火炎熊の大群がやってきた!
ここは安全じゃなかったのか。
確かに人間関係に対しては安全だけど、それ以外はそうじゃ無いのだな。
まあそれはある意味、当たり前の話だけど、安全を脅かすこれは許せぬ……と思わせる、魔物の襲撃が発生した。
ただ少しおかしいのは普通のスタンピードじゃなく、やって来るのはただひとつの種類、火炎熊だ。
どっかの火炎熊養殖施設が破綻したかのようなその数は、到底自然の産物とは思えない。
現在、迷いの森と呼ばれる辺りで詰まったみたいになってはいるものの、人海戦術が如くになっており、いかな迷路でも全ての道筋に魔物が溢れたら何時かは到達してしまうだろう。
「森が燃えている、来てくれ」
ああ、遂に出番が来てしまったか。
出動! 人間消火システム。
◇
精霊化で空中から状況を見てみるに、同じ所を巡回になってイラ立っているのか、そこいらに火を吹いて大変な事になっている。
そういや狼の魔物の……死骸? ああ、大群に襲われたのか。
まあこんなのが大量に到来すれば、大抵の魔物の群れはひとたまりもないだろう。
もしかしたらゴブリンも殲滅されてないか?
まあ魔物と会話できるならともかく、言葉が通じない相手をどうかしたいとは思わないが、通じるなら考えない事もない。
ともかく、今はアレを何とかしないとな。
(あれ、熊も焼けてないですかね)
(そうだが、あのままでは森が死ぬ)
(分かりました)
まずは精霊さんに消火をお願いして、潤沢な水でそれはすぐさま成されるものの、放火熊……じゃない火炎熊が火を吹くので、早くなんとかしないと。
空中からの攻撃のイメージで……水さん、風さん、やっておしまいなさい。
どうにも精霊任せな感じになってしまうけど、水タンクの中に住んでいる現在、その取り扱いは任せるのが最上なのだから仕方が無い。
しかも精霊に任せると限りなく森への被害を防いでくれるし、反動も来ないからかなり楽なのよね。
おおっ、熊が跳ね飛んでいるぞ。
ゲッ、よく見たら頭だけ跳ね飛んでいる。
エグい、エグいよ、精霊さん。
オレがやりたかったイメージのままに、首を切断する水の刃。
ああ、ああいうのがやりたかったのに、オレの力じゃやれなかったんだよな。
おや、顕現するのかな。
何処のワルキューレかと言わんばかりの水の人型が、水の鎌を振りかざして暴れている。
(さすがに凄いなおぬしの精霊は)
(濃縮魔素水のせいですかね)
(そうであろう。われらの精霊ではあそこまでの顕現はなかなかやれぬ)
おや、負けてはいられぬと思ったのか、風の精霊も暴れているぞ。
まさか、あれは伝説の……ウィンドカッターか。
オレじゃ才覚が低過ぎてやれないってのに、精霊は凄いよな。
◇
しばらく呆然と眺めていた。
かつて師匠と対戦していたツキノワグマを凶暴にしたような魔物をまるで、立ち木を切るようにあっさりと倒している様は、残酷と言うよりもまるで映画でも見ているようなと言えばいいか、ある意味幻想的な風景……。
おっと、ただ見ているだけとか、そんな場合じゃない。
死んだ熊を拡張バッグに詰めていかないと。
首から下だけになっている火炎熊の死体を、次から次へとバッグに詰めていく。
胴体と頭と別の袋に分けて入れておくか。
いや、大量だから混ぜても構わないか。
どのみち解体するんだし、混ぜても問題無いか。
いやはや、ドラゴンが入る袋なのに、かなり膨らんできたぞ。
あれ、もう入らないのか……よし、次の袋だな。
入らなくなったら財布に入れて、また新しいバッグに詰め始める。
金にあかせて大型をいくつか買っておいて良かったな。
ついでに狼の死体も入れておこう。
かなりの数のようだし、大きな集団だったのかも知れないけど、火炎熊の大群にはどうしようも無かったのだろうな。
狼と言っても犬と言うより、狐に近いと言うか、つまりは毛皮が採れそうなのだ。
(これは後に解体祭りになろう。急ぎ準備させねば)
あれ、帰っちゃうの。
確かに水の精霊と風の精霊が揃って大暴れしていれば、人間の出る幕じゃないのは分かるけど、まだまだ熊も尽きてないのに、妙に暢気だよな。
まあ、このままの調子だと殲滅になりそうだし、それでも構わないんだけど、ただな、あんまり濃縮魔素水を使い尽くしたらまたあの怖い洞窟に行けと、催促されそうなのがどうにもな。
それにしても、凄いもんだよな、精霊さんって。
おびただしい数の火炎熊の襲来は、2精霊の大暴れによってここに殲滅されました。
おや、妙に満足した感じが伝わってくるが、ストレス発散みたいになったのかな。
うえっ、3割?
元々、4割だったよね。
あれで殆ど使っちまったのか。
えっ、また補充したい?
