もう一つの再開
冒険者ギルドで依頼の受注を済ませた俺は、目的地であるG遺跡に一番近い村へフローシアと一緒に向かっていた。
その村は辺鄙な場所にあるらしく、乗合馬車のような公共交通機関はない。
だから、たまたま町に来ていた村の人の荷馬車に乗せてもらえたのは、幸運だといっていいだろう。
村に着いたのは夕方の四時ごろ。
日が沈むにはまだ早すぎる時間だが、このまま目的地に向かってしまうと、到着する頃には暗くなってしまうそうなので、今日は村の宿にて一泊することになった。
当然だけど、お金は持っていない。
でも、野宿しなくて済むのには理由がある。
なんと冒険者になって初めて受けた依頼に限り、交通費や宿泊費、そして食費といった費用がすべて無料になるのだ。
ありがたや、ありがたや。
村に入ってからほどなくして、宿に到着した。
宿は木造の平屋建てで、かなり古い建物ではあるが、まあまあ広そうだった。
日本でいうところの、旅館って感じがピッタリ。
建物は村が所有しており、村の人たちが毎月交代で管理しているんだって。
ちなみに、今日の客は俺たちだけ。
この村に訪れる人なんて月に一回くらいあるかないからしく、久しぶりの宿泊客らしい。
そういうことなので管理人は常駐しておらず、あとで荷馬車に乗せてくれた人が今月当番の人に連絡を入れてくれることになった。
とりあえず、部屋までの案内は荷馬車に乗せてくれた人がしてくれるそうなので、荷台から降りて建物の中に入る。
玄関に入るとすぐに段差。
その先には廊下がまっすぐ奥のほうへ伸びていて、客室のドアが等間隔に並んでいた。
どの部屋を選んでもいいのかな?
そう思っていると、今は入口に近い二部屋だけしか使えないと告げられた。
ほかの部屋は壁に穴が開いていたり、雨漏りしたり、すきま風がひどかったりと、何かしらの修理が必要らしいのだが、予算不足で修理ができずにそのままになっているんだって。
そんなわけで、玄関から遠いほうの部屋を選んだ。
玄関で靴を脱ぐと、廊下へ上がる。
そして部屋の前まで進み、扉を開けた。
「やっぱり異世界にも畳があるのか……」
靴を脱ぐ必要があったので、もしやと思っていたが、部屋は畳が敷き詰められた和室だった。
部屋の中央にはテーブルと座椅子。
隅のほうには布団がたたんで置いてあって、ほとんど日本の旅館と一緒。
とりあえず部屋の中に入り、座椅子に腰を下ろした。
「はぁ……今日は疲れた」
とは言っても馬車に乗っての移動だったので、肉体的な疲労はまったくない。
それじゃ、なぜ疲れたのかというと、気疲れによるものだ。
ギルドを出発したあともフローシアの機嫌がずっと悪かったので、気を遣ったってわけ。
でもその甲斐あってか、ちょっとギスギスしているけれど話してくれるようになったし、最初に比べるとだいぶマシになったと思う。
座りながら、しばらくボーっとした。
「うーん、おかしい。せっかく一人きりになれたのに、全然くつろげないや……」
ストレスからは解放されたはずである。
それなのに気だるさを感じるのは、なぜだ?
そこで原因を考えていると、大事なことを思い出す。
「そういえば、四次元窓に荷物を入れっぱなしだった」
どうりで体が重く感じるはずだ。
ということで、荷物を置いても邪魔にならない部屋の隅へ四つん這いになって移動し、正面の空間を見ながら念じる。
『開け、四次元窓』
思い描いた位置の空間がパックリと割れ、俺は躊躇することなくその中に手を入れる。
そして中からギルドで支給された食料や野宿用の毛布などを、次々に取り出しては床に置いていった。
中に入っていた荷物は二人分。
なぜ二人分かというと、フローシアの分も運んでいたからだ。
それだけ聞くと、新人冒険者だから荷物持ちをさせられたと思うかもしれないが、そうではない。
俺のほうから「収納スキルを持っているので、荷物を運びます」と言って、申し出たからである。
もちろん、彼女に機嫌を直してもらうという打算があったからなんだけどね。
ただ、今日は馬車だったから楽でよかったけれど、明日は山道を歩くそうだから荷物が重くて大変だと思う。
なぜなら、俺の四次元窓は異世界転生でお約束の収納スキルのはずなのに、荷物の重さを感じてしまう欠陥仕様。背負っているのと、なんら変わりないからだ。
「ふぅ、これで身軽になったな」
再び座椅子に座り、一息つく。
――さて、どうやって時間をつぶそう?
