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チートスKILL ~中途半端な転生者~  作者: 奥 悠人
4章 冒険しても いいかも?
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冒険者ギルド アヴェローズ

 冒険者ギルドはとても大きな建物だったが、大昔に建てられたのか周辺の建物よりも圧倒的にボロい。


 しかし、建物の中は案外きれいであり、大勢の人で混雑していた。


「ここが冒険者ギルドか……」


 扉を開けてまず目に入ったのは、いくつも置かれている大きな丸いテーブルだ。それらが置かれている場所では冒険者とおぼしき人たちがイスに座り、テーブルを囲んでガヤガヤと騒々しく会話していた。


 その一角だけ見ると、まるで酒場にでも来たのかと勘違いしそうである。


 しかし、その先にある窓口カウンターでは順番待ちの行列ができていたり、右手奥のほうでは何かの買い取りが行われたりしていて、酒場でないことは明らかだった。


「この感じ、なんだか懐かしいな」


 だいぶ前にハマっていたMMORPG。そのたまり場みたいな雰囲気に、ゲームをやっていたときの思い出がよみがえった。


 だけど、今は悠長に思い出に浸っている場合じゃない。


「さて、仕事を探すか。――えっと、とりあえずは求人票だな」


 仕事を見つけるには手順がある。


 たとえばハローワークで仕事を探す場合だと、窓口で相談する前にパソコンで求人情報を調べるか、掲示板に張り出されている求人票を見ておくのが一般的だ。そこで気に入ったものを見つけて、窓口で相談するというのが流れである。


 まあ一応、見つからない場合でも相談することはできるが、相談員に「理想が高すぎる。現実を見ろ!」とさとされるだけなので、はっきり言って時間の無駄だ。


 ただ、ここは異世界。ハローワークと、まったく同じということはないだろう。


 とはいえ求人票ぐらいはあるだろうから、どういった仕事があるのかくらいは知っておきたいところだ。


 そんなわけで、俺はどこかに求人票が張り出されてないかと思い、さっきから建物の中を探していた。


「うーん、おかしい……」


 いろいろと見て回ったが、求人票がどこにも見当たらない。


 それどころか、冒険者ギルドなら普通はあって当然だと思っていた依頼書さえ、張り出されていないんだけど……。


 俺は急にオロオロした。


 そんな初心者感丸出しの俺を見かねてか、前方から近づいてきた若い女性に話しかけられる。


「こんにちは、何かお困りごとですか?」


 礼儀正しそうな女性。


 その女性の服装は、紺色を主体とした制服だった。


 すぐに彼女がギルド職員だとわかったので、俺はその質問にうなずく。


「はい、求人票を探しているのですが見つからなくて……」


「求人票? 初めて聞く言葉ですね。それってどういったものでしょうか?」


 彼女は首をかしげた。


 ないのかよ、求人票……。


「いえ、知らないのでしたら気にしないでください」


「そうですか、わかりました。では、ほかに何か御用はございませんか?」


「えっと、実は仕事を探しています。それで冒険者以外の仕事をやりたいと思っているのですが、どうやって探せばいいのでしょうか?」


「仕事をお探しというわけですね。そういうことでしたら相談できる窓口に案内しますので、こちらへどうぞ」


 彼女はそう言うと、冒険者たちがずらりと並んでいる窓口の隣にある、いている窓口に俺を案内した。そして、窓口カウンター前に置かれているイスを後ろに引き、手のひらを上にして座席のほうに向ける。


「どうぞ、ここにおかけください」


「ありがとうございます」


 俺は礼を述べ、イスに座った。


「担当の者は席を外していますが、すぐに戻ると思います。しばらくお待ちください」


「はい、わかりました」


 俺が返事をすると、彼女はにこやかな表情で会釈する。


「それでは失礼します」


 彼女はそう言うと振り返り、俺の前から離れていった。


 俺はその背中を目で追う。


 しかし隣に並んでいる冒険者たちの、チラチラとこちらを見る視線と目が合ってしまい、あわてて正面を向いた。


 ――気まずい……。


 そう思っていると、カウンターの台の上に置いてあるパンフレットが目に入ったので、俺は気まずい雰囲気をごまかそうとして、それをサッと手に取った。



 『派遣冒険者のススメ!』



 表紙には、そう書かれていた。


 どうやら冒険者向けのパンフレットらしい。


 冊子をめくってみる。


「へえー」


 俺はその意外な内容に、少し興味を持った。


 パンフレットの中身は派遣冒険者のなり手を募集する案内で、その仕事内容は仲間が見つからない冒険者パーティーのところから、ボッチの冒険者のところまで、戦士や魔法使いが足りないといったニーズに合わせて派遣されると書かれている。


