いざ森林族の集落へ
大量の金貨は結局まともに使い切れず、師匠の物置の奥に死蔵するという、塩の設定と似たように事になってしまいました。
あれは師匠の遺産としていつか発見されるまで、暗闇の中で眠り続ける事になるでしょう。
まあ師匠もまだまだ元気なので、それがいつになるかは分かりませんけど。
それに、塩の件があるので村の者にはまたか、で終わる可能性もありますし。
その為にもあの偽設定は語り継いで欲しいものですね。
ああそれと塩の件で乾燥工程を風精霊に手伝ってもらった関係で馴染んだのか、風精霊も近くにいるのを感じるようになりました。
もしかしたらそのうち、通常水の部分を空にして住まわせるようになるかも知れず、そうなったらもうアイテムボックスは精霊の住処になってしまいそうです。
え、全部空にしなくても良い?
じゃあ今から入る?
収まりました。
ふっふっふっ、これで風と水を確保です。
さあ、いきますよ……『砕氷の舞』
攻撃魔法、ゲットです。
いや、ただ細かい氷を降らせる効果しかないので、厳密には攻撃魔法じゃないんだけど、冬場の行軍の最大の敵とまで言われる代物だから、攻撃の部類に入れても良いんじゃないかって……。
「これ、蜂蜜掛けると美味しいね」
カキ氷製造魔法、完成です。
◇
気を取り直して、いよいよ旅立ちです。
とりあえず、大型の拡張バッグのうち、1袋に全ての荷物を収めて後は空のバッグを財布の中に入れました。
実は余った金貨で小型拡張バッグを大人買いしまして、その内のひとつを嫁さんに渡し、中型は自分が使う事にしての私物入れに使う事にしたのです。
そうして残りの小型に金貨を分散させて詰めておいたのです。
それと言うのも開発品の登録手数料なんて物が必要らしく、一時金の納付で活用するって話になった時、金貨の袋を持ってうろうろするのは何だし、その時になってから拡張バッグを買うのも何だしと、あらかじめ用意しておく事になったのです。
この世界には特許まではありませんが、似たようなシステムはあるようで、商業ギルドに登録された商品は勝手に作る事が出来ません。
実は以前拵えたライフルもどき魔杖も登録されているそうで、あれと同型は販売出来ない仕組みになっているそうです。
もっとも、今ではカスタマイズに次ぐカスタマイズで既に別物になるぐらいに昇華してますので、万が一巷に流出したとしても盗作扱いはされないと思います。
その完成度から、登録されたほうが偽物呼ばわりされるかも知れませんが、そんなの知った事ではないのです。
さて、話している内に塩が出来ましたね。
森林族も塩は必要だろうと、お土産と言うか物々交換のネタと言うか、もちろん自分達も使うので製造していました。
「起きて、終わったよ」
昨日の夜、師匠に色々と教わっていた関係で寝不足のようですが、水化するので解消されたはずなのに、潮風に誘われたのか眠ってしまったのでした。
起きませんね、もう1袋入れてもらいましょうか。
◇
オレの中型拡張バッグには、最新式のライフル魔杖が入れてあり、後は服を何着かと下着も一応入れています。
別に裸族になった訳じゃないからね。
後はまあ、宝物庫でせしめた実用的な剣と魔杖を何本か入れてあるものの、使う予定はありません。
嫁さんは何を入れたのかは分かりませんが、恐らく蜂蜜漬けの樽がひとつ入っているはずであり、非常用の食糧らしいです。
実は旅立つにあたって火炎熊の蜂蜜漬けの樽を50個持参しています。
大体、火炎熊1頭で樽が5~6個になるようで、50個と言えば10頭分になります。
そして残りの200樽を師匠が権力者対策に用いるらしいのですが、塩の利権だけで何とかなりそうなので、あれは師匠の独占になるかも知れません。
とは言っても村の長の好物にもなったみたいなので、蜂蜜との物々交換になるかも知れないですが。
「2つ一杯になったね」
起きたのね。
それにしてもさすがうちの精霊さんは優秀です。
風の精霊さんも住居を得て張り切ってくれたようです。
さて、全てを財布に入れて移動再開です。
水化……。
「水化……」
本当にこの移動は早くて安全で安心です。
(うん、それに楽しいし)
ああ、そうだなぁ。
◇
空中を移動するようになってから……風の精霊が手伝ってくれるようになって、歩いていたのが飛べるようになったのでした……速度は上がるし精神疲労は減るしで良い事ずくめです。
なので気分は空飛ぶ魔物です。
いやね、亜竜みたいなのを見かけたのですが、どうやら気付かないみたいで安心しました。
あの黒い化け物は気付いたのに、情けないものですね。
(何かいるね)
同類に対する鼻は敵いません。
(そりゃずっと探していたからね)
そっちなのか?