食事の時間まで、まだ二時間以上ある。
ボーっとしているには長すぎる時間だ。
「あーあ、こんなときにウィンドウがいてくれれば、話し相手になってくれるのに……」
ウィンドウがいなくなって三日が過ぎた。
まだたった数日なのに、一人きりになるとスゴく寂しく感じる。
一人で過ごすことなんて、引きこもっていたときには、なんとも思わなかったのになぁ。
どういった理由でウインドウがいなくなったかはわからない。
アバターを持たず、声だけの存在だと言ったオルタナは「謹慎みたいなもの」と言っていたが、その原因にまったく心当たりがないからだ。
しかし、俺にとっては理由なんてどうでもいい。
ウィンドウが無事に帰ってきてくれさえすれば、それでいいのだから。
オルタナは言った。ウィンドウは無事で、そのうち戻ってくるだろうと。
だから今はその言葉を信じて待つしかなかった。
「……ダメだ、このままだと気が滅入りそう。近くでも散歩して、気分転換するか」
そうと決まれば、フローシアに断りを入れておいたほうがいいだろう。
――コンコン。
廊下に出てフローシアの部屋の前に行き、扉をノックした。
「ちょっと散歩に行ってきますね」
「好きにしな。ただ、あんまり遅くなるんじゃないよ」
おやっ? だいぶ機嫌がよくなったかも?
この調子なら、明日になれば普通に接してもらえるかもしれない。
そう思いつつ、返事を返す。
「はい。それでは、いってきます」
挨拶を終えるとすぐに玄関へ向かい、外に出る。
そして、荷馬車に乗って来た道とは違う道へ進んでいった。
だんだんと目の前に茶色と緑しかない、のどかな風景が広がっていく。
その風景のほとんどを占めるのが畑で、いろんな野菜が植えられているが、どれも見たことがないものばかりだった。
道の真ん中だけ草の生えているあぜ道を、野菜を見ながらのんびりと歩く。
しばらく歩いていると、畑の中に人の姿を見つけた。
その人は道から二十メートルくらい離れた場所で農作業をしている。
話しかけると作業の邪魔になるのはわかっていたが、俺は声をかけることにした。
「こんにちはー。いろんな種類の野菜を育てられているんですねー」
気持ち大きめの声。
その声に、麦わら帽子を深くかぶっていた男が反応する。
男はチラッとこちらを見たあとに立ち上がり、額の汗を服の袖で拭った。
「えっと、今のところ十五種類くらい育てています。農業を始めたばかりなので、いろいろ挑戦してみたくなったからなんですが、ちょっと多すぎたかもしれませんね」
俺は男の話を聞いて驚く。
「えっ!? それじゃ、初めて野菜を育てられたってことですか!?」
まるで規格品かと思えるくらいに、形が揃っている野菜たち。
とても野菜を育てるのが初めてとは思えない出来だ。
「ええ、そうですよ。ちなみに、生まれて初めての収穫が今日です」
「なんと! それはおめでとうございます」
「あはははは。ありがとうございます」
男が嬉しそうに笑った。
「それにしてもスゴいですね。どう見ても、お店で売るレベルですよ、コレ」
「もう、おだてないでくださいよ。そんなに褒めても、何も出ま……」
男の口が急に止まる。
その代わりに何か思いついたらしく、こぶしでポンっと手を叩いた。
「そうだ! よろしかったら、一つ食べてみます? 無農薬で栽培していますから、安全で、おいしいですよ」
そう言うと男は、バナナみたいな形をした緑色の野菜をもぎ取った。
俺は恐縮する。
「よろしいのですか?」
「いいんです、いいんです。せっかくですから、食べていってください」
男がゆっくりとした足取りで、こちらに向かって歩きだす。
そして俺の目の前までやってくると、手にした野菜を差し出した。
「さあ、どうぞ。皮がありますので、むいてから食べてくださいね」
「すみません。なんだか、ねだってしまったみたいで」
俺はさっきから、何度も小さく頭を下げ続けていた。
そのため男が近づいてきても、男が麦わら帽子を深くかぶっているせいもあって、顔がハッキリと見えていなかった。
野菜を手渡されて礼を言おうとしたとき、男の顔が初めてハッキリと見える。
「ありがとうございます……って、あれっ? 佐藤さん?」
男の顔を間近で見た俺は驚いた。
なんとその男は、俺がゴブリンだったときに出会ったスライム――いや、元スライムの佐藤さんだったのだ。
