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チートスKILL ~中途半端な転生者~  作者: 奥 悠人
4章 冒険しても いいかも?
46/48

バスとタイムとストップと

 大浴場に響く笑い声。

 正面にいるのは湯船に浸かっているフローシアだけなのに、彼女の声とは違う笑い声が正面から聞こえてきていた。


 俺はその声に聞き覚えがあった。


「出てこいオルタナ! いるのはわかっているんだ!」


 そう告げると、まったく途切れずに続いていた笑い声がピタリと止まる。

 

「あらら、バレちゃったか。でも残念。出てこいと言われても、僕にはアバターが設定されていないから無理だって言ったろ?」

 

「そういう意味で言ったんじゃない。体を持たない者に対して『姿を見せろ』と言うのは変だから、そう言うしかなかったんだよ」


「なーんだ、そういうことか。てっきり覚えていないのかと思ったよ」


 その言葉を聞いてムカついた俺は、口調を荒くする。


「そんなわけないだろ! あんたが俺の前に初めて現れたのはウィンドウがいなくなったときで、ウィンドウは謹慎中だからその代理だと言ったことや、俺の名前やステータスをデタラメに書き換えたことなんかも、ちゃんと覚えているぞ」


 オルタナとの初めての出会いは、あわただしいものだった。こちらから質問する時間はほとんどなく、オルタナは早口でしゃべるだけしゃべると、一方的に会話を打ち切っていなくなってしまったからである。

 しかし、俺はそのとき会話した内容を全部覚えていた。


「どうやら忘れていないようだね。それなら結構、結構、コケコッコー! なんちゃって」


 オルタナはそう言うと、ぷっと吹いた。


 そんなふざけたことを言うオルタナに対し、俺は強い口調で言う。


「それより、いったいどういうことなんだコレは! なぜフローシアさんは何も言ってこない?」


 さっきからフローシアは、俺のほうを見たまま少しも動いていない。驚いた表情をするわけでもなく、いたって普通の表情。

 しかし、それっておかしくないか?

 いくら混浴とはいえ、俺を見た瞬間に「キャー」という叫び声の一つくらいあげても良さそうなもの。なぜかというと、おそらくフローシアは俺が大浴場に入ってきたことを知らない。大浴場に人がいないかを確認した俺の問いかけに、無反応だったからだ。


「クックックックックッ。そりゃ決まっているよ。わからないかなあ?」


 質問には答えず、逆に尋ねるオルタナ。


 わからないから聞いているんだよと言いたかったが、口にはしなかった。

 代わりに頭の中で考えていることを、そのまま口に出す。


「もしかして、オルタナに不思議な力で眠らされている? でも、近くでこれだけゴチャゴチャ話していれば、うるさくて目を覚ましそうなものだよな……。あれっ? そういえば、つい最近同じようなことがあったような……」


 このハッキリとした既視感。絶対に似た出来事があったはず……。


「そうだ! 真夜中にフローシアさんの部屋のドアを、足がもつれて叩いてしまったときと同じだ! あのときのフローシアさんも、起きなかったし!」


 まさか、それもこいつが……。


 そう思っていると、突然オルタナが理解しがたいことを言い出す。


「時間がない――だから、答え早く言ってよ」


 おいおい、いくらなんでも早すぎるだろ。


「ふざけるな! まだ考え始めたばかりだぞ! ヒントもないのに、そう簡単に答えがわかるかよ」


 オルタナがクスクスと笑う。


「そっか、わからないか。つい最近だけど君、答えを口にしているんだけどなぁ。具体的には深夜、君が宿に戻ってきたときから、今までの間にね」


 それを聞いて俺は気づく。

 でも、それは答えについてではない。けれども、とても重要なことだ。


「……なるほどね。宿に帰ったときにはすでに、あんたは俺の近くにいたわけだ。ということは、夜中にフローシアさんが目を覚まさなかったのは、あんたのせいか」


「うひゃー、気づかれちゃったかー」


 そう答えたオルタナの声に、焦りは感じられなかった。


 不気味だ。それを俺に知られたとしても、問題なかったということか?