 ページをめくって、さらに読み進める。


 すると、俺は派遣冒険者の雇用形態を知り、驚いてしまう。


 なんと派遣冒険者は派遣された相手に雇われるのではなく、派遣元と雇用契約を結ぶことになっていたのである。なので報酬は派遣元から給与として支払われるようになっていて、月初めにギルドで月給を受け取れるようになっていたのだ。


「これって、俺が知っている人材派遣業のまんまだ。冒険者ギルトって、こんなことまでやっているのか……」


 そうつぶやいたが、パンフレットを詳しく読んでいくと、それは正確ではなかった。


 冒険者派遣業務におけるギルドの役割は大きい。だからおそらく誰もが、この派遣業の元締めを冒険者ギルドだと思っているはずだ。しかし、実は人材派遣業という仕組みを考え出したのは冒険者ギルドとはまったく違う別会社で、その会社がギルドに業務委託していたのである。


 この事実は普通にパンフレットを読むだけではわかりづらく、気に留めることはないだろう。


 俺は冒険者ギルドとは違う会社が人材派遣業に目をつけ、約千年も会社が続いていることに、いたく感心する。


 日本では十年後の企業存続率は6パーセントほどといわれており、これが百年も続く企業となると、わずか0.03パーセントしかない。これは時代が変われば人が求めるものが変わり、それに合わせて会社を経営していくのが、いかに難しいかを示している。


 しかし、たとえそうであったとしても、時代が変わろうが世の中が変わろうが、トレンドに左右されることなく常に必要とされるものがある。


 そのひとつが人材。


 この会社が倒産せずに続いていることが、それを証明している。人材こそ宝であり、人材なくしては儲からないというわけだ。


 ――それにしてもうらやましい。


 派遣業とは人件費を中抜きするようなビジネスなので、かなり儲かっているはずである。しかも冒険者ギルドに仕事を丸投げしているので、何もせずにお金だけが入ってきているはずだ。


「あー、俺もあやかりたいなー」


 そう言いながら冊子を閉じる。


 すると裏表紙の下のほうに、小さな文字で著作権が表示してあった。



 『Ⓒ不労社 CO.,LTD. All Rights Reserved.』



「こんな会社名だったのか……」


 最後までパンフレットの中身には、まったく書かれていなかった委託元の会社名。裏表紙にしか書かれていないところを見ると、冒険者ギルドが行っている事業だと思われるほうが都合がいいのだろう。


 それにしても、なんつう名前だ。働かずに済む会社だとアピールしているのか?


「実はブラック企業なんじゃね」


 俺は会社名を見て思ったことをつぶやくと、パンフレットをそっと元の場所に戻した。


 急にパンフレットの内容から興味が失せてしまう俺。


 集中力が切れてしまう。


 すると、それに合わせて周りの音が聞こえるようになり、隣で順番待ちをしている冒険者たちの、ひそひそと話す声が聞こえてきた。


「あいつ、冒険者志願者かな? いいよなー、俺たちと違って順番待ちで並ぶ必要がなくて」


「えっ、あいつは違わないか? ひ弱そうに見えるし、普通の働き口を探しにきたんだろうよ」


「でも、最近は冒険者になると国から助成金がかなり出るらしいぞ。それ目当てだって、絶対に」


「あー、そういえば冒険者のなり手が減っているんだっけ?」


「らしいぜ。それにギルドのほうも助成金の三割が手数料で取れるってんで、冒険者の勧誘に力を入れているって話だ」


「そうだったのか。どうりで最近、人気のない薬草採取の依頼が残らなくなったはずだ。助成金が目当てなら、薬草集めるのが一番手っ取り早くて安全だもんな」


「だな。それにしてもギルドはアコギな商売してるよな。そっちの依頼報酬のほうも、きっちりと二割手数料を取るんだからよ」


 俺がそんな彼らの会話に聞き耳を立てていると、正面から「コホン」と咳払せきばらいする声が聞こえてきた。


 前をよく見ていなかった俺は、あわてて背筋をピンと伸ばして正面に集中する。


 と同時に、カウンターを隔てた向こう側に立っていた女性が口を開く。


「お待たせしました。冒険者ギルド、アヴェローズにようこそ。担当のハロワ・サーチです。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺が挨拶を返すと、彼女はニッコリと微笑んでイスに座った。


