おかしな三人組
スライムたちのいない場所まで逃げてきた俺は、岩場で腰を下ろした。
ここならもう安心だろう。
「あーあ、夕方まで暇になっちゃったな。どうやって時間を潰そう……」
そうつぶやいたときだった、少し離れた岩陰にいるスライムを見つけたのは。
「――げっ、スライム」
震えて身を寄せ合う三匹のスライムたち。
三匹とも別々の色をしていて、さっきのスライムたちとは別種のようだ。
「本当だ! よく気がついたねー」
どうやらウィンドウも気づいていなかったらしい。
それもそのはず、三匹が一緒にいると迷彩柄っぽく見えた。
「たまたまだよ。それにしても、なんでこんな場所にもスライムがいるんだよ……」
「愚痴を言っている場合じゃないよ。ほかにはもういないの?」
確かにウィンドウの言うとおりだ。
一匹見つけたら百匹はいると思って、対処したほうがいいだろう。
俺は物陰に隠れながら、ほかにもいないかと周囲の様子をうかがった。
『大丈夫、この三匹だけみたい』
俺はウィンドウに頭の中で伝えた。
今さらだがスライムに声で気づかれてしまっては、元も子もないからね。
「それならよかった。だとすると、残る問題は相手が危険かどうかよね」
ホント、それが一番の問題だ。
あのスライムたちが危険であれば、また場所を変えなきゃいけない。
せっかく安全な場所だと思ったのに。
『あれ? でもウィンドウ、スライムデスのことは知っていたのに、あのスライムたちのことは知らないの?』
「知らないに決まっているじゃない。スライムデスは、たまたま知っていただけよ。なんでもかんでも知っていると思ったら、大間違いなんだから」
『そうだったのか……、それなら確認してみよう。ウィンドウ、あの岩陰にいるスライムたちのステータスをお願い』
「了解!」
ウィンドウの元気な返事と同時に、俺の目の前でウィンドウ画面が大きく広がる。
そして半透明の画面越しにスライムたちを見ると、情報が次々と表示されていった。
ちなみにウィンドウ画面やウィンドウの声なんかは、俺以外に見えたり聞こえたりはしないそうだ。
――――――――――――――
名前:ベム・佐藤
種族:スライムベム
状態:空腹
――――――――――――――
LV:5
――――――――――――――
――――――――――――――
名前:ベラ・佐藤
種族:スライムベラ
状態:空腹
――――――――――――――
LV:4
――――――――――――――
――――――――――――――
名前:ベロ・佐藤
種族:スライムベロ
状態:空腹
――――――――――――――
LV:2
――――――――――――――
「あんまり強くはないみたいね。ただ、三匹同時に相手するのはちょっと厳しいかもだけど、空腹状態の敵は動きが鈍るから戦いやすいし、いざとなったら逃げられるはずよ。どうする、戦ってみる?」
ウィンドウの言葉に、俺は首を横に振る。
『それはやめとくよ。自分の強さもよくわからないからね。それに気になることもあるし』
「気になること?」
『うん、あのスライムたちに名前があるのが、ちょっとね……』
「ふーん」
ウィンドウはスライムたちに名前がついていることに、あまり関心がないようだ。
だが俺には、どう考えても不自然にしか思えない。
凶悪なモンスターであれば、ゲームでいうところのネームドモンスターみたいに、誰かに名前をつけられていても変ではないだろう。
でも相手は最大でもレベル5しかないスライムたちだ。
明らかに別の理由と考えるほうが理にかなっている。
それに、もう一つ気になることがある。
それはスライムの名前に「佐藤」という、漢字が使われていることだ。
このことを踏まえてスライムに名前がある理由を考えていると、ある結論にたどり着いた。
――そうか、もしかしたら……
『ウィンドウ、俺ちょっとあのスライムたちに近づいて、話しかけてみるよ』
「えー!? いきなり、どうしたのよ! まさか、本気で言ってるの?」
ウィンドウは俺の突飛な発言に、飛び上がりそうな勢いで驚いた。
『理由はあとで説明する』
「わかった。それならアドバイス。最低でも5メートルは相手との距離を保ったがいいよ。それくらい離れていれば、攻撃を受ける前に逃げられるはずだから」
『うん、ありがとう』
俺はウィンドウの助言に感謝した。
これで話しかけるリスクはゼロになったに等しい。
でも、油断は大敵だ。
スライムたちに気づかれないように5メートルまで近づき、とっさに逃げられる態勢をとる。
さて、あとは相手に話しかけるだけだ。
俺は覚悟を決める。
そして自分の直感を信じて、相手を驚かさないように話しかけた。
「あのー、こんにちはスライムさんたち」
その途端、一番レベルの高いスライムが岩陰から飛び出る。
そしてほかの二匹を守るように俺の前に立ちはだかると、甲高い声で鳴いた。
「ピキーッ!!」
明らかに警戒しているのがわかる。
そりゃ、見ず知らずの相手に話しかけられたら、そうなるだろう。
キャッチセールスか、それとも宗教勧誘か、はたまたカツアゲか。
俺だったら、そんなふうに疑っていたはずである。
しかも、声をかけてきたのはゴブリンなのだから、なおさらどんな用件かと不審に思うはずだ。
とりあえずここは刺激しないように、慎重にいくしかない。
「こちらに攻撃する意思はありません。もし言葉が理解できるのだったら、聞きたいことがあります」
俺は武器を捨てて両手を上げ、戦う意思がないことを示した。
「ピキィィ……」
スライムの威嚇する鳴き声が小さくなる。
まだ警戒は続いているようだが、戦う意思がないことだけは理解してくれたらしい。
だがそれが、言葉を理解したからなのかは微妙なところ。
俺が武器を捨てたのを見て、そう判断しただけかもしれない。
しかし、少なくともそのことを判断する知能はあるようだ。
それならと思い、最初の質問をしてみた。
「まず聞きたいのは、言葉を話すことはできますか?」
「……ピィ」
しばらく待ったが、言葉をしゃべり始める気配はまったくない。
その理由が言葉の意味を理解していないのか、このスライムに人と話せる声帯がないためなのかはわからなかった。
ただ、一つ言えるのは、前者なら意思疎通は不可能ということである。
でも、言葉を理解している後者なら、話は簡単。
俺には、とっておきの考えがあるからだ。
「どうやら言葉は話せないようですね。でも安心してください。言葉を理解しているなら、意思を伝える方法はあります」
「ピィ?」
「なに、方法は簡単です。YESなら一回ジャンプをして、NOならジャンプしないだけです。ね、簡単でしょ?」
さすが俺!