 むしろ、知ってほしかった感じさえする。


「やっぱりか。それなら、ついでに教えてくれ。実はあんた、この前いなくなったあとも、俺のそばでずっと見ていたんじゃないのか?」


 もしそうであったなら、腹が立つ。きっと俺は、いい見せ物だっただろうし。


「ノーコメント。それについては教えてあげませーん」


 オルタナは回答を拒んだ。


「ちぇっ、まあいいや。それよりも、答えを考えるほうが先だしな」


 俺は腕組みをすると、宿に帰ってきてからのことを思い返す。


「しっかし、うーん……なんて言ったんだろうな俺。本当にこの状況に対する答えなのか?」


 そうつぶやいてからしばらく考えていると、オルタナは痺れを切らしたらしく、口を開いた。


「もー、時間がないって言っているのに。じゃあ、次のヒントをあげる。今の状況って、男だったら誰でも嬉しいらしいよ。どんな男でも、一度は妄想したことがあるシチュエーションって話だから」


 その言葉を聞いて、俺はピンときた。


「……そんな、まさか」

 

「フッフッフ、やっと答えがわかったみたいだね」


 俺は自分の言った言葉を思い出した。そればかりか、もう一つの事実に気づく。


「最初からあんたは、口にしていたんだな、答えを……」


 またしてもオルタナはクスクスと笑う。


「では、答えをどうぞ!」


 あり得ないと思いながらも、俺はその言葉を口にする。


「時間がないが答え――つまりは、時間が失われている。それが意味するのはひとつ。時間が止まっていると言いたいんだよな?」


「パンパカパーン! 大・大・大・大・大正解!!」


 嬉しそうに声を張り上げるオルタナ。


 でも俺は信じない。


「バカ言え。そんなことがあってたまるか! 湯気が動いているのが、その証拠だ!」


 湯船からは絶え間なく湯気が立ち昇っていた。いま時間が停止しているとすれば、明らかな矛盾だ。


「それは仕方ないよ。時間が止まっているのは、彼女だけだから」


 その発言は、俺には見苦しい言いわけにしか聞こえない。


「ふんっ、詭弁きべんだね。まあ、あんたが俺をどう言いくるめようとしても、この件に関しては俺を納得させることは不可能だよ」


「それは困るなあ、本当のことなのに。どうしても信じられないって言うのなら、その理由を聞かせてよ」


 そうか、ついにこの話をするときがきてしまったか……。

 大っぴらにしたくなかったが、この際やむを得ん。


「いいだろう、説明してやる。そりゃ昔は、時間停止はあるって信じていたよ。時間停止モノといわれるジャンルの九割がヤラセらしいが、一割は本物であるというのが定説だったからな。だけどな、俺は真実を知ってしまったんだよ! 実はその一割も、ヤラセだということをな!」


 このことについて、俺は誰にも言うことなく隠しとおしてきた。つまりは、俺だけしか知らない秘密だ。

 なぜ秘密にしていたかというと、この世にいるすべての男たちは時間停止があると信じているからである。それなのに、本当はないということが俺のせいで明らかになってしまったとしたら、どうなると思う?

 俺は男たちの夢を奪った罪人として、生涯命を狙われるに決まっている!


「ちょっと聞くけど、君はいったいなんの話をしているんだい?」


 不思議そうにオルタナが聞いてきたので、俺は息を荒くして言う。


「何を聞いていたんだ? 時間停止モノといったらエッチなビデオに決まっているだろうが! 時間停止モノはすべて演出という真実を知ってしまった今、俺は時間停止があると言われても絶対に信じないからな!」