今は俺が渡した薬で人間になってしまっている。
だけど、少しだけ日本人の特徴を持つその顔立ちは、転生者の佐藤ベムさんに間違いなかった。
「えっ!? なぜ私の名前を知っているんですか!?」
驚くベムさん。
そりゃ、人間の姿になってからの俺とは初対面なので、会ったことがあるとは思わないだろう。
「私ですよ、私! サブローです!」
ベムさんはハッとした表情をする。
「……まさか、ゴブリンのサブローさん?」
「正解です。私も『人間になる薬』を手に入れたので、なんとか人間になれました」
「ご無事でしたか!」
「はい、このとおり無事です。まあ、いろいろありましたけどね」
俺は全身が相手によく見えるように、軽く手を広げながら言った。
「よかったー、ずっと心配していたんですよ! 私たちをゴブリンハンターから逃がしてくれたあと、捕まってしまったのではないかと思って、ずっと気が気ではありませんでした……」
そう言うと、涙ぐむベムさん。
先に逃がしてもらったことに、まだ負い目を感じているようだ。
「すみません。いろいろと心配させてしまったみたいですね」
「お気になさらずに。とにかく無事でよかったです」
「ええ、お互いに」
俺はそう言うと、握手をしようと右手を差し出す。
するとベムさんも手を差し出し、俺たちは再会を喜んでガッチリと握手を交わしたのだった。
そのときだった、いきなり後ろから声がかかる。
「どうかしたの、あなた? 泣いちゃったりして……」
「パパ、このおじさん誰?」
振り返ると、そこには二人の人物が。
ベムさんの妻のベラさんと、息子のベロ君だった。
話に夢中だったので、後ろからやって来ているのに、まったく気づかなかった。
ベムさんは服の袖で涙をぬぐってから、二人に話しかける。
「よくぞ聞いてくれた。聞いて驚くなよ。なんと、この人は我々を助けてくれたサブローさんだ!」
そう告げると、ベムさんはエッヘンといった表情をして俺の肩に手を置いた。
ベムさんの話を聞いて、俺を見ながらポカンとするベラさんとベロ君。
――が、それもほんのわずかな時間だった。
「「ええっー!」」
飛び上がるくらいに驚く二人。
俺は軽く会釈する。
「どうも、お久しぶりです。お二人とも元気だったみたいですね」
ベラさんが驚いた表情のまま口を開く。
「本当にサブローさんなのですか? 私たちよりも年上かと思っていましたが、イメージしていたよりもずいぶんお若いので……」
「あー、それは転生前よりニ十歳くらい若返っていて、今の年齢が二十五歳だからです。でも、ちゃんとした本物のサブローですよ。ただ、理由あって今はサブローという名前ではなく、プータローという名前なんですけどね……」
「わあー、無職だ、無職だー!」
ベロ君が嬉しそうに、はしゃぐ。
「こらっ、ベロ! そういうことを言ってはいけません!」
そう言いながらも、ベラさんは必死に笑いを堪えている。
「これはまた、とんでもない名前を……。本名とは思えませんし、偽名ですよね?」
ベムさんは笑わずに、真剣な表情で尋ねてきた。
俺は首を横に振る。
「それがそのー、恥ずかしながら、この世界での本名でして……」
「なんですって!? まさかウケ狙いですか!?」
ビックリした表情をするベムさん。
「違います! 自分でつけたわけじゃありませんから!」
俺は慌てて釈明した。
「……ということは、何か事情があるんですね。そういうことなら、私たちだけでもサブローさんとお呼びしましょうか?」
「いいえ、プータローの名前で呼んでください。もともとサブローという名前も自分でつけた名前じゃありませんし、それにその名前で呼ばれてしまうと、マズいことになりかねない状況にあります」
ベムさんが険しい顔をする。
「どういったことでしょうか?」
当然の疑問だ。
説明しないわけにはいかないだろう。
彼らにも関係があるわけだし。
「それがそのー、いま冒険者をやっているのですが……」
「はい」
「実はいろいろありまして、以前に襲ってきたゴブリンハンターの女騎士と、現在パーティーを組んでいます」
「「「えええぇーーっ!!」」」
佐藤さん一家の驚きの声が、見事にハモった。
「まだあのときのゴブリンだとバレてはいないのですが、サブローという名前で呼ばれてしまうと、それがキッカケで正体に気づかれてしまうかもしれないという理由なんですよ」