これなら言葉を話せなくても、間違いなく意思疎通ができるはずだ。
そのときだった。
スライムが何度も嬉しそうにジャンプし始める。
「ピィー、ピィー、ピィー!」
これは、もはや疑いようがないだろう。
しかし、万が一がある。
「スライムさん、念のため確認させてください」
「ピピィ?」
スライムはジャンプを止め、俺のほうをじっと見つめる。
「お手数ですが、本当に言葉がわかっていましたら、一度だけその場でジャンプしてもらえませんか?」
急に胸がドキドキしてきた。
何事にも絶対はない。
たまたまジャンプした可能性だってある。
俺は祈るような気持ちで、その瞬間を待つ。
「ピィーーーー!」
スライムは元気よく声を上げ、その場で思いっきりジャンプした。
しかも、ちゃんと一回だけである。
やっぱりか。
だとすると、俺の考えは正しかったことになる。
俺はスライムたちの名前を見たときから思っていた、確信めいたものを聞いてみた。
「もしかして、あなた方は元人間で、転生者ではないですか?」
これ以外の理由なんて、あるはずがない。
俺はジーっとスライムを見つめ、その答えを待つ。
するとスライムは俺の質問に驚いたのか、プルプルと震え始める。
そして、やや間があいたあとに、小さく一回ジャンプした。
「やはりそうでしたか……」
「すっごーい! どうしてわかったの?」
ウィンドウが尊敬の眼差しで俺を見る。
そんな目で見られたら、答えないわけにはいかない。
俺は腕を組んで考えるふりをしながら、ウィンドウの疑問に答えた。
『簡単なことだよ。スライムたちの名前に『佐藤』っていう、日本で一般的な名字が混じっていたからね」
「そっか! だから転生者じゃないかと疑ったのね」
『うん。でも本当にそうなのかは、正直賭けだった。名前のほうは日本人に思えなかったからね。だから危険な相手じゃなくて助かったよ』
「ホントだよ。スライムデスが相手だったら、死んでいたかもしれないし」
とりあえずウィンドウは俺の説明に納得してくれたみたいだ。
これで心置きなく、スライムたちに話を聞くことができる。
まずは、なぜ彼らがこんな場所にいるかだ。
彼らのステータスの状態が空腹となっているので、お腹を空かせているのは間違いない。
なのに、こんな岩ばかりで食べ物がない場所にいるのは変である。
さっそく理由を聞きたいところだが、こちらからあれこれと一方的に聞くのはフェアじゃないと思う。
相手からは質問できないわけだしね。
それに、それが原因で不信感を抱かれても困る。
だったら、まずは自分のことを話すのが得策だな。
「お待たせしました。それではまず自己紹介をさせてください。私の名前はサブローと言いまして、実は私も転生者です。今は理由あってゴブリンの姿をしておりますが、前世は人間でした」
「「「ピピィッ!?」」」
この発言には、さすがにスライムたちも驚いたようである。
まさかこんな場所で同じ転生者に出会うとは思わなかったはずだ。
ましてや、その相手がゴブリンである。
こんな姿を望んで転生するバカなんて、普通に考えればいるはずがない。
「ピィッピ、ピィッピ、ピィー!」
目の前にいるスライムは驚いたあと、嬉しそうにジャンプを繰り返す。
おそらく同じ境遇の者に出会えて嬉しいからだろう。
しかし、元気に飛び跳ねていたスライムに異変が起こる。
急にその場にヘナヘナと崩れて、ぐったりしてしまったのだ。
いったい、何が起こったんだ!?
