くじ引きワンチャンス
俺たち兄弟はゴブリンハンターの三人組を退けたあと、笛の音で集まってきた仲間たちと合流しながら砦への帰路についた。
その途中、兄さんたちがゴブリンハンターを追い返したことを仲間たちに報告すると、俺たちは英雄扱いされる。
でも、俺に関してはやめてほしい。
だって俺は笛を吹くことぐらいしか、やっていないんだよー!
そういえば、ほかの場所でも冒険者たちとの小競り合いがあったそうだ。
でも被害は小さいらしいので、おそらくは冒険者たちが手を組んで乗り込んできたわけではないと思う。
もし手を組んでいたのなら、ゴブリンを一匹残らず殲滅することを目的にしたはずだからだ。
だけど、俺はあの三人組に出会って殺されていないから、違うと思っていいだろう。
いずれにしても、今回の小競り合いで死者が出なくてよかった。
歩き出して三十分後、俺たちは無事に砦に到着する。
そして居住地区のある洞窟のほうへ向かおうとすると、途中でゴブリンの住民たちが待ち構えていた。
「よくやったぞー!」
「キャー! イチロー様、こっちを向いてー!」
「ありがたや、ありがたや……」
こちらが恥ずかしくなってしまうくらいの盛大な歓声。
誰かに感謝されることなんて、そう滅多にないので、なんだかくすぐったい気分だ。
たまにならこういう気分を味わうのもいいかもしれない。
そう思う俺であった。
それから時間は進んで夜になり、住民みんなが集められて、飲めや歌えの大宴会が開かれた。
宴会での楽しみといったら、やはり料理である。
朝からほとんど何も口にしておらず、お腹が減りすぎていたので、とても楽しみだった。
しかし当然であるが、振る舞われる料理の食材はすべてが未知のもので、食べるのに躊躇するような見た目の料理もあった。
とくにひどいのが、目玉がいっぱいある謎の生物を、ただ焼いただけのやつ。
モザイクがかかりそうなレベルのグロさだ。
でも幸運なことに、立食パーティーのような形式で料理が皿に盛られていたので、食べなきゃいいだけのことである。
だがしかし、そのグロい料理が小皿に盛られ、父親の手によって俺の目の前に差し出された。
「おまえの好物のグロゲロスの姿焼きを持ってきてやったぞ」
「えっ!?」
マジかよ……
普通、最初にそれを持ってくる?
だけど、この体の前の持ち主の好物なら、食べないわけにはいかない。
食べなければ心配されるだろうし、最悪の場合、体の中身が別人に入れ替わったのがバレる可能性もあるからだ。
「どうした? 遠慮せずに食え」
「は、はい……」
口の中に入れてみて、味が無理そうならすぐに飲み込もう……
俺は意を決すると、目を閉じて口の中に入れた。
「ん!? うまい!」
予想に反して、めちゃくちゃおいしい!
調味料は塩だけのシンプルなものだったが、肉と魚の中間的な味で病みつきになりそうだ。
俺はグロゲロスの姿焼きをペロリと平らげる。
それに味をしめ、普段なら絶対に手をつけない種類の料理(昆虫)も食べてみた。
「これも、うまい!」
いろいろと少しずつ食べてみたが、どれもこれもおいしい料理ばかり。
お腹が減っていた俺は、料理にむしゃぶりついた。
「そういえば、スライムたちはちゃんと食べているのかな?」
お腹が少し満たされ始めた頃、ふとスライムたちのことを思い出した。
スライムたちのことは、みんなには俺の友達ということで紹介してある。
もちろん宴会に一緒に連れて行って、食事をさせることも了承済みだ。
でも会場に着いてちょっと目を離した隙に、いなくなってしまったんだよね。
食べながら探そうかと思っていたのに、すっかり忘れていたよ。
「心配だし、探してみるか」
俺はスライムたちのことが気になったので食べるのをやめ、辺りを探すことにした。
しかし、いくら探してもまったく見つからない。
だから探すのをいったん諦めようと考え始めていた。
そんなとき、会場の隅のほうで何かがモゾモゾと動いているのに気づく。
気になった俺は、その場所に近づいてみた。
「なんだ、ここにいたのか」
スライムたちがいたのは、調理される前の野菜や果物なんかが置いてある場所だった。
俺の言葉にも反応せず、脇目も振らずに食べ続けている。
こんな場所で食べていたんじゃ、見つからないわけだ。
それにしても、なんで調理された料理には手をつけていないんだろう。