「……理由はわかりました。そういうことであれば、我々は彼女に会わないように隠れて行動する必要がありますね」
「いいえ、ベムさん。普段どおりでお願いします。もしコソコソしているのを見られてしまうと、逆に注意を引きますから」
「えっ? でも、以前に顔を見られていますよ? 大丈夫なんですか?」
「はい、こちらから話しかけても平気なはずです。そこそこ時間もたちましたし、もう顔は覚えていないと思います」
それを聞き、妻のベラさんが不安そうに横から口をはさむ。
「そうは言われましても、覚えられている可能性はゼロではありませんよね?」
「そうですね、確かにゼロではありません」
「だとしたら、私は危ない橋は渡りたくありません。実は今月の宿の当番、私たちなんです。ついさっき、泊まり客が来たと連絡を受けたので主人に伝えに来たのですが、それってプータローさんたちのことですよね?」
「えっ!? 当番なんですか!? 確かに私たちが泊まり客ですが……」
「やはりそうでしたか。そうなると、料理を持っていったときに、絶対に会ってしまいますね。嫌ですよ、私。せっかく平和な生活を送れると思っていたのに、リスクを冒すのは……」
どうやらベラさんは、正体がバレれば捕まってしまうと勘違いしているようだ。
でも、説明すればわかってくれるはず。
「安心してください。あのときあなた方を逃がしたあと、彼女とは和解しています。だから、もし顔を覚えられていたとしても、彼女があなた方をどうのこうのすることは絶対にありませんので」
「それなら安心だ。なっ、おまえ」
同意を求めるベムさんは、ホッとした顔をする。
しかし、ベラさんの表情は険しいままだ。
「いいえ、あなた、まだです。そうなると、どうしてプータローさんが女騎士を怖がっているかがわかりません。すべての問題が解決しているのであれば、プータローさんも平気なはずでしょ?」
「うーん、言われてみれば……」
ベラさんの疑問はもっともだ。
俺は説明を続ける。
「それはですね、今の私の姿が人間だからです。ゴブリンの姿のままであれば、平気だったんですけどね」
おそらくオークの姿でも。
でも、その話までしてしまうと時間がかかりそうなので、今は言わないでいいだろう。
「どういうことでしょうか?」
ベラさんは首を傾げた。
「実のところ私が転生者であることは、彼女に知られています。ただ、最初から人間に転生したと思っているんですよ。まあ、普通は誰でもそう思うでしょうけど」
「はい、確かに」
「でも実際は違う。ゴブリンです。もし、それがバレてしまったとしましょう。彼女は俺がこの国にいる理由をこう考えるはずです」
ベラさんのゴクリとツバを飲み込む音がした。
俺は、もったいぶらずに答える。
「人間の姿になって、スパイ活動をしている……と」
「でも、それってたまたま最初の転生先がゴブリンになってしまったからなんでしょ?」
「ええ、そうです。でも、それを証明する方法がありません。そして、これは解決済みの揉め事とは、まったく別の話です」
「確かにプータローさんにスパイをする気がなくても、そう思われるでしょうね……」
そう呟いたのはベムさん。
そのあとに、ベラさんがゆっくりと口を開く。
「理解できました。そういうことであれば、プータローさんの言ったとおりに行動してみます」
「はい、お願いします」
俺は小さく頭を下げた。
そうしていると、横からベムさんに肩をトントンと叩かれる。
「話は変わりますが、とりあえず手に持った野菜を食べてもらえませんか? 日本人であれば、絶対に気に入ってもらえるはずです」
ベムさんの言葉には、少しソワソワした感じがあった。
おそらく、ずっと食べた感想を待っていたのだろう。
他人の評価って、やっぱり気になるからね。
「そういえば、すっかり食べるのを忘れていました。では早速」
バナナのように皮をむき、そのまま口に入れてかじりついた。
――予想外の味。
酸味や甘味、そして辛味といったものでなく、ほんのり塩の味がした。
でも、それってあり得ない。
畑が海水に浸かったとかならまだ話はわかるが、最初から塩の味がする野菜なんて聞いたことがない。
いや、一種類くらいあったような気がするが、基本的には植物に塩はダメ。
それが俺の知っている常識だ。
だけど、ここは異世界だから違うのだろうか?