 それを聞いたオルタナは、首を傾げる。


「うーん、君が何を言いたいのかわからないけれど、ここは君の元いた世界とは別世界だよ?」


「うわあああああ! そうだったあぁぁぁー!!」


 俺はあっさりと論破されてしまった。


「まあ、この世界でも相手の時間を止められる存在は、ごく一握り。信じられないのも無理はないけどね」


「……この世界にはあるんだ。本物の時間停止が……」


「そのとおり!」


 確かにフローシアが、なんの反応も示さない理由が時間停止であるとすれば、すべて辻褄つじつまが合う。


「わかった。とりあえずは信じることにする」


 まだ少し疑っていたが、話が進まなそうなので俺は納得することにした。


「助かったよ、信じてくれて。彼女の時間をずっと止めておくことはできないからね」


 衝撃の事実。


「なんだって! そりゃマズいじゃないか! 話している間にタイムリミットを過ぎてしまったら、シャレにならんぞ!」

 

 フローシアの時間が動き出すまで、あとどれくらい時間があるんだ?

 いや、今は考えている暇はない。一刻も早くここから立ち去らないと。


 俺はあわてて脱衣所のほうを振り向くと、扉に向かって足早に歩き出した。


「ストップ、ストーップ! それ以上進むなーッ!!」


 今までにないくらい、強い口調のオルタナ。


 驚いた俺は思わず立ち止まると、後ろを振り向く。


「えっ、なんでだよ? ずっと時間を止められないんだったら、今のうちに大浴場から出ていったほうがいいだろ? 話の続きは俺の部屋で聞くから――」


「そういうことを言っているんじゃない! この場から逃げようとしたら許さないって言っているんだ!」


 何を怒っているんだ、こいつは?


「別に許してくれなくていいよ。――で、要件はそれだけ? ないなら、もう行くけど」


「へえー、そういうことを言うんだ。それなら一歩でも先に進めば君の時間を止めるぞ!」


 疑う余地もなく、俺に対する脅迫だ。

 でも、それで脅しになっていると思っているのであれば、片腹痛い。


 俺は左右に手を広げ、首を横に振りながらため息をつく。


「ふぅー、無意味なことを……」


「えっ、なんでさ?」


 そう尋ねるオルタナの声に、驚きは感じ取れない。

 

「だって、ずっとは時間停止をできないんだろ? それなら時間を止められたとしても、待っていればいいだけだし」


 とは言っても、実際は待つ必要はなくて、気づいたときには終わったあとだろうけどね。


「まあそのとおりだけど、でも時間が止まっている間に、僕が君に何かするとは考えないの?」


 考えるまでもない。


「それができないから、さっきからそうやって言葉で脅しているんだろ? もし何かできるんだったら、とっとと俺の時間を止めて、逃げられないと思わせるくらいのことはしているはずだ」


 俺なら警告するまえに相手の時間を止める。そして逃げようとしている相手の体を出口とは反対に向けたり、元いた場所に戻したりして邪魔をするだろう。オラオラオラと殴って相手を痛めつけなくても、絶対に逃げられないという力を見せつければ良いわけだから。


「どうやらお見通しだったようだね。でも、君は思い違いをしているよ。いま君の時間を止めたら、何も起こらないってことはない。ただ、すべてが台無しになってしまうから、こうやって脅しているんだよ」


 意味深な発言。


「台無し? そりゃどういうことだ?」


 気になって尋ねると、オルタナはすぐには答えず、少し間を置いてから話し出した。


「……実を言うと、今の僕の力では広い範囲や複数の対象の時間は止められない。残念ながら、人ひとりの時間だけしか止められないんだよね……」


「おい、それ質問の答えになってないぞ」

 

「いいや、答えになっているよ。もっと考えてみたら? のぞき魔さん」


「なんだと! 誰がのぞき魔だ!」


 名誉毀損も甚だしい。訴えてやる! ……とおもったが、相手が相手だけに、さすがに無理か。


「でも君、このままだと確実にのぞき魔だよ? 君の時間が止まった場合、必然的にそうなるし」


「必然的にって、なぜそうなる?」


「そりゃそうだよ。だって僕、一人だけの時間しか止められないんだよ?」


「それがどうした。あんた自身は時間を止める以外に何もできないのに、俺の時間を止めたって、なんの意味も……」


 ――と、口にしたところで、俺はオルタナの言った言葉が妙に引っかかった。


「……ん? ちょっと待てよ。一人しか止められないってことは、俺の時間が止められたらフローシアさんの時間が動き出すよな。そうすると、この場にいる俺は彼女に見つかってしまうから……」


