初めての戦闘
「ここが目的地かな?」
砦から歩いて三十分ほど離れた場所に目的地はあった。
その場所はほとんど木が生えておらず、水色のスライムたちが周辺にある草花を、のうのうと食べていた。
確かにそのスライムたちは弱そうに見えるが、俺には戦闘経験がないから判断が難しい。
――とりあえず、一匹攻撃してみるか。
もし無理そうなら、逃げればいいだけのことだ。
「よし、いくぞ!」
俺は気合を入れてから、短剣を握る。
そして、おそるおそるスライムに近寄ると、素早く短剣を突き刺した。
フニャリとしたコンニャクのような感触が手に伝わってくる。
その嫌な感触に俺は驚いて、慌ててスライムから剣を引き抜いた。
すると裂けた部分は徐々に穴がふさがり、すぐに元通りになる。
「へえー、これがスライムか。ちょっと気持ち悪いな」
そう思いながらスライムの傷が治った部分をじっと眺めていると、スライムはプルプルと体を震わせ始めた。
当たり前だが、どうやらスライムを怒らせてしまったらしい。
いきなりジャンプして飛びかかってきた。
「しまった!」
平和ボケしていた俺は、これが戦いということをすっかり忘れていた。
これは生きるか死ぬかの戦い。
生き残るためにスライムも必死のはずだ。
だが、俺には戦いに対する覚悟が足りていなかった。
最悪の場合、俺が死ぬこともあるというのに。
俺は今さらながら覚悟を決め、痛みに備える。
その直後、みぞおちに衝撃が走った。
しかし、その衝撃はウィンドウに腹を殴られたときに比べると、大したことはなかった。
「……あれっ? そんなに痛くないぞ」
俺は拍子抜けしたが、ウィンドウ画面に表示されたメッセージを見ると、その内容に目を疑った。
――――――――――――――――――
スライムの攻撃 クリティカル!!
123457890のダメージ!
――――――――――――――――――
なんと、いつの間にかウィンドウ画面の枠がオレンジ色になっていて、あり得ないダメージ量が表示されていたのだ。
「えっ、ウソ!?」
俺は驚くと同時に、瞬時に盾を構える。
――なんて攻撃力だ。
俺の知っているゲームと同じだとすると、ウィンドウ枠がオレンジ色になるのは非常にマズい。
さっきの一撃でHPの9割以上が削られたことになり、瀕死の状態のはずだ。
なんとか生き残ったが、スライムから十桁のダメージを受けるとか非常識すぎる。
デ○スガイアだって、ゲームの序盤はもうちょっとまともだぞ。
そんなことを考えていて、敵から注意を逸らしたのがマズかった。
悪いことに、再びスライムの攻撃を許してしまう。
だが、ギリギリのところで盾が間に合って攻撃を防いだ。
「ヨシ! 見ろ、この猫のような素早さを!」
――――――――――――――――――
スライムの攻撃
9393のダメージ!
――――――――――――――――――
「おいおい、なんで四桁もダメージを受けているんだよ! 普通、盾で防げばノーダメのはずだろ?」
しかしこれはヤバい、非常にヤバい。
だいたい俺の残りHPは、いくら残っているんだよ。
「くそー、全部チャラ男が悪い。俺の能力値はMAXでねって言ったのに」
しかし、今は人のせいにしている場合じゃない。
生き残る方法を考えなくては。
俺は盾を構えたまま、スライムから少し距離をとる。
――さて、どうするか……
この状況で逃げ出せば、運が悪ければ背後から攻撃され、俺は一撃で死んでしまうだろう。
しかしスライムが怒ったってことは、少なくとも攻撃は効いているはず。
――だとしたら、やはり攻撃しかない。
そう決断したのと同時に、スライムが俺の顔をめがけて飛びかかってきた。
それを予測していた俺は、その軌跡に右手の短剣を合わせる。
俺はこのカウンターの一撃に、すべてを賭けた。
グサッ!