「不思議です、この野菜……まるでキュウリの一夜漬けみたいな味がします……」
「お気に召しましたか?」
「はい、生野菜なのに塩気を感じて、とってもおいしいです!」
ベムさんがニコニコと笑う。
「それはよかった。スキルを使って野菜を育てた甲斐がありましたよ」
スキルだって!?
たしかベムさんは「搾取者」というスキルを持っていた。
でもそれってスライム専用のスキルで、モンスターを食べて強くなるって聞いたような……。
もしかして、ほかにもスキルを持っていたのだろうか?
気になって聞いてみる。
「そのスキルって、スライムだった頃から持っていましたか?」
「違います。そのときに持っていたスキルは人間になったときに全部失いました」
「では、新たに?」
「はい、農作業をしているときに、いろいろとひらめきました。ちなみにさっき食べた野菜は『味付け』というスキルを使ったものです」
それってスゴい情報だ!
「人間になる薬」を使って以前のスキルを失ったとしても、新たなスキルを覚えられる可能性があることを示している。
「なるほど、そういうことでしたか」
「……ということは、プータローさんは人間になってから、スキルをひらめいていないんですか!?」
「ええ、残念ながら。どんなスキルでもいいから、私もひらめきたいものです」
まあ、今のままだと無理なんだろうなぁ。
なんせ俺の場合、ステータスがバグっているから。
「だ、大丈夫ですよ、きっと! プータローさんなら、ひらめきますって! 冒険者をなさっているのですから、超スゴいやつを!」
ベムさんが焦ったように言った。
俺が何もスキルを持っていないことがわかり、気を使ってくれたのだろう。
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「えっと、えっと、そうだ! 今から家に来ませんか? 渡したいものがあります」
気まずい雰囲気を変えようとしたのか、ベムさんが話題を変えた。
「渡したいもの?」
首を傾げる俺を見て、ベムさんはニッコリと笑う。
「はい、遅くなりましたが、以前に助けてもらったお礼です」
「そんな、いらないですよ。あなた方を助けたことでカミポイントの貯まる仕組みがわかったんですから、それで十分なお礼になっています」
手のひらを前に出して強く断っていると、ベムさんはその手をつかんで下げさせた。
「それだと私たちの気がすみません。なに、大したものではありませんから」
――再度断ろう!
そう思って言葉を口に出そうとしたが、すんでのところでやめた。
「……わかりました。そこまでおっしゃるのなら頂きます」
俺はお礼を受け取ることにした。
なぜ受け取ることにしたかというと、相手の感謝の気持ちを何度も断り続けることになりそうだったからだ。
そして「あげる、いらない」の堂々巡りになってしまった場合、結局折れるのは受け取る側のほう。
どうせそうなってしまうのなら、その前にサクッともらったほうが相手も嬉しいだろうからね。
佐藤さんの家はすぐ近くにあり、あっという間に到着した。
今晩泊まる宿と同じくらい古い、一軒家。
ずっと空き家だった家を、村の人たちが借してくれたそうだ。
しかも畑まで付いて、当分の間は家賃が無料という好条件。
でも本当は過疎化が進んでいるので、ずっと無料でもいいと言われたそうだけどね。
だけど、それじゃ悪いということで、お金が手に入って暮らしに余裕ができるまで無料にしてもらったんだって。
「狭いところですが、どうぞお上がりください」
「では、おじゃまします」
そのままベラさんの後を追うと、囲炉裏のある部屋に通された。
気温が暖かいせいか、囲炉裏に火は入っていない。
板間に座布団が敷かれているだけだった。
ところでベムさんはというと、家の裏手にある畑のほうへ行ってしまった。
おそらく俺に渡したいものを取りに行ったのだろうけど、いったい何がもらえるのだろう?