食べているのは生の野菜や果物ばかりで、肉や魚なんかは、まったく食べていないようだし。
岩場でお腹を空かせていた理由も、その辺りが原因なのかもしれない。
落ち着いたら、そのうち聞いてみようっと。
俺は邪魔しちゃ悪いと思って食事に戻る。
そして満腹になるまで料理を堪能した。
翌朝、見張りに駆り出された一同が集会場に集められ、ゴブリンの王様からみんなに労いの言葉がかけられた。
しかし偉い人の話というのは、この世界でも長くて退屈なのは変わらないらしい。
俺はあくびを噛み殺しながら、なんとか耐え続ける。
王様が話し始めて小一時間過ぎた頃だろうか、ついに長かった話も終わりを告げた。
「さて、活躍した者に褒美を与えようと思うが……」
王様がそう口にした途端、会場の雰囲気が一変した。
「「「やっときたー!」」」
ゴブリンたちは待っていましたと言わんばかりに、拍手喝采で盛り上がる。
すると王様は王座から立ち上がって「チャッ、チャチャチャ」という拍手のリズムに合わせてポーズをとり、お昼休みはウキウキな感じで場を静めた。
その後、隣で控えている男に話しかける。
「さて、大臣よ。今回一番功績を挙げたのはエガモンド卿の息子たちだそうだな」
「恐れながら陛下、今回彼らの活躍がなければ、あの有名なゴブリンハンターと名乗る者たちに甚大な被害がもたらされていたでしょう」
「そうか、人間には迷惑をかけないよう、ひっそりと暮らしてきたつもりであったが、ついにそんな連中にも目をつけられるようになったか。それで、そやつらはそんなに強いのか?」
「はい、いくつもの同胞の集落が滅ぼされたとの噂を聞き及んでおります。その強さは、まるでおとぎ話にでてくる『白い悪魔』のようだとの話です」
「まさか、『悪いゴブリンはいねぇがー』のあれか?」
「そのとおりにございます」
「余は子供のころ、悪さをしたときには母上にいつもその話を聞かされ、恐怖したものだぞ」
「わたくしめも同じにございます」
「だが、そうか……。それほどの連中と戦ったとなると、いつものアレを使うのが楽しみであるな」
王様は嬉しそうに言う。
「はい、そうでございますね」
大臣もまた、王様に笑顔で答えた。
王様は大臣を見て頷くと、手に持っていた宝石がちりばめられた杖の先端で、床を「カツン」と鳴らす。
そして杖を高く掲げ、高らかに宣言した。
「今回の冒険者と戦った者の褒美は、マジカルボックスを使用する!」
その宣言に会場中が盛り上がる。
ゴブリンたちは口々に喜びの声を上げた。
「待ってました!」
「スゴい宝が見たいぞー! いいのを引き当てろー!」
「ひゃっほう!!」
騒ぎはなかなか収まらない。
それほどまでにゴブリンたちを魅了するマジカルボックスとは、いったいなんなのだろうか。
ボックスと言うぐらいだから、箱を使うと思うけど……
「あのー、イチロー兄さん、マジカルボックスってどういったものなの?」
気になった俺は、隣にいるイチロー兄さんに尋ねた。
「サブローは知らなかったか?」
イチロー兄さんは俺を見て、不思議そうな顔をした。
マズいぞ、誰でも知っているものなのか?
「えっと、誰かに聞いたかもしれないけど、ゴメン、忘れちゃったみたい」
俺は頭をポリポリとかいて、恥ずかしそうに答えた。
知っているとウソを言って後々トラブルになるよりは、聞くに越したことはない。
それが社会人というものだ……と思ったけど、今はゴブリンだった。
「仕方がないな、サブローは。マジカルボックスというのは、いろいろなものが収められた魔法の箱のことだ。箱の大きさは30センチくらいで、上部には手が入るくらいの小さな穴が開いている。そこに手を入れて、中から取りだしたものが褒美としてもらえるんだよ」
なんだかその話を聞いて、俺は抽選箱を思い出した。
というか、ズバリそのものでは?
「へー、でもそのくらいの大きさの箱だと、品物との引換券でも入っているの?」
「似ているが、少し違うな。箱の中には魔法のカードが入っていて、それを中から取り出すと実体化して元に戻るようになっているのさ」
「そうなんだ! それでいったい、どういったものが手に入るの? みんなが喜んでいるから、きっと物凄いものが入っているんだよね?」
「ああ、そのとおりだ。栄華を誇ったゴブリン帝国のすべてが入っているからな」
えっ、どういう意味だ!?
豪勢なお宝がいっぱい入っているってことでいいのか?