スライムが俺の顔に届くよりも一瞬早く、短剣がスライムの体を貫く。
「やったー、勝ったぞ!」
俺は勝利を確信する。
しかし、貫かれたスライムは生きていた。
いきなり俺の右手に絡みつき、がぶりと噛みついてくる。
――――――――――――――――――
スライムの攻撃
47714のダメージ!
――――――――――――――――――
オレンジ色だったウィンドウ枠が、血のような真っ赤へと変わる。
どうやら致命傷の一撃を受けたのは、俺のほうだったらしい。
俺は負けたと知って、膝から崩れ落ちた。
それと同時に、ナイフで貫かれたスライムも俺の腕から、ぽとりと落ちて動かなくなる。
「相打ちだったのか。せめて死ぬ前に、たくさんの女の子に揉みくちゃにされてみたかった……」
本当ならハイスペックな体で、異世界転生していたはずだった。
もしそうであったならば、その願いはたやすく叶っていただろう。
だが、今さらそんな願いは天に届くはずもなく、代わりに頭の中に「ぷっ!」と誰かが吹き出した声が聞こえてきた。
「ワハハハハ! それってやっぱり、ゴブリンの女の子にってことですよね? (≧∇≦)ノ彡 バンバン 」
いつの間にかウィンドウが姿を現していて、目の前で大笑いしていた。
あれだけ姿を現さなかったのに、こんなことで出てくるなんて、天の岩戸かよ!
そう突っ込みたかったが、俺は死ぬ寸前なので、その気力もない。
「そんなことより、私はもう駄目みたいです。最後にウィンドウさんに会えてよかった……ぐふっ!」
俺は力尽き、地面に倒れ込んだ。
「あっ、そうそう。そのことだけど、あなた死んでないから」
「へっ?」
俺はウィンドウのセリフを聞いて、地面に手をつきながら、慌てて上半身を跳ね起こす。
そしてウィンドウ画面の枠を見て、いつの間にか普通の色に戻っていることに気づいた。
「驚いた? 私のお茶目なイタズラよ」
いきなりウィンドウ枠の色がカラフルに変わる。
そして波のように流れ始めた。
「(☝ ՞ਊ ՞)☝ウェーイ」
その光景は、まるでパリピたちが俺を煽っているかのようだった。
故に耐性のない俺の精神を、徐々に蝕んでいく。
「ちなみに、このキラキラ仕様のままにもしておけるよ。だから、このままでいっとく?」
「勘弁してくださいよ……」
「なんだ、残念」
パリピ仕様のウィンドウ画面なんて、さすがにごめんだ。
きっと発狂してしまうだろう。
「ウィンドウ枠の色のことは、わかりました。でも、スライムに受けたダメージ量はどうやって?」
その直後、攻撃も受けていないのに、ウィンドウ画面にダメージ量が表示される。
しかも、クリティカルヒットの音付きで。
――――――――――――――――――
ウィンドウの攻撃
5963のダメージ!
――――――――――――――――――
「やられた……」
俺は唖然として、その場にへなへなと両手をついて崩れ落ちた。
「これに懲りたら、二度と無視しないことね」
ウィンドウの言葉に、俺は「はい」と頷きながら答え、言い返さなかった。
なぜなら、物事を円滑に進めるための、事なかれスキルは、転生前から常時発動しているからである。
「そういえば、私のレベルが上がったよ」
なんの脈絡もなく、ウィンドウはレベルが上がったことを報告してきた。
気のせいだろうか、なんだか素っ気ない。
その態度に疑問を覚えながらも、俺は素直に喜んだ。
「おめでとう! いつレベルが上がったの?」
「えっと……スライム。そう、あなたがスライムを倒したときよ」
理由はわからないが、ウィンドウの口調は、やけに歯切れが悪い。
しかし、あまり気にしないようにして話を進める。
「そっか、知らなかったよ。なんでそのときに、レベルが上がったって画面に表示されなかったんだろう」
「だって、これはあなたのウィンドウなのよ。私のことが表示されたりしたら変だよ」
「へえー、あなたのウィンドウか。ちょっと嬉しいな」