「そうだわ、夕食はこの家で食べていかれませんか?」
俺が座布団に腰を下ろそうとしていると、ベラさんは思いついたように言った。
「うーん……でも、フローシアさん――ああ、女騎士の人のことなんですが、彼女に遅くならないように言われてますし……」
「それなら安心してください。女騎士さんに料理を届けたときに、私がうまく言っておきます」
ベラさんは笑顔。
自らの意思でフローシアと話すと言っているので、もう怖がっていないようだ。
この調子なら、心配しなくても普段どおりに会話できるだろう。
そうなると、懸念すべきはうっかりミス。
フローシアがいる前で、ベラさんが俺のことを「サブローさん」と呼んでしまう可能性はゼロではない。
そういうわけで、ベラさんの提案に乗ることにした。
「そうですね。そういうことなら、ここで食事を頂くことにします」
「やったー! おじさんと一緒にご飯だ!」
ベロ君はそう言うと、俺の膝の上に飛び乗った。
「こらっ、ベロ、いけません! 迷惑でしょ! 早くどきなさい!」
ベラさんが俺からベロ君を引き離そうと近づく。
それを見て、俺は手を前に出して遮った。
「いや、構いませんよ。料理の支度もあるでしょうから、私がベロ君の相手をしています」
「いいのですか? そうしてもらえると、私は助かりますが……」
申し訳なさそうな顔をするベラさんを見て、俺は微笑んだ。
「はい、大丈夫です。ベロ君も、それでいいよね?」
「うん!」
ベロ君は満面の笑み。
「ではお言葉に甘えて、お任せしますね」
そう言うとベラさんは、一礼してから部屋を出て行った。
「さて、ベロ君。何して遊ぼうか?」
「えーと、えーと、お話が聞きたい!」
おや? てっきり遊ぶものとばかり思っていたが。
「そっか、遊ぶよりもお話がいいか」
「うん!」
「じゃ、どんなお話が聞きたい? こう見えても、おじさんは結構いろんな話を知っているよ」
日本の童話なら、一通りは知っている。
グリム、イソップ、アンデルセンといった海外の童話でも、有名な話なら大丈夫だ。
そう思っていると、ベロ君は俺の名前を口にする。
「プータローの話がいい!」
へっ? プータローって、俺の話?
……いいや、たぶんプー太郎だな。
桃太郎や金太郎、そして浦島太郎といった、太郎系が主人公の話のことを言っているのだろう。
だけど、プー太郎が主人公の童話か。
そんな話、あったかなぁ……。
――そうだ! もしかしたら!
「それ、くまのプーさんと、金太郎の名前がごっちゃになっていないかな?」
どちらも熊さんつながり。おそらく二つのタイトルが混ざったまま覚えてしまったに違いない。
ベロ君は首を横に振る。
「ううん、プータローで合ってるよ」
あちゃー、違ったみたい。
こうなったらいっそのこと、ほかの話に変えてもらうか。
まったく知らない話みたいだし。
「ねえ、早く早く。一緒に語り合おうよー」
ベロ君が俺を急かす。
「ごめん、おじさんその話、知らないや。ほかの話じゃダメかな?」
「えっ、なんで? おじさんがマネしている人の話だよ?」
「マネしている人? いや、ちょっと待って。どういうことかな?」
ベロ君の言っている意味が、さっぱりわからない。
いったい、なんの話をしているんだ?
ベロ君が囁くように言う。
「だって、おじさんは『雇用体系プーナイト』の主人公みたいになりたいんだよね? プータローって名前、主人公と同じだし」
――雇用体系プーナイト。
俺はその名前に聞き覚えがあった。
テレビ東〇系で夕方に放送されていたアニメ番組だったからだ。
俺はその放送を見たことがある。
ただ1話切りしてしまっていて、内容はよく覚えていない。
唯一覚えているのは、主人公がナイトの称号を手に入れて、騎士になってしまうことくらい。
「思い出した! アニメの話だったのか」
「うん!」
「やっぱりか……。それなら謝らないとな。ごめん、いろんな話を知っているって言ったけど、そのアニメの話はあんまり覚えていないや」
「じゃあ、じゃあ、なんで主人公と同じ名前なの?」
「なんでと言われてもなぁ……。一つだけ確かなのは、マネしたくて同じ名前になったわけじゃないってことだね」
「えーっ、ウソだぁ。アニメの主人公と同じ服を着てコスプレまでしているのに、そんなはずないよ」
「なっ!? コスプレだってー!?」
改めて自分の服をじっくりと見てみる。
RPGで村人が着ているような、腰をベルトで縛るだけのシンプルな服。
色も淡い青色で、その服の下には白いシャツを着ていた。
そしてズボンは黒色で、特にコスプレと思えるような服装ではない。
「えっと……もしかして、コスプレとコーディネートを間違えていない?」
ベロ君は顔を真っ赤にする。
「……そ、そうとも言うかもね。で、でも、同じ色で、同じような格好の服を着ているのには変わりないんだから!」
「はいはい、そうだね。でも、それは偶然が重なっただけだって」
「ブーブー、マネしているのが恥ずかしいからって、偶然で済ましちゃダメだよ」
違うと言っているのに、執拗に食い下がってくるな……。
こうなったら、少し強めに言ってみるか。
「それじゃ言うけど、おじさんは騎士なんて目指していないよ。だから、その時点で主人公のマネじゃないね」
「じゃあ、じゃあ、ナイトの称号をあげるって言われても断るの?」
「そりゃもちろんだよ! 屁の突っ張りにもならないものなんて、欲しくもないね」
どうせナイトの称号をもらっても、くれたヤツに、いいように使われるだけだ。
社会人を経験した俺にはわかる。
要するに気楽な平社員から、責任が伴う管理職になれと言っているのと同じだってことが。
そう思っていると、ベロ君が急に笑い出す。
「あははは! 屁のツッパリって、アニメの主人公と同じこと言っている!」
「………………あっ」
ヤバい、ヤバい、ヤバイ、思い出した!
