Sな組長とMな俺
俺が冒険者になるのが決まってからしばらく時間が経過したが、冒険者になるための手続きはまだ始まっていない。
なぜかというと、組長が「準備があるから、しばらくここで待っていてくれ」と言って、席を外してしまったからである。
おそらくその準備のせいだと思うが、俺が座っている窓口カウンター以外には休止のパネルが掲げられた。そのため冒険者たちは窓口に並ぶのをやめてしまい、いま俺の近くには誰もいなくなってしまっている。
だからといって、みんな帰ってしまったというわけではない。
建物の中にいた冒険者たちはみんな、俺から離れた場所にある素材買い取りカウンター付近に集まっていた。
「いったい何が始まるんだろう……」
不思議に思って見ていると、ガヤガヤとした喧騒の中、女性のギルド職員が威勢よく叫ぶ。
「お待たせしました! 今から初心者冒険者のランク当てゲームを開催します」
「うおおおぉぉ!」
「待ってました!」
「ひゃっほう! 三カ月ぶりだー」
盛り上がる冒険者たち。
ギルド職員は周りがうるさくても、おかまいなしに話を続ける。
「まずはルールを説明させてもらいます。後ろをご覧ください。今回のゲームの対象は、あちらの窓口にお座りになっている方です。一見すると冴えない感じの男性。ところが、なななんと異世界転生者だそうです! まさに激レア! 貧乏なこの国では、まずお目にかかれません!」
その話を聞いた冒険者たちは、俺を興味深そうに見る。
「転生者ってマジかよ!」
「本当らしいぜ。さっきアイツの隣の列に並んでいたときに、話が聞こえたからな」
「そっか、本当に存在していたんだ……」
ギルド職員は、おしゃべりする冒険者たちを少し待ってから続きを話す。
「ゲームに参加する方法は簡単! このあと魔導具を使ってあの方の能力値を調べます。すると、FからSSSの中の、どの冒険者ランクからスタートしてよいかがわかりますので、そのランクを予想して『コレだっ!』と思う投票券を購入してもらえばオッケー。そして予想が的中すればオッズに応じた払戻金を受け取れて、ハッピーというわけです!」
「説明は、もういいって!」
「そんなの誰でも知っているぞー」
「とっとと始めろやー!」
冒険者のヤジが飛ぶ。
しかし、ギルド職員は気にしていないようだ。
「ところが残念なことに、この施設ではここ十年くらい、EとFランク以外の新人冒険者は現れておりません。そういうわけで、予想が当たったとしても払戻金が少なく、楽しみのないゲームが続いておりました。ですが、今回は違います! 異世界転生者の冒険者ランクはまったく予測ができません。なので、どのランクに賭けてもオッズが高く、またとないビッグチャンスとなっております!」
「うぉー、スゲーな!」
「二倍以上のオッズで当たる可能性があるとか、夢じゃないよな?」
「オレ、武器と防具を質に入れてこようかな……」
ギルド職員は「コホン」と咳をすると、周りを見渡しながら口を開く。
「それでは皆さん、準備はよろしいですか? では、ただいまより投票券を発売します! さあ、張った張った!」
俺は呆れる。
「これって、どう見ても博打だよなぁ……」
確かに組長から「冒険者ランクを当てるゲーム」をすると聞いてはいたが、まさか賭け事をすることだったとは……。
そんなことを思っていると、組長が席に戻ってきた。
「おう、待たせたな。それじゃ冒険者になる手続きを始めようか」
「あのー、組長、その前にちょっと確認したいことがあります」
賭場が開かれることに少し呆れていたが、気持ちを切り替えて問いかけた。
組長はイスに座りながら答える。
「なんだ、言ってみろ」
「はい、私の冒険者ランクを調べるのはかまいませんが、そのときに能力値の数値まで組長に知られることはありませんよね? 聞いた話では私の同意が必要らしいので大丈夫だと思いますが、念のためです」