まさか、嬉しすぎてショック死したとか……
「ど、どうしました、大丈夫ですか!?」
俺は急いで駆け寄って、スライムに声をかける。
それと同時に、スライムの体から大きな音が鳴った。
ぐうぅぅ……きゅるるるる……ぐぎゅぅぅ……
その音は、幾度となく聞いたことがあった。
試験中とか静まり返った場所で鳴ると、めちゃくちゃ恥ずかしいヤツ。
そう、つまり腹の音だ。
「あらら、お腹が減ったから動けなくなったみたいね。そりゃ空腹のときに、あれだけ大はしゃぎすればね……」
呆れた顔をするウィンドウ。
これは質問するより先に、食事にしたほうが良さそうだ。
「どうやら腹ペコみたいですね。少しなら食べ物を持っていますので、よろしければ差し上げましょうか?」
「ピィ!?」
急に元気になるスライム。
ほかの二匹のスライムを俺の前に呼び寄せると、三匹で一緒に集まって、踊るように飛び跳ねた。
よほど空腹だったのだろう。
彼らの嬉しさが伝わってくる。
俺とウィンドウは顔を見合わせると、互いに微笑み合った。
「確か、道具袋の中に食料が入っていたはずだけど……」
腰に縛っている道具袋は、見張りに出るゴブリンたち全員に支給されたものだ。
イチロー兄さんから聞いた話によると、中には食料も入っているらしい。
直接目で確認したわけではないが、おそらくは携帯食のようなものが入っているはずである。
俺は袋の中に手を入れて、中からそれらしきものを取り出した。
これは、乾燥させた肉だろうか?
大きさは旅館の朝食とかでよく見る、味付け海苔ぐらいのサイズ。
それが三ミリぐらいの厚みにスライスされ、袋の中にいくつか入っていた。
匂いは少し獣臭い。
こげ茶色をしていて、見た目はビーフジャーキーにそっくりだ。
おそらくは干し肉で間違いないだろう。
でも一応、味ぐらいは確認しておいたほうがいいかな?
いくらスライムたちが腹を減らしているとはいえ、不味かったら機嫌を損ねかねないし。
「ちょっと味を確かめてみます」
俺は干し肉を口に入れ、一口分を噛みちぎった。
なんの肉かはわからないが、非常に硬くて、噛みごたえが物凄い。
味のほうはというと、転生前に食べたことがあった「長くて赤い鼻の人物」がロゴマークの商品とくらべると、やはり数段落ちる。
しかし、だからといって、不味いというわけではない。
ある程度のレベルには達していて、お腹が減っているのであれば十分に満足できるだろう。
これなら大丈夫そうだ。
俺はキレイな岩の上に干し肉を並べた。
「さあ、どうぞ召し上がってください。肉の種類はわかりませんけど、味はビーフジャーキーに近いですよ」
俺はスライムたちに食べるように勧める。
量はちょっと少ないかもしれないけど、それでも大喜びのはずだと俺は思った。
しかし、スライムたちは「ピィ……」と力なく鳴き、食べようとしない。
「あれ? どうしたんだろう?」
予想外の事態に、俺は困惑する。
「そのお肉だとダメみたいね……」
残念そうな顔をするウィンドウ。
でもそのとおりのようで、どうもこの肉じゃダメらしい。
そりゃ、何の肉かわからないし、食べるのは怖いと思う。
だけど、あいにく持っている食べ物は、これだけだ。
俺はどうしようかと頭を抱える。
そのときだった、ウィンドウが何か思いついたのは。
「そうだ! さっき四次元窓から取り出したのをあげたらどう?」
「えっ、なんのこと? 俺、何か取り出したっけ?」
俺は首を傾げる。
「覚えてないの? 何かのお菓子だったけど」
そういえば四次元窓に手を入れた記憶があるのに、それから先が思い出せない。
まさか、脳が思い出すのを拒否しているのか?
俗に言う、トラウマってやつだ。
まあ、その原因は虎でも馬でもなくて、チーターなんだけどね。
――あれっ、チーターだって……?