確か、第1話のサブタイトルが「働きたくないのに、働かナイト」。
さえない主人公が偶然ヒロインを助けると、半ば強引にナイトの称号を与えられて、無理やり騎士にさせられる話だった。
ということは、さっきまでの俺の言動は主人公と同じだってことに……。
「ねえ、おじさん。やっぱりマネしているよね?」
ウルウルした目でベロ君は聞いてきた。
……もう、こうなったらウソでもいいから、さっさと認めて楽になろう。
だってベロ君は思い込みが強いタイプみたいで、これ以上何を言っても無駄な気がする。
両手を上げて降参のポーズをする。
「はい、おじさんの負け。マネしていることは、みんなに秘密だよ」
「やっぱりそうだったんだ!」
ベロ君は俺の膝の上で、めちゃくちゃ喜んだ。
「しーっ、しーっ、ほかの人に聞かれたら恥ずかしいって!」
俺が人差し指を唇に当てながら言うと、ベロ君は、ペロっと舌を出す。
「ごめんなさーい」
上目遣いをするベロ君。
うーん、カワイイ!
俺は思わずベロ君の頭を撫でた。
「話は変わるけど、アニメの最終話までちゃんと見た?」
「もちろん見たよ! 今まで見たアニメの中で、一番大好きなアニメ!」
へえー。
俺はハズレだと思って1話で見るのをやめたけど、もしかして早まったかな?
「じゃ、最後に主人公がどうなったか覚えている? おじさんは話を忘れてしまったから、教えてもらえないかな?」
最後の展開が少し気になったので聞いてみた。
ちょっとだけ主人公に親近感を覚えたので、ハッピーエンドに期待しよう。
「もー、しょうがないなぁ。マネしているんだから、ちゃんと覚えていないとダメだよ」
「ごめんごめん。それで、どうなったの?」
「えっとね、最後にプータローは男爵になるんだよ」
やるじゃん、主人公。
俺がいた世界と同じであれば、ナイトの身分は準貴族だから特権は少ない。
でも男爵になったということは貴族なので大出世だ。
「うんうん、それでそれで」
「そうしたらね、天まで続く坂を上りながら、こう言うんだ。『俺の戦いは始まったばかりだ!』ってね」
それを聞き、俺はブッと吹き出す。
「ええっー! それって、打ち切りエンドじゃないの?」
打ち切りのときに使われる、とっても有名なセリフ。
しかも男〇のパクリなのか、最後に坂まで上っているみたいだし、もう間違いないだろう。
ベロ君が不思議そうな顔をする。
「打ち切りエンド? それってなに?」
「あれっ、知らないの?」
「うん、どういう意味なの?」
そっか、まだ子供だから知らないのも無理はないか。
「それはね、大人の事情で――」
途中まで言いかけて、俺はあわてて口をつぐんだ。
このアニメはベロ君の一番好きな作品。
本当に打ち切りになったのかもわからないのに、あたかもそうであるかのように説明してしまっていいのだろうか?
――いいや、決して許されない。
作品に対する冒涜だ。
それに俺なら、好きな作品をバカにされるようなことを言われるとスゴく悲しい。
「ごめん、違った。冒険はまだまだ続くって意味だよ。おそらくだけど、続きが放送される予定があるんだと思うよ」
俺は優しいウソをついた。
「そっか、そういう意味なんだ。あーあ、続きを見たかったなぁ……」
ふぅー、危なかった。
サンタクロースの正体をバラすのと同じで、子供の夢を壊すような、取り返しのつかないことをしてしまうところだった。
「そうだ、おじさんが話の続きを考えてよ!」
ホッとしているときに、ベロ君がとんでもないことを言い出した。
「えっ、おじさんが?」
「うん、どんな話になってもいいから!」
そう言われても困る。
まったくストーリーの前後がわからないのに。
とりあえず、お茶を濁しておこう。
「そうだねぇ……うん、考えておくよ……」
「やったー! 考えてくれるんだね!」
うわっ、違う意味にとられてしまった!
