殺さないと殺されるのが異世界ならば
少し加筆しました。
昨日の8人はもう居ない。
水化して近くで観察して、生活魔法持ちの連中から財布の中身を奪った時に、弟からの指令書を見つけて証拠物件を確保して、更には誘拐のネタである、睡眠薬みたいなのを見つけており、もはや言い逃れは出来ない状態になっている。
本当なら捕らえて当局に引き渡すべきなんだけど、こいつらを怪しく思った根拠が尾行だけでは薄すぎるんだ。
それこそ誰かと間違えて尾行したと言い訳されればそれまでの相手を、誘拐殺人未遂として訴えて信用される訳がない。
肝心の証拠も犯人の財布の中から得たとか、神聖魔法ではあり得ない能力なので、逆にオレの身辺が怪しくなる話だ。
かと言って放置する訳にもいかないとなれば、最後の手段を採るしかない。
抹殺だ。
殺そうとした相手を殺さないと、何時かは殺される羽目になるのは何処の世界でも同じだろうけど、かつての世界では司法がちゃんとしていたから、子供の訴えでも証拠を提示すれば、この世界のような対応にはならないはずだ。
確かにイタズラと思われて相手にされない場合もあるだろうけど、少なくとも子供向けの国の機関もあるのでましなほうだろう。
となると自分で対処するしかないのだけど、幸いこの世界には魔物がいるので、そいつに罪をなすり付ける事が出来る。
そもそも一介の平民の訴えを、裏繋がりとはいえ貴族との関係もありそうな連中の犯罪に対し、まともに聞いて調査をする存在がどれだけいるか。
身分制度は想像以上に人権を無視してくれるんだ。
下手したら逆に冤罪を作られて投獄されるかも知れず、そうなれば賄賂を絡めてあいつらに、表向きは正式に奴隷として譲渡されて、そのまま処分される可能性が高い。
となればもう、あちらの流儀で闇から闇にするしかないというものだ。
◇
時はいくらか遡る……。
回復薬を早急に拵えて花壇を片付けて移動しないといけないので、早々に済ませようと思ったオレは、促成栽培を開始した。
若芽を植えて濃い目の魔力でゆっくり育成すると改善薬草だけど、更に濃い魔力をガンガン流すと促成栽培になるんだ。
この確立にも苦労したけど、その時の経験が生きているな。
数時間で熟成するが、その数時間を待つ間にあいつらの調査をしようと思い立ち、水化して財布持ちの連中の中身を奪った後、それを調べているうちに指令書っぽいのを見つけて読んであいつらの目的が分かったんだ。
弟の組織する裏の存在で、オレを誘拐して殺害しようと思っている事を。
以前に水の移動を考えていた時に開発した手法を応用して処分しようと思ったんだ。
薬草の育成には水が不可欠だけど、自然の雨は降らない時には降らない。
確かにこの辺りの気候には四季っぽいのがあるけど、乾季っぽい時期には殆ど降ってくれないのだ。
そうなると折角の穴場の薬草が育たないので、散水しようと思ったんだけど、消防ホースから出るような水で散水したのでは、折角の薬草が行方不明になっちまう。
そこで考えたんだけど、桶から桶に水を移すというのが発端で、段々水量を増やしていったのさ。
そうしたらそこいらの池の水ぐらいの量をそっくり浮かせられるようになり、上空まで上げて粉砕しての、にわか雨、とかやれるようになったんだ。
攻撃性は全く無いけど、いやだからこそ熱中したとも言えるけど、遂に薬草の穴場にピンポイントで水撒きがやれるようになってさ、タンクからの水を手の平から出して成型して、薬草の群生地の上空で粉砕とかやっていたんだ。
そいつを活用しようと思う。
もう夜なんだし、魔法の行使は昼よりは目立たない。
人影はまだあるけど、気配は精霊の補助で分かる。
ならば各人を包んで町の外の上空まで送って、そこで水を粉砕してやればいい。
大量の水を浮かせた時に水の形状を安定させるのに、表面だけ凍結させたのが調子良かったので、あれを利用すれば捕らえて離さない水の檻になるはずだ。