記憶のピースが抜け落ちていた部分にピッタリとはまり、記憶が鮮明によみがえる。
「そうだ、思い出した! 【チート○】だ!!」
ようやく俺は思い出した。
心の奥底にしまい込んだままにしておきたかったが、そうも言っていられない。
「ウィンドウ、頼む!」
「ほほーい」
ウィンドウの親しげな返事とともに、目の前の空間に裂け目が走って四次元窓が開く。
俺は素早くそこに手を入れて目的の物を取り出すと、スライムたちにそのパッケージを見せた。
「これ、何だかわかりますか? 【チート○】というスナック菓子で、かなり有名だと思いますが……」
「「「ピィー!」」」
もちろんと言わんばかりに、スライムたちは勢いよくジャンプする。
さすがワールドワイドな商品だけあって、彼らも知っていたようだ。
「よかった、知っていましたか! これなら食べられませんか?」
「「「ピィッピ、ピィッピ、ピィー!」」」
スライムたちは嬉しそうに飛び跳ねた。
やった! まさか、こんなことに役にたってくれるとは。
【チート○】を、ちょっと見直した俺だった。
おっと、こうしちゃいられない。
早くスライムたちが食べやすいように、パッケージを開けてあげないとね。
俺はパッケージの背びれを真ん中から左右に開いて食べやすいように広げると、スライムたちの目の前に置いた。
すると彼らは飛び跳ねて喜び、夢中で食べ始める。
「よかった、食べてくれて」
スライムたちの食べる様子を見ながら、ウィンドウがポツリとつぶやいた。
「うん、ほんとよかった」
俺は安心して地面に腰を下ろし、スライムたちの食べるのを眺め続けるのだった。
まったりとした時間が続く。
スライムたちはとりあえず食べ物を口にしたことで、落ち着きを取り戻したようだ。
だからといって、三匹で【チート○】を一袋分け合って食べたくらいでは、満腹には程遠いに違いない。
でも、今はこれが精一杯。
そんなわけで、まずはいったん休憩だ。
こちとら緊張の連続で、とりあえず休みたい。
俺はゴロリと寝転ぶ。
そして今日の出来事を思い返していると、ふと気づいてしまう。
俺が転生者で、かつて人間であったことを知っても、ウィンドウが少しも驚かなかったことに。
そこで、いつから知っていたかと考えてみると、彼女がアバターの姿を手に入れたときには、すでに知っていたとの結論がでた。
なぜなら、そのときにウィンドウが俺に言ったのだ、「安心して、見た目は人間の女の子のはずよ」と……
だが、それは明らかに彼女のミスだ。
ゴブリンの姿をしている俺に、言うセリフではない。
もし俺が元人間だと知らないのであれば、「安心して、見た目はゴブリンのアバターのはずよ」と言うのが正解である。
たぶん、そのことを指摘しても答えてくれないと思う。
だから、やんわりと聞いてみる。
『ウィンドウ、ちょっと質問があるんだけど、いいかな?』
「ええ、何かしら?」
『俺が転生者で人間だったのって、もしかして最初から知ってた?』
俺は何気ない素振りで聞いてみた。
するとその質問に、ウィンドウは一瞬だけギクリとした表情を見せる。
「えっ、なんのこと?」
『そっか、ならいい』
ウィンドウが何か隠しているのはみえみえだが、約束のこともあるし、話せないなら仕方がない。
それにスライムたちへの質問の続きを、すっかり忘れていたのもある。
だから、それ以上の追及はしなかった。
さて、質問の続きをするか。
スライムたちも休みたいと思うが、ここはギブアンドテイクの精神でいこう。
俺は上半身を起こし、質問しようとする。
だがそれは、どこからともなく聞こえてきた声に阻まれた。
「こいつは珍しいね。ゴブリンとスライムが仲良くしているところなんて、初めて見たよ」
「姐さん、あいつゴブリンのくせに、見たこともないくらいイケメンですよ。捕まえて物好きに売れば、いい値段で売れませんかね?」
「わては、ちゃっちゃと、いてこますほうが好きでんなー」
聞こえてきた声は、女の声と二人の男の声だった。
俺はすぐに立ち上がり、声がしたほうを見る。
すると、少し離れた場所にある高い岩の上に、三人の人影があった。
――いったい何者だ!?
そう思いつつも、ウィンドウに相手のステータスを調べるように心の中で指示を飛ばした。
―――――――――――――――――――
名前:フローシア・ドビンボー
LV:45
種族:人間(女)
職業:女騎士
状態:呪い
―――――――――――――――――――
弱点:オーク
―――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――
名前:リバーサイド・アンダーザブリッジ
LV:20
種族:人間(男)
職業:魔導士
―――――――――――――――――――
弱点:なし
―――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――
名前:ダンボル・ハウス
LV:20
種族:人間(男)
職業:武闘家
―――――――――――――――――――
弱点:なし
―――――――――――――――――――
ヤバいぞ、おそらくあいつらが兄さんたちの言っていた冒険者だ!
この辺りは先のほうが崖になっているはずなのに、まさか出くわしてしまうなんて……
――ダメだ、嘆くよりまず考えなきゃ。
ヤツらの狙いがゴブリンなのは間違いない。
それはゴブリンたちが、これだけ大規模に見張りを投入していることからも明らかだ。
そうなると、ヤツラにとってスライムは興味の対象外のはず。
なら、まずやることは――
「スライムさんたち聞いてください。あいつらの狙いは私だけです。だから先に、あなた方だけで逃げてください」
俺はスライムたちに逃げるように促がす。
そのとき、「へえー」と感心するような女の声が聞こえてきた。
「こいつはたまげたね。人間の言葉までもが話せるのかい」
しまった! 相手の耳は地獄耳だったか。
おそらく会話の内容は全部聞かれてしまっただろう。
でも俺が逃げなければいいだけのことだ。
俺はスライムたちの前に出ると、振り返らずに手で逃げるように合図を送った。
そして、ゆっくりと大きな岩の上を見上げる。
「どこのどなたか知りませんが、私に何か御用でしょうか?」
相手は冒険者以外の何者でもないだろう。
その用件も、おおよそ見当がつく。
それでも俺は、あえて聞いてみた。
「見てわからないのかい?」
ちょっと不満そうな女の声。
「わかりました、キャッチセールスですね」
「そうそう、近くで絵画の展示会をしているんだよ。よければ一緒に見に行かないかいって、そんなわけないだろ!!」
「違いましたか。まあそれは冗談として、高い場所から見下ろされるのは気分が悪いですね。あなた方の姿もよく見えませんし、今すぐ降りてきてもらえませんか?」
「そう言われちゃ、仕方がないね。おまえら、いくよ!」
「「へいっ!」」
女の掛け声と同時に、三人は岩の上からジャンプする。
シュタッ!