俺が言ったのは、作るかどうかを考えておくって意味のほうなんだけど……。
そんなとき、ベムさんが息を切らせてやってきた。
「プータローさん、大変お待たせしました」
ベムさんの額に大粒の汗。
どうやら走って戻ってきたようだ。
「いえいえ、大丈夫です。ベロ君と楽しくお話していましたから」
俺はそう言うと、ベロ君の顔を見る。
「「ねー」」
ベロ君がニッコリ微笑んだ。
「それならよかった。では、どうぞこれを」
ベムさんの手には、草みたいなものが握られていた。
「これは?」
「『人となり草』と呼ばれる薬草です。実はこれ『人間になる薬』の原料になります」
「えぇっ! 本当ですか?」
「はい、実はこの村だけで栽培されていたそうですが、最近はさっぱり売れなくなってしまい、誰も育てなくなってしまったそうです。だから、もともと貴重な薬草なこともあって、一回分の材料しかありません」
そう言われて、俺は『人間になる薬』を売ってくれたメルカミの取引相手、エルフのビエルの言っていたことを思い出す。
「まあ、売れなくなったのは仕方がないですよね。田舎のほうでしか使えませんから……」
ベムさんが驚いた表情をする。
「もしかして、理由をご存じなのですか!?」
あっ、そういえば、伝えないといけなかった!
「はい、もちろん知っています。ただ、先に謝らせてください。あなた方にも関係があることなのに、伝えるのをすっかり忘れていました」
俺は「申し訳ありません」と言って頭を下げる。
「そんな、謝罪なんて必要ありませんから頭を上げてください。それよりも関係あるとは、どういったことでしょうか?」
「それが、あとでわかったことなんですが、大都市なんかに入る際に『人間になる薬』の使用の有無を魔導具で調べることができるらしいです」
「あー、なるほど! それで薬が売れなくなったわけですか」
ベムさんは俺の言った意味をすぐ理解してくれたようだ。
「だから佐藤さんたちも気をつけてください。モンスターから人間になったことが判明すると、おそらく捕まりますから」
「わかりました。でも、たぶん大丈夫でしょう。私たちはこの村と、サビレイタの町ぐらいしか行き来しませんから」
「それならおそらく問題ありませんね。でも念のため、薬の使用をごまかす方法がわかれば、連絡を入れるようにします」
「はい、よろしくお願いします」
そう言うと、ベムさんは頭を下げた。
俺もずっとサビレイタの町にいるわけではないので、そのうちに対処方法を探さないといけない。
何かいい方法があればいいが……。
そのあと雑談で時間は過ぎていき、あっという間に食事の時間になった。
佐藤さんたちはベジタリアンなので、出てきた料理は当然ながら野菜と穀物だけだったけれど、スゴくおいしかった。
ただ、問題はそのあと。
お酒が振る舞われたので、盛り上がってしまったのだ。
そして気がつけば、いつのまにか日が変わっていた――。
「うわっ! もう、こんな時間だ!」
ふと時計を見た俺は驚いた。
「プータローさん、こうなったらもう朝帰りしましょう、ヒック。もう、それがいいですって、ヒック」
名前はベムなのに、ベロベロに酔っぱらったベムさん。
ちなみにベロ君とベラさんは、とっくの昔に部屋に戻ってしまっている。
だから、この部屋にいるのは酔っぱらった大人二人だけ。
ストッパーが利かなくなったのは、言うまでもなかった。
「すみません、やっぱり帰ります! そうだ、依頼を終えたら、また帰りに寄りますんで!」
「そんなこと言わずに、もうちょっとだけ、飲みましょうよ。ヒック」
そう言うとベムさんは、立ち上がろうとする俺の足をつかんだ。
「ダメです。もう帰ります!」
俺の足をつかむベムさんを、必死に引きはがす。
そして、あわてて玄関を飛び出したのであった。
遅くなりましたが、やっと続きが完成しました。
仕事が忙しいので、続きは遅くなると思います。
気長にお待ちください。