「ゴメン、ちょっと理解が追いつかないから聞くけど……、そもそもゴブリン帝国ってなんだっけ?」
「はぁー……」
俺たちの隣で話を聞いていたジロー兄さんは、額に手を当てて深いため息をついた。
出来の悪い生徒の答えを聞いた先生のような、ガッカリした表情をしている。
「それは我輩が前に教えたはずだぞ」
「あれ? そうだったかな……」
「どうやら、すっかり忘れてしまったようだな。もう一回説明がいるか?」
「ありがとう、ジロー兄さん」
「今度は忘れるんじゃないぞ。ゴブリン帝国というのは、約千年前に人間との戦いに敗れて滅んでしまった国のことだ。その国は皇帝が支配する独裁国家で、数多くのゴブリンたちが暮らしていたらしい。今の我輩たちは、そこから逃げて生き延びた民の末裔というわけだな」
「そうだったんだ。ジロー兄さんは昔のことに詳しいんだね」
「まあ、歴史を研究しているからな……って、これは一般常識だぞ。兄者でも知っていることだ」
「おい、ちょっと待てよ!」
イチロー兄さんが急に口をはさむ。
どうやらバカにされたと思ったようで、不満のようだ。
その結果、イチロー兄さんが代わりに説明することになった。
「続きは俺が話す。一説によれば人間との戦いに敗れた皇帝は、身を隠す前に国中の『ありとあらゆる物』をマジカルボックスに取り込んだそうだ。一つたりとも人間に奪われまいとね」
「そっか、だから箱の中に国中の高価なお宝が入っているんだ!」
「それは違うぞ。マジカルボックスの中は異空間になっている。生物以外のものであればカード化されて無制限に入るらしく、文字通りに国そのものが取り込まれているそうだ」
「まさか、本当に国ごとなの!?」
俺は周りがビックリするような大きな声をだした。
とても想像できないスケールの話に、俺は驚きを隠せない。
「ああ、そのとおりだ。宝であれゴミであれ、価値があろうとなかろうと関係なしに、帝国にあったものすべてだ」
「……だとしたら、箱の中にはとんでもない数のカードが入っているんじゃないの?」
「だろうな。数百億枚――いや、想像もできないくらい入っていると思うぞ」
「でもそれだと、ハズレが多すぎない? ハズレばっかりで、とても褒美になるとは思えないんだけど……」
「そこはちょっと違うんだよな。えっと、すまんがジロー、説明してやってくれ」
「まかせな、兄者」
ここまでが世間の一般常識らしい。
あとを任されたジロー兄さんは、得意げな顔で話し始めた。
「もちろんゴミそのものが出る可能性もある。しょせんは運次第だからな。でも、良いカードを引く確率をアップさせる方法は存在する。それが戦いなどで功績を挙げることだ。しかも、より大きな功績を挙げるほど確率がアップするぞ」
「それじゃ僕たち、かなりいいカードが引けるかもしれないんだ」
「そのとおり。しかし、漠然とカードを引くだけでは、いいカードを引くことはできない」
「どういうことなの?」
「確率を上げるには手順があるんだ。箱の中に手を入れてグルグルとかき混ぜたあと、手を止めてしばらく待つ。すると手の前後左右に1枚ずつ、計4枚カードが残るようになっている。その残ったカードこそが、いいカード。つまり価値が高かったり、欲しいと思っているものだったりする可能性が高くなるんだ」
「へえー、不思議な箱だね。でも一度で何枚もカードを引いたり、何回も繰り返してカードを引いたりすれば、そのうちいいカードが引けるんじゃないの?」
「残念ながら、そううまくはいかない。箱から一度に引けるカードは1枚だけだ。それにカードを引くと確率はリセットされるから、カードを引いた直後に手を入れてかき混ぜても、手の周りにカードは残らない。その上、カードを引ける回数も決まっている。やはり本物のマジカルボックスと同じようにはいかないさ」
「本物のマジカルボックス?」
なんだろう、本物って。
またしても、意味がわからないぞ。
「そういえば説明していなかったな。今から使うマジカルボックスは、本物のレプリカといわれている。本物は帝国が滅んだときに、皇帝もろとも行方不明だそうだ。でも安心していいぞ。レプリカとはいえ、本物と中身の空間はつながっているからな。ただレプリカゆえに制限がある。それは本物のように任意で好きなものを取り出せないことと、一生のうちで十回だけしかカードを引けないことだ」
要するに、生涯で十回しか引けない抽選箱ってことか。
そりゃ、たまに良い品が出るなら射幸心を煽られて、ゴブリンたちも熱狂するわけだ。
王様としてはマジカルボックスを持っていても文字通り宝の持ち腐れだし、褒美を与えるにしても懐が痛まないから、まさに一石二鳥ってことなのだろう。
そうこう考えているうちに、壇上の隅から台車に乗った四角い箱が持ち込まれた。
ゴブリンたちはその箱を見てさらにヒートアップして盛り上がる。
だが、王様の拍手を煽ってからの「チャッ、チャチャチャ」の拍手に合わせた機敏な動きで、場が静められた。
「ではまずエロネック家の兄弟、壇上へ」
大臣が告げた名前を聞いて、ポカンとする俺。
だけど兄さんたちが壇上に向かって歩き出したので、慌てて後ろをついていく。
どうやら、うちの家名だったらしい。
俺は恥ずかしいぐらいの視線を浴びながら壇上に向かった。
そして気まずいながらも、やっとのことで壇上に到着。
すると、すでにマジカルボックスの設置作業は終わっていた。
――順番はどうするんだろう?