(任せて)
おお、あれかな。
(近い、けど、下は迷路みたい)
じゃあこのまま。
(はーい)
・
・
・
・
・
(何かが来る)
(同類のようだが)
(最近、出た者かな)
(確かめよう)
◇
何やら精霊に似た何かがたくさん来た。
どうやら誘導されているようなので、それに従って移動します。
しばらく行くと村落が見えて後、村外れの広場に降りていきます。
降りては人の姿に、また降りては人の姿にと、実にスムーズです。
そうして遂に自分達の番になりました。
「お初にお目にかかります」
「ほお、これは珍しい」
どうやら外の世界で同類になった者の到来は稀有なようで、奥さんのような先祖返りの来訪ですら滅多におらず、オレのような後天的に同類になった者の来訪は恐らく初であろうと言われました。
確かに森林族はひとつの種族ですが、精霊化が出来る存在も同類として仲間に迎え入れる事になっているようで、自分達の事も仲間として認めてくれるようでした。
そしてどうやら魔物の毛皮はかなり価値があるようで、貢物として村の長に渡した毛皮は大層喜ばれました。
「でも残りは交換のネタにしたほうが良いよね」
確かに蜂蜜漬けの肉もありますが、そればかりでは困ります。
そうなると村の産物を分けて貰う事になりますが、出せる物が無いと狩りに行かないといけないらしく、ネタがたくさんあるならその必要は無かろうと言われ、塩を出しても好評のようなので、当分の間の交換ネタには困る事は無さそうです。
しかし毛皮が大量にあるのを知られ、あちこちの方から交換を持ち掛けられました。
確かにあれが1枚あれば寝具にもなるし。
ちなみに自分達は1枚の毛皮しか使わないので、残りは交換しても良いかも知れません。
どうやらオレの身長はもう定まったみたいで、1年前から全く伸びてくれません。
それに奥さんも小柄なので、でかい毛皮1枚で充分間に合うのです。
そうしてアレも変化無しですが、それ以前に意欲のほうが余り出ないので、そういう気持ちにはならず、奥さんのほうも同様のようなので、お互いに抱き枕な日々になりそうです。
どうやらそれも同類の特徴のようで、子供が欲しい夫婦は水化……この場合は精霊化……を禁止されるらしいです。
そうしてお互いにその気になった時に子作りをして、子供が精霊化を覚えたらまた当分は抱き枕な生活になるそうで、そのうちオレ達もそうなるのだろうと思いました。
ちなみに彼らの寿命はかなり長いらしいのですが、同類なら似たような寿命になるだろうとの事でしたので、長らく共に過ごせるようで安心しています。
確かに魔力量の多い人は長生きの傾向にある、と言うのは知られていますが、そこに精霊の所有魔力まで含まれているのは実は知られていません。
そうして自分には濃縮魔素水という……後は分かりますね。
ちなみに夫婦は同じぐらいの寿命になるそうで、お互いの精霊の魔力量は共鳴するらしく、先立たれる心配は恐らく無いと言われました。
なのでますます安心です。
村の中の空き家……たまに集落を出る者が残していった……をもらってそこに入ると、家具なんかもそのままになっていたので、そこに住まう事になりました。
それにしてもやけに綺麗です。
実は集落の子供達が練習の一環で空き家の中を風通しをしているらしく、特に汚れも無いのでそのまま住めるようでした。
魔法全盛のこの世界では手作り玩具も作られてないようで、真っ赤な竹のような端材を見つけたので竹とんぼを作ってみたところ、子供達に妙に受けました。
どうやら魔法も使わないのに空を飛ぶのが受けたらしく、結局端材全てが竹とんぼに化けてしまいました。
それにしてもあの素材、本当に竹そっくりの質感だったなぁ。
こんな風にのんびりと過ごしている中、奥さんは近所付き合いを始め、皆と共に何かの細工物に熱中しています。
オレは狩りに誘われたので同行してみると、精霊化のまま魔法を行使して狩る様子は、かなりの熟練を思わされました。
やれと言われれば仕方ありません。
『水の恵み』
大層驚かれました。
そりゃそうだよね、水が大量に出るだけだもん。
それのどこが魔法かと言われれば、多分に反論は出来ないです。
単に精霊に出してくれと頼むだけなのですから、厳密に言うと魔法じゃないですから。
水タンクと言う名のアイテムボックスから、精霊に頼んで大量の水を放出して貰う、そういう魔法のようなナニカです。
この説明で何とか通じましたが、アイテムボックスについて聞かれたので、全属性と空間魔法の関連について話したところ、森林族の秘法を何故知っているのかと言われました。
どうやら師匠の智恵は、森林族の秘法にまで及んでいたみたいです。
外部にそのような知恵者が居ると驚かれましたが、その師匠の薫陶を受けたと言えば、それでなのかとオレの精霊化も納得されたようです。
もしかして、師匠も奥さんと似たような……。
◆
結局、あやつには言えんかったが、わしはかつてその場所から出て来た者での、じゃから行く先も分かってはいたのじゃが、あやつは気付かぬようじゃったの。
人に興味を持ち人の生活に興味を持ち、そうして人に仕えて研究の果て、光の才覚は消滅するわ、精霊魔法も失うわで精霊化による帰郷もやれなくなり、戻るにも戻れんようになってしもうた。
そのうえ、禁忌の研究と言われて異端審問を逃れる為に辺境に流れ、知人達の擁護で審問自体は無くなりはしたが、もう中央には戻れんようになってしもうた。
ここに来てどれぐらい経つかは忘れたが、かつて故郷から出て来て野宿したこの場所に庵を作り、死ぬまで好きな研究をしていくつもりじゃったのじゃが、何となく弟子を取る事になり、そのうちに孫のような気分になってしもうたの。
わしはもう戻れぬが、わしの故郷で仲間として過ごせばよい。
あそこは精霊化をして飛んでいくか、魔物にでも乗って行かなければおいそれとは到来出来ぬ上、敵対ならば精霊化した仲間が攻撃をして防ぐので、何処よりも安全な場所になるであろうから、元気で暮らすのじゃぞ)