 全身から、さっと血の気が引いていくのがわかる。それくらい絶望的な事態であることに気づいたとき、絶望感が心を埋め尽くして声となってあふれ出た。

 

「ぎゃぁぁぁ! のぞき魔だと勘違いされるーッ!」


 俺は思わず頭を抱えて叫んだ。


「理解してくれたみたいだね。だから、おいそれと君の時間を止められなかったんだよ」


 やられた。大浴場に入った時点で詰んでいたのか。

 それはともかくとして、オルタナには一つ言いたいことがある。


「あのさ、そういうことならフローシアさんの止まっている時間を動かすぞと言って、脅せばよかっただろ。何も俺の時間を止めるって、回りくどい言い方せずにさ……」


 ぶっちゃけ、その一言だけで十分だったはずだ。


「まあ、いいじゃないか。いきなり君が大浴場から出て行こうとして、テンパったせいなんだからさ。それはそうと、どうするつもりなの? 今すぐさっきの場所――いや、やっぱり湯船の前まで来てくれないと、問答無用で君の時間を止めちゃうけど」


「くそっ……わかったよ」


 俺は脅しに屈して、オルタナの言うとおりにする。


「うんうん、素直でよろしい」


 オルタナの声は嬉しそうだ。


 湯船の前に立った俺は、フローシアの頭上付近――オルタナの声がする場所をキッとにらむ。


「それでまた、なんでなんだ? ここまでやっておいて、特に用事はないとは言わないよな?」


「そりゃもちろんさ。頼みを聞いてもらいたいがためさ」


「やっぱりか。どうせそんなことだろうと思ったよ。それで、俺に何をやらせたいんだ?」


「なーに、簡単なことだよ。さっきも言ったけど、そこに置いてある鎧を盗み出してほしいんだ。ついでに、彼女の部屋に置いてある剣もね」


「――嫌だ、断る」


 俺は即答した。


「なんでさ? さっきはオッケーしてくれたじゃないか」


「そりゃ、さっき頼んだのがフローシアさん本人だと思ったからだ」


 そういえば危なかったよな……。オルタナって気づかなければ捨てちゃってたよ、俺。


「ふーん……断るんだ、僕の頼み。どうやら、のぞき魔になりたいみたいだね、君は」


「それは困る! やっと関係がよくなり始めたばかりなんだぞ!」


 つい先日、冒険者ギルドで痴漢の疑いをかけられたばかりなのに、今度はのぞきの疑いってヤバすぎる。もう二度と口を聞いてくれなくなるぞ。


「ふふふ、じゃあ僕の頼みを聞くしかないね」


 絶対に嫌だ! ――と答えたいが、脅されている状況ではそうもいかない。


 とりあえず今は話を引き延ばして、少しでも考える時間を稼ごう。


「そう言われても、正直なところやりたくない。理由はもちろん、盗みが犯罪だからだ」


「そっか残念。じゃあ交渉決裂だね」


 おいおい、いくらなんでもそりゃないぞ。性急すぎる。


「ちょっと待て! 何もやらないとは言ってないだろうが!」


「じゃあ、やってくれるの?」


 ウソはつきたくないが、この際仕方がない。これも俺が助かるためだ。


「ああ、場合によってはな。そこで提案がある。いくつか質問させてもらってから、やるかを決めたいんだが、それでいいか?」