俺はそう言うと、ニヤニヤと微笑んだ
ウィンドウは最初、俺の言った意味に気づかず、ポカンとしていた。
でもすぐに気づき、ウィンドウ枠が真っ赤になる。
「もうバカ、知らない!」
いきなり腹部に衝撃。
ウィンドウに、ど突かれてしまった。
「あっ! なか……サブローさん、大丈夫!? 痛くなかった?」
ウィンドウは、ひどく焦っている。
「最初に殴られたのに比べれば、なんてことないですよ」
ウィンドウは「よかった……」と言って、ホッとため息をついた。
俺はそれが不思議に思えたので、詳しく尋ねてみる。
「何か、心配事でもあるのですか?」
「えっと……、それは乙女の秘密よ」
――答えてくれないか。
だったら仕方ないと思い、それ以上は追及しなかった。
その考えは正しかったようで、ウィンドウはこれまでとは違う話題を振ってくる。
「そういえばここに来る途中、なんでも言うことを聞くって言ってたよね? さて、何をお願いしようかな (* ̄ー ̄*)ニヤリッ」
「うげっ! やっぱり聞いていましたか……」
こりゃヤバい。
とんでもないお願いをされるぞ。
そう思って身構える。
しかしそれは意外にも、かわいいお願いだった。
「まず一つ!」
「えーっ、一つだけですよ」
何個もお願いがありそうなので、ウィンドウに抗議する。
「じゃあ、その一つで願いを四つにするね」
トホホ、そりゃないよ……
「私の名前はウィンドウって呼んでほしいの。よそよそしく『さん』を付けて呼ぶのはやめてくれない?」
「わかりました、ウィンドウさぁ……ウィンドウ」
「その調子。二つ目は一つ目に関連するけど、その丁重な言葉づかいを直してくれないかな? 相手になめられるだろうし、他人行儀な感じがして好きじゃないの。いきなりは難しいと思うけど、努力して」
「わかりま――わかった」
「それじゃ、三つ目。私は時々だけど、あなたの質問に答えられないことがあるのよ。でも理由は詮索しないでほしいの」
「それは先ほどみたいに、乙女の秘密みたいな感じで、答えられないってことですか? ――じゃなくて、答えられないってこと?」
「ええ、その通りよ。理由があって答えたくないの」
「了解したよ。じゃ、次が最後のお願いだね」
「最後は……そうね、今は使わないで取っておくね」
「わかった。でも、これ以上お願いを増やすのは駄目だからね」
俺がそう念を押すと、ウィンドウは「さて、どうしようかしら (´・ω・`)」と言って、俺をからかった。
「で、ここからが私のレベルアップによる、特典の話よ」
「おおーー!!」
喜びのあまり、俺は歓声を上げる。
その様子を見て、ウィンドウはドヤ顔で語りだした。
「まず、無限に収納できる物入れ、四次元窓が使えるようになったよ。はい、拍手!」
「お約束キター!」
俺は全力で拍手する。
その反応にウィンドウも満足のようだ。
「はい、これがその四次元窓ね」
すると、空間の一部がファスナーのように開く。
その様子を見て、まるで四次元ポ○ットのパクリのように思えた。
「中は何も入ってないはずだけど、試しに手を入れてみたら?」
ウィンドウの提案に、俺は頷く。
「うん、わかった。それじゃ試してみるよ」
おそるおそる、中に手を入れてみる。
すると不思議なことに、何か手に触れる物があった。
「あれっ? 中に何か入っているんだけど……」
「そんなはずないよ。だって初めて使うんだから」
ウィンドウには心当たりがないらしい。
――だとすると、気味が悪いな。
不気味に思えたが、俺は念のために手に触れたものを取り出してみる。
するとそこには、この世界では決して手に入るはずのないものが入っていた。
「えっ!? なんでここに【チート○】が……」
四次元窓の中に入っていたのは、日本人なら誰でも知っている、チーズ味のゆかいなスナック菓子だった。
俺は禁断のパンドラの箱に手を入れてしまったのでは?