 彼女の年齢は、おそらく二十歳半ばくらい。先ほどこの場所に案内してくれた女性と同じ制服を着ている。とびきりの美人というわけではないが、学校で同じ学年に一人いてもおかしくないくらいの美人で、メガネをかけていた。そして髪は肩までと短く、清潔感が漂っている。


 ただ、その真面目そうな見た目に反して、なかなか胸は大きい……あれっ? ちょっと待て。なんだ、この違和感は……。


 彼女の胸を見ていると、なんだかモヤモヤして気持ち悪い。


 俺は違和感の正体を知ろうと、彼女の胸に意識を集中する。


 その結果、一つの結論にたどり着いた。



 ……もしかしてこの人、おっぱいの大きさを魔法で自由に変えられるんじゃ?



 これは俺のおっぱい鑑定士としての勘だ。でも胸パッドとは違うこの未知なる感じは、おそらく魔法で間違いないだろう。


 さすが異世界だ。危うくだまされるところだった。


 ――おっと、感心している場合じゃないな。


 でもまあ、偽乳にせちちとわかってしまえば、そのサイズを見破ることなんて造作もない。


 いくらおっぱいを大きく見せても、おっぱいが放つ体内パイないエネルギーの量は変わらないからだ。したがって、体内パイないエネルギー量――おっぱい力を測定できる俺の前では、ごまかそうとしても無駄である。


 俺は再度、目の前のおっぱいに集中した。


 すると、だんだんと元のおっぱいの形が映像として頭の中に浮かんでくる。そしてド○ゴンボールのスカウターみたいに、おっぱい力が数値として頭の中で表示された。



 『オッパイ力:5 推定サイズ:77センチ Bカップ』



 スゴいぞ、俺!


 でも実を言うと、このことはすべて俺の妄想だったりする。


 しかし、ことおっぱいに関して、俺の勘が外れたことは片手で数えられるほどしかない。だから俺は、この妄想に絶対の自信を持っている。


「あのー、どうかなさいましたか?」


 じっと無言で正面を向いたままで一点を見つめていた俺に、ハロワはそう告げた。


 いかんいかん、あまりに集中しすぎて、頭がいっぱいおっぱいになっていたようだ。


 俺は気持ちを切り替える。


「すみません、ちょっと考えごとをしていました。それで、ここには仕事を探しに来たのですが、短期で働けるアルバイトみたいなものはありませんか?」


 ハロワの片眉がピクンと動く。


「なるほど、仕事をお探しなのですね。ちなみに冒険者登録はされていますか?」


「いいえ、冒険者ギルドに来るのも初めてです」


 俺がそう答えると、ハロワはカウンターから身を乗り出した。


「それでしたら、冒険者をお勧めします! 依頼によってはアルバイトとそんなに変わりませんよ!」


「結構です。冒険者以外の仕事でお願いします」


「ですが、冒険者になると助成金が支給されてお得ですし、ランクの高い冒険者が初めての依頼に限り、今なら無料でついてきます!」


 おいおい、どこのテレビショッピングだよ――って、よく考えると、手伝いでついて来てくれるのか。


 それはいいとして、どうやら俺に冒険者をやらせたいのは間違いないようだ。さっき隣の冒険者たちが話していた、冒険者になるともらえる助成金の手数料とやらが目当てなのだろう。


 でも助成金がもらえようが、高ランク冒険者がついて来てくれようが、俺には無意味。俺はそんな甘い誘いに乗らないし、いくら言いくるめられようとしても断る自信があるからである。


 なぜなら俺は、駅前でティッシュが配られているのを断れる男だからだ!