そう思っていると、俺がマジカルボックスは初めてということで、年齢順にイチロー兄さんから箱に手を入れることになった。
「まずエロネック家の長男、イチロー。箱の前に」
イチロー兄さんは大臣の言葉に頷き、箱の前に移動した。
「それでは箱に手を入れなさい」
その合図でイチロー兄さんは、おもむろに手を入れる。
それからグルグルと中をかき混ぜて一枚の真っ白なカードを取り出すと、カードをそっと床に置いた。
「ゴミになるかな、お宝になるかな、それは今日の運次第!」
大臣はカードの前でノリノリに踊りながら、歌のようなフレーズを口にした。
その言葉に合わせ、会場にいる観客のゴブリンたちは拍手をして大いに盛り上がる。
ほんと王様といい、大臣といい、なんだかお昼休みのノリっぽい。
やがてカードはみんなが見守る中、ボンッと煙を上げた。
そして徐々に煙は消え、その姿を現し始める。
現れた品物の大きさは、ちょうどイチロー兄さんと同じくらいだろうか。
風でめくれ上がった真っ白なスカートを押さえているゴブリンの絵が、クッションのようなものに描かれている。
俺はその品物を見て、使い道に心当たりがあった。
「おお! これは伝説の女優、ゴブリン・モモローの抱き枕ではないか!」
王様が感嘆の声を上げる。
やはり思ったとおり、抱き枕だったか……
こんなものを引き当ててしまって、イチロー兄さんはさぞガッカリしているだろうなーー
「うぉっしゃーー!」
だが俺の予想とは反対に、イチロー兄さんはガッツポーズをして雄叫びをあげた。
観衆のゴブリンたちは、その様子を見て拍手喝采する。
しかし、すぐに王様のいつもの「チャッ、チャチャチャ」の動きに、ゴブリン・モモローポーズを組み合わせるという最悪のポーズで、場が静められた。
うげぇ、気持ち悪い。
「おぬし、やりおったな。マニア垂涎の逸品で、余も欲しいぐらいだ! 大切にしなさい」
「はっ、ありがたき幸せ」
王様の言葉にイチロー兄さんは深々と礼をし、嬉しそうに抱き枕を抱きしめる。
そして元いた場所に戻ると、ジロー兄さんとハイタッチした。
次はジロー兄さんの順番だが、気合が入っていて鼻息が荒い。
おまけに呼び出される前に、箱の前でスタンバっている。
目の前でイチロー兄さんがお宝を引き当てたので、待ちきれなくなったのだろう。
「次はエロネック家の次男、ジロー。箱の前に……いるな。それでは箱に手を入れなさい」
大臣の声を聞き、ジロー兄さんは待っていましたとばかりに、マジカルボックスに手を入れる。
そして長い時間、グルグルとかき混ぜ続けた。
どうやらイチロー兄さんとは違い、時間をかけて選ぶつもりのようだ。
そしてしばらくして、先ほどと同じく、箱の中から引かれた白いカードが床に置かれた。
「ゴミになるかな、お宝になるかな、それは今日の運次第!」
またしても大臣の言葉で、会場が盛り上がりをみせる。
そして観客のボルテージが最高潮に達したとき、イチロー兄さんのときと同じくカードからボンッと煙が上がった。
モクモクと大きく広がる煙。
でも煙が消えるのは、すぐだった。
かかった時間は10秒くらい。
煙が消えると地面には、帽子を被った小さなゴブリンの人形が残されていた。
「……」
盛り上がっていた観客から拍手が消え、みんな無言になる。
王様と大臣の表情は微妙な感じだし、ジロー兄さんにいたっては下を向いてプルプルと震えていた。
――これってもしかして、ハズレを引いちゃったのか!?
