魔物の生食はありえないそうです
散々食わせた後、火炎熊の蜂蜜漬けの樽を川に持っていき、洗おうと思ったんだけど、ちょっと生で齧ってみる。
あれれ、おかしいぞ。
焼いたらあんなに不味くなるのに、生で食べたらまるで別物。
ただ、腹を壊さないか心配にはなるけど、いわゆる馬刺しの類のような味わいがある。
蜂蜜の成分は吸い込んでいるのか、ゴブリン肉の時のようなくどさが無い。
気付いたら1枚食い切っていた。
いや、生だからか妙に柔らかくてさ、それでいて血生臭さが全く無くて、大阪近くの牧場産の牛肉を、レアで食っている感じと言えば良いかな。
念の為に少し炙って食うと、温かくて更に食い易くなるな。
しっかり焼くとダメだけど、軽く炙るぐらいならいけるようだ。
ああ、2枚目、止まらない。
両手を蜂蜜だらけにしても、ひたすら食いたくなるのが困るので、名残惜しいけど手を洗って持ち帰る。
結局、4枚食った。
1枚が100グラムぐらいで漬けているので、400グラムぐらい食った事になる。
これで腹を壊さなければ、新たな食材になるな。
「ただいま」
「全部洗ったのかの」
「興味から生で食ったら、これがまた絶品」
「おぬしはあれじゃの。興味を満たす為ならば、我が身の事を考えぬのじゃな。じゃからそのような危険な真似を平気でする。魔物の肉を生で食べようとは、恐らく誰も思わぬぞぃ」
「魔物じゃないけど魚や動物の肉を、生で食べる習慣のある種族の出だからな」
「元の世界の話かの。それもまた珍しいが、だからこそなれば分からぬでもないの」
「馬の肉を生で食べるとか」
「とんでもない話じゃ」
まあ、こっちではしないよ。
あれは衛生的に安全が確保されている環境の中での話だし。
こちらの世界じゃ衛生観念自体があるかどうか怪しいし。まあ、さっき齧ったから説得力は無いけど、興味があれば舐めるぐらいはするのが元の種族の性質だ。
そんな種族に所属した経験は、二度と抜けないような気がするからさ。
染まったと言う事かな、食い意地の悪い種族に。
◇
「それより例の薬草の出来はどうじゃ」
かなり出来てるよ。
「ふむ、なれば上級回復薬にするかの」
国から何か言われたの?
「まあの。奥地にはもう無いと言うても信じぬ愚か者がの、どうしてもと言うのでの、流れの冒険者を雇って何とか少量見つけたという触れ込みでの」
高額で売り付けると。
「そうせねばいくらでも言われて難儀するだけじゃ。たまたま僅かな量を見つけたとして、それで拵えたと申さば、冒険者を雇った費用もせしめられよう」
採算が採れないと思わせるんだね。
「うむ。本来なれば中級回復薬で大抵の者は回復するのじゃ。上級は重病にも確かに効くが、それとて死病を治せる訳も無い」
ああ、調達したという実績で手抜きをしてないって言い訳に使いたいんだね。
「じゃろうの。じゃから金の多寡は問題外じゃから、取れるだけ取ってやるのじゃ」
次回からの抑制と当座の生活費の確保っすか。
「生活費は本業で足りておろうが、単なる損害賠償じゃ」
本当にもう奥地には無いの?
「竜が食ってなければあろうが、竜の好物じゃからの」
竜が入れない小さな空間にはあるかも知れないんだね。
「そのような場所があればの」
そういや奥地にはまだ行った事が無いんだよな。
今なら水化も出来るから、魔物に見つからずに探索も出来る。
うんうん、少し奥地を探索してみようかな。
◇
嫁さんも製薬をやりたいらしく、今は師匠に付いて学んでいる最中だ。
オレは少し周囲を見て来ると告げて単独行動になっている。
とりあえず副菜になりそうなのをいくつか拵えて、食事の時に食ってくれと伝えておく。
それと言うのもあの火炎熊の蜂蜜漬けが好評でさ、オレが平気な顔をしているのを見て、生でイケると思ったんだろうが、食事にもおやつにもなるとか言って、3食全てあれだけで終わらせようとするんだよ。
さすがにそれは栄養バランスが悪いので、作り置き出来る料理をいくつか拵えて置いておいたけど、頼むからあれだけで終わらせるなよ。
さて、いよいよ森が深くなって参りました。
魔物の気配もかなり強くなりまして、水化を解くとすぐさま襲われそうです。
薬草もチラホラはあるんですけど、やはり若芽しか見当たりません。
こんな奥地まで冒険者が入っているとは考え難いので、やっぱり魔物も活用しているのかも知れません。
うわぁ、凄い気配だな。
実は洞窟を発見したんだけど、中に入れないようにしています。
だけど水化に入れない場所は無しってんで、扉の隙間から侵入します。
強力な魔物の気配の中、おっかなびっくりで歩いています。
いかに感知されないと思っても、やっぱり怖いものは怖いのです。
馬鹿でかいクモ発見!
実は前世からクモが苦手なので、近付きたくありません。
確かに今は糸も透過しますが、それでも触れたくないので、迂回して何とか進みます。
ますます強くなる気配。
何の気配なのかは分からないけど、周囲の魔物とは桁の違う強い気配です。
おっと、水の匂い。
ああ、ここで少し休もう。
水底辺りまで潜っていくと、さっきまでの緊張が解けていきます。
どうやら水の底までは透過しないようでありがたいんだけど、やけに濃い魔素水になっている池のようです。
えっ、水の交換がしたい?
いいけど、操作は任せるからね。
オレには魔素濃度の濃い薄いはよく分からないので、精霊に委ねて好きに交換してもらいます。
両手だけ水化を解いた状態でやるようで、どうにも身体が自動で動いているみたいで、何だか変な感じです。
ああ、成程ね。
周囲の水が変わったのを感じます。
あちこちに移動しながら交換になるようなので、周囲の水の変化が繰り返され、魔素濃度の濃い薄いの微妙な違いが分かるようになりました。
それと共に体内の存在を強く感じるようになり、更に意思疎通な感じが強まったみたいです。
と、言っても今はもどき中なので、重なっている感じですが。どうやら終わったようなので、またもや完全水化に戻りました。
えっと? 濃い水が4割、薄い水が6割か。
タンクの中で分けてんのね。
ああ、圧力を掛ける関係で2部屋の設定をしたから、それを今は精霊さんが取り出しているから使わなくなったけど、動く壁の意識でやったから2つのタンクの容量が自在に変えられるから、濃い水と薄い水に分けたのか。
まるでハードディスクのパーティーションみたいだな。
濃い水は使わずに薄いほうを魔法に使って欲しいみたいだ。
やはり住処と言うか、食糧倉庫みたいな感じにしているみたいだな。
最初は確かに水圧を利用していたけど、精霊さんに頼んだほうが楽に高圧で出るんだよ。
だから使わなくなった機構だから、別に問題は無いんだ。
緊張すると何故か丁寧語になる主人公でした。