 無料と思ってティッシュを受け取ったら、なぜか英会話の勧誘が始まり、二時間も時間を無駄にした経験が俺を「NO」と言える強い男にした。


 そして今、そのときの経験が警報を鳴らしている。


 ――胡散うさん臭いと。


「せっかくのお申し出ですが、冒険者になるつもりはありません。日払い可能なバイトを探しているので、そっちを紹介してください」


 俺はハロワの提案を突っぱねた。


 しかし、ハロワは引き下がるつもりはないのか、さらにカウンターから身を乗り出した。そして周囲に話を聞かれたくないのか、頬に手を添えて横から口元が見えないようにすると、早口で話し始める。


「そう言わずに聞いてください。ここだけの話、ギルドからの依頼を受けていない期間が一年間続けば、冒険者カムバックキャンペーンで冒険者になるのが初めての方と、まったく同じ待遇が受けられるようになっています。だから冒険者になって一度だけ依頼をこなしてもらい、そのあと一年間ギルドの依頼を受けずに冒険者以外の仕事をやってもらっていれば、あら不思議。なんと合法的にカムバックキャンペーンの対象になれるんですよ。そういうわけで、普通の仕事を探している方にも冒険者になるのをお勧めしています。今ならほかの仕事をしつつ、毎年安全に助成金おこづかいがもらえますからね」


 おいおい、それって不正受給じゃないのか?


 明らかに犯罪の臭いがする話だ。


 でも俺はツッコミを入れる気力がせてしまっていたので、それに触れずに話を続ける。


「――それで勤務形態にも希望がありまして、なるべく自由に勤務時間を選べる仕事がいいです」


 それを聞いたハロワは、嬉しそうな顔で人差し指を立てる。


「その条件にピッタリのがあります! それは冒険者です!」


 俺は無視する。


「そういえば言い忘れてました。ノルマがキツイ仕事は無理なので、自分のペースで働けるような職種でお願いします」


 ハロワは人差し指を立てたまま、言葉に合わせて指を前後させながら言う。


「そ・れ・も、冒険者ですね!」


 その答えかたに俺はイラっとする。


「あー、もー、いいです! この際、冒険者以外であれば文句は言いません。とりあえず私のさっき言った条件はすべて無視していいので、すぐに働ける仕事を紹介してください」


「わかりました、条件は全部無視していんですね! それなら、断然冒険者がお勧めです!」


 俺のイライラが最高潮に達した。


 カウンターの台に手をついて立ち上がる。


「だから、そうじゃなくて、冒険者以外だって言ってるでしょ!」


「えー、だってー、条件全部無視していいって言ったじゃないですか」


 そう言って、ほっぺを膨らませているハロワに反省の色は見えない。


「……どうやら時間の無駄のようですね。諦めて帰ります」


 俺は肩を落とし、その場で後ろを振り向く。


 するとハロワはカウンターから限界まで身を乗り出して、あわてた様子で俺の服をつかんだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! わかりました、わかりましたよ、もう……。ここまで言ってもダメなら、普通の仕事を紹介します。でも賃金安いですよ。あとで泣きを見ても知りませんよ」