「安心しろ。冒険者ランクを決定するのに必要な情報は、すべて個人情報になる。それを知るにはおまえが言ったとおり、本人の同意が必要だ」
「わかりました。ただ、知ろうと思えば簡単にできますよね? 組長の前に置いてある端末に、私の手のひらを強引に押しつけるだけで同意したことになるんですから」
「あはははは! そのとおりだが、俺はやらないと約束しよう」
「本当ですか? でも、しょせんは口約束ですからね……」
「大丈夫だ、男に二言はない。だいいち、やる意味がない」
あくまでも知りたいのは、賭けの勝ち負けを決める冒険者ランクだけというわけか。
「わかりました。信じましょう」
「ありがとよ。それじゃ、まずは冒険者手帳の発行からだ」
組長はカウンターに備え付けられた引き出しを開けて、新品の冒険者手帳を取り出す。そして、ケーブルを使ってタブレットみたいな端末と冒険者手帳をつなげてから、自分の指の関節をポキポキと鳴らした。
「さて……最初にやらなきゃいけないことは、すでに読み取った名前と年齢、それと犯罪歴の情報を冒険者手帳に転送して、冒険者手帳の所有者を設定することだったな……。よし、やってみるか」
目の前にある端末を見ながら、小声でつぶやく組長。不安そうな表情で端末をゴソゴソと触り始めた。
その手つきはギコチなく、触っている途中で手がピタッと止まって考え込んでしまうところを見ると、操作にはあまり慣れていないようだ。
しかし、組長の不安げだった表情が急にパッと明るくなる。
「なんだ、やっぱり簡単じゃないか。だから言ったんだよ、俺もやろうと思えばできるってな」
嬉しそうに独り言を口にする組長だったが、すぐにハッとした表情になる。
「おっと、いけねぇ。そんなことより、早いとこ指紋登録をしないとな」
組長は俺の前に冒険者手帳を差し出して、手帳の下のほうにある少しだけ膨れ上がった部分を指差す。
「おい、手帳のここに人差し指を当ててくれ」
「わかりました」
俺は返事をすると、その部分に指でそっと触れる。
どうやらスマホの指紋認証の登録と、同じことをしているようだ。
ちょっとスマホが恋しくなる――というよりも、ネットがやりたい。
「よし、もう指をどけていいぞ」
組長にそう言われ、俺は「はい」と返事をしたあとに冒険者手帳から指を離した。
端末の画面を、おぼつかない手つきで触りながら組長は言う。
「さて、あとは冒険者手帳の新規発行を選んで、選択肢の『はい』を選べば完了だったな」
作業は順調そうに見えた。
しかし、嬉しそうだった組長の表情が急に曇る。
「ありゃ、何か操作を間違えたか? 急に変な画面になっちまったぞ」
組長は端末を見ながら首を傾げた。
どうやらトラブルらしい。
端末の画面をあたふたと触り、「なぜだ?」と何度も繰り返して言っているところを見ると、すぐに問題は解決しなさそうだ。
さっきまで順調だっただけに残念である。
それが原因で、俺は気が抜けてしまう。
すると、気にならなかった冒険者たちの喧騒が耳に入ってきた。
「オレはFとEランクに五万ピエンずつ頼む! あんな弱そうに見える男に才能があるとは思えんからな」
「でもあいつ、ああ見えても転生者らしいからな。うーん……俺はAランクに八万ピエンで」
「オッズが千倍だし、今月の小遣いを全部SSSランクに賭けてみようかな?」
「ハァー……そんな大穴くるわけないでしょ。あってもAランクまでだって。だから私みたいに、堅実にB、Cランクに賭けとけば間違いないって」
飛び交う、いくつもの威勢のいい声。
さすがにこれだけ盛り上がっていると気になってしまい、俺はイスに座ったまま後ろを振り向く。
「なんだ、この人だかりは……。さっきよりも人が増えているぞ」
とんでもないくらいの混雑状況。
その原因はすぐに判明する。
どうやら一般の人も投票券を購入できるようで、今もなお続々と冒険者ギルドに人がやってきているからだった。
ただ、なぜこんなにも短時間で人が集まったのか?