ならばこの【チート○】は最後の希望……なんて、そんなはずがない。
これを食べたことが、この世界に来ることになった、そもそもの原因。
なので、今は見るのも気が滅入るくらいだ。
そこで俺は一つの決断をする。
「そうだ、見なかったことにしよう!」
俺は四次元窓の中に【チート○】をそっと戻すと、記憶から抹消した。
それを察してくれたのか、ウィンドウは話を続ける。
「さて次だけど、ショッピングサイトとフリーマーケットサイトが使えるようになったよ」
「やったー、通販生活万歳! で、どうやって使うの?」
「ショッピングサイトの名前はカミゾン。フリーマーケットのほうはメルカミね。それで、どちらもポイントで支払うみたい。ちなみに現在の手持ちポイントは0なんだけど、ポイントの入手方法が不明なのよ」
俺はガクッと膝をつく。
夢の通販生活が始まる前に終了したことに絶望した。
「あと注意書きによると、持っているポイントに応じた、そのときに必要な商品しか画面に表示されないんだって。それと購入した商品は四次元窓を使って配達されるそうよ」
「そりゃ宅配ボックスみたいで便利そう。でもポイントがなかったら商品は表示されないだろうから、今は使えないか」
「そのとおりよ。じゃ、次に進むね。モンスターのレベルなど、相手の情報を見ることができるようになりました。はいそこ、拍手!」
「やった、これで安心して戦えるよ!」
そう言いながら、俺は律義に拍手してみせた。
「ほら、早く試してみてよ」
ウィンドウが「早く、早く」と俺を急かすので、近くにいるスライムのステータスを確認してみることにする。
「それじゃ、ウィンドウ。あのスライムのをお願い」
「了解よ!」
――――――――――――――
名前:なし
種族:スライム
状態:普通
――――――――――――――
LV:1
――――――――――――――
「えっ、これだけなの? もっと、こう、なんというか、相手のパラメータとかは見ることはできないの?」
「これだけでも十分スゴいじゃないの。それに全部が見えず、チラッっとしか見ることができないことに、ワビサビを感じるじゃない」
「そ、そうですか……」
「そして次が最後ね。個人的には、これが私にとって一番重要だけど……」
ゴクリ……
俺は生ツバを飲み込んだ。
そして静かに、ウィンドウの言葉を待つ。
するとウィンドウは先ほどまでとは違い、自信がないのか、小さな声で話し始めた。
「えっと、私のアバターを表示できます……」
「本当なの!? それはスゴい!」
この世界ではウィンドウだけが頼れる存在だ。
姿が顔文字からアバターに変わることで、より身近な存在になってくれるのは非常に嬉しい。
俺は嬉しくて、思わず小躍りをしてしまう。
「意外……。まさか、そんなにも喜んでくれるなんて。他のレベルアップ特典と違って、大したメリットもないのよ? ガッカリしないの?」
ウィンドウは俺の喜びように、少し困っているようだ。
だけど、俺は本当に嬉しいんだから仕方がない。
「そんなわけないよ。今までの特典の中で一番嬉しい。なんたって、ウィンドウを身近に感じられるんだからね」
「……ばかっ」
ウィンドウは恥ずかしそうに小声で言い、ウィンドウ枠をほんのりピンク色に染める。
でもその色もすぐに元に戻り、話を続けた。
「それじゃ、アバターを表示させるけど、あんまり期待しないでね」
「そんな卑屈にならないでよ。俺はウィンドウがどんな姿でも気にしない。たとえモンスターの姿だとしてもね」
「ほんと、嫌になっちゃうくらい優しいんだから。でも安心して、見た目は人間の女の子のはずよ」
直後、ウィンドウ画面が光りだす。
――うわっ、まぶしい!