「問題ありませんね。不正な方法でお金を稼ぐよりかは、よっぽどいいですので。それに、この町に長居するつもりもありませんし」


「残念です。この方法はグレーゾーンなんで、捕まった人はいないんですけどね。――では、身分証明書の提示をお願いします」


「えっ、身分証明書が必要なんですか?」


「もちろんです。名前や年齢、犯罪歴といったものを確認するのに必要ですから」


 あちゃー、ウソだろ。身分証明書なんて持ってないぞ。


「あのー、どうしましょう? 持っていないんですけど……」


「ええーっ!? なんで持っていないんですか! 普通は誰でも身分証明書を携帯しているはずですよ。もしかして、家に忘れてきたんですか? それとも紛失ですか?」


「いいえ、そのどちらでもないんですけど……ちょっと訳ありなんで……」


 俺の答えにハロワは青ざめる。


 それと同時に、隣に並んでいる冒険者たちはおしゃべりをやめ、自分の武器に手を添え始めた。そして、それが建物全体に波及する。


 シーンと静まり返る冒険者ギルド。


 ハロワは緊張した面持ちでゴクリとツバを飲み込むと、俺の目を真っすぐに見る。


「ちょっと、お尋ねします。身分証明書を持っていないのは……犯罪者だから……とか?」


「違いますよ! こんなに強そうな人たちが集まっている場所に、犯罪者が仕事を探しに来るはずがないでしょ!」


 その話を聞いていた冒険者たちは、「なーんだ」と言って武器から手を離した。


 場の空気が一気に和らぐ。


 でもハロワの緊張の糸だけは、まだ切れていないようだ。


「あはは……確かにそのとおりよね。でもそうなると、ほかの理由かぁ……」


 ハロワは一瞬だけ考えたような素振りを見せたが、すぐに何かひらめいたのか手を叩いた。


「わかった! 異世界転生者だ!」


 俺はギクリとして、小さくうつむく。


 それを見たハロワは、ギョッとした顔で「えっ?」っと言って、小さく声を出した。


 なんてこった! ウソの理由を考える前に、いきなり正解を当てられてしまったぞ。冗談じゃない! なんて答えればいいんだ。


 しかし、いくら頭をフル回転させても思いつかなかったので、俺は覚悟を決める。


「……正解です」


 その答えに、周りにいる冒険者たちがザワザワと騒ぎ出す。そして転生者が珍しいのか、珍獣でも見るかのような視線で注目を浴びた。


 ハロワの顔が、急に渋くなる。


「それって、本当の本当?」


 俺は緊張して答える。


「ええ、本当です。――それって、やっぱり何かまずいことなんでしょうか? 捕まったりします?」


 ハロワはため息をつき、手のひらの上にアゴを乗せると、俺からそっぽを向く。


「そんなことしないわよ。ただ面倒な書類を書かなきゃいけないから、私の仕事が増えるのよね……」


「なんだ、それだけなのか! ラッキー」


 俺はホッとした。


「転生者さんはお気楽でいいわね。こっちは残業が確定っていうのに……」


 いつの間にか、カウンターの台に突っ伏しているハロワ。


 やる気がなさそうだ。


 ちょっとだけ悪いと思ったが、俺は気にすることなく彼女に疑問をぶつける。


「それで、あのー、どうして転生者だとわかったんですか?」


「あー、それね。適当よ、適当。転生者のウワサ話を聞いたことがあったから、冗談を言っただけ。こんな寂れた町に現れるなんて、思っていなかったし」


「当てずっぽうでしたか。――でもそうなると、この辺りに転生者はいないんですね」


「ええ、そのとおりよ。聞いた話によると、転生者の大半は都会に住んでいるそうね。なんでも、転生者というのはみんなスゴいスキルを持っているらしくて、稼ぎまくりで贅沢に暮らせるそうだから」


「やっぱり、それが普通の転生者だよな……」


 ほかの転生者のことが、ちょっぴりねたましくなる。


 でも、まあ、ねたんだところで何も変わらないし、俺は自分のペースでやっていこう。


 そう思っていると、カウンターの台に突っ伏していたハロワが飛び起きた。そして再びカウンターから身を乗り出す。


「そうだ! だったら、なおさら冒険者になりなさいよ! だって、あなたも規格外の力や、人に言えないようなスキルを隠し持っているんでしょ?」


 ハロワはそう言うと、目をキラキラと輝かせた。


 俺の答えに期待しているのは明白だったが、俺は答えをはぐらかす。


「さあ、どうなんでしょうね」


「もしかして、言いたくないの?」


「まあ、持っていたとしても言いたくはありませんね。ただ言えるのは、あなたが期待しているような力は、今のところ持っていません」


 だって今使えるのは、中身の重さを感じる、まったくもって使えない四次元窓くらいだ。とても恥ずかしくて、別の意味で言えない。


「そんなはずないわよ! 自分の力を認識していないだけじゃないの?」


「いえ、正しく認識しています」


「そんなのウソよ! 異世界転生者は転生したすぐのときから、BやCといったランクの冒険者資格を得られるくらい、能力値が高いって話を聞くわ。しかもごく稀に、最初からAランクになれるくらいの力まで持った人までいるそうよ。だから、絶対に何かスゴい力を持っているはずだって!」