「うん、かまわないよ」


 オルタナは迷いなく答えた。

 俺が断れないと踏んでいるのか、余裕があるのが見て取れる。


「それなら、まずは確認させてくれ。フローシアさんの時間が動き出すまで、まだ時間は残っているんだろうな? こうしている間に解けてしまったら、一生恨むぞ」


「大丈夫、安心してよ。君が決断するのに少しくらい時間がかかったとしても、盗みを行うくらいの時間は余裕で残るはずだから」


 それを聞いた俺は、ホッと胸をなでおろす。


 どうやらさっきは、あわてて逃げようとする必要はなかったみたいだ。

 それはいいとして、考える時間があるのなら、まだ助かるチャンスはある。フローシアの時間が止まっている間に、ここから穏便に立ち去る方法を思いつければいいのだから。

 タイムリミットはオルタナが俺との話を打ち切り、フローシアの時間を動かすまで。

 なんとしても、それまでに見つけないと。


 ――と、その前に、まずは質問しないとだな。


「考える時間があると聞いて安心したよ。では最初の質問をいくぞ」


「オッケー! 遠慮はいらないから、なんでも聞いていいよー!」


「じゃあ尋ねるが、フローシアさんの剣と鎧が仮に盗まれたとして、俺が疑われないとでも思っているのか? 隠し通せる自信がないぞ、俺」


 目が泳いだり、キョドったりすること間違いなし。


「それについては心配いらないよ。もし疑われたとしても、『朝まで寝ていたから、何も知らない』と答え続ければいいんだからね。それにどうせ証拠となる物は近くにある底なし沼に捨てるんだから見つかりっこないし、態度に現れたとしても明確な証拠がない限り、彼女が君に手を出すことはないよ」


「なるほどね、疑わしきは罰せずってやつか」


「そのとおりさ。だから安心して盗んでくれていいよ」

 

 そうは言われても、まったく信用できない。闇バイトの勧誘役が応募してきた人に対して使う、誘い文句みたいなことを言っているし。それに俺の予感が正しければ、頼みは一つで終わらない。どうせ俺の弱みにつけこんで、きっと何度も理不尽なお願いをするに決まっている。


「では、次の質問だ。あんたの目的を教えてくれ。いったいなんのために盗む必要があるんだ?」


 これが一番知りたかったこと。単なる俺に対する嫌がらせでやっていないことは明らか。絶対に隠された理由があるはずだ。


「それは教えられないね」


「えー、でもさっき何でも聞いていいって言ったよね?」


「うん、でも何でも答えるとは言ってないよ」


 くそっ、答えてくれないか。

 でもまあいいや。考える時間を稼ぐために、尋ねているんだから。


「ちぇっ、ケチ。じゃあ、いいよ。自分で考えるから」


 俺はそう言うと、頭の中では逃げる方法を考えながら、オルタナの目的についての考察を言葉にする。


「フローシアさんの剣と鎧が盗まれたとなれば、たぶん彼女は俺の手伝いをせずにサビレイタの町に戻るはずだ。ということはもしかして、フローシアさんの存在が邪魔なのか?」