俺は手のひらで光を遮る。
でも気になったので、指の隙間から様子をうかがった。
ウィンドウ画面の光が徐々に中心に集まって、点のようになる。
それから徐々に光の点は大きくなり、人の形をなしていくと、光は収まった。
俺は手を下ろし、目の前にあるウィンドウ画面を眺めたが、まだボンヤリとして見えない。
それも徐々に回復していった。
すると、ウィンドウ画面の片隅に人影を見つける。
――妖精……
そこにいたのは水色の髪をした、妖精のような少女だった。
羽はないが、小さくて、フワフワした服を着ていて、とてもかわいらしい。
その女の子は俺がじっと見ているのに気づくと、ウィンドウ枠の裏に隠れ、恥ずかしそうにちょっぴり顔を出す。
「好みじゃなかったら、非表示にもできるから……」
――そんなわけない、ドストライクすぎる。
俺の姿がゴブリンだから、ウィンドウのアバターがゴブリンやモンスターでも仕方ないと思っていた。
それはそれで、ポ○モンみたいにかわいいかもしれないし。
しかし実際は予想外の展開で、目の前にいるのはあり得ないほどかわいい女の子。
俺は目の前の女の子に見とれてしまう。
「ねぇ、何か答えてよ……」
ウィンドウに上目遣いをされて、心臓のバクバクが止まらない。
変なテンションになった俺は、考えがあらぬ方向へと進んでいく。
――これはもしや、お話しするのにお金を払ったほうがいいんじゃないのか?
そう思ったとき、俺は上司に無理やり付き合わされた、初めてのキャバクラを思い出した。
そのキャバクラは二人で一時間飲んだだけで十二万円も支払わされた、ぼったくりバーである。
俺はそのトラウマでキャバクラ不信に陥り、その後は一度も足を運ぶことはなかったが、上司は懲りていないようだった。
給料の大半をキャバクラに費やし、それを幸せと言っていたからだ。
バカな上司だと思っていたが、今の俺にはその気持ちがすごくわかる。
だって今なら何本でもボトルを入れられる気がするのだ。
「さあ、ドンペリでお祝いだ!」
「えっ?」
――うわぁぁぁぁぁぁぁ、俺は何を言っているんだー!
「ゴメン、間違えた! えっと、そうだ! 妖精みたいなアバターだね。名前がウィンドウだから、風の妖精がモデルになったのかな?」
ギャー、またしても何を言っているんだー!
もうちょっと相手を持ち上げるとか、あっただろうがー!
それもこれも、かわいい女の子と面と向かって話した経験がないからだ。
原因はちゃんと理解している。
でもそんな経験、俺にはときメモしかなかったんだよ……
あー、このウィンドウ画面に、会話の選択肢がでればいいのに。
三択の中から選ばないと、俺に女の子を喜ばせることなんて無理ゲーだよ。
俺は頭を抱え、自己嫌悪する。
そんなとき、ウィンドウにツンツンとつつかれたので、俺は顔を上げた。
「もうー、バカね。風はウィンドでしょ?」
そう言って俺にツッコミを入れると、ウィンドウはクスクスと笑った。
「あははは、そうだった」
ウィンドウにつられて、俺も笑う。
おかげで俺は調子を取り戻した。
そうだ、彼女はキャバ嬢じゃない、普通の女の子だ。
気負わずに話せる、今までどおりの雰囲気が大切なんじゃないか。
俺は肩の力を抜き、一度大きく背伸びした。
そのおかげで緊張がほぐれたのはよかったが、同時に心の声が口から出る。
「んー、衣装もかわいい。くるっと回ってくんないかなぁ……」
言った瞬間、俺はハッとなる。
いくら本音とはいえ、いきなり言うのは軽率だった。
俺は怒られることを覚悟し、目をギュッとつぶる。
「……」
――あれっ、怒られないぞ?
俺はそっと片目だけを開けてみる。
するとウィンドウが、モジモジしながらこっちを見ていた。
「一回だけだからね」
ウィンドウは顔を赤らめると、その場でくるっと回ってくれた。
それを見て、アイドルオタクでもあった俺の血が騒ぐ。
でも、それは秘密にしておく。
それに優先しないといけないことが、ほかにまだある。
「そういえば、戦闘のチュートリアルというか、コツみたいな指示書はないの?」
戦うことは素人なので、説明書みたいなのがあれば心強い。
しかしゲームのようなウィンドウ画面はあるが、この世界はゲームではないと俺の直感が告げている。
だから、おそらくはないだろう。
「そんなものはないよ。実際に戦って、コツをつかむしかないって」
「やっぱりそうか。だったら、魔法とかを覚えられる書物はないの?」
「それもないけど、もし知ってる魔法があれば試しに使ってみたらどう? もしかしたら使えるかもしれないよ?」
「それもそうか。わかった、やってみる」
知っている魔法といっても、この世界に来る前にゲームやアニメで見たものだ。
はたしてそれが使えるかはわからないが、それでも試してみる価値はあるだろう。
俺はゲームやアニメに出てくるような魔法を頭に思い浮かべる。
そして威力の弱そうな魔法から、次々に名前を口にした。
「ファイア!」
「ウォーター!」
「エアロ!」
「アース!」
「サンダー!」
「ライト!」
「ダーク!」
「ヒール!」
「そして最後に……メテオー!!」
周囲に俺の虚しい声が木霊する。
その様子を見ていたウィンドウは、少し悲しそうな顔を見せた。
「えっと……、残念だったね。元気だして」
ぬおぉぉぉぉー!