 ハロワは興奮気味だ。


 俺は、ひろゆき風に言う。


「でも、それってバイトを探している私には、関係のない話ですよね?」


「ぐぬぬぬぬ……」


 ハロワは悔しそうな表情を浮かべた。


 しかし、すぐに立ち直ったようで、何事もなかったかのように話し出す。


「でも、もったいないよ。絶対に冒険者にならないと後悔するって。それにお願い、能力値の高い人を冒険者に勧誘できたら、本部からここのギルドへの補助金が大幅にアップするのよ」


「いくら言っても無駄です。考えを変えるつもりはありません」


「ちぇっ、意気地なし」


 ハロワは吐き捨てるように言った。


 そのあと、彼女はカウンターの片隅に置いてあった手のひらサイズの石板のようなものを手荒く持ち上げると、それを俺の目の前にドスンと置く。


「それじゃあ、その石板の上に右手を置いて」


 不機嫌そうなハロワは俺にそう告げながら、カウンターに備え付けられた引き出しを開けた。そしてB5サイズくらいの板のようなものを取り出すと、それを片手で持ちながら、まるでタブレット端末を操作するように指先でポンポンと触りだす。


 ――その途端、俺の目の前に置いてある石板が、淡く光り出した。


「えっ!? なんだこれ! 光ってる!」


 俺は石板に乗せそうになった手を、あわてて引っ込めた。


「そっか、転生者だから知らないのも無理ないわね。これはね、あなたの身分証明書の発行に必要な情報を、読み取る魔導具よ。それで私が手に持っているのが、読み取った情報が表示される魔導具ね」


「なんだ、そういう装置だったのか。てっきり調べるのは、水晶みたいなのでやるのかと思っていました」


「へー、よく水晶を使うって知ってたわね。でも、ここのギルドで使っていたのは去年までの話よ。なぜかというと、水晶を使って調べるには専門職の人が必要で、人件費が一般職の三倍必要なの。しかも能力値が高い人を調べる場合、安い水晶を使っているとたまにひび割れることがあったりするから、手間もコストも非常にかかっていたのよ」


「ということは、この石板は誰でも使えるうえに、簡単には壊れないんですか?」


「そのとおりよ! 誰でも簡単に使えるのがウリだから。それとこの魔導具のキャッチコピー、『Sランク冒険者、同時に百人調べても大丈夫!』なの。壊れるはずがないじゃない」


 俺は突っ込みを入れる。


「イ〇バの物置かーい!」


 どう考えてもパクリキャッチコピーだよ。だけどここは異世界だから、偶然似てしまった可能性は否定できない。だから百歩譲って、いいとしよう。


 でも問題なのは、どうやってこの石板に百人分の手を乗せるつもりだったかだ。


「へっ? 物置がどうかしたの?」


 俺の発言を聞いたハロワは、不思議な顔をしていた。


 ――いかん、いかん。


「いえ、こっちの話です。ちなみにこの石板を使って、何が調べられるんですか?」


「基本的には水晶と同じよ。冒険者の適性を調べるために使うものだから。もちろん身分証明書を発行するのに必要な情報も調べられるから、安心していいわ。必要なのは名前と年齢、そして犯罪歴ぐらいだから、すぐに終わるはずよ」