ベタンッ!
ドスンッ!
着地をうまく決めたのは女だけ。
男二人は失敗して、顔面と尻で着地してしまっていた。
というか、女のほうも涙目だ。
足がジーンと痺れてビリビリと電気が走っているらしく、とてもすぐに動ける状態ではなさそう。
――これはチャンス!
俺は足音がしないように、あとずさりをする。
そして少し離れてから一気に駆け出した。
数分後、脇目もふらずに逃げていた俺は、チラッと後ろを振り返る。
すると、知らない間にスライムたちが俺を追いかけてきていた。
俺と一緒に逃げるよりも彼らだけで逃げたほうが安全なのに、何を考えているんだ?
こっちは逃げるのに必死で、これ以上は面倒見切れないのに。
もう、どうなっても知らないぞ……
さらに数分後。
「ふぅー、疲れた……」
もう大丈夫と思った俺は、足を止めて後ろを振り返ってみる。
相変わらずスライムたちが追いかけてきていたが、三人組の姿は見当たらない。
「なんとか逃げ切れたみたいだな」
それにしても、何か忘れているような……
――そうだ、笛の合図!
やべー、逃げるのに必死で、すっかり忘れていたよ。
だけど、今からでも遅くはないはずだ。
俺は腰の袋から急いで笛を取り出すと、息を整えてから強く吹いた。
「フゥーーーーッ」
あれっ、おかしいぞ?
イチロー兄さんに怒られたときのような、甲高い音がでない。
もう一度試してみる。
「フゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーッ」
今度は肺の酸素がなくなるまで思いっきり吹いてみたが、笛の音の代わりに息を吐く音がするだけだった。
まさか、笛が壊れてしまったのか?
そんなバカな。
このタイミングで運悪く壊れるなんて、そんなことあり得るのか?
だけど音を出す方法がない以上、冒険者たちを見つけた合図が送れないのは事実だ。
ちくしょう、仕方がない。
近くにいるゴブリンのところまで行って、代わりに笛を吹いてもらうしかないだろう。
俺は再び走り出そうとする。
しかし物事は、そううまくはいかなかった。
「ハア、ハア、ハア、やっと追いついたよ。ゼエ、ゼエ、ゼエ」
後ろのほうから、肩で息をするような女の声。
しまった! 逃げ切れたと思ったが、違ったか!
「あんな高い場所から飛び降りるように仕向けるとは、なかなかやるね。でもね、こちらが動けない間に逃げるのは、いただけないよ」
逃げても無駄と悟った俺は、その場で振り返る。
そしてさっきは距離が離れていてよく見えなかった三人の姿を、じっくりと観察した。
まずは女から。
その格好は豪華そうな白い鎧に膝まであるマント、そして長剣を腰に携え、まさに騎士そのものだった。
それに加え、燃えるような赤い髪に、透き通るような白い肌をしていて、誰もが見とれてしまうくらいの美女だ。
さらにもう一つ、特筆すべき点があった。
――細身なのにオッパイがでかい!
鎧で胸が強く押さえつけられているので、素人にはカップのサイズまではわからないだろう。
しかし、俺にはわかる。
なぜなら俺は、「おっぱい鑑定士」の一級持ち!
俺にわからないおっぱいのサイズが、この世にあるはずがない。
ちなみに鑑定するには、おっぱいビッグデータを活用し、科学的知見、そして経験則、最後に勘を使用する必要がある。
素人には何を言っているかわからないと思うが、俺だけがわかればいいことだ。
そういうわけで、俺は対象のおっぱいのサイズを見極める。
……Eカップだ。
なんと見事な大きさ。
俺は両手を合わせて拝む。
この女騎士の素晴らしきおっぱいに感謝を。
さて、二人目は緑色のローブを着た、ひょろそうな男だ。
痩せているせいで頼りなく感じるが、こいつは魔導士らしいので魔法に注意が必要だろう。
三人目はというと、ポッチャリとしていて相撲取りのような感じの男だ。
武闘家らしい赤い道着を着ていて、好戦的に見える。
まあ男どもの説明なんて、これぐらいでいいか。
誰も興味ないだろうし。
「姐御、早くこのゴブリン、いてまいましょうよ」
俺が三人を観察し終えると同時に、ポッチャリとした武闘家が隣にいる女騎士に提案した。
「まあ、お待ち。やってしまうにしても、どこの誰にやられるか知らないままなのは気の毒というものさ。ゴブリンのくせに、人の言葉がわかるんだからね。なら、名乗ってあげるのが世のことわりだよ」
「でもその間に仲間を呼ばれるん、ちゃいます?」
「安心しな。ゴブリンが合図に使う笛は、この辺り一帯では鳴らないように、リバーサイドが魔法で封じているよ」
どうりでおかしいと思った。
やっぱり笛は壊れたわけじゃなかったのか。