かわいい女の子に心配されてしまったぞ。
最初から魔法を使うのは無理だろうと思っていたのに、なんたる役得。
でも、悲しませたままじゃいけないな。
「落ち込んでないから大丈夫。レベル1のスライムさえ倒すのがやっとだし、単純にレベルが足りないのかも。もしくは、誰かに教えてもらう必要があるとか?」
俺はそう言うと、先ほど倒したスライムのほうに目をやった。
しかし、そこに青いスライムの死体はなく、代わりに黒い塊がうごめいていた。
「あれっ?」
その塊はさきほどと色は違うが、スライムのように見える。
気になって近づこうとすると、ウィンドウが慌てて叫んだ。
「スライムデス!? スライムデスよ、離れて!」
鬼気迫る声で「スライムですよ」と言っているが、その表情もかわいい!
でも、たかが色違いのスライムに、なぜそこまで必死になっているのだろうか?
冒険序盤の色違いスライムは、力の差がないのがお約束というもの。
イチロー兄さんも、弱いスライムしかいないって言っていたし。
だから、サクッと倒してレベルアップといきたいんだけど。
俺はさらにスライムに近づく。
するとウィンドウは両手を広げ、俺の行く手に立ちはだかった。
「気づかれる前に離れて! こいつ危険すぎるんだって」
「相手はただのスライムだよ? さっきの青いのがレベル1だったから、高くても3ぐらいでしょ?」
「いいから、今は言われたとおりにして!」
「わかったよ」
しぶしぶ俺は、この場から離れる。
そして物陰に隠れると、スライムのレベルを見てみた。
――――――――――――――
名前:なし
種族:スライムデス
状態:狂乱
――――――――――――――
LV:99
――――――――――――――
「なんだ、この強さは!」
「理解できた? 青いスライムとは比べ物にならないでしょ?」
「うん、そうだね……」
なるほど、ウィンドウが言っていたのは「スライムです」ではなくて、「スライムデス」だったのか。
普通のスライムとはレベルが違いすぎるし、どうりで必死なわけだ。
とりあえず、この場所は危険だ。
「少しこの場所から離れるか……」
俺はこの場所にいるのは危険と判断し、黒いスライムに気づかれる前に場所を移動することに決めた。
イチロー兄さんの指示していた場所とは違ってしまうことになる。
だけど、まあ大丈夫だろう。
この辺りは崖があって、冒険者が来るようなところじゃないって言っていたからね。
歩き出して数分が経ち、俺は後ろを振り返る。
スライムデスの姿はすっかり見えなくなり、そもそも見つかってもいないので追いかけてくることもないはずだ。
しかし、この辺りにも普通の青いスライムがいる。
だから、さっきとは別のスライムデスがいる可能性はあった。
俺は大事を取って、もう少し離れることにする。
それからさらに数分歩き、辺り一面に岩場が広がる場所に到着した。
その場所はスライムたちが草木を食べつくしたのか、植物がまったく生えていない。
――ここなら餌がなさそうだし、スライムたちもいないだろう。
やっと、ゆっくりと休めそうだ。
そう思って俺は適当な大きさの岩を背にして、腰を下ろす。
だが、俺はまだ気づいていない。
三匹の色違いのスライムが正面の岩場の陰で、震えるようにして身を寄せ合っていることに。