 俺は重要なことを聞き逃さない。


「ということは、スキルや能力値、それから冒険者のランクといったものも、調べようと思ったら調べられるわけですね?」


 ハロワはギクッとした表情をする。


「……まあ、そうなるわね」


 やはりそうだったか。


 ハロワの表情からして、おそらく勝手に調べようと思っていたに違いない。


「言っておきますが、身分証発行に必要な情報以外は調べないでくださいね」


 俺はハロワにくぎを刺した。


「ふんっ、わかっているわよ。ほら、早く石板の上に右手を乗せて。すぐに調べるから」


 そう言われ、俺はしぶしぶ石板に右手を乗せる。


 すると、石板からほんわかとした熱が伝わってきて、すぐにその熱が吸い取られていく感覚があった。


 と同時に、ハロワの持つ板状の魔導具が淡く光を放つ。


「えっと、お名前は只野ただのさんね。――あれ? でも、おかしいわね。只野ただのが先頭に表示されているのに、家名扱いになっているわ」


 タブレットっぽい板を見ながら、ハロワは首をかしげた。


「大丈夫です。それで合っていま……いや、ちょっと待ってください。私の名前って只野ただのプータローになっているんですか!?」


「ええ、そうよ。それがあなたの名前なんでしょ?」


「ウソだ、あり得ない……」


 だって、その名前はオークランドでコスモスと初めて会ったときに、彼女が俺の名前をプータローと聞き間違ったから名乗り始めた名前だ。


 なかば冗談で名乗り始めたのに、その名前が俺の正式な名前になっているなんて、どう考えてもおかしすぎる。


 そう思っていると、周りにいた冒険者たちが俺の発言を聞いて、一斉に吹き出して笑いだす。


「ぎゃはははは! あいつ、ただのプータローだってよ」


「しかも、本当に無職かよ。ゲラゲラゲラ」


 くそー、なんてことだ!


 オークたちにはプータローという言葉の響きだけしか伝わらなかったのに、人間たちにはその意味までも伝わってしまっているじゃないか。


 うー、泣きたい。


 でも今は、この名前になった理由を考えるのが先だ。


 おそらく石板を使って調べることができる内容と、俺のステータス画面に表示される内容は同じはずである。だからステータス画面で最後に見た名前――オークだったときのブータローから、只野ただのプータローという名前に変わったということだろう。


 確かに種族が変われば名前が変わっていたから、納得できる理由だ。


 でも、名乗っていた名前と偶然同じになるなんて、あり得るのか? 何か意図的なものを感じるんだけど……。


 そんなことを考えていると、ハロワが話しかけてくる。

 

「もしかして、名前が違っているの? でも、ここに表示されている内容は正確なはずよ。念のため確認してみて」


 そう言うと、俺に液晶画面のように映る画面を見せてきた。


 画面には、俺に読める文字で表示されている。


 名前は只野ただのプータロー。年齢二十五歳、犯罪歴なし。


 ほかにもスキルなどの項目があったが、空欄だったので調べられていないようだ。


「うーん、確かにその名前になっていますね……。一応自分で確認する方法があるので、ちょっと確かめてみます」


 それを聞いたハロワは目を輝かせる。


「さすが異世界転生者! 噂に聞く、ステータスなんちゃらってやつでしょ?」


「ええ、そうです。よく知っていましたね」


 そう言うと俺は、転生者お決まりの言葉を発する。


「ステータス・オープン」


 しかしながら、俺の目の前にステータス画面は現れない。


 俺は忘れていた。ウィンドウがいない今、ステータス画面を見られないことを……。


 それに気づいてガクンとうなだれると、ハロワに声をかけられた。


「どうだった?」


「それが残念ながら、今は見られませんでした」


「なーんだ、期待してたのに。ところで何か心当たりはないの?」


 俺はそう言われ、人間になってからのことを思い返す。


 そして、一つだけ思い当たることがあった。


「そうだ、あのときだ……」


 俺は思い出した。


 オークランドの音楽フェスで、人間なのがバレて捕まり、その護送される途中にオルタナというヤツと話したときのことを。


 そのときのやり取りで、俺はいつもの調子で自分の名前を只野ただのプータローと名乗った。するとヤツはなんの脈絡もなく、俺の年齢を見た目どおりの二十五歳にしておくと答えたのである。


 まったくの意味不明。


 だが、俺は尋ねなかった。オルタナの言動にムカついていて、それどころではなかったからである。


 でも、今やっとわかった。俺のステータス画面に表示する内容のことを言っていたのだということが。


「――くそー、やられた」


「どうやら何か思い当たることがあったみたいね。クスクス、ご愁傷様。だけど、プータローって可愛らしい響きでいいじゃない。意味はアレだけど、あなたにピッタリの名前よ」