「僕は何も答えないよ」


 なんとも素っ気ない声。


 だが俺は気にせず、次の考えを言葉にする。


「それとも単純に、盗み出そうとしている物のほうに何か秘密があるとか? たとえばオルタナにとって都合が――」


「あー、もう、そんなどうでもいいことを考えるより、やるかやらないかを早く決めてよ!」


 突然オルタナが、イラついた声で俺の話を遮った。


 これじゃ、これが答えだと言っているようなもの。


 あまりにもわかりやすい反応に、俺は思わずニンマリして答える。


「そうかすなって。まだ考えている途中なんだから」


 まあ考えているのは、逃げる方法についてなんだけどね。


「……あのさ、なんか声が笑っているんだけど、ちゃんと真面目に考えているんだよね?」


 ますます不機嫌な声。


「も、もちろん真剣に考えているよ」


 思わず声が上ずる。


 うげっ、俺の反応もわかりやすすぎ……。これじゃ、俺も人のこと言えないぞ。


「へえー、真剣ねえ……。じゃあさ、現状ではどっちに心が傾いているかを教えてよ」


 嫌な質問だ。


 一見すると、ここは盗むほうと答えるのが正解に思える。

 しかし、それではダメだ。今の状況では相手の機嫌を取るために、思ってもいないことを答えたと、捉えられかねない。

 かといって、その逆であると答えれば、大きく機嫌を損なうことになるだろう。

 それなら、どう答えるべきか。答えはひとつしかない――。


「まだ、どっちでもないかな?」


 現状維持の一択。これしかない。


「はぁ? 少しも?」


「ああ、そうだよ」


「なんだよ! やっぱり真剣に考えていないじゃないか!」


「そう言われても、気乗りしないんだよね。だって考えてみてくれよ、タダ働きなんだぜ。やるやらない以前の問題と思わないか?」


 脅されているのに、ハチャメチャなことを言う俺。

 しかし、これはオルタナの怒りを鎮めるための布石だ。

 

 さあ、話に乗ってこい。


 俺はオルタナの言葉を待った。


「言われてみれば、確かにそうかも……」


 納得するオルタナ。


 よっしゃー! こうなりゃもう、こっちのものだ。


「それなら、俺が言いたいことはわかるよな?」


「もちろんだよ。何か報酬があれば盗みをしてもいいってことなんでしょ?」


「そのとおり! そういうわけで、なんかくれ()()?」

 

 簡単なダジャレ。


 だけど相手に笑ってもらうことこそが、ギスギスしている場を和ませるのには一番効くのだ。


「うひゃひゃひゃひゃ!!!」


 当然、オルタナは大爆笑する。

 この茶番がオルタナの仕業だとわかったときと、同じくらいの大きな笑い声が大浴場に響いた。


 やったぜ、思ったとおりだ! 


 しっかし、こいつが笑いに弱くて助かった。くだらないダジャレでも大笑いしてくれるし。

 

 ――ん? 弱い?


 それってつまり、弱点ってことだよな。

 いま以上の笑い――つまり、オルタナを抱腹絶倒させられるくらいの面白いことを言ったら、その隙に逃げられるんじゃないのか?


 それだ! まさに求めていた答えそのもの。

 ついに見つけたぞ、突破口を!

 

 ようやくオルタナの笑い声が止まる。


「ホント、君は面白いこと言うね。それで対価だっけ? もちろん支払えるよ」


 嬉しそうな声でオルタナは俺に話しかけてきた。


「本当に? 苦労に見合ったものがもらえるのなら、やるよ俺」


 と言いつつも、盗みを手伝うつもりなんてこれっぽっちもない。だから、今の発言は本心から言ったのではなく、当然ウソである。

 よって、どんな対価を提示されようとも俺の気持ちが揺らぐことはない。オルタナが言った対価に難癖をつけて、時間稼ぎをするのが狙いだからだ。


「それじゃ、こういうのはどう? 対価として、彼女のパンツをあげるっていうのは」


「な、なんだってえぇぇぇーっ!」


 オルタナの突拍子もない提案に、俺は思わず驚きの声をあげた。


 気持ちは揺らがないと言いながら、まったくチョロいぞ俺。

 

「まあ彼女はギャルじゃないけど、男は誰でも好きなんだよね? ――女性のパンツ。金銀財宝や不老不死を願うよりも、まずはパンツだって本に書いてあるのを見たことがあるし」


「そりゃ、漫画の話だろうが!」


 どう考えても、七つの玉を集めてドラゴンにお願いするやつだ。


「あははは! でも、嫌いじゃないんでしょ?」


 俺はその質問に答えずに、恥ずかしそうに下を向いたまま考え込む。

 

 やはりこいつもウィンドウと同じで、俺の元いた世界のことを知っているみたいだ。

 まあそれはいいとして、どうするよ俺。このまま逃げようとしたら、手に入るのはたった一つだけ。それはのぞき魔というレッテルで、フローシアの信頼を完璧に失うという悲惨な結果だ。

 でもオルタナの頼みを聞いて、剣と鎧を盗み出したら――。


「逃げたら破滅、盗めばパンツが手に入る……か」


 オルタナに聞こえないくらいの声でつぶやき、どうするか悩む俺。

 でもよく考えてみると、結局パンツを盗み出すのも俺なわけだし、下着ドロボーもやれってことだよな?