ピンポイントに捕らえるなら至近距離が最適、となれば水化をしながらの攻撃が望ましいだろう。
まずは1人目。
宿に篭ったオレを見張るつもりか、裏口の植え込みの中に座っている。
拙いな、植え込みを避けて包むのは難易度が高いぞ。
「ウォンウォン」
あ、しまった、この世界に野良犬は確かいなかったな。
ああ、貧民街があるから食われるんだな、多分。
(な、何だ、今の。まさか、門番魔物がいるのか、この宿。聞いてないぞ、そんな話)
よし、移動するつもりだな。
立ち上がって道に少し出たところで包んで上昇。
中でもがいているようだけど、もう少しの辛抱だからな。
そのまま町の外、それも上空に向けて目一杯送り出す。
おお、まるで砲弾……よく知らんが……のようにすぐに見えなくなったぞ。
ああなると破砕の合図のタイミングが分からないし、もう把握から逃れたみたいだからどのみち墜落になっているだろう。
よし、次だ。
こんな調子で全員、この町から追放したんだけど、まさか生きてはいないだろう。
確認はしていないけど、推定高度100メートルとなれば、それこそ風の嵐の比じゃない。
上級の風の大乱とか、最上級の風の暴風とかになるかも知れない……衝撃が。
オレの場合は水平方向に100メートルだったけど、垂直方向に100メートルとなると、水平方向の距離はどれぐらいになるものか。
もしかしたら王都まで届いた可能性もあるが、その場合は大騒ぎになったろうからそれが気になるけど仕方が無い。
まあ世には飛行魔法らしき存在もあるらしいし、誰かに行使してもらって着陸に失敗したと思ってくれると幸いだ。
どのみち粉砕しているんだし、もしかしたら人間とは認知されずに魔物の攻撃と思うかも知れないな。
よし、そうである事を祈っておくか。
そう言えば昔、暴風を得意とする竜が居たらしいけど、ドラゴンというだけで強力なのに、魔法まで使われたのではどうしようもないだろうな。
伝説って事になっているけど、一説によると何処かで眠っているとも言われている。
関わり合いにはなりたくないものだ。
◇◆◇
精霊化(水化)中は精霊の感覚が優先されるようで、人の価値観や倫理観などは、覚えてはいるもののそれに対する感情が付いて来ないようで、殺しに対する忌避なども無く、思ったままに行動出来るようです。
なので本来チキンな彼なのに、いきなり連続殺人が可能になったのでしょう。
そういう状況なので殺したという実感も得ておらず、あくまでも魔法の行使で町から追い出したつもりになってはいるものの、あくまでも危険を排除して終わった案件として理解しています。
ですがその事実はそのうち少しずつ彼の精神に影響を与え、次第に大胆な行動の選択をするようになるかも知れません。
前世では選べなかった選択肢も、今の彼ならば選べるでしょう。
少なくとも今の彼は少しハイになっているようですし。
世界のミニ知識
意思疎通がある程度可能でおとなしい魔物はテイムという魔法が基本だが、それをしなくても懐いてくれる魔物も僅かだが存在し、その中でもある種の狼の魔物はおとなしくて人に懐く性質が好まれて、専門の牧場で飼育されている。
本来は貴族相手にしか渡らない魔物だが、貴族の伝手があれば平民でも入手する事が可能になっている。
それだけに野良は存在せず、もしそうなったとしても、すぐさま捕らえられて貧民の腹の中に消えると言われている。
◇
竜とドラゴンの違いについて。
かつては異なる魔物であったものが、現在では同一の存在として扱われている。
その違いは各人の感性によるところが大きいが、山の竜、海の竜、などと言い、ドラゴンの攻撃、ドラゴンが飛んだ、など言うところから、主体が環境の場合が竜であり、それ自体の場合はドラゴンと呼ぶ人が多いようである。