俺はその理由に心当たりがあった。
それは俺が冒険者になるのを決めたしばらくあとに、建物の外で「パン、パン、パン」と運動会の開催を知らせる花火みたいな音が鳴っていたのを思い出したからだ。
おそらく賭場が開かれるときの合図だろう。
そして、その音を聞いて近くの住民たちがギルドにやってきているようだが、投票締め切りまでの時間はそう長くないようで、仕事を途中でやめてここまで全力で走ってきているようだ。
なぜわかったかというと、さっきからこの建物に入ってくる人のほとんどが仕事着を着ていて、肩で息をしているからである。
「よっぽど賭け事が好きなんだろうな……」
俺も昔はやっていたが、長いことやっていない。だって、カネと時間をいかに無駄にしているかがわかったからである。
だから、趣味を見つけてそっちのほうにカネも時間も費やしたほうが、きっといいだろうし、幸せになれると思う。
そんなわけで、大勢で賑わう人たちの様子を、俺は達観したような目でしばらく眺めていた。
しかし、それにもすぐに飽きてしまい、組長のほうに視線を戻す。
「なにっ!? 冒険者手帳の再発行だと? とりあえず選択肢は『はい』で、いいのか……?」
こりゃ、まだまだかかりそうだな……。
そう思って眺めていると、悪戦苦闘している組長を見かねてか、賭場の対応をしていた女性ギルド職員の中の一人が、こちらのほうにやってきた。
「もう、組長ったら、いつまで時間をかける気ですか。あとは私がやりますから」
ギルド職員は組長の手伝いを買って出た。
しかし、組長はシブい顔をする。
「バーロー! 俺だってこれぐれぇできるって、いつも言ってんだろうが!」
「でも、そう言ってこの前も失敗したじゃありませんか……」
不安げな表情をするギルド職員。
けれども組長は自信たっぷりに言う。
「いいや、今日こそは大丈夫だ。俺はさっきコイツを完全に理解した。こういう選択肢が出た場合、全部『はい』を選べばいいってな。だから手帳を再発行するは『はい』を押して、ついでに次に出てきた選択肢も『はい』を押せば……ほら見ろ! 冒険者手帳いっちょうあがりだ!」
組長は腕組みをすると、子供がはじめてのおつかいをやり遂げたような表情を浮かべた。
それに対し、ギルド職員はますます不安そうな表情になっていく。
「ですが組長、普通は初めて冒険者をやる方の冒険者手帳を発行する場合、再発行の項目は表示されないんですけど……」
「えっ!? そうなのか?」
「当たり前です。冒険者手帳の再発行が表示されるのは、『手帳の紛失』、『冒険者を辞めた人の復帰』、『以前の紙でできた冒険者手帳から、今の手帳へ切り替え』のいずれかの場合しかありません」
「全員冒険者をやったことあるヤツか……確かに筋は通っているな」
「でしょ? だから、絶対に何か間違っていると思います。そういうわけなので、確認させてもらいますね」
ギルド職員はそう言うと、組長の肩越しから端末を取ろうとする。
しかし、組長は取られる前にカウンターの台をバーンと手のひらで叩いた。
「そのくらいなら問題ねぇだろうが! 新規と再発行の違いなんて微々たるもんだろ? だから、このままでいいんだよ!」
仕事にケチを付けられて、ご立腹の組長。
さすがのギルド職員も、その様子にはあきれ返っているようだ。
しかし、このようなことは日常茶飯事なのかギルド職員はヤレヤレといった表情をすると、組長が触っていた端末を強引に取り上げてから画面を見た。
「――やっぱり冒険者手帳が再発行されたことになっているわね。だけど、名前や年齢といった基本情報の登録はちゃんとできているし、初心者冒険者の助成金申請のほうも問題ないか……」
ギルド職員は端末を手に持ったまま、組長のほうを見て言う。
「組長、とりあえず見たところは問題なさそうですが、本当にこのままでよろしいのですか?」
「かまわんかまわん、賭けをしている客を待たせちゃ悪いからな。それにどうせ組合本部はそんなとこまで見てねえだろうさ」
「わかりました。でも、あとで本部からクレームが来ても、私は知りませんからね」
ギルド職員はそう言い残すと、プンプンしながら元いた場所へと戻っていった。
――本当に大丈夫なのか?