 ハロワは口元を押さえて、笑いながら答えた。


 それを聞いて、ついに俺の怒りは限界を突破する。


 カウンターの台に手を感情のまま叩きつけると、声を荒らげる。


「からかわないでくれ! こっちにとっては一生の問題なんだ!」


 逆上する俺。


 それに驚いたのか、ハロワは「キャッ」っと小さく声を出して、イスから転げ落ちた。


「あいたたた……いきなり怒鳴らないでよ」


 そう言ってゆっくりと起き上がるハロワを見て、俺は急に冷静になる。


 いつも冷静な俺が、まさかこんなにも怒りをぶちまけてしまうなんて……。いくらからかわれたとはいえ、彼女に当たるのは筋違いというものだ。


「すみません。こちらの問題なのに、いきなり怒鳴ったりして」


 俺は自分の行動が恥ずかしくなり、カウンターの台に額がつくほど頭を下げて、ハロワに謝罪した。


「あー、もういいから、頭を上げてよ。少しはこっちも悪いし。けど、次にそんな態度を取ったら出禁にするからね」


「わかりました。名前の件は、もう気にしないことにします。なので、とりあえず身分証明書を発行してください」


「はいはい、わかったわよ。それが終わったら、仕事を紹介するわ」


 そう言うと、ハロワは床に落としたタブレットのような魔導具を拾い上げたが、その途中に「あっ」と声を出した。


「どうかしました? もしかして壊れたとか……」

 

 ヤバいぞ。


 今は無職でお金がないので、弁償しろと言われても困る。


 俺が心配そうにハロワを見つめていると、彼女は慌てて「違う、違う」と言いながら手を振って否定した。


「さっきあなたが謝ったときに、カウンターの台に額をつけて謝ったでしょ。実は、そこにちょうどこの石板があったみたいなのよ」


 ハロワはカウンターの上に置いてある石板を指差して、そう言った。


 おそらく、それは事実だ。なんだか妙に額が暖かかったし。


「なにかマズかったでしょうか?」


「マズくはないけど、スキルに関しての情報は額から読み取るのよ。だからさっきのでスキル情報を読み取ったみたい」


 そう言うとハロワは、俺のほうに魔道具の端末を向けて、表示されている画面を見せる。


 すると画面には、さっきまで空欄だったスキル項目が「※」の羅列で表示されていた。


「えっ、バグってる!?」


 転生した直後から、俺のステータス画面には意味が通じない文字が表示されていて、バグりまくりだった。


 でも、俺のステータス情報はオルタナが偽装してくれたはずである。誰にのぞかれても変に思われることはないと言っていたし。


 なのに、いったいなぜ?


 見つからない答え。それを探して、考えが頭の中をグルグルとめぐり、俺は不安な気持ちになった。


 そんなときハロワが理由を答える。


「あー、これね。スキルや能力値といった重要な個人情報を表示させるには、本人の同意が必要なの。それがないと、ちゃんと表示されないのよ」


「なんだ、焦ったー。そういうことなら、そのまま情報を消してください」


「えー、いいじゃないの、減るものじゃないし見せてよ。ねえ、ちょこっと、ちょこっとだけでいいから」


 ハロワはウィンクすると手を合わせ、俺に見せてくれと懇願した。


 しかし、なんだかその言い方が非常にムカついたので、俺はきっぱりと断る。


「ダメです」


「だって転生者を調べるのは初めてなのよ。どんなスキルを持っているか気になるじゃない」


「絶対にダメです!」


 俺はかたくな拒否した。


 するとハロワは頬を膨らませて、急に立ち上がる。


「キャッ! 足が滑ったー」


 カウンターの台の上に、ハロワはわざとらしく倒れる。そして俺のほうに手を伸ばして腕をつかむと、俺の手のひらを石板に押しつけた。


「何をするんですか! それに滑ったのは足じゃなくて手でしょ!」


 俺はツッコミを入れながら、急いで手を引っ込めた。


 しかし、間に合わなかったようだ。


「はい、これでスキル情報が見られるようになったから、さっき腰を打った件はチャラにしてあげる。えっと、なになに……」


 ハロワは笑顔で端末を凝視していたが、途中で顔を引きつらせた。


 そして無言で俺の顔に近づいてにらみつけると、パーンと乾いた音が響き、俺の頬に痛みが走る。


「バカ! このー、変態!」


 俺にビンタしたハロワの顔は真っ赤だった。そのまま俺に背を向けると、ドカドカと足音を立てながら、奥のほうにある部屋のほうへと消えていった。


「なんでだ……」


 俺は事態が飲め込めずにいる。だから理不尽にビンタされた頬を押さえて、ポカンとするしかなかった。


 周りには、俺を指差して大はしゃぎする冒険者たちの笑い声が響いていた。

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