ」


「ああ、春の集会では止めるでしょ、さすがに」


 春の集会。


 未だ経験が無いんだけど、各種族から数名を派遣して、この森の種族が一同に会しての、いわゆる座談会のようなのを催すらしい。

 今までは里長かその代理と数名の戦士の派遣になっていたんだけど、来春の集会に出てくれと言われている。

 なので夫婦での参加になっていて、里長の代理の者の護衛としての参加になるとか。

 と、言っても危険は全くと言って良いぐらいに無いので、ある種の役得としての認識になってはいるものの、まだまだ寒い時期なので希望者はあんまり出ないんだとか。

 それでも毎回、抽選かくじ引きで決めているらしく、今回は殆ど単独での討伐の栄誉を何かの形で賞したいという里長の要望が通り、代理の者とオレ達夫婦の3人での参加になる予定だ。


「色々な種族がいるらしいし、アタシは楽しみにしているよ」


「まあ、この状態なら精霊化も楽だし、だから流行ったのは分かるけど、本当に春の集会ではやらないんだろうな」


「人がいなければ問題無いよね」


「まあ、寝る前にこの状態になって寝るから、部屋の中ではこれでうろつく事になるだろうけど」


 実は精霊化のカスタマイズとでも言うのか、外側を精霊に包んでもらえば寒暖にかなり鈍くなるので、真冬に素っ裸でうろつく事もやれるのが分かり、2人してうろうろしていて皆に説明をしたら、すぐさまやれるようになるとか凄い熟練だとは思ったけど、それでまた新たな種族……裸族の出現になりそうだ。


 毛皮人……ミノムシ状態な……が横行する中、たまに裸族が通り過ぎるという、本当に怪しい里にしてしまって、何だか申し訳ないね。


 でも、あれだね。


 精霊化を常時やって皆賢者状態なオレ達じゃないと、とても耐えられそうにない里だろう。

 皆が皆、羞恥の欠片も無いからこそ成立している状態であり、誰かが恥ずかしがったら消え去りそうな光景だ。


 神話のエデンってこんな感じなのかな。


 オレも奥さんも新しい扉が遂に開いたみたいで、裸族状態でも全く苦にならないんだ。

 他の同様な存在を見ても、特に何も感じないと言うか、当たり前に接している。

 奥さんもそんなオレを見て安心しているのか、皆とまさに裸の付き合いになっている。


 まあ少しでも怪しい気持ちになったら精霊化で霧散するから、皆が皆してそれでガス抜きになっているからこそ成立している状態とも言える訳で、ますます人族には耐えられない光景だろうと思う。


 目の保養は否定しないよ。


 ただ、それを感じていると局部が反応してしまうので、その対策として精霊化を利用しているんだけど、そのうちにこの局部だけ精霊化も流行りそうだなぁ。

 

 「また器用な事を」


 それはあたかもエロビデオの謎の光のように……。

 

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