俺はそのやり取りを見て心配になる。
でも、俺が口を挟める問題でもないか……。
そう思っていると、組長がイスから立ち上がった。
「それじゃおまえら、泣こうがわめこうが投票締め切りだ! 今回はスゴい金額のカネが動く。勝つか負けるかはおまえら次第。さあ、盛り上がっていこうぜー!」
組長は拳を突き上げた。
――と同時に、俺のすぐ後ろから歓声が上がる。
「「「おぉぉぉっ!!」」」
あまりの歓声の大きさに驚いて後ろを見ると、いつの間にか俺のすぐ後ろには人垣ができていて、すっかり取り囲まれていた。
異様な熱気。
まるで競馬のG1レースが始まる前のようだ。
そんな状況に、俺はたじろいでしまう。
「さて、準備が整ったら左手を石板の上に置いてくれ」
緊張していた俺は、組長の声にハッとした。そして、あわてて左手を石板の上に乗せる。
「はい、いつでも大丈夫です」
「じゃあ、いくぜ?」
「お願いします」
俺の返事でギャラリーたちは静まり返る。
そんな緊迫した空気の中、俺は石板に置いた手を見続けた。
すると石板に右手を置いたときと同じような感じで、だんだんと手に熱が伝わってくる。
その熱が全身に広がっていき、そして全身に広がりきると、熱が一気に石板に吸い取られていく気がした。
組長が手に持つ魔導具の端末が淡く光を放つ。
どうやら測定が無事に終わったようだ。
……ゴクリ。
後ろのほうから、誰かの生唾を飲み込む音がした。
ギャラリーたちは投票券をギュッと握りしめ、その視線は組長の口元に注がれていた。
端末が光り終えてから、十秒くらいが経過する。
ついに組長の口が開いた。
「そんな、あり得ねぇ……」
組長はそう口にすると、口を半分開けたまま端末の画面をジッと見つめ、固まってしまった。
――こりゃ、残念な測定結果だったかな?
俺が異世界転生者ということで、組長はかなり期待していたようだったし。
でも、俺は最初に言ったよ。絶対にFランクだってね。
「組長、やっぱりFランクだったでしょ?」
固まったまま動かない組長に対し、俺はおそるおそる尋ねた。
すると組長は端末の画面から目を離す。そして、ゆっくりとこちらに顔を向けると、半開きだった口を閉じた。
建物の中にいる全員が、組長の口の動きに注目している。
しかし、組長は言葉を発する代わりに無言のまま首を横にフルフルと振って、結果がFランクであることを否定した。
「「「ぎゃあぁぁあ!」」」
ギャラリーの一部から雄叫びが上がった。
投票券を床に叩きつけて頭を抱えているところを見ると、Fランクに賭けていた人たちだろう。
ざっと見た感じでは、全体の二割くらい。
俺は彼らに同情した。
なぜなら、もし俺が賭けをしていたら、間違いなくFランクの投票券を購入していたからだ。
しかし、そうなるとEランクで確定だな。
組長にそのことを伝える。
「あらら、Eランクでしたか。絶対にFランクだと思っていました」
――フルフル。
組長はそれにも首を横に振った。
俺は尋ねる。
「へっ? もしかして、それも違っていました?」
――コクン、コクン。
今度は首を縦に振る組長。
「じゃあ、Dランク?」
――フルフル。
「それならBかCランクの、どちらかで決まりですね」
――フルフルフルフル。
組長の首を振るスピードにも勢いが出てきた。
しかし、それも次で見納めだ。
いくらなんでも、これ以上高いランクなんてあり得ない。
俺は緊張して尋ねる。
「では、Aランクとか……?」
――フルフルフルフルフルフルフルフル。
犬が体全体をブルブルと震わせるような、勢いある組長の首振り。