あれだけ気合が入っていただけに、ちょっとかわいそうだ。
俺は隣のイチロー兄さんに耳打ちする。
「もしかしてハズレなの?」
「うむむ、どうだろう……。すまん、俺には価値がわからん」
どうやらイチロー兄さんも人形の価値がわからないらしい。
しかし、観衆の誰もがヒソヒソと「ハズレだな」と口にしていることから、おそらく価値は低いようだ。
「おぬし、残念だったな。まあ、若いことだし次がある。また頑張りなさい」
王様はジロー兄さんの肩を叩き、励ました。
そのとき、急にジロー兄さんが叫んだ。
「歴史拝見だーー!」
みんなその声に驚き、会場がシーンと静まり返る。
その沈黙を破ってジロー兄さんが口を開いた。
「王様、これは我輩にとっては究極の宝です!」
「そ、そうなのか?」
「はい。これはゴブリンでありながら歴史ミステリー探求者である、ヒロシさんの人形です。彼が記した『異世界歴史拝見』は、一冊しか現存していないので、彼のことを知る者はほとんどいません。ですが、我輩のような歴史家にとっては神のような存在です」
ジロー兄さんは興奮気味に話すが、王様は引き気味だ。
「そうだったか。確かに余はその者を知らないが、おぬしが嬉しいのであるなら結構なことだ。よかったな」
「ありがとうございます、王様。一生大切にします」
ジロー兄さんは王様に礼を言うと、人形を頭上に掲げながらスキップして、元いた場所に戻っていった。
ハグするイチロー兄さんとジロー兄さん。
どうやら二人とも欲しいものが手に入って、本当に嬉しそうだ。
でも俺がそれと同じようなものを引き当てて嬉しいかと問われると、答えはノーだ。
俺にはその価値が、まったくわからないし。
「次はエロネック家の三男、サブロー。箱の前に」
大臣の決まり文句を聞いてから、俺はゆっくりと箱の前に移動する。
「おまえが一番の功労者なんだから、スゴいの引き当てろよ!」
「そうだぞ。お前の引きの強さを見せつけてやれー!」
二人の兄さんたちが、授業参観に来た親のように檄を飛ばす。
ちょっと待ってよ。
ただでさえ観衆の視線が痛いから、そういうことはやめてほしいんだけど。
「それでは箱に手を入れなさい」
大臣からの合図だ。
俺は兄さんたちの声援のせいで、憂鬱な気持ちで箱の中に手を入れた。
手を入れてまず思ったのは、四次元窓と似ていて、手に感じる空気がひんやりと冷たいことだ。
とりあえず、さらに手を奥に進める。
すると、ちょうど箱の大きさである30センチぐらいで先に進めなくなった。
そこで指先で感触を探ってみると、無数のカードが積み重なっているのがわかったので、兄さんたちがしたのと同じように箱の中で手をぐるぐると回す。
箱の中が竜巻みたいに渦巻き始める。
どうやらカードがシャッフルされているらしい。
きっと箱の中は無数のカードが渦巻いていて、壮観な眺めのはずだ。
見ることができないのが、ちょっと残念。
――さて、そろそろカードは混ざったかな?