先手を打たれて悔しいけれど、それを悟られては相手の思う壺だ。
俺はできるだけ冷静さを装った。
しかし、どうしよう。
この状況では逃げるのは不可能に近いし、また逃げようとすれば今度は間違いなく攻撃してくるはずだ。
それなら考える時間を少しでも稼ぐために、今はおとなしくすべきだろう。
交渉するにしても、相手の話を聞いてからだ。
「もう逃げはしませんよ。名乗ってもらえるというのなら、まずはあなた方が何者かを教えてもらいましょうか」
「諦めがよいゴブリンは嫌いじゃないよ。さあ二人とも、いくよ!」
女騎士の威勢のいい号令が辺りに響く。
すると、申し合わせたように三人はポーズをとった。
女騎士「ゴブリンいるところに、われらあり」
魔導士「倒したゴブリン、数知れず」
武闘家「儲かる仕事の話を聞いたなら」
女騎士「ゴブリンか? と聞き返せ」
魔導士「臆病者だと笑えばいいさ」
武闘家「笑われる者にこそ福来たる」
女騎士「安全第一、利益も大事」
魔導士「一大事なら保身が大事」
武闘家「先手必勝、不意打ち御免」
女騎士「負けなければ、万事オッケー」
三人組「われらゴブリン退治専門冒険者パーティー、その名もゴブリンハンター!」
魔導士「オレっちはリバーサイド!」
武闘家「わてはダンボル!」
女騎士「そして私がリーダーのフローシア!」
三人組「ゴブリンの撲滅願う、われらには、いつかビッグマネーがやってくる!」
セリフを言い終えた三人は、決めポーズで最後を締める。
だが、俺はそれを見ていなかった。
この場を切り抜ける方法を、ずっと考えていたからである。
「それであなた方の目的はなんですか? ゴブリン退治が目的なら、私はもう殺されているでしょうし」
俺は理由を尋ねる。
すると女騎士は不敵な笑みを浮かべた。
「ほおー、察しがいいね。こりゃウカウカしていると、手玉に取られそうだ」
「……思ってもないことを。この状況では嫌味にしか聞こえませんよ」
「まあまあ、冷静におなり。それにしても本当、流暢に人の言葉を話すねぇ。それだけ話せるんだったら、ゴブリンの中でも相当な地位じゃないのかい?」
「一応、貴族です。それがどうかしましたか?」
「やはりね。なら、おとなしく捕まっちゃもらえないかい? 暴れないでいるなら、危害は加えないと誓うよ」
「お断わりします。それに私を人質にして、ほかのゴブリンたちに危害を加えるつもりなら無駄ですよ」
「へー、どうしてだい?」
「私は三男なので家督を継ぐことはありません。命のやり取りに使えるほどの価値は、ないからです」
もちろん口から出まかせだ。
ゴブリンになったばかりの俺が、そんなこと知るはずもない。
「それなら安心しな。そんなふうには使いやしないよ。ただちょいとばかり、ゴブリンどもが持っている宝と交換してもらうだけさ」
腕組みをしていた女騎士は、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
――身代金が狙いだったのか!
選択肢は二つある。
確かに俺は貴族なのだから、家は裕福だと考えていいだろう。
そうなると、父親が身代金を払ってくれる可能性は十分にある。
だから、おとなしく捕まって人質になるのが一つ目の選択肢だ。
ただこれも、こいつらが約束を守ってくれたらの話。
身代金と交換されたあとに殺されない保証は、まったくない。
次に、二つ目の選択肢はというと、相手の要求を拒否することだ。
もちろんこの選択肢を選べば、おそらく待っているのは確実な死。
でも俺は、それも悪くないと思い始めていた。
なぜなら身代金を払ってもらって生き残ったとしても、結局はゴブリンとして生きていかなければならない。
それならいっそのこと、死を選んだほうが楽なのではないかと思ったからだ。
「一日目にして死ぬゴブリンか。自伝書も書けないような短い一生だが、このまま生き長らえて爆死確定のつまらない自伝書を綴るよりかは、いいかもしれない……」
いい案が思いつかず、とち狂った精神状態になった俺。
そんなヤバい状態の俺に対し、ウィンドウは俺の腕をつねった。
「なにバカなこと言ってるの! それよりもほら、あいつらの左右の後ろを見てよ。気づかれないように、そっとね」
正気に戻った俺は、考えるふりをしながらゆっくりと視線を移す。
するとそこには、左右に分かれて森の茂みに隠れている兄さんたちの顔が見えた。
「お兄さんたちが助けに来てくれたみたいよ。やったね!」
なんという幸運、まさに僥倖!
俺は助かるかもしれないと思い、心の中で喜んだ。
しかし合図の笛を鳴らしていないのに、なぜ助けに来てくれたのだろうか?