 なんだよそれ、つまりは罪を重ねろってことかよ。

 だけど、まだパンツでよかった。もしこれがパンツではなく、フローシアのおっぱいを揉ませてくれると言われていたら、俺はやってしまっていたかもしれない。


 ……あれっ? でも、おかしいぞ。


 俺のステータスに表示されるスキルを「おっぱい鑑定」に書き換えたオルタナなら、俺がパンツよりもおっぱいのほうが好きなのは知っているはず。それなのに、どうしてオルタナはパンツを対価に選んだんだ?

 交渉相手の好きなものを知っているのであれば、それをエサにして交渉するのが常識。だって、そのほうがより確実だからだ。それなのに、なぜ違うものにした?


 よしっ。ここはひとつ、カマをかけてみるか。


「パンツはいらない。代わりにフローシアさんのおっぱいをませてくれ。それなら頼みを聞いてやってもいい」


「無理無理無理! それは絶対に無理!」


 オルタナの声は焦っている。


「えー、どうしてなんだよ? 時間を止められるんだから、簡単な頼みだろ?」


「無理なものは無理。パンツで手を打ってよ!」


 やはり何かある。フローシアのおっぱいに触れさせたくない、なんらかの理由があると思って間違いない。


「ヤダヤダ! 対価がおっぱいじゃないと、絶対に引き受けない!」


 もはや単なる駄々っ子。

 しかし、それがいけなかった。


 調子に乗りすぎたせいか、オルタナが俺の真意に気づく。


「ふんっ、君の魂胆がわかったよ。無理難題を言って、逃げる方法を考える時間を稼ごうとしているんでしょ? 死中に活を求めようと必死なのもわかるけど、そんなのは無駄だよ」


 ヤバい、バレてしまったか。

 しかし、間一髪のところで間に合った。ギリギリで思いついたぞ、オルタナを笑い殺せるようなネタを。


「……いいや、俺は死中に活なんてものは求めちゃいない」


 そう、俺が求めているのは、そんなチンケなものじゃない。


 俺は息を大きく吸うと、オルタナに向かって叫ぶ。


「夢中に乳を求めているだけだぁぁぁーーーっ!!!」


 ぶっちゃけ本心。俺の心の声が大浴場に響き渡った。


 その言葉に、すぐさまオルタナが反応する。


「ぎゃははははははは! 死中に活じゃなくて、夢中に乳だなんて――ぎゃはははは!」


 笑い声が左右に移動しながら聞こえてくる。

 どうやらオルタナは、笑い転げているようだ。


 やったぞ、成功だ! この隙に、とっとと逃げ出そう。


 俺は体を脱衣所の扉のあるほうに向けると、こっそりと歩き出した。

 走ることはできない。なぜなら床が滑りやすく、コケてしまったらオルタナに気づかれて、一巻の終わりだからだ。

 

「あっははははははは! ウケるーーー! ヒャハハハハ!」


 抱腹絶倒という言葉がふさわしいくらいの笑い声が、後ろから絶え間なく後ろから聞こえてきている。


 まだ数歩しか歩いていないが、俺は勝利を確信した。

 小さくガッツポーズをつくって、薄笑いを浮かべながら歩く。


 ――と、そのときである。耳を疑うような内容の話が聞こえてきたのは。


「ひぃー、ひぃー、ひぎぃー、あー、おなか痛い、苦しいよー! あっ、マズい、マズい、このままだとマズいってぎゃはははは! 時間魔法の制御ができないって、うひひひひ――残り十七秒で解けちゃうよー!」


 俺は思わず振り返る。


「げげっ! もしかして、やりすぎちゃったか?」


 ――って、なげいている場合じゃない。


 たとえ走ったとしても、残りの時間でフローシアに発見されず脱衣所に到着するのは無理だ。確実にのぞき魔が逃走していると思われる。

 とすれば、残された道はただ一つ。


「くそっ! イチかバチかだ!」


 俺は湯船に向かって走り出した。

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