ずっと回し続けても疲れるだけなので、適当なところで手を止める。
すると渦が止まるにつれて、手の周りにカードが集まってくるのがわかった。
そしてジロー兄さんの説明どおり、最終的に手の前後左右にカードが1枚ずつ残る。
「さて、早いところ引いてしまうか」
そうつぶやいたときだった。
「私に選ばせてもらえないかな?」
唐突なウィンドウの声。
さっきから姿が見えなかったので、いきなり声をかけられてビックリだ。
それにしても、まだ姿を現さないのはなぜだろう。
『いきなりどうしたの、ウィンドウ?』
「私にカードを選ばせてほしいと思って。ダメ?」
どうしようかな。
別にゴブリンの宝に興味はないし、金銀財宝が出てきたところでゴブリンの俺には使い道がないんだよね……
どうせ手の周りに残ったカードは4枚だけ。
なら、どれを選んでも一緒か。
『うーん……じゃあ、任せた』
「やったー!」
結局、俺はウィンドウに任せることにした。
英雄ともてはやされてこの場にいるが、大したことはやっていないので、本来なら褒美をもらうこと自体おこがましいことだ。
それならいっそのこと、思い切ってウィンドウに選んでもらったほうが、気が楽である。
『それじゃ、どれにする? 手の周りには4枚のカードがあるはずだけど』
「じゃあ、肩までグッと手を入れてみて」
『えっ!? 手の周りに残ったカードを選ぶんじゃないの? そっちのほうが、断然いいのを引けると思うけど……』
「なによ、私に選ばせてくれるって言ったじゃない!」
『ゴメン、そうだった。それじゃ、思いっきり手を入れてみるよ』
俺は限界まで箱の中に手を入れようと試みる。
当然だが無数のカードが俺の行く手に立ちふさがったので、なかなか全部を入れるのは難しかった。
それでもカードをかき分けて、なんとか奥に入れていく。
「おぬし、何をやっとる? そんな取り方をしたら、完全な運任せになるぞ。それでいいのか?」
王様の言いたいことはスゴくわかる。
俺だってそう思うし。
「大丈夫です。このやり方のほうが、いいカードが引ける気がするので、これでやってみます」
もちろん大ウソである。
そんな強運があったなら、そもそも人間のときに死んでいなかったはずだ。
「石ころが出ても、余は知らないからな」
ちょっと投げやり気味の王様。
俺はその言葉に頷きつつ、カードをかき分けて手を入れ続け、ウィンドウの言葉を待った。
「一番奥まで手が入ったみたいね。それじゃ次は、そのまま左に手を動かしてみて」
俺はウィンドウに言われたとおりに手を動かす。
物凄い枚数のカードの抵抗を感じる。
それでも押し退けて動かし続けていると、やっとストップの声がかかった。
――なんか、UFOキャッチャーにでもなった気分だ……
「それじゃ、その辺りにあるカードを一枚つかんでみて」
俺は適当に近くのカードをつかんでみた。
「違う、リリースして次のカード。それでもない。はい、次……」
観衆がシーンと静まり返って気まずい雰囲気の中、数分ほどこのやり取りを繰り返していたと思う。
「そうよ、それ! それがいい!」
ようやく、引きたい一枚が決まったようだ。
これなら自分で選んだほうが、気が楽だったよ。
そう思ったけど、約束だから仕方がない。
『それじゃ、これを引くね』
「うん!」
俺はウィンドウの合図で、箱から勢いよく手を引抜く。
手を入れるときとは違って、引き抜くのは案外楽だった。
しかし、問題が起きてしまう。
なんと箱から取り出したカードは、七色に光っていたのだ。
その眩しさに俺は直視できず、床に置くことすらできない。
観衆たちも壇上から目を逸らし、何事が起こったのかと大騒ぎだ。
そんなとき、尻餅をついて茫然としていた王様が、光を眩しそうに見ながら震える声を絞り出した。
「ま、まさか、これは……Sランク以上の確定演出」
――おいおい、ガチャ演出かよ!
やがてゆっくりと光が弱まると、俺の手には一本の杖が握られていた。
ドラゴンのようなモンスターが赤い宝石を口にくわえ、蛇が巻き付いたような形状の杖は、はっきりいって趣味が悪い。
どうみても悪役が持っていそうな杖である。
そんな考えを王様の一言が打ち消した。
「そ……それは、失われし、皇帝の王笏! まさか、この目で見ることができるとは」
うわっ、もしかしてスゲー高価なものを引いたのかも!?
近くに放心している大臣に話を聞いてみる。
「あのー、この杖って、どのくらいの価値があるのでしょうか……?」
「皇帝の王笏を持つ者は皇帝の資格が与えられ、すべてのゴブリンを支配できる力を持つと言い伝えられておる。おそらくマジカルボックスに入っている品の中で、最上位の宝だろう。まさか、引き当てるとは……」
やっぱりそうだったか。
そりゃ王様も、その場に固まって動かないわけだ。
さらに悪いことに、俺たちの話していた内容が観衆に広がったようで、割れんばかりの大歓声が起こった。
「「「皇帝サブロー万歳!」」」
英雄から、いきなり皇帝扱いに早変わりである。
「マズいぞ、こうしてはおれん!」
すぐに王様がいつもの方法で観衆を鎮めようとする。
でも観衆が注目しているのは俺であり、王様がいくら拍手を煽って騒ぎを止めようとしても、まったく効果がなかった。
それほどまでに、この杖を引き当てた俺への期待は凄まじいということなのだろう。
『ウィンドウ、なんてものを引き当ててくれたんだよ!』
俺は姿を現したウィンドウに、速攻で抗議した。
「なんでよ、任せるって言ったよね? せっかく箱の中で一枚だけキラキラ光るカードを見つけたのに、取ってもらって何がいけないのよ!」
うーむ、もっともな答えだ。
いや、ちょっと待て……見つけただって?