初めての子供のおつかいでもあるまいし、まさか最初からこっそりと見守っていたってことはないと思うけど。
でも、これはチャンスだ。
おそらく兄さんたちの作戦は、あいつらの後ろから不意を突くことのはず。
なら、俺のやることはただ一つ。
三人の注意をこちらに向けることだ。
それだけで作戦の成功する確率がグッと上がるだろう。
「さて、そろそろ決まったかい? 殺されるか捕まるか、私たちはどっちだっていいんだよ」
どうやら時間はないらしい。
俺は覚悟を決める。
もちろん女騎士の言った、そのどちらでもない選択肢を選ぶことを。
「フワッハッハッハッハァー! 私はそのどちらも選びませんよ。だって勝つのは私ですからね」
「「なんだってー!・なんやてー!」」
今までだまって見ていた男の冒険者たちは、驚きの声を上げた。
「私が弱そうに見えたのは演技とも知らず、まんまと騙されましたね。本当の実力は、あなた方よりずっと上です。何を隠そう、あと二回もパワーアップを残しているのですからね」
これじゃまるで、どこかの悪役キャラだ。
そんなセリフを吐きながら、俺は首と手の関節をポキポキと鳴らし、短剣の柄に手をやった。
「さて、そろそろ真の力をお見せするとしましょうか」
もちろん俺にそんな力はない。
だが男の冒険者たちはゴクリと生唾を飲むと、俺の言葉を真に受けたようで戦う姿勢をとる。
一方の女騎士はというと両手を左右に広げ、ヤレヤレといった感じで首を左右に振った。
「ハッタリだね。強いヤツはこんな回りくどいことはしないよ。問答無用で襲ってくるからね」
男たちはハッとした表情をする。
女騎士に言われて気づいたようで、ばつが悪そうな顔をしていたが、戦う構えを解くと自己弁護を始めた。
「まあ、最初から知っていたけど、あえて乗せられたのさ」
「わてもや、わても」
「あれ? ダンボルは本気にしていただろ? 目がマジだったぞ」
「なんやてー! リバーサイドのほうこそ、ガタガタ震えていたやないか!」
けなし合いが始まり、周囲への注意が散漫になったときだった。
「ふがっ!」という声とともに、男たちは吹き飛ぶ。
兄さんたちの飛び蹴りが、見事に決まったのだ。
「サブロー、大丈夫か!?」
イチロー兄さんは後ろを振り返らず、まっすぐ俺のほうに駆け寄ってきた。
「バック・アタックチャンス成功だぜ!」
ジロー兄さんのほうは飛び上がりながら歓喜の声をあげ、イチロー兄さんに遅れて俺のところにたどり着く。
俺は二回のパワーアップ(最初からない)を見せることなく、兄さんたちと無事に合流。
見事、作戦は成功と相成った。
俺たちは抱き合って再開を喜ぶ。
女騎士はそんな嬉しそうな俺たちを見て、「チッ」っと短く舌打ちすると、倒れている仲間に声をかけた。
「おまえら、いつまで寝ているんだい。さっさと起きな!」
すると武闘家は後頭部をさすりながら、痛そうに起き上がり始める。
どうやら、そこまで深刻なダメージではないようだ。
一方の魔導士は、後頭部を押さえて唸りながら、うずくまっている。
無事みたいだが、起き上がるにはもう少し時間が必要そうだ。
女騎士は二人の無事を見て安心した表情を浮べると、長剣の柄に手を伸ばす。
「私としたことが油断したね。でもね、たとえ私一人でもゴブリンなんぞに負けることがあっちゃ、許されないんだよ」
女騎士は腰の鞘からゆっくりと剣を抜く。
すると、長剣ならではの美しい剣身が現れ……は、しなかった。
なんと剣はちょうど真ん中でポッキリと半分に折れていて、とても長剣と呼べるような代物ではなかったのだ。
何も知らない人が見たら、指を差してバカにするかもしれない。
だけど俺はそれを見て戦慄を覚えた。
なぜなら、ゴブリン相手に重い長剣は不向きだからである。
俺がラノベで読んだ知識によると、数が多くて徒党を組んで襲ってくるゴブリンには、むしろ軽いほうがいい。
それにゴブリンが暮らしている狭い洞窟で使うには、長い剣は邪魔でしかないからだ。
だから見た目にこだわらず、長い剣をあえて短くカットしていると考えられる。
さすがゴブリンを専門にしているだけあって、半端じゃない。
おっと、感心している場合じゃなかった。
魔導士がうずくまっている今なら、きっと成功するはず!
俺はそう思って、笛を思いっきり吹いた。
「ピィーーーー!」
ゴブリンだけに聞こえる甲高い音が、森全体に響き渡る。
するとその音に呼応して、遠くのほうからも別の笛の音が聞こえ始めた。
その様子を見ていた魔導士は、痛みに耐えながらフラフラと立ち上がり、女騎士に伝える。
「すみません、ビンボ姫様。笛の音を封じる魔法の効果が解けたみたいです……」
「そんなことは、わかってるよ。それよりも、私のことをその名で呼ぶんじゃないと、いつも言ってるだろ? 貧乏なのがバレちまうだろうが!」
女騎士は魔法が解けたことよりも、ビンボ姫と呼ばれたことを怒った。
おそらく、あだ名と思われるが、別に貧乏であることを知られたくらい……
――ちょっと待てよ。
もしかして、俺は考え違いをしていたのか?
さっき女騎士の剣について、もっともらしい理由を考えついたが、実は単純に経済的理由だったりして……
いや、絶対そうに違いない!
だとすると、あの剣ってそんなに攻撃力はないのかも?