う、うん、そ、そうだね。
ひとまず火炎熊の始末があるからと先送りにして、集落に戻れば皆が手ぐすねを引いて待ち構えていた。
拡張バッグからつらつらと出せば、大歓声で解体されていく。
どうやら里への襲撃は大抵の場合は山分けになるので、肉やら毛皮やらの分け前が貰えると張り切っているようだ。
「新参とは言え、充分な働き。ご苦労であった」
「どういたしまして」
「本来なれば山分けのところ、単独での討伐だからの、それは考慮しておこう」
「ああ、別に山分けで良いですよ」
「そうか、そう言ってくれるとありがたいの」
冬を眼前にして、皆冬の為に食糧を集めているのは知っているんだ。
ならばこれを皆で分ければ、それだけ準備が楽になる。
同類として迎え入れてくれた恩が、これで少しでも返せるかと思えば大した事じゃない。
「それでの、蜂蜜が欲しいのだが、伝手があると聞いての」
あの村の事だな。
よし、師匠にも近況報告もあるし、ついでに……はいはい、行きますとも。
精霊さんも水の補充がしたいらしいので、師匠⇒村⇒洞窟という順路になりそうだ。
◇
「アタシは解体と皮のなめしをやるから行けないわよ」
「どのみち蜂蜜を買って帰るから、また忙しくなるぞ」
「あのね、長さんが病みつきになっちゃってるの」
「ああ、それで蜂蜜を買いに言ってくれと言ったのか」
「大量にお願い」
「任された」
そうして精霊化で師匠の元に戻るんだけど、あちらじゃ日々精霊化しているせいか、やたら早く到着した。
「ういっす、お師匠」
「なんじゃ、里帰りかの」
いいね、いいね、そう思ってくれているって実にいい。
「里に大量の火炎熊が襲来してさ」
「あやつめ、遂にあれを。して、被害はどれぐらいじゃ」
「なんか確執があるみたいだけど」
「いやの、元々、あの森を侵略せんと、あの者が狙っておっての。迷宮での育成の本音はあれじゃったのじゃ」
「じゃあ解放しての素材回収は名目なの? 」
「そうじゃ。それで被害はどうなのじゃ」
「うちの精霊さんが大暴れして殲滅」
「なんと、それ程の精霊なのかの」
「怖い洞窟の中で濃縮魔素水を見つけてね、精霊さんがアイテムボックスに入れたいからって任せていたら、そっくり入れ替えたんだ」
「それでかの。並の水では到底やれぬ事じゃが、神代の頃から封印されておる魔竜より漏れ出た魔力が染み込んだのなれば、分からんでもないの」
「じゃあまだ濃縮になってないのかな」
「いや、あれはの、あらかたの濃さにはすぐになるのじゃが、後少しが長いのじゃ」
「ああ、飽和すんのね」
「飽和とな。うむ、限度の事を飽和と称するなら、確かにそうじゃの」
「じゃあ飽和魔素水じゃないけど濃縮ではあるんだね」
「恐らくそうなっておろうの」
「ああ、忘れてた。蜂蜜買いに来たんだった」
「大量の火炎熊の蜂蜜漬けかの。完成したらいくつか回してくれぬかの」
「もう食べちゃったの? 」
「あちこちの領主に話を通したらの、どいつもこいつも食ってみたいと言いおってからに」
「そうして食べたら追加を言うから足りなくなったと」
「頼むぞぃ。蜂蜜は今年の分は倉庫に入れてあるからの、好きに持って行くがよい」
えっ、本当に独占になってんの?
地下に降りて行くと……いや、降りたいんだけど、階段にも樽が積み重なって降りられないよ。
師匠ったら本気で独占しちまったのは良いが、大量過ぎて手に余っているから持って行けと言ったんだな。
「それ、運んでくれるんですか。助かります。地下の薬草の世話をするのにいちいちどけないと入れなくて」
小間使いみたいになっているけど、ちゃんと教わっている?
「ええ、あの方は大した方ですよ。私は幸運でしたね」
それならいいんだ。
「貴方にも感謝しているんですよ」
ははっ、それはどうも。
「そのカバン、便利ですよね」
借りる分には貸してくれるだろ。
「そうですね。でもそのうち、自分のが欲しいです」
小ならすぐだろうし、中もそれなりだけど、大は中の3倍入るからお得だよ。
「そうらしいですね。ま、私も回復薬を作っての納品はやってますので、何時かは持てると思います」
頑張ってな。
「はい、頑張ります」
階段の樽を入れて地下に降り、つらつらと入れては通路を作る。
妙に古そうな樽もあるって事は、村の貯蔵蜂蜜も全て引き取ったのかな。
となるとアレが沈殿してないか。
よし、この古いのを先に詰めていくか。
ブドウ糖の結晶って甘味料に使えるとして、清涼飲料水が作れたりしちゃったりして。
そっち方面はあんまり詳しくないけど、まあなんとかやってみますかね。
それにしても、どんだけせしめたんだよ、師匠。
まあいいや、くれると言うならあらかたもらうだけだ。
新しそうなのは置いといて、古いのを優先的にもらうとして、そうだな、20樽ぐらいは残しておいてやるか。
師匠の嗜好品を作るにしても、1樽あれば1ヶ月は保つだろうから、20樽もあれば1年は余裕で保つとして、来年もまた独占するなら問題はあるまい。
それに、火炎熊の蜂蜜漬けをそのうち持って来るから、これでも余るぐらいだろうし。
さて、精霊さん。
里でこいつを待っているから、先に戻るよ。
◇
予定は変更されるものだと言うのに、精霊さんがちょっと拗ねているみたいなので急いで行かないとな。
師匠への挨拶もそこそこに、急いで里に戻って奥さんに蜂蜜の入ったバッグを渡し、里長との交渉を頼んでおいた。
奥さんも火炎熊の蜂蜜漬けは好物なので、そこのところは巧い事交渉してくれると思うので、全面的に任せておいた。
「慌しいね」
「精霊さんが拗ねてるの」
「ありゃ、そりゃ急がないと」
「だからごめんね」
よっし、今から行くからそう拗ねるなよ。