『もしかしてだけど、箱の中身が見えるの?』
「もちろんよ。カードが混ざっている途中に光るカードを見つけて、ずっと見張っていたんだから。そうじゃなきゃ、細かく指示できないでしょうが」
そうだったのか……
考えてみれば、見えないものに指示はできないか。
だとすると、ちょっとズルい方法で引き当てたことになるけど、俺は知らなかったから悪くないよね?
でもいま問題にすべきは、どうすればこの場を切り抜けられるかだ。
この歓声をスルーできればいいのだが、そうはいかなさそうな雰囲気。
――さて、どうすべきか……。あるじゃないか、いい方法が!
「失礼ながら王様、私には不相応な杖なので王様に献上します!」
「なんと、おぬしは正気か? この杖があれば余に代わって王として、ひいてはこの世界に住んでいるゴブリンたちの頂点となり、皇帝として君臨することも可能な品だぞ!」
「私は権力者になることに興味がありません。それなら王様に使ってもらったほうが、よっぽど有効的かと思います」
「本当にそれでよいのか?」
「はい、ぜひそれでお願いします」
「そうか……。だが、余は皇帝になることを望んでおらぬ。千年前の出来事が繰り返されるやもしれぬからな。もしそれでも献上すると申すなら、この杖は厳重に保管することにしようと思うが、それでよいか?」
「もちろんです。献上するのですから、あとは王様のいかように扱っていただいて構いません」
「わかった。では同じ価値がある品とはいかぬが、代わりに王家に伝わる三大秘宝の一つを、おぬしに授けよう」
いや、それはそれで困るって。
高価な品をもらったら、今度はそれでみんなから注目を浴びることになる。
一生ゴブリンで暮らすことになったとしても、せめて三男としてのんびりスローライフで暮らしたいのに。
しかし、タダで俺を帰したとあっては王様の威信にかかわるだろう。
そこで俺は思いつく。
「いいえ、そんな高価な品は頂けません。代わりにと言ってはなんですが、もう一回だけカードを引かせてもらえませんか?」
「余はそれでも構わぬが、この箱の特性からいって、続けてカードを引いても良い品は出てこぬぞ?」
むしろ、そのほうが好都合。
確率アップは元に戻っているし、高価な品を引く確率は天文学的数値のはずだ。
「それでお願いします」
「わかった。おぬしの好きにするがよい」
俺は王様に頭を下げると、見えないようにニヤリと不敵な笑みを浮かべ、計画どおりと内心喜んだ。
さて、再び俺は箱の前にいる。
観衆のガヤガヤと騒々しいおしゃべりは、未だ続いたままだった。
その内容は嫌でも耳に入ってくる。
「バカだなぁ、せっかく皇帝になれたのに」
「さすがに次はゴミだって」
「オレはあの男を信じる!」
観衆の視線にさらされながら、俺は大臣の合図を待つ。
「それでは箱に手を入れなさい」
それを聞いて、俺はゆっくりと箱の中に手を入れた。
そしてグルグルと箱の中で手を回す。
「今度も手伝ってあげようか?」
またしても急にウィンドウが話しかけてきた。
姿が見えないところをみると、今回も箱の中にいるようだ。
『頼むから余計なことはしないでくれよ。それにアドバイスもいらないからね』
「あらら、残念。もったいないなー」
絶対にまたヤバいカードを見つけて、引かせる気だったくせに。
まあ、いいや。
俺は回している手を止めて、渦巻いているカードが止まるのを待つ。
そして手の周りを探ってみた。
しかし、カードは1枚もなかった。
――そうだ、そうだ、カードをかき混ぜても今回は意味がなかったんだっけ。
どうせ確率の高いカードを選ぶ気はなかったので問題ない。
気にせずにカードを選ぶことに集中する。
さて、山積みになったカードからハズレを引きたいわけだが、こういうクジみたいなのは、大抵は一番上にあるのがハズレと思いがちだ。
かく言う俺も、かつてはそう思っていた。
どうせ当たらないだろうからとクジの一番上にあるのを悩まずに引いたら、大当たりだったことがある。
だからハズレを引くためには、逆に慎重に選ばないといけないのだ。
――そういえば、箱の入口側はどうなっているのかな?
ふとした疑問が頭に浮かび、俺は肘を曲げて箱の天井側を触ってみた。
すると箱の形状の30センチ部分だけは天井があって、ほかは異空間のようだったが、一枚だけ天井にカードが貼り付いているのに気づく。
――ははーん、さては、ひっかけだな!