それを見てギャラリーは呆気にとられる。
しかし、みんなが正気を取り戻すのに、そう時間はかからなかった。
「うわぁぁぁぁ! 四点買いしたのに全部ハズしたぁぁあああ!」
「今月の稼ぎが全部パーかよ……」
「おカネ返してーっ!」
大量のハズレ投票券が紙吹雪のように宙を舞った。
俺が見る限り、ギャラリーの中に喜んでいる人はいない。
悔しがる人、FXで有り金全部溶かしたような顔をした人、そして中には俺を親の仇を見るかのような目で睨みつけるなんて人もいた。
だけど、俺を恨まないでほしい。こっちだって胸が大きくて美人の冒険者と、楽しくおしゃべりしながら薬草を集める仕事がオジャンになりそうなんだから。
なぜなら、俺がSランクであることは確定したも同然だが、そんな高ランクの依頼に、薬草採取の依頼なんてあるはずがないからである。もしあったとしても、きっと強いモンスターを倒す必要があったりするはずだ。
――あれっ? これってもしかして、しょっぱなの依頼からドラゴンと戦う羽目になるっていうフラグなんじゃ?
それはマズい! Sランク冒険者がFランクの依頼を受けてもいいのなら問題ないが、ダメだったら身の破滅だぞ!
俺は半ばヤケッパチになって聞く。
「本当にSランクなんですか!?」
しかし、その質問にも組長は大きく首を横に振る。
すると、その結果に誰もが驚いて、建物の中はシーンと静まり返った。
「……おい、もしかしてオレたちは伝説を目にしているんじゃねぇのか? この国ではSランクの冒険者だって、十分に希少なんだぞ」
周りのギャラリーの誰かが、そう口にした。
それをきっかけに、固唾を呑んで見守っていたギャラリーたちは、口々に騒ぎ立てる。
そんな中、小柄ではあるが、ガタイのいい冒険者が叫んだ。
「まだハズレてないヤツは、何人残っているんだ? とりあえず、SSランクに賭けているやつは手を挙げてくれ」
その質問に、ギャラリーの中から二人が手を挙げる。
「俺が賭けてる。でも、洒落で買ったから百ピエンしか賭けてねーし、ほかの投票券も買っているから完全に収支はマイナスだ」
若そうな冒険者はそう言うと、ガッカリと肩を落とした。
もう一人の手を挙げた人物が口を開く。
「自分が賭けたのは五百ピエンだな。当たれば二十五万ピエンになるが、儲けは十万ピエンってところだ」
大工みたいな服装をしたオッサンは、嬉しそうに答えた。
どうやらSSランクのオッズは五百倍だったらしい。この国にSSランクが何人いるかはわからないが、相当高いオッズだ。
「SSランクに賭けているのは、この二人だけか。あとはSSSランクだが、さすがに賭けているやつはいないだろうな」
ガタイのいい冒険者は、納得するようにつぶやいた。
そのとき、人垣の後ろのほうから人混みを押しのけてやってきた男が手を挙げる。
「ま、待ってけろ! お、オラがSSSランクを買ってるだ! 今月の小遣い全部、三万ピエンの一点買いで! だから、当たれば三千万ピエンになるだ!」
体の線が細い冒険者の男は、興奮気味に言った。
「「「おぉぉぉおーっ!!」」
感嘆の声を上げるギャラリー。
ガタイのいい冒険者は、あわてた様子で痩せた男に近づく。そしてポンポンと肩を叩き、笑いながら言う。
「あんたスゲーな! その大穴に一点賭ける度胸、いつか命まで失いそうだが、今回に限っては最高にイカしているよ!」
「オラをあんまり褒めんでけろ。でも、当たったらここにいるみんなを集めて、オラのおごりで盛大に祝勝会をやるんで、みんな応援してけろ」