お互い睨み合っての膠着状態が続く。
だが、もう少しすれば仲間のゴブリンたちが集まり始め、こちらが圧倒的に有利になるだろう。
そう思ったとき、魔導士を介抱していた武闘家が口を開いた。
「姐御、このままだとゴブリンに囲まれて、わてらでもヤバいで。もう時間がありまへんけど、どないします?」
「……」
女騎士は沈黙したままで返事をしない。
しかし唐突に剣を鞘に収めると、悔しそうな表情を浮かべた。
「ちっ、今回は分が悪そうだ。だけど、負けたわけじゃないよ。戦略的撤退だからね。さあ、おまえら、ずらかるよ!」
「「あいあいさー!」」
女騎士の命令に、男の冒険者たちは敬礼しながら返事をする。
その直後、三人組は一目散に逃げ出した。
どうやら戦わずに済んだらしい。
相手はゴブリン退治専門の冒険者だ。
もし戦いになっていたら、無事で済んでいたかどうか……
だから相手が逃げてくれて助かった。
「はぁー、みんな無事でよかった……」
安心した俺はそうつぶやくと、へろへろと気が抜けて地面に尻をついた。
そしてそのままゴロンと寝転がる。
「よくやったな、サブロー。すばらしい機転だったぞ。この周囲は笛の音が鳴らないように、魔法がかかっていたみたいだからな」
仰向けになって天を仰いでいると、イチロー兄さんがそばに寄って来て俺のことを褒めた。
続いて、隣にいたジロー兄さんも親指を立てて、俺を称賛する。
「ナイスアシストだった! まさか、人の言葉を話せるようになっていたとはな。でも、そのおかげだ。何の苦もなく背後から攻撃できたのは」
二人に褒められて、何だかくすぐったい。
俺は上半身だけ起こすと、二人に対して頭を下げた。
「こちらのほうこそ助けに来てくれて、ありがとうございました。兄さんたちが来てくれなかったら、おそらく死んでいたと思います」
「なんにせよ、無事でよかった」
イチロー兄さんは両手を使いながら俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。
しかしその途中、急に沈んだ顔になって手が止まった。
「そういえばサブロー、すまなかったな。この場所を安全だと決めつけ、一人で持ち場を任せたのは俺の判断ミスだった」
「そんな、頭を上げてよイチロー兄さん。それよりも、どうして助けに来てくれたの? 笛の音は聞こえなかったはずだよ?」
「それは頭の中に聞き覚えのない声が聞こえたからだよ。お前がピンチであるとな。そこで半信半疑ながらも、この場所までやって来たというわけだ」
「えっ、兄者も!? 我輩もなんだが……」
「そうか、ジローも同じだったか。だとすると、あれは神のお告げというやつかもしれん」
「確かにそうだよ、兄者!」
兄さんたちはお互いにうなずき合い、神のお告げということで納得したようだ。
しかし、これはおそらくウィンドウがやったことだと思う。
どんな方法を使ったかはわからないが、それ以外に考えられない。
何も言わないってことは、どうせ答えられないってことだろう。
そう思って、俺は心の中でウィンドウにお礼を言った。
『サンキュー』
それを聞いて、ウィンドウはビックリした表情をする。
「いったい何のお礼よ? 私は何もしていないのに」
予想どおりの反応だ。
けれど、今はそれでいい。
それよりも今日はいろいろあって疲れたから、早く部屋に戻ってゆっくり休みたい。
するとイチロー兄さんはその考えを察したようで、俺に手を差し出した。
「それじゃ、戻るか」
「うん、戻ろう」
俺はイチロー兄さんの手を取り、立ち上がる。
そして、ゆっくりと砦に向かい歩き始めた。
そのとき、ふとスライムたちのことを思い出す。
「そうだ、忘れてた。後ろにいるスライムたちも連れて行っていいかな? 友達になったんだ」
俺は手を合わせて、イチロー兄さんを上目遣いに見る。
「スライムの友達とは物好きだな。まあ、危害がないなら別に構わないさ」
「やったー! ありがとう、イチロー兄さん」
俺は飛び上がって喜び、後ろからついてきていたスライムたちのほうを振り向いた。
「喜んで、スライムさんたち。君たちを家に連れて帰れる許可がもらえたよ!」
それを聞いたスライムたちは、ピョンピョンと跳ねて喜んだ。
「さあ、一緒に帰ろう!」
俺はスライムたちをすくい上げて、再び歩き出した。
すると前を歩いていたジロー兄さんが近寄って来て、隣に並ぶ。
そして神妙な顔で話しかけてきた。
「人の言葉がわかるなら、聞きたいことがある。さっきの三人組だが、もしかしてゴブリンハンターと名乗っていなかったか? 噂を聞き及んでいる冒険者の特徴と、非常に似ていたが……」
「ええ、確かにそのとおりですが、それがどうかしましたか?」
「やはりそうだったか。あいつらはゴブリンを専門に狩っている有名な冒険者だ」
「そんなにも有名でしたか」
「ああ、そうだ。やつらが倒したゴブリンの数は星の数という、大げさな噂がたつくらいのな」
「さすがにそれは盛りすぎですね」
「確かにそうかもしれないが、そいつらをわれらだけで追い返したんだ、スゴい功績だぞ。きっとそれに見合った褒美がもらえるはずだ」
追い返しただけで褒美がもらえるくらい、スゴい相手だったのか。
しかし褒美って、いったい何がもらえるのかな?
もちろんゴブリンハンターたちも欲しがるくらいの宝ってことだよね?
金銀財宝、はたまた俺が見たことがないような宝なのか。
俺はちょっとワクワクしながら帰路を急いだ。