これもくじ引きでたまにあるが、わざとらしく天井に貼り付いているクジはハズレである。
クジの主催者が仕組んだものと思い込んで嬉しそうにクジを引くと、ガッカリするって寸法だ。
だって、その残念がる様子を見て楽しむために、誰かが仕組んでいるわけだからね。
でも今の俺には、むしろラッキーで、選ぶのにふさわしい一枚である。
ただ、何かが引っかかる……
俺は迷いながらもそのカードを手に取った。
「もったいないなー。本当にそれにするの?」
『あーあー、聞こえない、聞こえない!』
ウィンドウの声が聞こえたが、無視だ、無視。
だけどウィンドウの発言で確信したね。
このカードは普通のカードであるって。
俺は箱の中からカードを勢いよく引いた。
ウィンドウの「計画どおりね」と、ニヤリと笑う姿を知ることがないままに……
そのカードは黒かった。
基本的にカードは白いはずだが、そのカードは光を吸い込むような黒さだった。
「げげっ、なんだこのカード!?」
すぐさま地面にポイっとカードを投げ捨てる。
と、同時に王様のほうに顔を向けた。
「王様、もしかしてこれもレアなカードですか?」
「ふむ、余も黒いカードは初めて見る。Sランク以上の品が確定するのは光るカードで、演出として眩しく光り輝くと説明書きにあったが、黒いカードについては記述がない。だから、どうであろうな」
説明書きがあるのかよ!?
ちょっと見てみたいと思ったが、今はこっちのほうが重要だ。
演出が起こらないし、煙も出ないってことは純粋にハズレなのだろうか。
それなら安心――
ドドォーーーーン!
いきなり洞窟の外で雷が落ちた。
その音は洞窟の中にいても恐ろしいほどの轟音で、みんなは一斉に耳をふさぎ、恐怖で縮みあがる。
そしてそのあとすぐに、今度はあり得ないほどに連続して雷が落ち始めた。
そんな中で、俺は見てしまう。
カードがブラックホールのような渦に包まれながら、何かの姿に変わっていくところを。
時間にして、わずか数分。
やっと雷がおさまったが、カードの姿が変わったことを観衆に気づかれた。
「おい見ろ、カードが黒い宝石に変わっているぞ!」
やられた。
誰かに見られる前に回収しようと思ったが、ひと足遅かったようだ。
だって仕方ないじゃないか。
雷が怖くて動けなかったんだし……
そこで諦めて、宝石に近づいて観察することにした。
宝石は漆黒のような黒さで、丸い球体。
大きさは4、5センチといったところだろうか。
ペンダントになっているので、俺は紐の部分をつかんで拾い上げると、王様の前に差し出した。
「これはいったい、どのような品でしょうか?」
観衆のみんなも「ゴブリっ」と唾を飲んで、王様の解説を待つ。
「これはまさか、賢者の石。いや、形は似ているが、色が違うか……」
王様は手渡された宝石を見ながら「うむむむむ」と唸るばかりで、要領を得ない。
「そういえば、おまえの父は有名な錬金術師だったな」
突如、王様は急に思いついたように俺に尋ねた。
「えーと、そうだっけ?」
近くでやり取りを見ていたイチロー兄さんのほうを向き、話を振る。
すると、答えてもらう代わりに、頭に一発ゲンコツをもらってしまった。
「はい、そのとおりです。かつて父は太陽の錬金術師と呼ばれ、この集落で一番の錬金術師でした。しかし、母が行方不明となってからというもの、太陽のような輝きは失われ、今では不名誉な二つ名をつけられております……」
「そうであったか。だが、この黒い宝石を見ればやる気が出て、輝きを取り戻すやもしれん。調べてもらってはどうだ?」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。ではそのようにさせていただきます」
「それがよかろう。単なる黒い宝石であるかは、その見立て次第だな」
そう言うと王様は、ペンダントを差し出した。
俺はそれを両手で受け取り、お礼を述べてからポケットにしまい込んだ。
その後、俺たちは壇上から降りて、ほかに活躍した者たちと入れ替わる。
そして次々とマジカルボックスからカードが引かれていった。
しかし、引かれたカードは小石やゴミといったものばかり。
あまりにもひどかったので、途中でマジカルボックスの使用は中止となってしまう。
結局、俺たち以外は報奨金が支払われることになった。
それを見ていて、俺だけは気づいてしまう。
俺がヤバいカードを続けて引いてしまったので、本来の確率に収束しようとしているのではないかと。
だとすると、今後はずっとゴミしか出ないのかも……
あーあ、俺は知らないっと。
しばらくして、集まりは解散となる。
俺たち兄弟は集会所から寄り道することなく、足早に家へと帰った。