痩せている男は照れながら言った。
その会話を聞いてみんな笑顔になり、大いに盛り上がる。
もちろんさっき俺を睨んでいた男も、みんなと一緒になって喜んでいた。
どうやら俺への恨みはキレイさっぱり消え去ったようである。
しかし、そんなことは、もうどうでもよかった。
「今日は厄日か……」
俺はポロリと言葉を漏らして天を仰いだ。
もう答えを聞く気力がない。
すると、さっきからこの場を仕切っていたガタイのいい冒険者は、そんな俺の様子に気づいたのだろう、俺に代わって組長に質問する。
「それじゃあ組長、どっちのSなんですかい?」
すると、フルフルと首を振って答えるしかしなかった組長の口が、ゆっくりと動く。
「……Mだ」
「へっ?」
質問した男は、組長の絞り出すような声を聞いて、素っ頓狂な声を上げた。
男はもう一度聞き直す。
「組長、いったいなんの話をしているんですかい? 俺たちはこの新人のランクのことを聞いているんですぜ?」
組長はカウンターの台に突っ伏す。
「それが……Mなんだよ……」
組長の声は、病気で高熱があるときのような情けない声だった。
「いい加減にしないと怒りますよ、組長! 大金が動いているんですぜ!」
男は怒鳴りながらカウンターに近づき、台を手で叩いた。
組長はゆっくりとイスから立ち上がる。そして男を睨みつけた。
「だから、Mランクだって言ってんだろうが、このM字ハゲが!」
質問していたガタイのいい冒険者は、ベ〇ータのような頭をしていた。
組長の言葉を聞いてよほどショックだったのか、愕然とした表情で床に崩れ落ちて膝をついた。
ほかの冒険者が、すかさず話を引き継ぐ。
「本気で言っているんですか、組長!」
「当たり前だ。本当にMランクなんだよ、コイツは!」
組長はそう言うと、手元にあった端末をみんなに見えるように掲げた。
『判定結果:Mランク』
端末の画面には、大きな文字でそう表示されていた。
すると、それを見たギャラリーたちは一斉に吹き出し、建物中が大爆笑の笑い声に包まれる。
「ぎゃはははは! Mランクって、どんだけ冒険者に向いてないんだよ!」
「そもそもFランクの下があるって、今日初めて知ったぞ」
「俺も俺も! もしかしたら子供より弱いんじゃねーか?」
みんな思い思いの感想を言い合っていた。
そんな中、組長にハゲをバカにされた冒険者は立ち直ったようで、疑問を口にする。
「しかし組長、賭けはどうなるんですかい? どの投票券を買っても当たりがないのは、さすがにおかしいんじゃねぇかと思いますぜ」
その話を聞いて、みんな一斉に組長のほうに顔を向けた。
組長は舌打ちする。そして、嫌そうな顔で口を開く。
「チッ、わかってるよ。残念ながら賭けは無効だ。ハズレ投票券は窓口で払い戻す」
ギャラリーたちは、それを聞いた瞬間に床に膝をつく。そして我先にと、床に落ちたハズレ投票券を一斉に拾い始めた。
もちろん、そこら中で大騒ぎになり大混乱だ。
「そりゃ、俺の投票券だ!」
「てめーは、百ピエンしか賭けてないだろうが!」
「うわぁぁあ、どうすんだ! オレ、投票券を細かく破いちまったぞ!」
混乱はしばらく収まりそうにない。
そんな中で俺は、まったく予想もできなかった結果に言葉を失っていた。
Sだと思っていたら、Mだった。
しかし俺はMではないし、そうかと言ってSでもない。
言っている意味がよくわからないだって?
俺も混乱していて何を言っているかよくわからない。
それにしても、いったいどういうことなんだよ……Mランクって……。




